第七話 思い
金曜日の夜、圭介のマンション自室。
長澤のヤツ、いつの間にか人にモノを言えるくらい成長していたんだなーーそれに比べて俺は変化していない‥。
自宅に帰り、入浴を済ませ、バスローブを着てからジンロックを作っていく。
=逃げるんですね=、=思い込んでいるだけじゃないんですか=
長澤の言った言葉が頭の中を巡り続ける。
結果を知るのが怖かった。望まない答えを聞かされた時、自分の心を平静に保てる自信が無かった。だから相手の為とか理由をつけ、問題を先送りにして、自分自身を誤魔化していただけ‥どうしてこんな事、人から言われるまで気づかなかったんだ‥。
ジンロックを片手にベランダへ出る。
湯上がりの体を、夜の少し冷えた空気が撫でていく。
三階のベランダからは、環状七号線と立ち並ぶ建物の灯りが見える。
この街の何処かに彼女も住んでいるーーそこは歩けば辿り着ける距離なのに、俺は探そうとも、歩こうとしなかった‥。
ジンロックの苦味が口の中に広がる。
今まで、付き合いを真剣に考えた事など無かった。俺は血を吸うだけ、相手が望めば付き合うし、相手が望めば別れる、その繰り返しだったーーどう言えば、彼女が俺を受け入れてくれるのか、伝える言葉が分からず逃げたんだ‥。
ーーーーー。
同じ夜、加穂里のマンション自室。
私なんかと付き合うより、あの人と付き合った方がきっと彼の将来のため‥私が気持ちを打ち明けたら彼を困らせるだけーーだから応援する側になろうと決めたのに‥。
バスタブの湯に浸かりながら考えていた。
=応援している顔には見えませんよ=、=逃げずに当たって砕ける主任の方が=、=恋心を諦めないで=
そう言った岡島の顔が浮かぶ。
いいのかな‥私なんかが好きになっても‥。
今までに付き合った男達の顔が脳裏を過ぎる。
いつも私は暗示をかけるだけ。だから告白するなんて賭けは必要なかった‥こんな苦しい気持ちになったのはこれが初めて‥。
バスタブから出て、頭からシャワーを浴びる。
長い髪からボディラインに沿ってシャワーの湯が流れていく。
本当は分かってる。私は前原さんの彼女になりたいんだって‥両思いになりたいんだって‥。
流れる湯の中に涙が混じる。
でも、それを自分で壊すかも知れない‥それがすごく‥こわい‥。
週末の土曜日、子ども食堂。
加穂里の姿はやはり無かった。
「遠慮しないで食べていけばいいのに」
「今日は大丈夫です。この後、寄りたい所があるので」
食堂で料理を食べていくよう勧める年配の女性スタッフに、圭介はそう答えて子ども食堂を後にした。
ーーーーー。
同じ日、フィレンツェ。
一人で店に入った圭介は、アラビアータとアイスコーヒーを注文した。
二人で最後にここへ来てから、かれこれ一ヶ月以上かーー今思えば、俺がダイブギアの担当になってから来ていない気がする‥
考えながら店内を見回す。
二人で来た時に座った席を見ると、今日は別なカップルらしい男女が座っていた。
俺たちも他人から見たら、あんなふうなカップルに見えていたんだろうか‥。
圭介の前にアラビアータとアイスコーヒーが運ばれてきた。
チョーカーを贈り合った頃は気づかなかったけど、今思えば、そのあたりからラインも少し他人行儀になっていった気がする‥遊佐が現れてからはライン自体の回数も減っていった‥。
圭介が加穂里とのラインの履歴を見返していく。
やはり、この辺からだな、変わったのは‥。
=そう、仲良くなれるといいねーー私、応援してるから=
このラインーーもしかして彼女のこの応援という言葉‥俺の見守ると同じ気持ちだったのか‥。
ーーーーー。
同じ夜、圭介のマンション自室。
風呂から出ると、圭介のスマホに海堂からラインが届いていた。
『こんな時間にごめんなさい。貴方に大事なお話があるので、お時間頂けないかしら?要件はすぐに済みますから明日、何処かで待ち合わせできませんか?場所と時間は貴方の都合に合わせます』
大事な話?しかも急だな‥明日か‥まぁ特に予定もないから構わないが‥。
