第14話 白銀の守護隊、最大の危機
アガサとジェニーと一緒に、体育館へ到着した。すでに多くの生徒が集まっている。教師たちは生徒を落ち着かせながら、一人ずつ人数を確認していた。
「全員いるか確認するぞ!」
「近くにいる生徒とはぐれるなよ!」
「体育館から外に出るな!」
緊張した空気に包まれている。外からは、ときどき大きな音が響いてくる。壁が揺れるたびに、生徒たちが不安そうに顔を上げ、教師たちは「大丈夫だ」と声を掛けていた。
この状況なら、ミスターXとして動ける。問題は、どうやって2人から離れて一人になるかだ。俺はアガサとジェニーを見る。
「アガサ、ジェニー。ここを離れるなよ。俺はトイレに行ってくる」
「え? 今ですか? 我慢できませんか?」
ジェニーが目を丸くした。
「ああ。こういうときだからこそ、済ませておかなければならない」
俺は真剣な顔で答えた。
「……エリオット、本当にトイレ?」
アガサが俺の顔をのぞきこむ。
「ああ。我慢の限界がすぐそこまで来ている」
俺は迷いなく答えた。嘘ではない。トイレに行きたいのは事実だ。ハードボイルドな男にも、生理現象には勝てない。ただその後に、誰にも知られてはいけない仕事が待っているだけだ。
2人は何とも言えない表情を浮かべている。アガサは静かに口を開いた。
「すぐ戻ってきて」
「分かってる」
俺は短く答え、2人に背を向け歩き出した。
体育館を出てトイレで大便を済ませ、体調は万全となった。グールも気を使ってくれたのか、トイレを破壊されることはなかった。いい心がけだ。
俺は浮遊魔法を発動する。そのまま誰にも見られないよう、校舎の上へ移動した。屋上に降り立ち、周囲を確認する。誰もいない。
「……ここからは、闇の時間」
俺は魔力を展開した。髪の色が変わる。顔立ちが変化する。目元の形を調整し、骨格の印象まで変えていく。鏡がなくても、自分の姿が別人へ変わっていくのが分かる。ハードボイルドは、やはり渋くなければいけない。
続いて、学院の白い制服が黒へ染まっていく。白いシャツが消え黒いシャツへ。その上から黒いコートが現れる。黒いズボン。黒い革手袋。
最後に、今回新しく導入したハットを手に取る。俺はそれを頭にそっとのせる。必要以上に顔を見せる必要などない。正体を知られないからこそ価値がある。それに、ハットからのぞく横顔ってかっこいいよな。
「エリオット・クラークは、ここにはいない。ここにいるのは――」
一拍置く。
「ミスターXだ」
俺は屋上から、魔物が暴れている場所を見下ろした。
校舎の一部は崩れ、地面には亀裂が走っている。逃げ惑う生徒たちの声と、魔物の咆哮が入り混じっていた。
俺は屋上の縁へ足をかけ、この惨状を見下ろし口元を吊り上げる。ポケットの中には、疑似タバコが入っている。あとは登場のタイミングを計るだけ。
「ふふっ……」
笑いが漏れる。
「ふははははははははははっ!」
さあ、始まるぞ。
●白銀の守護隊・イザベラ視点
学院の一角が、完全に戦場になっていた。
つい先ほどまで、生徒たちが当たり前のように歩いていた場所とは思えない。石畳は砕け、地面にはヒビが入っている。校舎の白い外壁には大きな爪痕が刻まれ、ところどころが崩れ落ちていた。崩れた瓦礫の隙間からは煙が上がっている。
魔物の咆哮が響く。それに重なるように、白銀の守護隊の仲間たちが声を張り上げていた。
「右から来ます!」
「後ろを警戒しろ!」
「負傷者を下げて!」
「生徒を戦場から離せ!」
「隊列を崩すな!」
私は剣を握り直した。手のひらには汗が滲んでいる。柄を握る指先が、ほんの少し震えていた。
恐怖。
そう認めるのは簡単だった。けれど、恐怖している暇などない。私は白銀の守護隊を率いる立場にいる。そして、生徒会長でもある。
私がここで退けば、誰が生徒たちを守る?
誰が仲間たちをまとめる?
