第26話 魔素循環術
――『魔素循環術』と言われる高度な魔導術。高位の魔導術師だけができると言われている魔素調整力を鍛える魔導術だという。自分の魔素を相手の身体に流し、魔素の流れを身体の隅々まで浸透させ、魔調力の底上げを図るのだとか。
だが、これが受ける側にとっては相当な苦痛があり、また精神耐性も必要になるとのこと。言ってみれば、自分の血管に他人の血を無理やり押し込み、血管のつまりを解消させるようなものだ。血液型が合わなかったら副作用、免疫反応で最悪死に至ることもあるしな。
『水聖の少女』にもおそらく、これをしてもらったんだろう。もちろんミレイさんにも。だが、俺は苦痛を感じるどころか……今までで経験したこともないくらいの快感……心地よさを感じた。何と言うか、細胞の隅々まで活性化されていくというか。
◇
ちなみにこの話は目覚めた後、カルマルさんに聞いた話だ。そしてカルマルさんも、若い頃、ミレイさんにこの『魔素循環術』を施されたのだという。そのおかげで魔調力も上がり、一流の【剣士】になれたとか。魔調力は『魔法職』に限らず、『職持ち』がスキルを使いこなすためにとても大切なステータスだからな。
……ん? まてよ、ということは……
「……え、じゃあ、カルマルさんも、ミレイさんと……??」
「バ、バ、バカかっ! 普通、『魔素循環術』はだな、跪いた相手の頭に手を乗せて、その、なんかこう、もっと神聖な感じでっ! それに、その時はもう今の嫁さんと付き合っていたんだ! 間違っても嫁や娘に誤解を与えないようになっ!!」
カルマルさんの家庭内での地位が垣間見えてしまった。
「ま、まぁ、ユキアとミレイさんがどういうやり方だったかは知らないが! この『魔素循環術』は双方の親和性が大事らしいからな。ミレイさんは、ユキアと魔素の質が似ていて、 その、すごく、気持ちよか……いや、まぁ、その、”よかった”と言ってたぞ」
「はい、僕も最高に気持ちよかったです!」
「うぐっ……その顔でストレートに”気持ちよかった”とか言うな!」
「だって……ホントに気持ちよかったんだもん」
あざとさ満載の上目遣いでカルマルさんを見つめる。
「お、おま、おま、お前なぁ……そういう表情をあまり他人に見せるな!」
「ん? 今はカルマルさんにだけ」
「うひぃー」
真っ赤になった顔を上に向けて、一生懸命隠している。自分が”おっさん”だったころ、若い女の子が「あのおじさんかわいー」なんて言っているのを聞いて「んなわきゃねーだろ」なんて思っていたが……カルマルさん、かわいい。いや、脱線してしまった。
「でも、本当に”痛い”とか”精神的にキツイ”とかそういうの一切なかったんですけど、カルマルさんの時はきつかったんですか?」
「……ああ、そうだな。結構キツかった。その後、20日はまともに動けなかったしな。それでもユキア、お前の半分もミレイさんの魔素を受け容れてない、というか受け入れられなかったぞ。お前の場合、身体の隅々までミレイさんの魔素を取り込んで同質化しているみたいだ、しかも3日で。相当なことだぞ、これは」
「はい。ミレイさんとは……身体だけじゃなくて、心というか”魂”が繋がった気がして……はは、変ですかね?」
「いや、そんなことはないさ。お前とミレイさんはもしかしたら【前の世代】で何か繋がりがあったのかもな……」
【前の世代】……この世界では仏教でいうところの輪廻転生的な思想が非常に信じられている。『転魂』といい、肉体が死ぬと魂が【次の世代】に移るのだという。とても『魂』というものが重要視されている。まぁ、宗教的な話でそこまで詳しくは理解してない。
「……会いたいです、ミレイさんに。でもその為には強くならなきゃ。与えてもらったものを、少しでも返せるように」
「おう、がんばれよ。俺も剣の稽古くらいならは付けてやるよ」
カルマルさんは俺の頭をガシガシしてくれた。
◇
『ルーベの森』、主に駆け出しの冒険者が活動するフィールドだ。薬草や貴重な果実の採取依頼、良質な木材もあるため木材搬出などの護衛依頼もある。
そしてこの森に住み着いている魔物、じゃなかった、魔獣はすでに戦った、チビゴブリン、デカ角兎、デカキモ鼠がいる。ちなみにこれは俺が勝手にそう呼んでいるだけで、ギルドの資料では別の名前で載っていた。チビゴブは普通に小鬼だった。白銀世界のゴブリンが150cmくらいあり、それより20cmくらい低かったから、勝手にチビ呼ばわりしてしまった、悪いことをしたな。
ああ、これまたどうでもいい知識だが、迷宮内の倒せば消えるモンスターのことを『魔物』と呼び、地上にいる倒しても死骸が残るモンスターのことを『魔獣』というのだという。ゴブリンのように見た目『獣』じゃなくても、『魔獣』なんだとか。
ま、そんなわけで駆け出しFランクの俺は、宿での”夜のお仕事”を終えて、朝早くからルーベの森へ向かう。宿の仕事を手伝うようになってから、「夜の残りもんだ、持ってけ」と宿主のドアンさんがお弁当を持たせてくれるようになった。
ドアンさんは『水聖の導き亭』のご主人で、サルサさんの夫、キーリちゃんのお父さんだ。2メートルくらいあるのではないかという大男で、ミレイさんの元冒険者仲間だったそうだ。厳つい顔立ちでさらに顔に傷のある強面だが、キーリちゃんを見る時だけ優しい表情を見せる。そしてキーリちゃんはお父さんが大好きだ。キーリちゃんは10歳で年齢相応の身長だが、大きなドアンさんに片手で抱っこされているのを見ると幼女のようだ。
そしてその微笑ましい姿を見ていると俺は……少し切なくなる。
『小4くらいまでは、俺も抱っこせがまれてたな……』
妻の美香からは「小4にもなって!」と怒られていたが、俺は素直にうれしかった…………
パンッパンッ!
俺は両頬を両手でたたき、気合を入れなおす。今から命がけの仕事なんだ、おセンチになるのは夜寝る前だけにしておこう!
「……ユキア、行きまーっす!!」
門番さんに変な目で見られながら、俺は城門を駆け抜けていった。
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