『明日なら何時からでも調整できますよ。場所も指定して貰えれば伺えますけど、リクエストありませんか?』
ライン返信し、ジンライムを作る間に再びラインが届く。
『ありがとう。それなら貴方の会社前で午後二時待ち合わせでどうですか?慣れた場所の方が動きやすいと思うので』
『わかりました。それで構いません』
『無理を聞いてくれてありがとう。では明日』
圭介は暫くライン画面を見つめていた。
日曜日、帝国商会前。
エントランス前に立つ圭介の前に黒のアルファロメオが停車した。
近づくと海堂が車内から助手席を指差している。
「ありがとう。来てくれて」
車に乗り込んだ圭介に海堂が微笑む。
「急にどうしたんです?この前の企画に問題が出ましたか?」
「えっ、違うわ。企画は順調だから心配しないで」
海堂が苦笑いしながら言う。
圭介が首を傾げる。
「少し静かな場所へ車を移動するわね」
車は芝公園へと進み、東京タワーを見上げられる、片側三車線の車通りが少ない道路に停車した。
ーーーーー。
‥この空気‥思い違いならいいが‥。
「飾らず言うわねーー前原さん、私とお付き合いしてもらえないかしら」
やはり、これか‥。
圭介は車の天井を見上げた。
「嬉しいお言葉ですけど、俺なんか貴女に相応しい男じゃありませんよ」
「そうかしら?私はそうは思っていないわ」
「‥そうですか‥」
=引き抜かれるか否かの判断は君に一任される=
営業部長の言葉が頭の中で蘇る。
どうする‥どう答えれば相手の心と立場を守れる?‥。
「急な話よねーーいいわ、ゆっくり考えてーー答えは来週まで待つわ」
「真剣に考えたいし、そうして貰えると有り難い」
「分かったわーー今日はありがとう。大事な話というのはこれだけよーー六本木まで送るわね」
「気になさらずにーーそれと駅ならこの近くの神谷町で大丈夫ですよ、同じ日比谷線だから」
来週日曜、送って貰った神谷町駅出口での再会を約束して海堂と別れた。
とりあえず時間は貰ったが‥。
圭介の脳裏には、海洋公園で笑う海堂の素顔が思い浮んでいた。
ーーーーー。
同じ日の夜、加穂里のマンション自室。
加穂里のスマホに遊佐からのゲーメールが届いた。
『アクセラの強化アイテム、チョーカーのアイテムデザインが完成したので見てもらいたく連絡しました。デザイナーも来るので今度の火曜、仕事が終わってからで良いので時間頂けないですか?』
『業務後なら構いません。帰る途中で寄れますから、それでもいいですか?』
『助かります。それで構わないので、火曜日お待ちしてます。それではまた』
このチョーカーが人気ゲームキャラクターのアイテムになるなんて、彼が知ったら驚くだろうなぁ‥。
加穂里がサファイアのチョーカーを手に取って眺める。
今のこの気持ち‥満たされる嬉しさも失う後悔も、希望も絶望も、これが恋というものなら、私は今までちゃんと恋をしてこなかったということね‥。
ベッドの上で、加穂里は大きく息を吐いた。
火曜日、帝国商会営業部。
終業時刻間際、小宮が圭介の前に現れた。
「なぁ前原、今日は定時上がりか?」
「ずっと残業だったからな、今日はこのまま上がる予定だ」
「そっか。それなら悪いんだが一つ頼まれてくれないか?ーーコイツをフリーゲームズ社へ届けて貰いたいのさ」
小宮が手にした書類封筒を圭介の机上に置いた。
「俺が?フリーゲームズにーー何でだよ」
「フリーゲームズ社は六本木駅近くなんだよ。お前だったら帰り道だろうーー六階の受付に置いて来て貰うだけでいいんだ。今日中に必要と急かされているが、俺はまだやる事が残ってて動けねぇんだ、頼むよ」
フリーゲームズ社は六本木にあったのか‥それなら一度くらい見ておくのもいいか‥。
「仕方ない。届けるだけだぞーー忘れんなよ、これ貸しだからな」
「ああ、助かるぜ、借りはそのうち返すよ。住所はこれだ、普通にナビで出るからーーそれじゃよろしく頼むぜ」
小宮は自席へと戻って行った。
ーーーーー。
同じ夜、六本木のフリーゲームズ社。
