第22話 闇の教団・アポクリファ
俺たちはしばらく歩き、巨大な扉の前へ辿り着いた。扉には古代文字らしきものが刻まれている。俺が手を伸ばすより早く、イヴ先生が扉の横にある魔法装置へ手をかざした。
「認証します」
低い魔導機械音。続いて、イヴ先生が短い言葉を呟いた。
「アポクリファ」
ゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
「……アポクリファ?」
「はい」
「それが暗号なのか?」
「そうです。意味は分からないですけど、学院長から教えてもらいました」
何の変哲もない返事だった。扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。巨大な水槽。無数の魔法陣。壁際に並べられた研究器具。
そして、その奥には大量のグールが閉じ込められていた。
「……なるほど」
俺は周囲を見回す。ここが、今回のグール騒動の発生源。そう考えるのが自然だった。
「待っていたぞ」
低い声が響いた。奥から一人の男が歩いてくる。白髪交じりの髪。長い外套。鋭い目。
「……学院長」
イヴ先生が小さく呟いた。学院長は俺を見ると、しばらく黙っていた。
「ミスターX……」
「……」
「ついにここまで来たか」
まるで俺が来ることを知っていたような言い方だった。
「お前がグールを作ったのか?」
俺が尋ねると、学院長は否定しなかった。
「そうだ。この施設では、長年にわたってグールの研究を続けてきた」
「何のために?」
「力を得るために決まっている」
学院長の声は重かった。
「グールには通常の生物にはない再生能力がある。肉体の損傷すら瞬時に修復する。私はその力を利用しようとした。しかし制御できなかった。研究は失敗し、グールは地上へ漏れ出した」
「つまり、今回の騒動はお前のせいか」
学院長は苦々しく笑った。
「なら、責任を取ってもらおうか」
「……ふっ」
学院長が笑った。
「その前に、一つ聞きたい。お前は何者だ? 正義の味方気取りか」
「……」
俺はハットのつばを指で軽く押し下げた。
「俺か?」
ここは決めるところだ。
「俺は……闇を歩く者だ」
「……」
学院長の顔から笑みが消えた。
「やはり……、そういうことか」
「?」
何だ?何か勝手に納得している。
「お前は……、アポクリファの人間なのだな」
……違う。なんだそれは。
「隠す必要はない」
いや、本当に違うんだが。でも、知らないとは言いたくない。
「なるほど。徹底して正体を隠すつもりか」
「……」
俺は少しだけ眉をひそめた。そもそも、アポクリファって何だ?
「それが教団の意思なのだな……」
アポクリファとは、闇の教団の名前か何かか?
学院長は何かを考えている。やがて学院長は、ゆっくりと口を開いた。
「私は不要になったということ……。それとも最初から仕組まれていたのか」
「?」
「闇の支配者、ひどいお方だ」
学院長の声が低くなる。
俺の心臓が跳ねた。闇の支配者。それは、俺がずっと目指してきたものだった。黒い服。夜の街。誰にも媚びず、誰にも従わず、ただ圧倒的な力だけで世界を支配する存在。
俺が憧れていた言葉。
「……闇の支配者」
思わず呟いてしまった。学院長は俺の反応を見て、顔を強張らせる。
「そう、君も知っているのだろう」
「…………」
いや、だから今初めて聞いた。
「知っていることを全て話せ」
「君の方が詳しいんじゃないか?」
「いいから話せ」
学院長が続ける。
「闇の支配者は、世間には知られていない。その存在を知る者は、世界でもごく一部だ。国家の頂点に立つ者ですら、その名を知らない者が多い」
そうなのか。
「現在の世界は、表向きには国家や皇帝、王、冒険者ギルドなどによって動いている」
学院長は拳を握った。
「だが、それは表の話だ。戦争も、経済も、魔法研究も、犯罪も。その裏側には、常に闇の教団アポクリファが存在する」
「…………」
「そして、その頂点に立つ闇の支配者によって、世界は牛耳られている」
学院長の声には恐怖が混じっていた。
「この世界は……、闇の支配者の手の平の上」
俺は黙って聞いていた。だが、頭の中では別のことを考えていた。
本当に存在するのか。俺が目指している「闇の支配者」が。しかも、世界の裏側で本当に活動している?
だったら。
「……面白い」
口元が自然に緩んだ。もし本当に存在するなら、一度くらい会ってみたい。どれほどの力を持っているのか。俺の理想を体現しているのか。
そして俺よりハードボイルドなのか。
「貴様……、狂ったか」
学院長の声が震える。
「私たちはどうせ、闇の支配者に殺される運命なのだぞ? そうだ、一緒に私と手を組もう。そうしたら、逃げられるかもしれない」
「……フッ」
「何がおかしい! この状況を打破するには協力するしかない。どうせ君も殺される運命にある。ならば一緒に――」
「……フッ」
「闇の支配者を、恐れていないのか!?」
「恐れる?」
俺は首を傾げた。
「なぜ? むしろ、興味がある」
学院長の顔から血の気が引いた。
「……お前は、やはり何も分かっていない。私のように、利用された挙句殺されるだけだぞ。私のような人間が、世界中にいる!」
「なるほど」
俺は頷いた。
「つまり、世界中に手下がいるのか」
「そうだ。私もその一人だった。ついさっきまではな」
「……いい。とてもいい」
学院長は俺を睨みつける。
「お前は……、本当に何者なんだ」
「ミスターX」
学院長は頭を抱えるように額へ手を当てた。
「もういい……」
低い声が響く。そして学院長は自嘲するように笑った。
「アポクリファから与えられた研究を完成させることができなかった。大した成果すら残せなかった。お前のせいでな。ミスターX!」
学院長は自分の胸元から小さな瓶を取り出した。中には黒い液体が入っている。
「……下がっていろ」
俺はイヴ先生を後ろへ下げた。
「ミスターXさん?」
「こいつ、何かするつもりだ」
学院長が瓶の蓋を開ける。黒い液体を飲み干した。
「せめて、貴様を道連れにする!」




