第12話 それぞれの想い、それぞれの勘違い
「アガサ。この学院について、少し気になっていることがある」
エリオットは、あくまで何気ない調子を装って尋ねた。自分がこの学院へ来た本当の目的を、誰にも知られるつもりはない。ましてや、学院の地下から感じ取った巨大な魔力反応について調べているなど、口にはしない。地下に何かがあると感じていることを悟られれば、2人まで巻き込むことになるだろう。
だからこそ、エリオットは地下に関する情報を直接聞くのではなく、まずは学院そのものの歴史について尋ねることにした。
「この学院の歴史について」
「歴史……。そんなことに興味ある?」
「知的好奇心だ」
短く答えたエリオットを見て、アガサは少しだけ目を細めた。
昔のエリオットなら、こんな場所で難しい資料を読むより、外へ出てハードボイルドを気取っているほうを選んでいた。だからこそ、今のエリオットが図書室に来て、学院の歴史について質問していることが気になった。
何かを隠している。アガサは、そう感じていた。ただし、それが危険を伴うものだとは思っていない。久しぶりに再会した幼馴染が、昔とは違っている。その理由を知りたいだけだった。
「そう。どこから話そう」
アガサ・ベアトリーヌ。
エリオットの幼馴染であり、現在はアストリオン魔法皇国学院の3年生。そして、この学院では知らない生徒のほうが少ないと言われるほどの秀才である。
彼女は学院にある本の大半を読んでいる。しかも一度読んだ本の内容を忘れない。何が書いてあったのかだけではない。何ページに記述されていたのか、似た内容の本がどの棚にあるのかまで覚えている。教師ですら資料を探すときに彼女へ尋ねることがある。授業によっては出席する必要がないほどの知識を持っているため、一部の講義を免除されているほどだ。
生徒たちから付けられた呼び名は『歩く図書室』。本人は、その呼び名について特別な感想を口にしたことはない。
「800年以上前、この場所は研究施設だった」
「研究施設?」
「うん。魔法研究をしてた施設。おもに古代魔法について」
「古代魔法か……。どんな魔法だ?」
エリオットの表情がわずかに変わった。地下の魔力反応に関係する記録が残っている可能性は高い。だが、エリオットは食いつくような態度を見せない。ここで露骨に地下について質問すれば、自分が数か月前の魔力反応について探っていることを悟られる。その件に、アガサやジェニーを巻き込みたくない。あくまで一人で調べる。それがエリオットの考えだった。
「研究施設だった時代の資料は、ほとんど残ってない。研究所が火事になって焼けちゃったから。私も読みたかった」
「火事……」
「そのあとにできたのが、アストリオン魔法皇国学院。今から267年前。初代所長から今の学院長までずっと一族経営」
アガサは淡々と答えた。必要な情報だけを、正確に取り出している。
エリオットは聞いた情報を頭の中で整理した。
800年以上前。研究施設。古代魔法の研究。火災。記録の空白。267年前に学院へ移行。一族経営。それらと地下の巨大な魔力反応。果たして関係しているのだろうか。エリオットはその疑問を口には出さなかった。
「…………」
これ以上は有力な情報もなさそうだ。話題を変えよう。
「アガサは卒業したらどうするんだ?」
突然話題を変えられ、アガサは瞬きをした。
「研究する」
「どこで?」
「学院の研究室。もう席はある」
エリオットは素直に感心した。やはり昔から頭の出来が違う。
「すごいな」
「そう?」
「ああ」
アガサの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。その表情を見て、エリオットもわずかに笑う。久しぶりに会った幼馴染が自分の才能をいかんなく発揮している。それは素晴らしいことだとエリオットは思った。
ジェニーは、そんな2人を黙って見つめていた。アガサとエリオットの距離が近い。昔から知っている2人にしか分からない空気がある。それが気になって仕方がなかった。エリオットがアガサと話している姿を見るたびに、ジェニーの胸の奥が小さく痛む。
幼馴染。
その言葉が重かった。アガサは自分よりも長い時間、エリオットを知っている。自分が知らない子供の頃のエリオットを知っている。自分よりもずっと近い場所にいる。モヤモヤする。ジェニー自身、その感情をどう扱えばいいのか分からなかった。
そんなことを思うジェニーの様子に、アガサは気づいていた。しかし逆のことを考えていた。エリオットとジェニーは、ずいぶん仲がいい。同じタイミングで編入してきたことから、2人はただの友達ではないのかもしれない。
