第5話 「俺は、光を食らう闇だ」
「君を……、ここで殺す」
アシクセイが俺から距離をとる。剣を両手で握る。光が集まる。倉庫が昼間のように明るくなる。魔力が膨張していく。これほどの力を一点に集めれば、並みの冒険者なら近づくことすらできないだろう。だが俺は違う。ゆっくりと一歩一歩近づいていく。
やがて巨大な光の刃が生まれた。俺はその光を見上げた。天井へ届くほどの大きさ。これが勇者の奥の手。
倉庫がその魔力に耐えられないようだ。柱が軋み、天井から細かな鉄片が落ちてくる。これほどの力をまともに受ければ、S級冒険者であっても無事では済まないだろう。ていうか、俺以外ならだいたい死ぬな。俺自身も、ノーガードならさすがに少しくらいは傷を負うかもしれない。というのはさすがに言いすぎか。だがそれほどまでに凄まじい魔力だった。
「……最後に1つだけ聞く」
アシクセイが低い声で言った。
「名を名乗れ」
「……名前?」
「そうだ。僕を狙ってここまで来たんだろ。せめて、君が何者なのかくらいは知っておきたい」
俺は口元に咥えていた疑似タバコを外した。
「……知ってどうする?」
コメント欄が一気に流れ始める。
『ここで名乗るのか?』
『黒衣の男、ずっと余裕だな』
『勇者があれだけの魔力を出してるのに動じてない』
『アシクセイも怖い顔してる』
『この2人、現実に存在してんの?』
『映画みたいになってきた』
『ていうか本当に生配信?』
「勇者である僕をここまで追い詰めたのは、君が初めてなんだ。生涯忘れないことを約束しよう」
「…………」
なるほどそう来たか。さて、ハードボイルドは何と返すのが正解だろうか。ここは重要だ。勇者と対峙し、互いに命を懸けている。ここで凡庸な言葉を選べば、これまで積み上げてきた俺のハードボイルドが台無しになる。
コメント欄がさらに加速している。
『え、勇者が認めた!?』
『ここまで追い詰めたってマジかよ』
『アシクセイがこんなこと言うの初めて聞いた』
『黒衣の男、何者なんだ』
『名前教えてくれ!』
『これ絶対後で切り抜かれるぞ』
期待に応えざるを得ないな。そのとき、俺の脳内ハードボイルドコンピューターは完璧な回答をはじき出した。
「今夜、お前が覚えるべきなのは俺の名前じゃない」
俺は光に照らされたアシクセイを見据える。
「――恐怖だ」
コメント欄が一瞬だけ止まったように見えた。
『こいつ本当にこういうの好きだな』
『カッコいい……のか?』
『悔しいけどちょっとカッコいい』
『こういう台詞を真顔で言えるのメンタル強すぎ』
『名前聞かれて恐怖って答えるの何なんだよ』
『本人絶対カッコいいと思ってるだろ』
『でも実力が伴ってるから何も言えねえ』
「……そうか」
アシクセイが剣を握り直す。光がさらに膨れ上がった。
「なら、今後君のことは『謎の男』と覚えておくことにするよ」
「……好きにしろ」
「後悔するなよ」
「後悔?」
俺は疑似タバコを真横へ投げ捨てた。
「残念ながら俺は、その感情を持ち得ない。ゆえに理解できない。お前と違ってな。勇者アシクセイ」
コメント欄も、俺のセリフにさぞ震えていることだろう。
『絶妙にダサい』
『ラスボス前の雑魚が言うセリフ』
『勇者が主人公に見えてきた』
『嫌いじゃないよ俺はお前のこと』
『よく分からんけど、どっちも怖いので通報しました』
『アシクセイ、ここまで煽られてよく耐えてるな』
『いやもう既に勇者ブチ切れてるだろ』
『奥の手くるぞ。これで決まる』
「その余裕、すぐに消してあげるよ……」
次の瞬間、光が爆発した。
「聖光断界!!」
アシクセイが吠えた。だがよく見ると、光は剣の形をしている。巨大な光の刃が周囲の空気を震わせ、雨粒も倉庫の天井や壁も弾き飛ばしていく。
俺はその場で右手を伸ばした。そして親指と人差し指で光の刃を掴んだ。
「…………は?」
アシクセイが固まった。俺はそのまま握り潰す。
バキィン!!