「本当に手間掛けさせて済まない。これで制作班にデザインを回せるーーせっかく来てもらったのだから、食事くらい奢りたいんだが、今日はこの後まだやる事が残っていてね。近いうち埋め合わせはするから、申し訳ない」
「そんな気遣いされなくても大丈夫です。私、帰り道で立ち寄っただけですから」
「そうですかーーそれなら気をつけて帰ってくださいね」
加穂里はフリーゲームズ社を出て、駅に向かい始めた。
「綺麗なお姉さん!俺達と一緒に飲まないか?奢るからさ」
半グレみたいな二人組の男が加穂里の前に立ち塞がる。
何よコイツら‥。
無視して横を通り過ぎようとした加穂里の腕を、一人の男がグッと掴んできた。
ーーーーー。
フリーゲームズ‥この辺りの筈なんだがなーーあっ、あのガラス張りのビルか‥。
圭介がガラス張りのビルへ向かおうとした時、路地の方から微かに揉めているような声が聞こえた。
「‥やめ‥‥手を放して‥」
何だ?女の声?‥。
声の聞こえた方の路地を覗くと、そこで三人の男女が揉めているのが見えた。
「やめてください!」
「別にいいじゃねえかよ!飲むくらい付き合ってくれてもよぉ」
逃げようとしている女の腕を、男が掴んで放さないようだった。
暴漢か、参ったな‥相手は二人だし‥俺、腕力には自信がないんだよな。これは人を呼んだ方が確実‥。
「誰か助けて!」
圭介がそう思った瞬間、女の声がはっきりと聞こえ、聞き覚えのあるその声に圭介が振り返る。
女を注視すると、見覚えのあるOLスーツを着たその女は加穂里だった。
ふざけるな!‥。
体が勝手に動き出していた。
加穂里の腕から男の腕を強引に引き剥がした圭介が、男達と加穂里の間に割って入る。
前原さん!‥。
加穂里の表情が驚きに変わる。
「痛えな。何だお前はよーーしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」
圭介に引き剥がされた腕を撫でながら、一人の男が言う。
「彼女は嫌がってるだろ!お前らこそ諦めて早くどこかへ行けよ」
「ふん、お前みたいな優男がヒーロー気取ってもよ、現実はそんな甘くないって教えてやるよ」
男達が圭介との距離を詰め始める。
「俺が時間稼ぎをする。早くここから逃げて、誰でもいいから応援を呼んで来てくれ」
「分かった!」
加穂里が走り出す。
加穂里を追いかけようとする男の襟首を掴んだ圭介が、力一杯引き止める。
「調子乗ってんじゃねえよ」
もう一人の男の足が横から圭介を蹴り倒す。
倒されても圭介は加穂里を追いかけようとする男の足を掴んで放さなかった。
「放せよ、テメェ!」
男達は二人がかりで圭介の体を蹴り続けた。
「ダメ、誰もいない‥」
路地から出た加穂里が周囲を見回すが、人影は見つからなかった。
「そうだ!」
閃いた加穂里が全力で走り出した。
ーーーーー。
「タコが!カッコつけてっからこうなるんだよ、自業自得だぜーー最後だ、ゆっくりオネンネしな!」
一人の男が大きく足を振り上げ、圭介を蹴り上げた瞬間、もう一人の男の体が目の前を吹き飛んでいく。
「なっ!?」
声を上げた男の前にはガタイのいい男、遊佐が立っていた。
「前原さん!前原さん!大丈夫ですか!」
加穂里が圭介に駆け寄り、抱き起こしながら声を掛ける。
「まだやる気なら、いくらだって相手してやるぞ!」
遊佐の怒声が路地に響く。
遊佐の後を追ってフリーゲームズ社の社員達も駆けつけて来る。
「ちっ!興醒めだぜーー起きろ!いくぞ」
遊佐に蹴り飛ばされた男を起こし、二人の男は路地から逃げるように去って行った。
「名前を呼んでいたけど、この人は貴女の知り合い?」
加穂里に抱き起こされた圭介を見ながら、遊佐が聞く。
「はい。同じ会社の前原さんです」
「そうでしたか」
遊佐が圭介の前にしゃがみ込む。
「大丈夫ですか?歩けそうですか?ーーすぐ近くがうちの会社だから移動しましょう」
ーーーーー。
遊佐に連れられ、加穂里が付き添い、フリーゲームズ社内の休憩室で圭介は傷の手当てを受けていた。
