第2話
鬼に両親を殺され、生活をめちゃくちゃにされたやや病弱な少年・緋川叶は、育ての親であるシキと共に鬼専門殺し屋を営んでおり、鬼を憎んでいる。
そのことは友達や近所の人には内緒にしている。
ある日、ひょんなことから叶はシキが○○であるということを知ってしまう。
そこから叶は、鬼を素直に憎めなくなってしまって───?
「……ハッ!っふぅ、っ、ふぅっ、はーっ、」
また、この夢だ。
俺が3歳の頃の、あの、夢。
鬼に襲われてから、何度も何度も見たあの夢。
あのあとは兄さんが背中に大怪我を負ってなんとか俺を助けてくれ、兄さんの指示で姉さんとふたりで逃げたのだった。
あれから、兄さんとは会っていない。
姉さんは逃げた先で耐えられなくなってしまい、ふらりと近くにあった川で入水自殺してしまった。
あのときの、もうほとんど記憶にないはずの幼い頃の記憶が、こうやってたまに夢で鮮烈に思い出させられる。
忘れさせないぞと、語りかけられているかのように。
「あら、また夢見が悪かったみたいね」
俺の部屋のドアを開けて、俺を起こしに来てくれたのは、トウキさん。
俺が天涯孤独になったあと、俺を拾ってくれたシキさんの奥さんだ。
シキさんに拾ってもらってから、俺は16歳の今までずっと育ててもらっていた。
「体調は大丈夫?もう少し寝る?」
「ううん、大丈夫。トウキさん、今日の朝ごはん何?俺、腹減っちゃった」
「ふふ、食欲はちゃんとあるみたいでよかったわ。今朝はね、スクランブルエッグを作ってみたの。珍しくシキもリビングにいるから、一緒に食べましょう」
トウキさんはサラリとその真っ白な髪を揺らして、嬉しそうに笑う。
俺はベッドから下りて学ランを取り出しながら、トウキさんお手製の美味しそうなスクランブルエッグを想像してヨダレを拭う。
シキさんは朝に弱いから、普段は早くに起きてこないんだけど、今日はいるらしい。
久しぶりに朝食を一緒に食べられるかもしれないと聞いて、俺はパパッと手早く着替えた。
先にリビングに行っていたトウキさんは、数分で部屋からこちらへ来た俺を見て微笑む。
「本当、君は準備が早くて助かるわぁ」
「シキさんが極端に遅いだけでしょ」
「……なんだって?」
俺がトウキさんに答えると、近くからシキさんの低い声が聞こえてきた。
びっくりしてそちらを見ると、新聞を読んでいたらしいシキさんが俺を睨んでいた。
「叶が早すぎるんだ。俺は遅くない」
ムスッとしながらまた新聞に目を戻した黒髪赤眼の美丈夫がシキさんだ。
シキさんはいつも右目に眼帯をしており、その下は13年一緒にいる俺も見たことがない。
そんな彼の前に、トウキさんはスクランブルエッグとパンと牛乳を出した。
するとシキさんはぱたりと新聞を閉じて横に置き、早く座るように俺に促してくる。
「何やってる、さっさと座れ」
「さっきまで早すぎるって言ってたのに……」
その変わり身の早さに、俺もトウキさんも苦笑を禁じ得ない。
俺はいつも通りシキさんの目の前に座ってトウキさんが出してくれるスクランブルエッグに目を輝かせる。
シキさんは、リビングで朝食を取る時は絶対に俺のことを待っていてくれる。
なんだかんだいって、優しい人なのだ。
「そういえば、叶。これ見てみろ」
「んむ?」
スクランブルエッグを頬張っている時に話しかけられ、俺は危うく、ふわふわ卵を喉に詰まらせるところだった。
軽く噎せながらシキさんが見せてくる新聞を覗き込むと、デカデカと『連続殺人事件の犯人、未だわからず!?』という文字が見出しにあった。
「朝から物騒なもの読んでるね」
「そうじゃねぇだろ」
俺のズレた言葉が気に食わなかったのか、更に強く新聞を俺に押し付けてくるシキさん。
察しろ、じゃなくて自分で説明してくれればいいのにと思いながら、俺はそれを受け取った。
シキさんの言いたいことは、大体わかっていたし。
