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ハードボイルドな闇の支配者を目指した俺、悪役ムーブをするたびになぜか英雄として称賛される。違う、俺は恐怖されたいんだが?  作者: 座間あぜん


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第2話 ミスターX、英雄になる。エリオット、野菜をもらう

こっちの世界にも、パソコンっぽい魔道具がある。動画配信サイトもある。そして今、そのサイトに昨日の俺が映った動画がアップされていた。どうやら誰かがスマホ的な魔道具で、あの場面を撮影していたらしい。


映像の中の俺は、ほとんど表情を変えていない。男に怒鳴られても動じない。机を叩かれても動じない。そして、一瞬で3人を倒す。


「…………」


朝、俺はパンをかじりながら、画面を見つめた。そして最後は決めゼリフ。


『……俺に近づくな。死にたくなければな』


完璧だ。これは完全に恐怖の男だ。圧倒的な力。冷たい目。そして正体不明。これほどハードボイルドな男が他にいるだろうか。


「ふふっ」


思わず口元がゆるんだ。ついに始まった、俺の伝説が。


再生回数はどんどん増えている。この謎の男が、これから異世界中に知られていくのだ。名前はまだ知られていない。それでいい。むしろ、そのほうがいい。


名前も分からない。

素性も分からない。

目的も分からない。


ただ、圧倒的な力を持った謎の男。それこそが、俺の目指す闇の支配者だ。


「さて、コメント欄を見てみるか」


俺は期待しながら、コメント欄を開いた。コメント欄には、リアルタイムでずらりと賞賛と畏怖の言葉が並んでいる。


『すげえ』

『強すぎる』

『何者なんだ』

『動きが見えなかった』

『あの3人を一瞬で倒したぞ』

『絶対に敵に回したくない』

『怖すぎる』

『名前知ってる奴いないの?』


俺は満足してうなずいてコーヒーを一口飲んだ。



そのときだった。


「続いて、昨夜発生した事件についてです」


ニュース番組の画面が切り替わった。


「昨夜、酒場で発生した騒動について、新たな情報が入っています」

「…………ん?」


嫌な予感がした。


「謎の男ミスターXが倒した3人組ですが、3人はいずれも、街で何度も強盗を繰り返していた指名手配犯だったことが分かりました」


そうだったのか。全く知らなかった。俺は昨日、ただの柄の悪い酔っ払いだと思っていた。


「まあ、何だっていい」


ただ絡まれたから倒しただけだ。その結果、犯罪者だった。それだけの話。


「続いて、強盗被害に遭った住民の方にお話を伺います」


画面が切り替わった。その三人組に強盗に入られたという老人がインタビューに応えている。白い髪の老人だった。目には涙が浮かんでいる。


「ミスターXさん、名前は存じ上げませんが、おかげで助かりました」


老人は深く頭を下げた。そして、両手を胸の前で合わせる。俺を拝むように。


「…………」


感謝されても困るんだが。


「本当にありがとうございました」


老人は涙を拭った。


「これで、もう怯えずに暮らせます」

「…………」


俺は画面を見つめた。

待て。これは違う。俺が目指しているのは、そういうのではない。俺は老人を安心させるために戦ったわけじゃない。


むしろ逆だ。俺自身が恐れられるために戦った。それなのに……。コメント欄には俺の望んでいないコメントが流れている。


『これで街の安全は保たれた!』

『もう誰も傷つけられない!』

『ありがとう、ミスターX』

『街を守ってくれてありがとう』

『こんな強い人がいてくれるなら安心だ』


「待て待て待て」


俺は画面に顔を近づけた。


「意味が分からない」


いや、意味は分かる。だが俺は世間を、いや世界を怖がらせるためにハードボイルドをやっているのだ。誰も逆らえない。誰も近づけない。名前を聞いただけで震え上がる。そんな恐怖の存在になる。そのための第一歩。


