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ハードボイルドな闇の支配者を目指した俺、悪役ムーブをするたびになぜか英雄として称賛される。違う、俺は恐怖されたいんだが?  作者: 座間あぜん


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6/23

第6話 勇者を倒したら、なぜか正義のヒーローになっていた

昨日はいい仕事をした。朝からコーヒーを挽いて入れる。豆を挽く音が静かな部屋に響き、手のひらへ伝わる振動が心地いい。ゆっくりと湯を注ぐと、挽いたばかりの豆から香ばしい香りが立ち上った。俺は目をつぶり、その香りを胸いっぱいに吸い込む。


全てが完璧だった。朝の静けさ。淹れたてのコーヒー。昨日の余韻。どれも今の俺には最高の組み合わせだった。昨日の夜は、ベッドに入ってからもしばらく眠れなかった。目を閉じるたびに、配信のコメントが一気に流れていった光景と、世間が俺に対して恐怖する映像が浮かんできたからだ。今でも興奮がまだ冷めない。


あとはニュースで取り上げられれば、俺の存在は世界中に知れ渡る。昨日までの俺は、ただの謎の男だった。ミスターXとは呼ばれてはいたが、それだけだ。だが、これからは違う。勇者を倒した男として、世界中の人間から恐れられる。


正体も分からない。目的も分からない。どこから来たのかも分からない。子供たちは俺の姿を見ただけで逃げ出すようになり、大人たちは「あの男には関わるな」と互いに警告し、裏社会の連中ですら俺の存在を恐れる。そうなれば完璧だ。俺が長年思い描いてきた、恐怖の闇の支配者への道が、ようやく始まる。


「……ふふっ」


ついに俺は、悪役として大きな一歩を踏み出した。もうすぐ俺は恐怖の象徴となる。そしてその先にあるのが、闇の支配者だ。誰も俺の素性を知らない。にもかかわらず、俺の存在だけは世界中に知られている。そんな存在こそ、俺が憧れていたハードボイルドな闇の支配者だ。




俺は魔道具のパソコンを操作する。俺はコーヒーを飲みながら、テキトーにニュース番組をクリックした。


『昨夜、街外れの倉庫にて大規模な違法薬物取引が発覚しました!』


ニュースキャスターが興奮した声で言う。朝から随分と刺激的なニュースをやっているものだと思いながら、俺はコーヒーを一口飲む。


『現場では、国外から密輸された大量の違法薬物が押収され――』


国外から密輸された違法薬物。随分と大規模な犯罪らしい。物騒な世の中だね。まあ、俺には関係のない事件だ。


『王都警備隊によりますと、勇者アシクセイは裏で違法薬物の密輸に関与していた疑いがあり――』

「…………」


俺は固まった。カップを口元に持っていったまま、完全に動きが止まる。


今、何と言った?


勇者アシクセイ。違法薬物。密輸。

俺の頭の中で、昨日の光景が一気に蘇った。倉庫。商人。武装した男たち。大量の木箱。白い粉。頭の中で1つ1つの情報が繋がっていく。孤児院への支援物資だと思っていたあれの中身が違法薬物だったなんて。


俺はゆっくりとカップをテーブルに置いた。


『さらに、昨夜アシクセイと行動を共にしていた男たちも、違法薬物の密売組織に所属していたことが判明しました』


昨日のあいつら、勇者パーティーじゃなくて犯罪組織だったのか。そんなの聞いてないぞ。俺は昨日、勇者を倒すことしか考えていなかった。あいつらが何者なのかなんて、気にも留めていなかった。


『取引の中心人物として、S級冒険者にして勇者、アシクセイ容疑者は現在身柄を拘束され――』

『そして、この取引を突き止め、現場を制圧した謎の黒衣の男――』


「…………は?」


突き止めたわけじゃねえよ。俺は思わず画面を睨みつける。現場を制圧したと言うか、俺は清廉潔白で世間から英雄と称えられる勇者を倒したかっただけだ。そして闇の支配者として認知されて……。そこで俺は言葉を止めた。違う。俺がやったことは、結果だけ見れば犯罪組織の取引現場を潰したことになる。勇者=犯罪者を倒した。違法薬物を押収させた。確かに、結果だけなら完全に正義の味方ムーブだ。


『彼はいったい何者なのでしょうか!?』


キャスターの問いに、元警備隊の専門家おじいが答える。


『犯罪組織の存在を事前に察知していた可能性が高いですね』


してねえよ。俺は昨日、勇者を倒すことしか考えていなかった。犯罪組織の存在なんて、今このニュースを見て初めて知ったくらいだ。


『勇者アシクセイの裏の顔を知っていた、ということでしょうか?』


知らん、知らん。裏の顔はただの足が臭い爽やか残念イケメンだよ。俺が知っているアシクセイの情報なんてそれくらいだ。顔はいい。だが足が臭い。俺にとっては、それだけの男だった。まさか裏で特大にヤバい犯罪行為をしてるなんて、俺が知るわけない。


『彼は勇者アシクセイに対して、匂うという発言をしてましたね』

『確かに私もあの配信を見ましたが「お前、匂うんだよ」「かなり匂う」と発言しています』


俺は昨日のことを思い出す。そういえば言った。確かに言った。理由は単純だった。


あいつ、めちゃくちゃ足が臭かったからな。本当に臭かった。あの距離でも分かるくらいには臭かった。だから言ってやったのだ。匂う、と。本人も気にしている様子だったから、少し申し訳ない気持ちもある。でもそれだけだ。


『あれは勇者に諦めて投降するように勧めているわけです』


違う。違う違う違う。純粋に足が臭かったんだって!

