第20話 知らないうちに学院の闇を暴いていた
「……やあ諸君、ミスターXだ」
配信が始まった。
画面の向こうには、すでに大勢の視聴者が集まっている。配信開始から数秒しか経っていないというのに、コメント欄は凄まじい勢いで流れていた。
『ミスターXだ!』
『本物!?』
『生徒会長は!?』
『イザベラ会長を返せ!』
『学院を救ったらしいが今度は誘拐!?』
『何が目的なんだ?』
『昨日の魔物を倒した人だよな?』
『どうしてこんなことになってるんだよ!』
俺は画面を眺めながら、内心満足していた。
いい。この反応だ。
配信タイトルは、【緊急配信】学院最強の生徒会長を預かった。
その宣言通り、俺は学院最強の生徒会長を拘束した状態で配信を始めている。これなら、さすがに英雄とは呼ばれないだろう。
学院を救った謎の男。それが今や、その学院の生徒会長を攫った謎の男。ここまでやれば、誰がどう見ても悪役だ。
俺はカメラの正面に立った。
室内なのでハットは外している。黒いコートも脱ぎ、黒いシャツだけを着ていた。照明は最低限。部屋全体を明るくするつもりはない。暗いほうがいい。
背後には、椅子に座ったイザベラがいる。画面に映る光景だけを見れば、どう考えてもまともな人間には見えない。
これでいい。俺は、ずっとこういう姿に憧れていた。正体不明の男。何を考えているのか分からない。誰にも理解されない。闇の中から現れ、世界に向けて意味深な言葉を吐く。それこそが、俺の目指してきた闇の支配者だ。
俺はカメラを見据えた。
「まず最初に言っておこう」
コメント欄の流れが少しだけ変わった。
「お前たちが気にしている、この女についてだ」
俺は視線をイザベラへ向ける。イザベラは椅子に座ったまま、俺をじっと見ていた。疲労しているはずなのに、その目にはまだ強い意志が残っている。
「学院最強の剣士」
俺は淡々と告げる。
「白銀の守護隊を率いる生徒会長、イザベラ・コスタクロック」
コメント欄が一気に加速した。
『皇国の剣術大会で優勝した人だ!』
『本当にイザベラじゃん!』
『怪我してない!?』
『ミスターX、何するつもりなんだ!?』
『お前は俺たちのヒーローだろ』
『誘拐ってどういうことだよ!』
ヒーロー。
またそれか。俺は口元をわずかに上げた。
「安心しろ。今のところ、殺すつもりはない」
イザベラの眉が動いた。コメント欄が一気に荒れる。
『今のところ!?』
『怖すぎる』
『その言い方やめろ!』
『やっぱり悪人だったのか?』
『いや、あえて怖がらせてるだけじゃないか?』
『学院を救ってたはずなのに』
そうだ。もっとちゃんと怖がってくれ。俺は内心でそう思った。この程度の反応では足りない。俺は学院最強の生徒会長を攫ったのだ。もっと恐怖されてもいいはずだ。
「なぜ俺が彼女を攫ったのか」
俺はカメラへ視線を戻した。
「それを知りたいか?」
コメント欄が一斉に流れる。
『知りたい!』
『目的を言え!』
『学院への要求は?』
『金か?』
『復讐?』
『学院を支配するつもり?』
『生徒会長を人質にして何をするんだ?』
俺は少しだけ黙った。ここからが本題だ。話題は何だっていい。この状況で配信すること自体が目的なのだ。
「……アストリオン魔法皇国学院には、誰にも知られていない秘密がある」
その言葉を口にした瞬間だった。イザベラの表情が変わった。
「……」
俺はその変化を見逃さなかった。なるほど。やはり何かある。俺は少しだけ自信を深めた。
「表には出せない歴史がある。そうだろ?」
イザベラが口を開いた。
「私は、アストリオン魔法皇国学院の学院長の娘です」
「……」
俺は黙った。初耳だった。そうなのか。学院長の娘だったのか。知らなかった。アガサめ。学院の歴史をあれだけ詳しく教えてくれたのだから、そのくらい教えておいてほしかった。
まあいい。むしろ今の俺にとっては都合がいい。
「だから私を連れ去ったということね……」
イザベラはそう言った。
「ああ、そうだ」
俺は即答した。正直に言えば、俺は今初めて知った。だが、ここで「今知った」などと言えるわけがない。ミスターXは、闇の支配者は、すべてを知っている男なのだから。
「それで、何を知りたいの?」
「……言わなければ分からないか?」
俺は低い声で答えた。意味深に。できるだけハードボイルドに。俺が知りたいのは、地下に何があるのかだけだ。学院長の娘なら知っている可能性がある。
イザベラの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
「……分かりません」
「……」
「本当に、分からないわ」
イザベラは俯いた。俺は黙って彼女を見る。どうやら地下について、何か知っているわけではないらしい。
