第8話 学院潜入、初日からハードボイルドな展開になった
中途半端な時期ではあるが、俺たちは学院の1年生として編入することになった。
俺だけではない。
ジェイミー・ローズ、改めジェニー・ロス16歳も、今日からこの『アストリオン魔法皇国学院』の1年生だ。
俺はジェイミーの顔を作り変え、ジェニーという新しい名前を与えた。魔法で顔立ちを変えただけではなく、髪型や雰囲気まで調整している。これなら、アシクセイを倒したときの映像に映っていたジェイミー・ローズを知っている人間が見ても、同一人物だとは気づかないだろう。
彼女にとって、学院に通うのは今日が初めてだった。これまで学校というものに通った経験はなく、まともな教育を受ける機会もほとんどなかったらしい。貧しい家庭で育った彼女にとって、学院へ通い、授業を受け、友人と過ごすという当たり前の生活そのものが、ずっと憧れていたものだった。
「本当に……、今日から私も学生なんですね」
学院の門をくぐったところで、ジェニーが足を止めた。目の前に広がる校舎を見上げ、その顔には隠しきれないほどの喜びが浮かんでいる。
「そうだな」
「教室に行って、授業を受けて、お昼になったらご飯を食べて……。なんだか、夢みたい」
声まで弾んでいる。よほど嬉しいらしい。
さて、俺たちが学院生活を送るために必要な金についてだが、元勇者アシクセイの口座から少しばかり拝借した。学費や生活費くらいなら、あいつの口座には十分すぎるほど残っていた。学院に提出した書類関係については、まあどうとでもなった。
「本当にありがとうございます。エリオット」
「気にするな」
俺は短く答えた。もちろん、ジェニーを学院へ通わせるためだけに、俺まで学院へ入学したわけではない。俺は少し前から、この学院に注目していた。
理由は1つ。
学院の地下から、一度だけ大きな魔力反応を感じたからだ。
一瞬だった。ほんのわずかな時間しか発生しなかったが、俺にははっきりと分かった。地下に何かがある。しかも、普通の学院から感じるような魔力ではなかった。あれほど強い反応を見逃す理由はない。俺の力なら、地下に何が待ち構えていようと問題はない。
気になって、一度は夜中に侵入しようとも考えた。だが、この『アストリオン魔法皇国学院』には魔力シールドが何重にも張り巡らされている。
もちろん、破壊すること自体は簡単だ。俺の力なら、一瞬で突破できる。しかし、その直後に警備隊から追われることになるだろう。それはハードボイルドではない。力任せに壁を壊して侵入するのではなく、誰にも気づかれず、静かに目的を達成する。それこそが俺の求める本物のハードボイルドだ。
「闇の中から静かに入り込む。敵の懐へ入ったことすら悟らせない。……フッ」
「……?」
ジェニーが不思議そうな顔で俺を見る。
「こっちの話だ」
ジェニーは、俺がミスターX本人だとは気づいていない。彼女の中で、俺はあくまでミスターXのマネージャーだ。今後もその認識を崩させるつもりはない。
担任に呼ばれ教室に入る。クラス全員の視線を受け止めながら、ゆっくりと教室を見渡した。編入生の挨拶だ。普通なら、自分の名前を名乗って、出身地や好きなものでも話すのだろう。だが、そんな親しみやすい自己紹介をしてしまえば、俺が目指している男からは遠ざかってしまう。
ここで俺が目指すべきなのは、親しみやすい新入生ではない。誰にも媚びず、誰にも興味を示さず、何を考えているのか分からない男。そう、ハードボイルドである。
俺は一度だけ、教室の隅まで視線を走らせた。目が合った生徒が、わずかに肩を揺らす。
よし、視線だけで空気を変えた。そう判断した俺は、ゆっくりと口を開いた。
「エリオット……。エリオット・クラーク」
それだけ言って、俺は口を閉じた。ここで少しだけ目を細める。顎をわずかに引く。そして最後に、意味ありげな沈黙を置く。
完璧だ。
余計なことを言わない男ほど、周囲には強烈な印象を残す。実際、何人かの生徒は顔を見合わせ、前の席に座っていた女子は小さく身を縮めている。
