第六話 嫉妬
水曜日、帝国商会営業部。
圭介は同じ営業部の小宮聖司の所にいた。
「珍しいな前原、何かあったのか」
「フリーゲームズの遊佐という社長の事を聞きたい」
「お前もかーーあのメールの事だろーー興味本位の連中が昨日から結構来てるぜ」
「そんなにか」
「まぁ、相手が伊崎嬢じゃ無理もないがな」
「どういう意味だ、それは」
「何を言ってんだお前。彼女はウチのマドンナだろうがーーちょっと長生きしてるけど、まだまだ人気は現役だぞーーまぁ、お前と噂の令嬢には勝てないかも知れんが」
「こっちの事は放っておいてくれーー話を戻すが、どういうヤツなんだ、遊佐って?担当のお前に聞くのが手っ取り早いと思って来たんだ」
「なるほど。そうだなぁ、一言で言うなら全てに熱い人だよ。情熱をそのまま外に出すーーお前とは反対のタイプだな」
「熱い?」
「あの人がフリーゲームズを立ち上げたのは若い世代に夢を持って貰いたいからさ。会社経営だけじゃなく、ゲームクリエイターやゲーマーの育成、eスポーツ普及にも参加している。全身エネルギーの塊だよ」
「なるほどーーだとして、それがあのメールなのか?」
「何だ、お前でも気になるのか?」
「誰だって、あんなもの見れば関心くらいは持つだろう」
「なるほどね。それじゃ同期の誼でお前には話すがーー遊佐社長の伊崎嬢狙いは本気だよ。ただ、あのメールには俺も正直驚かされたがなーーまぁ、目標に最短で向かうってのはあの人らしい。ちなみに昨日の接待はフリーゲームズがウチを接待したんだぜ」
「それ本当か」
「お前に嘘は言わねぇよーー逆に一つ教えてくれ。あの令嬢、お前どうするつもりなんだ?ーー俺の聞いてる話じゃ、かなり前から目を付けられていたそうじゃないか」
「噂は噂だ。別に仕事のパートナーとして全力を尽くす。それだけだ」
「色男ってのはそうなのかねぇ。絶世の美女だぞ、普通の野郎なら即答モンのビッグチャンスだってのにーーまっ当人がそう言うんじゃな、せいぜい後悔しないように頑張れーーあと、今日の話はお互いオフレコだぜ」
「当然だ」
ーーーーー。
遊佐‥あんなメール送るやつ、どんなトンチンカンかと思ったが‥。
=遊佐社長の伊崎嬢狙いは本気だよ=、小宮の言葉がリフレインする。
ざわつく心、それは圭介が経験したことのないものだった。
ーーーーー。
同日夜、加穂里のマンション自室。
金曜日‥結局、食事‥受けちゃった‥でも、仕方ないじゃない、これで取引無くなったら会社に迷惑掛けるし‥食事くらいなら‥。
帰宅して部屋のソファーに座ったまま、加穂里はため息を吐いた。
前原さん‥どうしてるんだろう‥会いたい‥でも私、貴方のお荷物にはなりたくない‥。
ーーーーー。
同じ頃、圭介のマンション自室。
小宮の言う通りなら、遊佐という男は俺より社会的にも経済的にも、彼女に与えられるものは多い‥俺には彼女を見守ることしかできないのか‥。
今の圭介には、これまでみたいに気軽に加穂里とラインで話せる自信が無かった。
三杯目のジンロックを飲み干す。
口の中に広がるジンの味は、ただ苦いだけだった。
二人のラインも途切れがちな日が続くようになっていった。
金曜日の夜、帝国商会エントランス。
「前原さん!こっち」
黒のアルファロメオがエントランス前に停車していた。
メガネを掛けた海堂からはインテリのオーラが溢れ出ている。
なんだ‥このギャラリーみたいな人集りは?‥。
「貴方って注目されているのね」
「いえ、注目されているのは貴女の方だと思いますよ」
圭介が車に乗り込み、発進していくところを多くの社員が見ていた。
「前原さん‥」
その中に加穂里がいた事に圭介は気づかなかった。
あの人と上手くやれているのね‥。
頭で理解していても、良かったねと言えない自分がそこに居る。
小さく息を吐いた加穂里は、六本木駅に向かい歩き始めた。
ーーーーー。
=アマンドの前で待っていて下さい。迎えにいきますから=
遊佐の言葉を思い出す。
ここでいいのよね‥少し早かったのかな‥。
少し待っていると、青信号で横断歩道を駆けてくる遊佐の姿が見えた。
「すみません、ちょっとゴタゴタして遅れてしまってーーじゃあ、行きましょうか」
横断歩道を渡り、来た方へ戻るように遊佐が歩いていく。
「どちらに行かれるのです?」
「私の会社です。この近くなんですよ」
会社?‥レストランとかじゃないの?‥。
遊佐が大通りから少し細い路地へ入っていく。
こんな所、歩いたことも無いわ‥。
路地とは言え、洒落た店が点々としていて、ネオンが夜の華のようだった。