ならば、別の方向から聞いてみるか。
「お前の父親は、学院の歴史について、本当に何も教えてくれなかったのか?」
「歴史……」
イザベラが顔を上げた。
「コスタクロック家は、学院の前身である魔法研究施設の頃から一族で運営してきたのだろう?」
これは以前、アガサから聞いた話だ。学院のある場所には昔、魔法研究施設が存在していた。それが火災によって焼失し、その跡地に現在の学院が建てられた。現在の学院長に至るまで、コスタクロック家が学院の運営に関わっている。コスタクロック家ということは知らなかったが、一族経営らしい。
そこまでは知っている。
「ここまで言えば分かるだろう?」
俺は言った。
「父が何かを隠していることは、私も感じていました。でも、それが何なのかは教えてもらえなかった」
俺は黙っていた。イザベラもしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開く。
「だから自分で調べました。学院の経営について」
「……経営?」
「はい」
イザベラは頷いた。
「学院のお金の流れです」
俺は黙って聞く。経営の話なんかどうでもいいんだが。
「私は生徒会長です。学院の金銭に関わる情報に触れる機会がありました。その中で、いくつか不自然な数字を見つけました」
「不自然な数字?」
「収入と支出が合わなかったんです」
イザベラは膝の上で手を握り締めた。
「最初は、単純な経理上のミスだと思いました。でも調べれば調べるほど、おかしいことが増えていった」
声が震える。
「学院から支払われたはずのお金が、複数の企業を経由して別の口座へ流れていたんです」
「……」
「一度ではありません」
イザベラは目を伏せる。
「何年も続いていました」
俺は眉をひそめた。
「何年も?」
「はい」
即答だった。俺は画面をちらりと見る。コメント欄がざわつき始める。
『学院の金?』
『不正会計?』
『まさか脱税?』
俺は税金について詳しいわけではない。だが、学院から金を隠して別の口座へ流しているなら、税務上の問題が起きていても不思議ではない。
「父親に問いただしたところ、違法なことは何一つやっていない、と言われました」
「……」
イザベラは唇を噛んだ。
「自分は学院の金を横領していない。そんな資金の流れを作った覚えもない。誰かが自分の名前を利用しているのではないか、と」
イザベラは黙った。やがて、涙が一粒落ちた。
「……信じたかった。だって私の父だから」
小さな声だった。
「でも、調べれば調べるほど、偶然では説明できなくなって。複数の記録が一致していたんです」
「……」
「学院の帳簿。関連企業の取引記録。資金の移動記録」
俺は黙って聞いていた。あまりに予想外の展開すぎて、そうするしかなかった。
「私は父を告発しようと思いました。でも、できなかった……。パパを告発するなんて」
イザベラの声が震えた。
俺は何も言えなかった。これは俺が想像していた話とは違う。地下の秘密を聞き出すつもりだった。だが、出てきたのは学院長の脱税疑惑。
彼女は服の内側へ手を入れた。取り出したのは、小さなUSBメモリだった。
「これに入っています」
「何が?」
「私が集めた記録です」
イザベラは、USBを俺へ差し出した。
「これを調べてください」
俺はそれを受け取った。
「俺に?」
「はい」
「なぜ?」
イザベラは少しだけ迷った。それから、俺の目を見る。
「あなたなら、真実を明らかにしてくれると思ったからです。ミスターX」
「……」
俺は黙った。しかしここで後に引くわけにはいかない。俺はUSBを指先で持ち上げた。
「預かろう」
「お願いします」
イザベラは小さく頭を下げた。俺はUSBを懐へしまう。
コメント欄が爆発した。
『やっぱりミスターXすげえええええ!』
『いつから脱税のことまで掴んでたんだ!?』
『全部知ってたのかよ!』
『学院長の金まで調べてた!?』
『全てを知る男ミスターX』
『学院の闇を暴いたとか、天才すぎ』
『やっぱりミスターX最高』
俺は画面を見つめた。
「……」
何だ、この反応。俺は悪役なのだが。どうしてこうなった。
彼女は泣いた跡を残した顔で、それでも俺を見つめている。
「……ありがとう」
俺は配信終了のボタンへ手を伸ばした。配信が終了した。画面が暗くなる。部屋に静寂が戻った。俺は椅子に座ったままのイザベラを見る。
懐に入れたUSBを静かに返す。脱税の話など、どうでもいいからだ。
「自分で片を付けろ、ということですね」
知らん。どうでもいい。
とりあえずイザベラの拘束をほどく。俺は彼女を解放した。するとなぜかイザベラは俺に深々と一礼した。そして部屋を後にした。
この配信をきっかけに、すぐ学院へ大量の報道陣が押し寄せた。