遊佐が圭介の上着とシャツのボタン、ネクタイを外し、胸部に手を当てると軽く押しながら撫でていく。
「強く押しても痛みはないですか?骨は大丈夫そうだけど、後から痛みが出たら病院へ行ってください。もし、頭も蹴られているなら、本当は病院に行った方がいいんだけど」
「いや、頭は蹴られてないから大丈夫です」
そう言う遊佐の隣で、加穂里は圭介の胸元をじっと見つめていた。
そのチョーカー‥ずっと着けてくれていたの‥。
涙目の加穂里に気づいた遊佐が、その目線の先で圭介の胸元に下がるアメジストのチョーカーを見つけ、加穂里と圭介を交互に見比べていた。
ーーーーー。
「遊佐社長、おかげで助かりました。本当にありがとうございます」
加穂里が遊佐に頭を下げている。
遊佐?ーーそれじゃ、ここがフリーゲームズ社で、この男が社長だったのか‥。
「助かりました。貴方がフリーゲームズの遊佐社長だったんですね‥名前は伺っていますーーそれで実は、これを小宮から届けるように頼まれて来たんです‥」
圭介はカバンの中から書類封筒を取り出し、それを遊佐に渡した。
「ああ、これ。待っていた書類ですね。小宮さん間に合わせてくれたんだーーありがとう、助かります」
衣服を整える圭介を遊佐が見ていた。
「それで前原さんでしたっけ、家はどちらなんです?」
「西新井ですけど」
「西新井‥そうすると伊崎さんと同じ駅ですか?なるほど」
遊佐は頷くと、同席していた社員に書類封筒を手渡した。
「この書類を六階の担当に持って行って。それと田宮君に至急ここへ来るよう伝えてくれ」
遊佐が圭介と加穂里に向き直る。
「しかし、すごい偶然ですよね。伊崎さんはウチとの打ち合わせが終わって帰ったところを暴漢に絡まれた。前原さんは小宮さんからの頼まれ事でウチに来る途中、暴漢に絡まれている伊崎さんを見つけた。結果的に無事だから言えるんですが、何だかゲームシナリオのような出来事でしたね」
「すみません。お二人には感謝しています」
「貴女が謝る必要はないですね。悪いのはあの暴漢ですから」
「俺もそう思う。気にする必要はないさ」
遊佐の言葉に圭介が続けて言う。
「社長、何でしょうか?」
そこへ一人の男性社員が現れた。
「おっ、悪いな田宮君。君、今日は車か?」
「はい、そうですけど」
「家は竹の塚だったよなーーすまんが、この二人を西新井まで送ってやってくれ」
「いや社長、そんな大丈夫ですよ。電車で帰れますから」
「そうですよ。私が一緒に帰るから、そんな気遣い頂かなくても」
「社長の頼みなら、僕は構いませんよ‥もう帰ろうと思っていたところですし」
「こういう時はお互い様ですよ。それに伊崎さんにはゲームショーで借りがありますからーーそれじゃ田宮君、よろしく頼むよ」
ーーーーー。
「本当に良かったのかな、送って貰って」
「気にしないで下さい。僕は社長の頼みなら何だって聞くって決めているので」
「遊佐社長って、すごく好かれているんだね」
「僕が今こうしていられるのは社長のおかげなので。会社という組織からハブられた僕を拾ってくれたのは社長だけです。これは僕だけじゃなく、きっと皆んなもそうだと思います」
「面倒見のいい社長さんですもんね。田宮さんの気持ち、私も分かりますよ」
非の打ちどころの無い人間かーー正直、参るな‥。
圭介は加穂里を横目に見た。
「前原さん、体は大丈夫?どこか痛くない?」
「大丈夫だよ、たぶん打撲程度だしーー俺の体、結構打たれ強いのかもな」
「また、そんなこと言ってーーでも、今日は助けてくれてありがとう。あの時、本当に怖くて体も動かなかったの‥」
「でも、ちゃんと応援を呼んで来てくれたじゃないか。応援が来なければ俺は終わっていたよーーそれにしても遊佐社長って凄く強いんだな」
「そうですよ。ウチの社長は学生時代から空手やってて二段ですからね」
「二段ってのは驚きだなーーところで田宮さんもゲーム好きなのかい?」