「ここです。ここの五階から十階が私の会社なんです」
遊佐に言われ、見上げたビルは十階建てガラス張りのオフィスビルだった。
きれいで大きなビル‥。
エレベーターで十階へ上がる。
「えっ!これは‥」
十階は広いラウンジだった。
ラウンジ中央には長いテーブルが設置され、その上には沢山の料理が並び、アルコールもソフトドリンクも置かれてある。
「下の店からケータリングしてもらってます。それとこのビル、まぁまぁ夜景もきれいなんですよ」
窓に近づくと、霞町へ伸びる高速道路とオフィスビルの灯りが輝いて見えた。
「ビールとワイン、どっちからいきます?」
「それならワインで」
加穂里が答え、遊佐が手を挙げるとケータリングサービススタッフが近づき、ワインの準備と料理の取り分けを始める。
「伊崎さん。今日はお越しいただき感謝しています」
「いえ、こちらこそお招きいただき光栄です」
ワイングラスの当たる音がフロアに小さく響く。
遊佐と差し障りのない話をしていると、フロアにぽつりぽつりと人が集まり始めてきた。
「来た者から順にドリンクと好きな料理をサービススタッフさんに頼んで、後は自由にやってくれ」
「この人達は?」
「五階から九階にも声をかけてあるんですよ。ウチ自体は五階と六階だけなんだけど、七階と八階はゲームクリエイターとゲーマーの育成フロア、九階はeスポーツのフロアにして、社外の人間でもメンバー登録した者には自由に使わせているんです。まぁ人材投資というやつですねーーちょっと賑やかになるけど、気にしないで結構ですから」
「それでーーどうりで料理とかが多いと思いました。優しい社長さんなんですね」
加穂里は微笑んだ。
遅れて来たフリーゲームズ関係者達が次々と遊佐にお辞儀をしてから、愉快そうに仲間達と飲み食いをしている。
ここの人達‥みんな若いし‥それに明るい‥。
「何か、いい雰囲気の会社ですねーー遊佐社長の方針ですか?」
「ウチは会社がまだ若いから、社員なんかも若いんですよーー私はね、既成概念や社会風習、年功序列とかの無い、若者が遠慮なく仕事に向き合える会社にしたいんです。この国の未来を背負うのは、今いる若い世代ですからね」
何だか、いきなり別人みたいなこと言うのね‥でも熱気すら感じる‥この遊佐って人、CEOとしては一流なのかも知れない‥。
ワインを口に運ぶ。
今日はどんな食事になるのか不安だったけどーーやはり人って、よく話してみないと分からないものね‥。
ワインを飲む加穂里に遊佐が向き直る。
「ちょっと失礼な事を聞きますけどーー伊崎さん、今は誰か特定な人とお付き合いとかされていますか?」
「えっ特定の人ですか?」
海堂の車に乗り込んでいった圭介が浮かんだ。
「ーーいえ、そういう人は‥いませんけど‥」
ボランティアをしながら笑う圭介の顔が浮かぶ。
「ーー気になっている人なら‥います‥」
俯き加減で加穂里が答え、遊佐の片眉が一瞬小さく動いた。
「気になる人‥そうでしたか。言いにくい事を聞いてしまってすみませんーーすると、まだフリーではあるわけですね。それなら私にもまだ可能性はあるのかな?」
遊佐はそう言って、ワイングラスを空けた。
ーーーーー。
同じ頃、ホテルレストラン。
「さすがね貴方。これで新商品の売り出し、方向性が決まったわ」
「元々、頭の中では決めていたんでしょう。俺はそれをプッシュしただけですから」
「謙遜しないでいいわよ。月曜の企画会議はこれでいくわーーそれでね前原さん、この企画が通ったら私、二十五日の日曜に休みを取ろうと思っているの」
「休みなしだったんですから、それくらい当然ですよ、いや、むしろ休むべきですね」
海堂が笑みを浮かべる。
「それでね、気分転換に私をどこかドライブに連れて行って下さらないかしら」
「ちょっと待ってください。俺の車って軽バンですよ、長距離ドライブなんて無理ですから」
「私の車を使えばいいわ。二十六歳以上なら保険も適用されるから安心よ」
「安心よって、そんな」。
海堂が圭介を見つめている。
「ーーそれで、どこか行きたいリクエストはあるんですか?」
「海よ。海が見たいわ」
「庶民的なコースしか案内できませんよ」
「全然いいわ。前原さんが知ってるドライブコースで」
「わかりました。それなら企画が通ったら教えてください」
ーーーーー。
夜、加穂里のマンション自室。
=また、お誘いしてもいいですか?=
=ええ、まぁ。都合が合うなら大丈夫ですよ=
遊佐との別れ間際の会話だった。