アガサの胸にも小さな不安が生まれた。
自分とエリオットの関係は幼馴染。だけど10歳の頃に引っ越して以降はずっと会っていなかった。つまり今のエリオットを知らない。対して、ジェニーは今のエリオットのそばにいる。それが気がかりだった。
しばらく黙っていたアガサは、唐突に口を開いた。
「エリオット、ジェニーとはどこまでやったの?」
「……?」
エリオットは意味が分からず、アガサを見た。その瞬間、ジェニーの顔が一気に赤くなる。
「どういう意味だ? ジェニーはただの友達だが」
エリオットは本気でそう思っている。ジェニーとは友人だ。それ以上でも、それ以下でもない。そもそもエリオットは、恋愛について深く考えていなかった。今の彼にとって重要なのは、学院の地下にあるもの。そして、自分が目指す闇の支配者としての在り方。恋愛など、考える余裕も必要性もない。
だが、その答えを聞いたジェニーの胸には、小さな痛みが走った。あまりにもあっさり「ただの友達」と言い切られたことが、思った以上に堪えた。
「そうそう、ただの友達ですよ」
ジェニーは気を落ち着けながら慌てて言った。
アガサは気づいていた。ジェニーの反応を見るに、彼女は明らかにエリオットに気がある。というより、かなり意識している。否定の仕方もたどたどしい。なんなら、2人は実は付き合っているのではないか。アガサの中で、そんな妄想が膨らむ。
「そういう2人は、実は子供の頃に結婚の約束とかしてたりして」
ジェニーはつぶやいた。自分でも、なぜそんなことを口走ったのか分からなかった。アガサとエリオットが幼馴染だという事実を聞いてしまったことで、胸の中に生まれた不安を消し去りたかったのかもしれない。否定してほしい、その一心で出た言葉。
「した」
「え?」
ジェニーの心臓がバクバクとなりだす。
「昔、エリオットと結婚の話をした」
「俺が?」
「そう」
「結婚の話?」
「うん」
「……あっ」
エリオットの記憶が繋がった。
7歳の頃。近所の公園で交わした約束。幼い頃の自分は、当然ハードボイルドの探究に対して余念がなかった。だから、何の気なしにアガサに向かって言った。
「将来、俺が闇の支配者になったとき……、そのときは俺の隣にいろ」
「結婚するってこと?」
「俺が世界を敵に回しても、アガサだけはよき理解者であってほしい」
「分かった」
アガサは短く答えた。
「思い出した?」
「ああ。確かに……、そんな話もしたか」
「覚えてたんだ」
アガサのその声には、ほんの少しだけ安堵が混じっていた。覚えてくれていた。その事実がアガサは何より嬉しかった。
一方、ジェニーは胸を苦しくしていた。やっぱり、2人は両想いなんだ。アガサはエリオットのことが好き。エリオットもアガサを妻にしたいと思っている。
ジェニーは2人の会話を聞いてそう確信した。
幼馴染で、結婚の約束までしてて、勝てるわけない……。
自分が入り込む余地なんて、最初からなかったのだ。エリオットと一番仲がいいのは私で、エリオットがミスターXのマネージャーをやっているという秘密も知っている。そして私がジェイミー・ローズだと知っているのはエリオットだけ。2人だけしか知らないことを、共有している。それをジェニーは嬉しく思っていた。
自分には、いつかエリオットの彼女になれる可能性があると思っていた。そんな傲慢な考えをしていた自分に恥ずかしさを覚えた。
同時に、ミスターXさんの姿が頭に浮かんだ。また胸の奥に罪悪感が広がる。自分はいったい、何をしているのだろう。ミスターXさんへの想いを抱えたまま、エリオットにも惹かれていた。そして今、明らかに私はアガサさんに嫉妬している。
そんな自分を、ジェニーは許せなかった。
「……?」
エリオットは、2人の様子を見て首を傾げていた。何故、ジェニーは泣きそうになっているのだろう。何故、アガサは少し安心したような顔をしているのだろう。
自分は何か変なことを言ったのだろうか。考えてみても分からない。
エリオットは3人の中で唯一、恋愛について鈍かった。だからこそ、ジェニーもアガサも、自分のことを恋愛対象として見ているなど、考えたことすらなかった。子供の頃にしたアガサとの結婚話も、過去の思い出話として軽い気持ちで持ち出したに過ぎないと思っている。
3人とも同じ場所にいながら、見えている景色は全くもって違っていた。
そのときである。
「警報! 警報!」
突然、けたたましい警報音が響き渡った。図書室にいた生徒たちが、一斉に顔を上げる。続けて、学院全体へ放送が響き渡る。
「学院の敷地内で、魔物が発生! 生徒の皆さんは、今すぐ避難してください!」