光が砕け散った。
「そ、そんな……」
勇者は腰を抜かして尻もちをついた。
『…………』
『え?』
『今、何した?』
『掴んだ?』
『光を?』
『素手で?』
『待って待って待って』
『勇者の必殺技を片手で止めたぞ』
『指2本や』
『握り潰したんだけど』
『勇者、腰抜かしてる』
『さっきまで完全に勇者側が勝つと思ってた俺を殴ってくれ』
『S級冒険者の奥義だぞ!?』
『黒衣の男、マジで何者なんだよ』
俺は起き上がれない勇者の前で立ち止まる。勇者が震えている。残念なことに、お漏らしまで。これじゃ、勇者の面目丸つぶれだな。
俺はゆっくりと拳を握った。
「感謝する。いいダシになってくれたことを……」
軽く。本当に軽く拳を振った。
ドゴォォォン!!
アシクセイの身体が吹き飛んだ。壁を突き破る。そのまま奥の部屋の木箱へ突っ込んだ。
バキバキバキッ!!
木箱が次々と砕け散る。
そして中身が床へぶちまけられた。
白い粉が大量に舞う。
何だ、これ。粉か。孤児院への支援物資にしては、妙なものが入っている。小麦粉だろうか。パンでも作るのか。パンは強力粉だっけ。何でもいい。俺には関係ない。
『勇者が吹き飛んだああああああ!!』
『壁抜けたぞ!?』
『拳一発!?』
『今の軽く振っただけなんだが!?』
『アシクセイ生きてる?』
『誰か救急呼べ!!』
『いや、ここどこだよ!!』
『白い粉なんだこれ?』
『薬品?』
『これ何かヤバいやつじゃない?』
『誰か詳しい人いないの!?』
アシクセイは粉にまみれて倒れている。気絶しているようだ。俺はその姿を見下ろす。なかなかに強かった。だが、俺には届かなかった。それだけだ。
これで俺は、勇者を倒した男として世界中に知られる。恐怖の象徴になる。闇の支配者へ間違いなく近づいた。今まで俺のことを「ミスターX」と呼んでいた連中も、明日からは「恐怖の男」あるいは「凶器の男」とでも呼んでいるだろう。俺を見れば震え、俺の名を聞けば顔を青ざめる。そんな未来が、もうすぐそこまで来ている。
「フッ……」
視聴者数は、すでに数万人に達していた。コメントが凄まじい速度で流れている。
『歴史的瞬間を見てる気分だ』
『勇者を一撃で倒した男』
『これ明日のニュース確定だろ』
『黒衣の男、最後まで余裕すぎる』
『ミスターX説、かなり濃厚じゃね?』
『絶対ただ者じゃない』
『この人、何が目的なんだ?』
『勇者を倒して何をするつもりなんだよ』
『怖すぎる』
『でも、なんで犯罪現場みたいな場所にいたんだ?』
『白い粉、マジで何なんだ?』
『誰か通報してくれ』
全てのコメントは読み切れない。流れるのが速すぎて読めないのだ。俺は満足していた。配信も成功。明日には俺の存在が世界中へと広がる。
誰も俺を軽く扱えなくなる。恐怖され、畏れられる。
さて、配信を終える前に、最高にカッコいいハードボイルドで締めくくるか。渋い顔を作って斜めに立つ。
「光が強ければ強いほど、闇は深くなる」
一拍置く。
「俺は、光を食らう闇だ」
完璧。俺は満足してコメント欄を見る。
『これ、ドラマの撮影かなんか?』
『確かに、リアルでこんなこというやつおるわけない』
『めちゃくちゃ悪役っぽい』
『さすがにネタとして本人楽しんでるだろ』
『勇者倒してこの台詞は強すぎる』
『こわ面白い……』
『明日のニュースが楽しみだ』
『ところで白い粉は何なんだよ』
『もう警備隊が動いてるだろこれ』
そこまで読んで配信を停止した。
俺はさっそうと倉庫を後にする。雨の中を来た時と同じように同じ歩幅で歩く。そう、勇者を処す程度のこと、俺にとっては一服するのと大差ないのである。
このときの俺はまだ、床一面に散らばっていたあの白い粉のことを知らない。あの商人っぽい男や武装した男たちは何者だったのか。アシクセイが倉庫で何をしようとしていたのか。俺は知らない。
もちろん、翌朝になってこんなニュースが流れるのも知らない。
『昨夜、街外れの倉庫にて大規模な違法薬物取引が発覚しました!』
『現場では、国外から密輸された大量の違法薬物が押収され――』
『取引の中心人物として、S級冒険者にして勇者、アシクセイ容疑者が拘束されました!』
『そして、この取引を偶然にも突き止め、現場を制圧した謎の黒衣の男――』
『現在、彼の正体を巡って世界中から注目が集まっています!』




