第21話 その女、狂信者につき
夜だというのに、アストリオン魔法皇国学院の正門前には人が溢れていた。
魔導通信社の記者。新聞社の記者。配信機材を抱えた者。学院の異変を聞きつけて駆けつけた野次馬。普段ならとっくに静まり返っているはずの時間帯だというのに、正門周辺だけは昼間よりも騒がしい。
「学院長! ミスターXが公開した脱税疑惑について説明してください!」
「学院長は本当に不正な資金操作を行っていたんですか!?」
「イザベラ生徒会長は現在どこにいるんですか!?」
「学院側は今回の件をどう説明するつもりですか!?」
質問が飛び交う。学院側も必死に対応しているが、完全に後手に回っていた。ましてやグール襲撃のすぐあとである。生徒たちは全員が帰宅済みだが、教師たちは対応に追われていた。
何しろ、つい先ほどまで誰も知らなかった話が、突然全世界へ向けて配信されたのだ。しかも、その配信を行ったのは、ついさきほどまで学院を魔物から救っていた謎の男。ミスターX。
学院最強の生徒会長を攫った男。
学院長の娘から脱税疑惑の証拠が入ったUSBを受け取った男。返したけど。
世間からすれば、これほど話題性のある人物はいない。
「学院長を出してください!」
「USBの中身について確認しましたか!?」
「脱税疑惑については否定されるんですか!?」
「誰が資金を動かしたんですか!?」
怒鳴り声まで響いている。学院長は姿を見せない。だが追い詰められるのは時間の問題だろう。
「……逮捕されるかもな」
夜の屋上から学院を眺める。
遠くからでも分かるほど、正門周辺には人が集まっている。魔導灯の明かりが連なり、報道用の魔導機器まで大量に並べられている。
俺は腕を組んだ。
「まさか、ここまで大事になるとは」
正直、驚いている。俺は配信をしただけだ。学院長の脱税疑惑についても、俺が暴いたわけではない。イザベラが勝手に喋り出した。
俺としては地下を調べたいだけなのだが。
「……まあ、いい」
むしろ好都合だ。報道陣が正門に集中している。警備も当然そちらへ集まっているだろう。
ならば……。
「今なら、入りやすい」
俺は学院の中に侵入する。地下へと繋がる階段の防護シールドに触れた。普通の人間なら、これを突破することはできない。
「俺には関係ない」
指先へ魔力を集める。
バチィッ!
空気が震えた。シールドが俺の魔力を拒絶する。力を込める。
ギギギギギ。
空間そのものが軋むような音を立てた。シールドの一部が押し広げられていく。数か月前に感じた巨大な魔力反応の正体を知りたい。この先に何かがある。俺はそう確信している。
そのときだった。
「……あらあら」
背後から、柔らかな声がした。俺はゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは……。
イヴ先生……?
白衣姿の女性。保健室の先生、イヴ・コーデリアだった。
「こんばんは、ミスターXさん」
穏やかな笑顔。落ち着いた声。白衣も、髪も、表情も、ヒールしてくれたときと何も変わらない。ただし目だけが違った。俺を見つめる瞳には、今まで見たことのないほど強い光が宿っている。
まるで、ずっと探していたものをようやく見つけたような目だった。
「今日の配信、とても素敵でした」
「……」
「何度も繰り返して見ました。一度見ただけでは足りなくて」
「……」
俺は少しだけ眉をひそめた。何かがおかしい。
「私、あなたのファンなんです」
「ファン?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「大ファンです」
「……そうか」
ミスターXとしては、どうなんだ。有名にはなりたいがファンがほしいかと言われると違う。むしろ怖がってほしいのだが。
イヴ先生の目が怖い。
「地下に行きたいんですよね?」
「ああ」
「私が案内します」
「……なぜ?」
イヴ先生は不思議そうに首を傾げた。
「あらまあ……」
それから、柔らかく笑う。
「だって、あなたのファンだから」
「……それだけの理由でか?」
「それだけではありません」
イヴ先生の声が少し低くなる。
「私は、あなたを信じています。あなたが学院に秘密があると言うなら、きっとある」
「……」
「あなたが地下へ行く必要があると言うなら、そこには行く価値がある」
「……」
「あなたが誰かを敵だと言うなら、その人は私にとっても敵です」
俺は黙った。イヴ先生は笑っている。なのに、口から出てくる言葉は穏やかではない。
「あなた以上に信頼できる人はいません」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
「今日の配信を見て、決めました」
イヴ先生が一歩、こちらへ近づく。
「私は、もう学院の側には立ちません。学院長が何を言おうと関係ありません。生徒たちがあなたを悪者だと言っても、関係ありません」
イヴ先生の笑顔が深くなる。
「私が信じるのは、あなたです。だからあなたが望むなら、私は何でもします」
「何でも?」
「はい。養護教諭という立場を捨てることも。あなたの邪魔をする人間を排除することも」
「……」
「あなたが闇へ進むなら、私もその闇へ行きます」
イヴ先生がさらに一歩近づく。そして尋ねる。
「いいですよね」
「危険かもしれないぞ」
イヴ先生の目が細くなる。
「あなたと同じ場所で終われるなら、私は幸せです」
俺は何も言わなかった。重い。あまりにも重い。だが、ここで動揺するわけにはいかない。ミスターXは、何事にも動じない男なのだ。
「……分かった。案内してくれ」
「はい」
イヴ先生の顔がぱっと明るくなる。
しばらく廊下を進んだ先。そこには、古い壁があった。見た目だけなら、ただの壁だ。
「ここです」
「……ここ?」
「はい」
イヴ先生は壁の一部へ手を当てた。
「この場所には認証装置があります」
「……なるほど」
イヴ先生が小さな声で暗号っぽいことを告げる。壁の奥から、小さな音がする。
ゴゴゴゴゴ……。
壁がゆっくりと横へ動いていく。その奥から、冷たい空気が流れてきた。暗闇へ続く階段。イヴ先生が先に階段へ足を踏み入れる。俺も階段を下りる。壁に埋め込まれた古い魔導灯が、俺たちの接近に反応するように一つずつ灯っていく。
薄暗い光の先に、古い扉が見えた。扉を抜ける。
その先には……。