俺は思わず画面に向かって身を乗り出した。何だ、その深読みは。あの言葉にそんな高尚な意味はない。ただ本当に臭かっただけだ。


『それでも勇者アシクセイは投降しなかった。だから仕方なく拳を振るったと』

『そうとしか考えられません。私の知る限り、警備隊ですら勇者アシクセイの裏の顔には一切気づいていませんでした。彼だけが気づいていたんです』


気づいてねえから。元々俺は勇者なんかに1ミリも興味なかった人間だぞ。俺は画面に向かって突っ込み続ける。だが、ニュースは止まらない。こちらの事情など一切考慮せず、俺の行動を勝手に美談へと仕立て上げていく。


『また今回配信していた男性は、前回話題になった指名手配中の強盗犯を叩きのめした通称ミスターXと同一人物であることが分かっています』


「…………」


嫌な予感がした。俺は無言で画面を見つめる。


『彼はまさに、弱きを助け悪を滅ぼす、ヒーローのような存在と言えるでしょう』


ふざけんな。俺は闇の支配者になる男だぞ、バカやろう。

俺は頭を抱えた。前回もそうだった。偶然、強盗犯を倒したら英雄扱いされた。そして今回もそうだ。勇者を倒したら、よりにもよって犯罪組織の中心人物だった。俺が悪役になろうとすればするほど、結果だけが正義の方向へ転がっていく。


「ちくしょう……、どうしてこうなった」


今度こそ悪役になれると思った。それなのに。勇者が本当に悪役だった、だと……。結果として、また俺が悪を倒したことになっているじゃないか。


そんな偶然あるか?


あった。現に今、起きている。起きてはいけないことが起こってしまった。俺は昨日、自分史上最高の悪役ムーブを決めたつもりだった。勇者を倒し、配信までして、最後には「俺は、光を食らう闇だ」なんて決め台詞まで放った。それなのに蓋を開けてみれば、俺は麻薬組織の取引を止めた英雄になっている。


どう考えてもおかしい。俺の計画は完璧だったはずだ。完璧だったはずなのに、結果だけが毎回おかしな方向へ進んでいる。


コメント欄が表示された。


『黒衣の男こと、ミスターXありがとう!』

『勇者の裏切りを暴いてくれて感謝!』

『あの人がいなかったら、薬物が街に流れていたんだよね?』

『本当に凄い人だ』

『絶対正義のために動いてる』

『名前はまだ分からないの?』

『本人は目立つつもりがないのかな』

『なんて格好いい人なんだ。憧れるわ』


誰かに感謝されたいわけじゃない。街を守りたいわけでもない。悪を滅ぼしたいわけでもない。世界を救いたいわけでもない。誰かのために戦いたいわけでもない。


むしろ、その逆だ。


俺が求めているのは、人々が俺の姿を見ただけで恐怖すること。俺の存在を聞いただけで震えること。誰も俺の正体を知らないまま、闇の支配者となること。平和とは無縁でいたいのだ。それだけ。なのに、世間は俺の行動を勝手に正義へと変換していく。


「……なんでだよ」


俺はニュース画面を閉じた。


もう見たくない。これ以上見ていたら、俺の精神が持たない。画面が暗くなると、部屋には朝の静けさが戻ってきた。ついさっきまで聞こえていたキャスターの声も、コメント欄の文字も消えている。それなのに、頭の中にはさっき見た言葉が残り続けていた。


ヒーロー。


俺は深く息を吐いた。昨日までは、俺の知名度が上がることを喜んでいた。今日は、その知名度が上がったことを恐ろしく感じる。何しろ、方向性が完全に真逆に進んでいるのだ。前に進んでいるつもりが後ろに下がっていた。


どうすればいい……。どうすれば俺は、正真正銘の悪役になれるんだ。


なお、この日。俺の知名度は、前日までの数十倍になった。





ピンポーン


「またアンナさんか」


俺は玄関へ向かった。また野菜でも持ってきたのだろう。正直今は野菜のことよりも、将来について考えたい。誰とも喋りたい気分じゃなかった。だが、無視するわけにもいかない。俺は玄関を開けた。


「はい」


白い服の女だった。アンナさんじゃない。


「あなたが謎の男、ミスターXさんですか?」

「…………」

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