「これに、鬼が関わっているかもしれねぇ」
「だから、調査しに行くんだよね」
「……わかってんじゃねぇか」
「何年一緒に活動してると思ってるの」
流石ねぇ、とトウキさんがスクランブルエッグをつつきながら言う。
「わかってんなら、学校終わったあと神楽坂に来い。そこがいちばん被害が多いからな」
「はーい」
俺はそう答えてから、スクールバッグと共に持ってきた竹刀を、いつもの袋に入れる。
これを持っていると、みんなから不思議そうな顔をされる。
うちの高校には剣道部がないから当たり前だ。
そういうときには、習い事で剣道やってて、学校終わったらすぐ行かなきゃいけないから、と誤魔化しているのだが。
朝食を食べ終えて、トウキさんが食器を片付けてくれて、俺は持ち物の最終チェックを行ってから玄関に向かった。
玄関にはシキさんが壁にもたれるように立っていて、チラリとこちらを眼帯で覆われていない左目で見る。
それから、無言で俺にマスクを渡してきた。
きっとそれは、俺は小さい頃はあんまり身体が強くなくて病気がちだったからだろう。
シキさんなりの気遣いだとはわかっているが、もう大丈夫なんだけどな。
「つけとけ」
「……はーい」
無言の圧に負けて、俺は大人しくマスクをつける。
といっても、息をしていたらマスクの内側が濡れて気持ち悪いから、いつも家を出てからすぐ顎マスクにしているのだが。
「いいか、叶。今のお前は緋川叶だ。くれぐれも炎舞って名乗るんじゃねぇぞ」
「わかってるよ。自分の名前だし」
「ん、それならいい」
そんな会話をしていると、シキさんの後ろからひょっこりとトウキさんが顔を覗かせた。
そんなトウキさんに「今日もお弁当ありがとう」と言うと、トウキさんは嬉しそうに笑った。
「じゃあ行ってくる」
「ん、気をつけろよ」
「いってらっしゃーい」
にこにこと笑って送り出してくれるトウキさんと、相変わらず仏頂面をしているシキさんに手を振り、俺は家を出た。
家が見えなくなると俺はマスクを顎まで下げ、竹刀袋を背負い直す。
ひんやりと冷たい朝の空気を吸い込んで、俺は信号が青になった横断歩道をぺたぺたと歩いていく。
――炎舞って名乗るわけないだろうが。
心の中でそう毒づき、俺はひたすらにぺたぺたと足音を立てて歩いていく。
炎舞というのは、俺のコードネームだ。
俺は、シキさんと一緒に組んで、鬼専門殺し屋を営んでいる。
シキさんから誘われたのだ。
そんなに鬼が憎いのならば、いっそ一緒に鬼専門殺し屋として鬼を狩らないか、と。
俺には、鬼を狩る才能があるらしい。
鬼というものは普通、見境なく人を殺して喰らうのではなくて、好き嫌いがあるそうだ。
血の味、肉の硬さ、骨の滑らかさ、それぞれ鬼には匂いでわかって、触れてわかって、裂いてわかる。
でも、俺はその好き嫌いの分類がなされない人間なのだそうだ。
つまり、俺の血、肉、骨、内臓などなどはすべて、どの鬼にも甘美だと感じられるようなものなのだそうだ。
俺自身にもよくわからないが。
そのせいか、俺には普通の人にはないチカラがあるのだとか。
鬼に術を発動させるチカラがあるのと同様に、人間にも稀にそういうチカラを持って生まれてくるのがいるそうだ。
俺が病弱だったのは、そのチカラのコントロールがままならなかったからという理由もあるのだとか。
まだそこら辺の説明はあんまりシキさんからされていないから俺も詳しくはないんだけど。
とりあえずそのチカラとやらは使いすぎると寿命が縮むから、あんまり使わない方がいいらしい。
「かーなえっ」
「うわっ、びっくりした!」
考え事をしながら竹刀袋を握りしめて歩いていた俺は、突然話しかけられて飛び上がる。
振り返ると、俺と同じ制服を着た、黒髪碧眼のすらりとした眼鏡イケメンが立っていた。
俺の同級生の水野辰巳だ。