昨日の3人組だって、そのために利用した。俺は恐ろしい男として認知されなければならない。これじゃあ、ただの勇敢な無口じゃないか。


『街の人を守ってくれたんだな』

『絶対にいい人』

『こういう人を英雄って呼ぶんだよ』

『ミスターXに感謝!』

『これからも頑張ってください』

『ミスターXを応援しています!』


「…………」


俺は黙り込むしかなかった。


英雄。その文字を見た瞬間、頭の奥が痛くなった。違う。俺は英雄になりたいんじゃない。俺は正義の味方になりたいんじゃない。人々を安心させたいんじゃない。


「…………」


コメント欄をさらに下へ送った。


『悪党だけを狙ってるのかな?』

『こういう人が裏で街を守ってたりして』

『ミスターXの正体を知りたい!』

『でも無理に探さないほうがいい』

『きっと本人は目立ちたくないんだよ』

『なんて謙虚な人なんだ……』


「違う!」


俺は思わず叫んだ。違う。全部違う。目立つ分には構わない。というより、俺は目立ちたい。ただし恐怖対象として、である。


「…………」


俺は座り直した。冷静になれ。考えるんだ。軌道修正する必要がある。俺は絶対に、闇の支配者になる。その決意だけは変わらない。


俺は画面を睨みつけた。ニュース番組とコメント欄はまだ俺のことを褒め続けていた。


「次は、もっと人々が恐れることをしてやる」






ピンポーン。


「……ん?」


玄関のチャイムが鳴った。


こんな朝から誰だ?


もしかすると、ミスターXの正体を探りに来た人間かもしれない。昨夜の事件を目撃した者。俺を利用しようとする組織。あるいは、俺の力を恐れて送り込まれた刺客。


ピンポーン。


もう一度、チャイムが鳴った。俺は立ち上がった。俺は玄関まで近づき、のぞき穴で誰かを確認する。


「…………」


そこにいたのは、お隣に住むアンナさんだった。扉を開ける。


「おはよう。エリオット」

「おはようございます、アンナさん」

「これ、よかったら食べて」


渡されたのは、大きな袋だった。中には、野菜がたくさん入っている。無農薬の野菜だ。アンナさんは農家系のお姉さんだ。明るく世話好きな性格で、何かと気にかけてくれる。


「いつもありがとうございます」

「いいのいいの。若いんだから、たくさん食べな」

「はい」

「ちゃんと食べてる?」

「食べてます」

「なんか、顔色悪くない?」

「大丈夫です」

「そう? 無理しちゃ駄目よ」

「はい……」


俺の健康を気遣ってくれているのだ。若いからたくさん食べろと、いつも野菜をくれる。アンナさんも若いと思うのだが。


「そういえば、あれ見た?」

「あれ?」

「ほら、犯罪者が捕まったって。ミスターX」

「……」


俺は固まった。


「いやぁ、すごかったわねえ」

「そ、そうですね……」

「あなたも、ああいう人みたいに強くなりなさいよ」

「……はい」


俺は笑顔を作った。うまく作れていたかは分からない。


「じゃあ、またね」

「はい。ありがとうございます」


アンナさんは笑顔で帰っていった。


ドアを閉める。カチャリ。


静かな部屋に、鍵を閉める音が響いた。俺は野菜を持ったまま立ち尽くす。


「…………」


アンナさんはいい人だ。俺の健康を心配してくれる。何の恨みもない。むしろ感謝しかない。でも俺が目指しているのは、誰にも理解されない孤高の男なのに。現実の俺は、お隣の奇麗なお姉さんから野菜をもらっている。


「恐怖の闇の支配者……」


声が震えた。目から涙がこぼれた。こんな悔しい思いをしたのは初めてだ。


俺は英雄になりたいんじゃない。

正義の味方になりたいんじゃない。

近所のお姉さんに心配されたいわけでもない。


俺が欲しいのは、恐怖だ。誰もが俺を恐れ、俺の姿を見ただけで顔色を変えて道を空けるような、圧倒的恐怖。


「あの男には近づくな」

「あいつを怒らせるな」

「あの男の正体を探るな」


そう囁かれる存在。それが、俺の目指す闇の支配者だ。


それなのに、俺は……。


手元の袋を見る。大根(ぽいやつ)。にんじん(ぽいやつ)。葉物野菜。よく分からない異世界の野菜。アンナさんからもらった、たくさんの野菜が俺を見ていた。


「絶対に成り上がってやる……」


小さく呟く。


無情で非情なクールなハードボイルドに、俺はなる。


その決意を胸に、俺は野菜を台所へ運んだ。


大根(ぽいやつ)を置く。にんじん(ぽいやつ)を置く。葉物野菜を置く。見たことのない野菜も並べる。俺はしばらく、それらを眺めた。


「今日は鍋にするか」

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