俺はそれを見て、内心で満足した。初対面から俺のハードボイルドがしっかりと伝わったらしい。教室は静まり帰っている。
「じゃあ、エリオット君。趣味は?」
先生が言った。俺は教室の向こう側を見るように視線を遠くへ向けた。
「……夜を歩くこと」
「え?」
先生が聞き返す。
「人の少ない道を、一人で歩くんです。夜は、俺の体にしっとり馴染む」
誰とも群れず、誰にも干渉されない。その姿を想像すれば、自然と孤高の男を連想するはずだ。
「……そ、そうか。じゃあ、特技は?」
特技。ここで普通に「剣術です」などと答えるのは違う。俺が目指すのは、ただ強いだけの男ではない。自分の強さを説明するのではなく、言葉の端々から「こいつ、何かある」と思わせる。それが重要なのだ。
俺は教室を見渡した。そして、できるだけ感情を込めずに答えた。
「殺気を消すことです」
「は?」
先生の声が裏返った。
「相手に気づかれずに、間合いへ入ることができます」
「…………」
俺はさらに続ける。
「気づいたときにはもう遅い。そういう距離まで、ね」
何人かの生徒が、ごくりと唾を飲み込んだ。先生が俺に恐れをなしつつ、慎重に尋ねる。
「それは……、何かの武術?」
「武術と解釈するかどうかは、俺のあずかり知るところではない」
「…………」
教室中の誰もが硬直していた。隣で目を輝かせながら俺を見るジェニー以外は。
俺は満足して席へ向かった。自己紹介は完璧だった。俺が目指しているハードボイルドな男として、これ以上ない滑り出しだ。
ひそひそと話し声が聞こえてくる。
「なんかヤバいのが来たな」
「殺気を消すのが特技って……」
「気づいたときにはもう遅いとか言ってたぞ」
「明らかに普通の学生じゃねえ……」
やはり、分かる奴には分かるらしい。俺がただの編入生ではないことを、すでに見抜いている。
そんなことを考えながら自分の席へ向かっていると、ふと、教室の後ろに座っている数人の男子が俺を睨んでいることに気づいた。いや、最初から気づいていた。ずっとこちらを見ている。目つきも鋭い。俺が視線を向けても、一向に目を逸らさない。
群れる不良少年こと、ヤンキーか。
どうやら、俺に嫉妬しているらしい。俺の圧倒的な存在感を前にして、なす術もないのだろう。まあ、俺という存在と同じ時代に生まれ、同じクラスになってしまったことを恨む気持ちも分からなくはない。
元いた世界でも、俺はよくヤンキーに絡まれたもんだ。ハードボイルドな男というのは、なぜかそういう連中に目をつけられる。
別に、俺から喧嘩を売った覚えはない。それでも向こうから敵意を向けてくるのだから、こちらとしては迷惑な話だ。
俺はそんな視線を気にすることなく歩き続け、何事もなかったかのように自分の席へついた。
昼休み、俺はジェニーと昼食を食べようと思い、カフェテリアへ移動した。地下にある何かを探るために潜入しているとはいえ、最初から不審な行動ばかり取っていては、こちらの目的を勘づかれる可能性がある。普通の学生として授業を受け、昼になれば友人と食事をする。それくらいの自然な行動を挟んでおいたほうがいい。
「エリオット、何を食べます?」
「適当でいい」
「適当って……」
ジェニーが、少し困ったように笑う。
「せっかくの学院初日なんですから、ちゃんと選びましょうよ」
「それもそうだな」
俺はカフェテリアのメニューを眺めた。
こういう何気ない時間も悪くない。俺はこれまで、闇の支配者になるという自分の目的のためにひたすら力を磨いてきた。だが、こうして学生らしく昼食を選ぶというのも、思ったより悪くないものだ。
そう考えていたときだった。
数人の男子が、こちらへ近づいてきた。教室で俺を睨んでいた連中だ。俺は黙って彼らを見た。すると、一番前にいた男子がジェニーへ声をかけた。
「おいジェニー、お前俺の女になれよ。てめえからは処女の匂いがする」
ジェニーの表情が固まった。随分と下品な言葉を使う男だ。周囲にも嫌そうな顔をする生徒がいる。
これは……、ハードボイルドチャンスきたぁあああ!