「好きです。もともとゲーマーでしたから。今はeスポーツのチームメンバーですーーとは言ってもリザーブですけどね、へへっ」
「会社のゲームでお勧めは何だい?」
「僕的にはやはり、ばんパニが一番ですね」
「ばんパニ?」
「逆走レースばんばんパニックですよ」
「あ〜ウチの伊崎ちゃんがお世話になったあのゲームね〜」
「やめてください。その話題には触れないで」
「あれ?伊崎さんのアクセラ、社内では正式アクセラよりいいって評判だったんですよ。僕も伊崎アクセラの方が絶対好きです。いっそ伊崎さんが正式になればもっと人気が出るのに」
「田宮さん、それ以上言わなくていいですーー前原さん、見たんですね」
「いや、待て。見たんですねって、あれじゃ誰だって見るだろうーー俺に罪はない」
「二人って仲がいいんですね」
田宮は笑っていた。
ーーーーー。
その夜、圭介のマンション自室。
圭介も加穂里も田宮に送ってもらい帰宅していた。
「いてて‥ちょっと染みるな‥」
風呂から上がり、体の傷を見ながらジンロックを口に運ぶ。
遊佐‥人望も厚い。俺が部下でもついて行きたくなるトップだ。彼女はそんな男から望まれているわけか。
ピロン。
加穂里からラインが届く。
『今日は本当にありがとう。ゆっくり休んでね』
メッセージと一緒に送られたスタンプはナース帽を被ったトマトだった。
ライン返信した圭介がパジャマに着替え、ジンロックを飲み干す。
俺もダイビングじゃなく、ボクシングでもやっておけば、もっと役に立ったのになーーともあれ、彼女が無事で済んだのが何よりだ。
ーーーーー。
同じ夜、加穂里のマンション自室。
喧嘩、強くないのに‥。
=俺が時間稼ぎをする。早くここから逃げて=
思い出すたびに胸が強く締めつけられる思いだった。
バスルームから出て体にタオルを巻く。
遊佐社長があんなに強いって驚きだわ。
圭介にラインを送った後、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、栓を開ける。
着けていてくれた‥。
手当をする中で、圭介の胸にアメジストのチョーカーを見つけた時、込み上げる何かに泣きそうだった感覚が蘇る。
ピロン。
圭介からラインの返信が届いた。
『大した傷じゃないから、気にしないでくれ。また今度、ゆっくり話そう』
いつも優しいのね‥私にもっと勇気があれば‥。
缶ビールを煽る。
ごめんね、圭介さん‥。
加穂里の頬に銀色の軌跡が光っていた。
水曜日、帝国商会営業部。
「昨日はすまなかったな。無事に届けて‥お前、その顔、どうしたんだ?」
目尻と口元の傷を見た小宮が目を見開く。
「別に‥ちょっと届ける時に転んじまってさ、今これだよ」
「何だ、驚かすなよ。喧嘩でもしたのかと思ったぜーー今日早々に遊佐社長から連絡があって、書類届いたって喜んでいたよ。その礼を言いたくてな、ありがとよ」
小宮はそれだけ言って事務所から出て行った。
そうか、あの社長、黙っていてくれたのか‥。
土曜日の夜、圭介のマンション自室。
水曜日から金曜日までは、仕事に追われながら慌ただしく過ぎていった。
明日が約束の回答期限か。答えは決めてあるが、こういう事は言ってみるまでどっちに転ぶか分からないからな。なるべく傷は浅く終わらせたい‥。
ジンロックを片手に天井を眺めていた。
ピロン。
スマホからラインの着信音を聞こえ、見ると加穂里からの着信だった。
『今週もお互い忙しくって、ゆっくり話もできなかったね。体の調子はどう?』
『大丈夫だよ。傷はもうそんなに目立たなくなってきたから』
『良かった。ところで子ども食堂は次いつ行くの?』
『次は十四日の土曜かな。伊崎さんはいつ来れそう?』
『私、暫く行けてなかったから明日行こうと思ってる。前原さんも来る?』
『明日は海堂女史と会う約束があるから難しいかな。十四日に来れたら会おう』
『そうね、分かった』
ラインを切ってスマホを置く。
ともかくは明日を無事に終わらせないとな‥。
圭介は残ったジンロックを一気に飲み干した。




