第23話 別れ
「何も、ミレイ師が直々に講師をしなくてもいいでしょうに……」
白髪の髪を後ろになでつけた、目つきの鋭い壮年の男がため息交じりに呟いた。
「あら、私は『初心者講習』を世に広め、冒険者の質の向上のために各地を回っているのよ。将来有望な若者を見つければ、自ら道を示してあげるのも役目の一つよ」
「それは……そうでしょうが……そんなに見どころのある若者なのですか?」
そう尋ねた男は、この総合調整自由組合ルーベリス支部の支部長キース・マクマス。通常、ギルドマスター、ギルマスなどと呼ばれる男だ。そのギルマスの執務室で、キースとミレイ・オハラは向かい合って座っていた。
「これに魔素を流し込んでみて」
「ん、黒魔鉄の冒険者カードですか?」
ミレイから冒険者カードを受け取ったキースは、普段通りカードに魔素を流し込もうとする。
「……ん、な、これは……くっ、はっ!」
キースは時間をかけてようやく冒険者カードに魔素を流し込んだ。黒魔鉄のカードに文字が浮かび上がる。
「おー、さっすが元A級冒険者!」
「何ですか、この異常に複雑な魔導回路は……?」
「うふっ、最近、魔細工にハマってて。趣味よ」
「嫌がらせですかっ!?」
「怒んないの~ でもね、あの子、君より短い時間でこれと同じものに魔素を流し込めたよー」
「————なっ!」
キースは黒魔鉄のカードを手持ったまま、しばし固まった。
「これは、上級スキルか特殊固有スキルを扱えるほどの魔調力を持たないと、文字を浮かび上がらせることはできないわ」
【スキル】はただそれを取得できれば良いというものではない。そのスキルを使えるだけの『内在魔素』を持ち、何よりそのスキルを使いこなせるだけの魔調力、つまりは『魔素調整力』がなければ、いくら膨大な『内在魔素量』を誇ろうとも、うまくスキルは体現されない。『内在魔素量』は成長(魂位が上がること)と共に増えていくことが多いが、『魔調力』は不断の努力と、”センス”が必要と言われる。
「さすがにその歳で上級スキルはないでしょう……つまりは、その少年は生来の【特殊固有スキル】を保有していると?」
「そう考えるのが妥当でしょうね~」
「……では、なおのこと、ミレイ師の講習で潰すわけには……」
「ん~? 何か言ったかなぁ~~??」
ミレイがゆっくりと笑顔で首をかしげる。そして、首をかしげる角度に比例してキースの顔が青ざめる。
「い、い、い、いえっ!! 何も!」
「ひどいな~、ユッくんを潰すわけないでしょー。潰すのは潰れた方がいいクズだけだよ」
ミレイの笑みに、キースは「ゾクッ」として背筋を伸ばした。目の前の女性は普段は可愛さが前面に出ているが、時々抗いがたい妖艶さを見せる。男としての本能と生物としての生存本能が、キースの中でせめぎ合う。無論、キースは理性が生存本能に加勢し、事なきを得るのだが。精神の未熟なものは……
「……ごほんっ。それで、その少年の講習が終わり次第、帝都に戻っていただけるということでよろしいでしょうか?」
「そうね……もうだいぶ差し迫っているみたいね。”フーくん”が私まで頼るなんて……相当大変なんだろうね……」
「フェイも”真宰輔”となり、第一線に立つこともまかりならない様子ですからな」
「わかったわ、5日間だけ時間を頂戴。終わったら翌日にはこちらを立つわ」
「了解しました。本部にはそのように伝えます」
◇
初心者講習最終日の翌朝——
早朝、黎明の静けさがまだ辺りを支配する頃、『水聖の導き亭』から一人の女性が出てきた。
「いいんですかい? ユキアが起きるのを待たなくて」
壁を背に立っていた男、カルマルがミレイに声をかける。
「うん、言葉を交わすと離れがたくなっちゃうから。それに多分、ユッくんは2、3日は目を覚まさないと思う。私の魔素、隅々まで通すことができちゃった。あはは」
「——なっ! そんなのフェイのやつ以来じゃ……」
「うーん、でも”フーくん”の時とは違うかな……フーくんの場合は、とにかく『魔調力』が凄かったから、あの子は。ユッくんの場合は、私と魔素の質が似てるの、というかほぼ一緒??」
「……ということは、ユキアも?」
「うん、間違いなく『水聖の祝福』は受けてる。いずれは水聖魔法が使えるようになるよ」
カルマルは腕を組み空を見上げる。
「……ミレイさんが育てた方がいいのでは?」
「そう、したいけどね……”フーくん”のこと、ほっとけないし。それに……」
ミレイは初々しい少女のように両手を空に広げ、黎明の空に笑いかける。
「男の子の冒険を邪魔しちゃだめでしょ!!」
「…………変わらないな、貴方は」
カルマルは少し嬉しそうにつぶやいた。
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