答えは決まっている。私しかいない。
私は剣を構えた。目の前には、何体もの魔物がいる。でも問題ない。大丈夫だ。白銀の守護隊は、学院でも特に戦闘能力の高い生徒たちによって構成されている。普段から戦闘訓練も積んでいる。魔物との戦闘を想定した訓練も受けている。
この程度の数なら対処できる。……はずだった。
目の前の魔物たちは、戦いが長引くほど動きが鋭くなっていく。最初に見たときより、明らかに速い。最初に剣を交えたときより、明らかに重い。
「……押されてる」
自分の口から漏れた言葉に、私は奥歯を噛み締めた。認めたくなかった。けれど、事実だった。白銀の守護隊は少しずつ後退している。仲間たちは誰一人として逃げていない。負傷しても立ち上がり、互いに声を掛け合いながら戦っている。
それでも、押されている。
「イザベラ様!」
仲間の声が飛んできた。私は前を向いた。魔物が地面を蹴った。一瞬で距離を詰めてくる。鋭い爪が、私の顔面へ迫った。私は腰を落とした。頭上を爪が通り過ぎる。
その瞬間、踏み込んだ。
「はっ!」
剣を振り上げる。斬撃が魔物の胴体を捉えた。肉を断つ感触。魔物の身体が宙へ浮き、そのまま地面を転がった。
「次!」
休む暇はない。右から別の魔物が飛び込んできた。私は身体を捻り、剣を横薙ぎに振り抜く。魔物の首を正確に斬った。
背後から気配がした。剣を逆手に持ち替え、下から斬り上げる。
「ふんっ!」
魔物の腹部が裂ける。
斬る。斬る。斬る。その繰り返しだった。私は魔物の動きを見ながら、周囲の状況も確認していく。
右側に仲間が3人。
後ろに負傷者が1人。
左側には、まだ避難できていない生徒たちがいる。
魔物が一体でも抜ければ、生徒たちへ到達する。
「左を守って!」
「はい!」
「負傷者は後方へ!」
「了解!」
指示を飛ばす。
私はさらに前へ出た。ここで私が止まれば、魔物が生徒たちの方へ流れる。だからこの身は止まれない。止まることは、私自身が許さない。
イザベラ・コスタクロック。お前は何のために剣を磨いてきた。何のために白銀の守護隊を率いているのだ。生徒たちを守るためだろう。そしてこの学院を守るため。私が負ければ、皆が不安になる。私が退けば、士気が下がる。だから最前線に立つ。それが私の役目。
「ぐあっ!」
突然、背後から叫び声が響いた。私は反射的に振り返った。一人の仲間が魔物に狙われている。私は地面を蹴った。仲間と魔物との間へ割り込む。剣を振る。
「ガキィンッ!」
金属を叩きつけたような音が響いた。魔物の腕が弾き飛んだ。そのまま踏み込む。三撃を繰り出し、魔物の身体を斬りつける。最後に横薙ぎの一閃を叩き込むと、魔物が地面へ倒れた。
「助かりました!」
「礼は後!」
私はすぐに前を向いた。まだ魔物はいる。けれど、そのときだった。視界の端で、何かが動いた。
「……?」
さっき私が斬った個体が、ゆっくりと身体を起こしている。
「……嘘だろ」
私は目を見開いた。魔物の身体には、私がつけた傷が残っている。腹部は大きく裂けている。肩から胸にかけても深い傷がある。普通なら、あれだけの傷を受ければ戦闘不能になる。それでも魔物は立った。
そしてこちらを見た。濁った瞳。裂けた口。その口元が、ゆっくりと歪んだ。
「……何?」
背筋に冷たいものが走った。魔力が違う。先ほどまでとは比べものにならないほどに濃い。空気そのものが押し潰されるような感覚がある。
「どういうこと……?」
魔物が動いた。速い。私は咄嗟に剣を構えた。鋭く尖った爪がすぐ目の前まで迫る。
「くっ!」
剣で受ける。腕に衝撃が走った。重い。先ほどより、明らかに重い。私は押し返すように剣を振り、魔物の腕を弾いた。
そのまま返す刀で斬りつける。魔物が吹き飛ぶ。
「今だ!」
仲間が飛び込む。二人で挟み込む。斬る。斬る。そして私も上段から全力で斬りつける。魔物の胴体から血が噴き出した。
今度こそ倒した。はずだった。またその魔物が立ち上がった。
「……っ!」
「イザベラ様、これは……!?」
言葉が続かなかった。私は魔物を見つめた。魔物がこちらを見る。その身体から放たれる魔力は、さっきよりもさらに濃くなっていた。
「……おかしい」
私の声が震えていた。こんな魔物は知らない。私がこれまで戦ってきた魔物とは、性質が違いすぎる。
「イザベラ様!」
別の魔物が迫ってきている。考えている暇はない。剣を握り直した。迎え撃つ。よく見るとそいつは、一度倒したはずの魔物に間違いなかった。一体だけではない。倒したはずの魔物が次々と起き上がってくる。
「こいつら、どうなってるんだ!」
仲間たちの声に焦りが滲む。まずい。このままでは絶望が広がる。士気は落ちる。負傷者が増える。長期戦になればなるほど不利。こちらが先に潰れるのは目に見えていた。
ならば……。
「ここで終わらせる」
私は剣を両手で握った。全身から魔力を引き出す。身体の奥から湧き上がる魔力を、すべて剣へ流し込んでいく。
刃が白く輝いた。白銀の光が剣を包み込む。足元の砂埃が浮き上がる。
「イザベラ様……!」
仲間たちの視線が集まる。
私は息を整えた。これで決める。これ以上、生徒たちを危険に晒さない。これですべてを終わらせる。
「白銀一刀流・月ノ華!」