俺がシキさんと鬼専門殺し屋をやっていることをトウキさん以外で唯一知っている人で、家が代々情報屋をしているので、俺らに情報を提供してくれる存在でもある。
そして何より、数少ない俺の友達のひとり。
ちなみに、辰巳という名前は、コイツが生まれたのが午前9時頃だったからだそうだ。
辰巳の兄の名前が戌亥なので、水野家の名前の付け方には恐れ入る。
「叶、眉間に皺寄ってるよ?」
辰巳はくすくすと笑いながら、俺の眉間をちょんちょんとつつく。
いつの間にか難しい顔をしてしまっていたらしい。
つんつんとつつかれたところを揉みほぐし、なんでもないよ、と辰巳に笑いかけると、辰巳は「そう?」と俺の顔を覗き込んだ。
寝不足ではなさそうだね、と言われて、睡眠はちゃんと取ってるから大丈夫だよ、と返す。
辰巳の両親は、シキさんと昔ながらの知り合いだから、自然と辰巳もシキさんと知り合いで、だから幼い頃にシキさんに引き取られた俺も、辰巳と幼馴染みなのだ。
それ故に、辰巳のお兄さんである戌亥さんとも、喋ったことはあまりないけれどお互いに知り合い同士。
「そういえば辰巳、神楽坂の連続殺人事件について何か知らない?」
「あぁ、あれかな、鬼が関係しているんじゃないかって噂されてるやつ。シキさん、あれに目をつけたの?結構珍しいねぇ」
「珍しい?」
「そう。あの事件、結構大々的に新聞とかメディアとかでも取り扱われているし、鬼がやったんじゃないかって噂まで出てるから、政府公認の狩人組織も取り扱ってるんだよね」
シキさんと俺でやっている鬼専門殺し屋は、政府には認められていない。
勝手に自分たちで立ち上げて活動している、政府非公認組織なのだ。
いや、組織と言えるほど大きくもないが。
政府公認組織に属していて鬼を殺している人達のことは、狩人と呼ばれている。
その狩人たちと同じ任務をすることは、シキさんが最も嫌がることだ。
――そう考えると、確かに珍しい。
シキさんは耳が早いから、そういうことはもう知っているはずなのだけれど……。
「まあ、シキさんのことだから何か考えがあるのかもしれないけど。政府公認組織の狩人たちは叶らのこと知ってるから、気をつけてね」
辰巳はそう言って、俺の背中をポンポンと優しく叩く。
俺はそんな辰巳に微笑みかけてから、脳裏にシキさんのあの仏頂面を思い浮かべた。
あの人は、俺でも何を考えているのかわからない。
シキさんだけじゃなくて、トウキさんも。
あのふたりは、何を考えているのか全く読めない。
狩人たちは、俺らが勝手に鬼を殺しているのを知っているから、俺らを探しているらしい。
鬼はどこにでも出るから鬼殺しに資格は必要ないが、あまりやりすぎると上からのお叱りがくる。
狩人になるための訓練も受けていない一般人が鬼殺しをやるのは危険だからやめてくれと。
それで大事になっても、政府は守ってくれないぞと。
そういう面倒事を避けるためにも、面倒臭がりなシキさんはあまり大事にされていない民間人の鬼に関しての困り事を引き受けているイメージがあった。
「……知らなかっただけなのかな」
俺はそう結論づけて、シキさんの意外な行動の理由を考えるのをやめた。
俺の頭脳じゃどうしたってシキさんに敵わないし、シキさんがそういう行動をする理由がわからない。
シキさん本人に聞いたとしても、上手くはぐらかされて終わるだろう。
なら、俺はいつも通りシキさんのサポートに徹し、狩人たちよりも先に任務を完了させる。
――それだけだと、思っていた。
こんにちは。藤宮壱月と申します。
今回の話は、いかがでしたでしょうか。
楽しんで貰えましたか?
さて、私も誤字脱字がないように気をつけてはいるのですが、どう頑張っても私は人間でありロボットではありません。
誤字脱字や言葉の使い回し等、おかしいところがありましたら、御手数ですが教えていただけると幸いです。
よろしくお願いします。
最後まで読んでくださり、ありがとうござぃした。