ああ、結局また受けてしまった‥。
加穂里のスマホからメールの着信音が響く。
遊佐からのゲーメールだった。
『二十五日の日曜に晴海でゲームショーがあって、ウチも出店するんですけど、一緒にどうですか?』
『ゲームショーですか?私そんなにゲームは詳しくないんですけど』
『大丈夫ですよ、一種のお祭りですから。楽しいですよ』
ゲームショーねーーあっでも、二人だけで食事するより気が楽かな‥。
『わかりました。日曜に予定を入れておきます』
今度の土曜、あの人は子ども食堂行くのかなーー私達‥どうして、こうなっちゃったんだろう‥。
加穂里は胸元に下がるサファイアのチョーカーを握り締めていた。
ーーーーー。
同じ夜、圭介のマンション自室。
明日の土曜は、いつもなら子ども食堂のボランティアだが‥彼女から連絡はないままーーやはり来ないのか‥ゆっくり話がしたい‥でも、いい相手が現れたのなら、野暮なこともしたくはない‥もう、あの時のようにはなれないのか‥。
圭介はアメジストのチョーカーを外し、それをじっと見つめていた。
週末土曜日、子ども食堂。
「待ってたよ、圭ちゃん」
いつものようにスタッフが現れ、軽バンから食材を運び出していく。
逸る気持ちを抑えながら、圭介は食堂に入り、カウンターへ向かう。
子供達の賑やかな声がする中、厨房内の調理スタッフに加穂里の姿は無かった。
「今日は加穂里ちゃん来てないわ。この前は元気なかったし。本当に圭ちゃん、何も知らないの?」
年配の女性スタッフが料理を圭介に渡しながら言う。
「何か用事があるみたいで、行けるようになったら連絡するって言ってはいたけど」
「そうなのかい。あんた達いいカップルだったから、また元気に二人揃ってほしいわねぇ」
「ーーそうーーですね」
いつも美味しく食べていた料理の味が、今日は無味に感じられた。
週末日曜日、圭介のマンション自室。
一度開いたライン画面を閉じ、手にしたスマホをテーブルに置いた。
幸せになってくれるのなら‥もう俺はこのまま何もしない方がいいんだろうな‥。
そう自分に言い聞かせるように、圭介はジンロックを煽った。
週明け月曜日、帝国商会秘書室。
「いいなぁ、増山さん。金曜まで結婚休暇かぁ‥後輩に抜かされたぁ」
出社早々に岡島がぼやいている。
「貴女もそうやって気づいたら私の域に来るのよーー金曜まで一欠なんだから、ぼやいてないでネジ巻きなさい」
「主任ーー私それ、どう返事すればいいんですか?」
周りからクスッと笑う声が小さく聞こえる中、岡島は仕事の準備を始めていった。
水曜日の夜、加穂里のマンション自室。
久しく圭介とのラインが途切れていた。
彼、今頃どうしているのかなーー何もない夜って、やはり淋しい‥きっと私、あのラインを楽しみにしていたんだなぁ‥。
加穂里は胸の上に重い物でも乗せられているような思いだった。
金曜日の夜、渋谷のカフェプランタン。
「光輝、あの二人どうなってると思う?両思いじゃなかったの?」
「こればっかりは分からないな。今週は先輩もスポーツバースとダイブギアのかけ持ちで仕事に追われていたから、あんまり話もしてないんだ」
「こっちも同じ、今日まで一人結婚休暇だったから、その穴埋めでパツパツ。だから主任とも話せてないよ」
「広まっている噂、先輩に聞いてみたいんだけどなーー令嬢の車に乗るところを何度も人に見られているから、社内じゃもう婿入り決定のように言われてる」
「主任も同じよ。ただでさえ、あのメール騒ぎだったのに、営業の小宮さんが遊佐社長と食事したなんて漏らすから、もう付き合ってる説真っしぐらよ」
「忙しいのは分かるが、当人達だって否定ぐらいしても良さそうだよなーーそれを言わないってのは‥」
「そうだよね、ダイブギアの社長令嬢とフリーゲームズの社長だもんね。普通に張り合って勝てるとは思わないわ」
「だから二人とも、噂通りの結末になった方が、相手の将来にプラスになるんじゃないか、なんて考えてる気もするんだよな」
「私もそう思う。だって、あの二人の今の顔、とても恋してる人間の顔じゃないもの」
「だよなーー大きなお世話かも知れないけど、俺は先輩と伊崎主任を最後まで応援するーー今の俺達があるのは、あの二人のおかげだと思うから」
「そうね‥悩んでばっかだったあの頃、主任だけが私の相談にずっと乗ってくれた」
「ああ。勇気が出なかった俺の背中を押してくれたのは先輩だ」
「こんなフェードアウトみたいな終わり方、らしくないわ」
「その通り。せめて当たって砕けるくらいして貰わないとな」
週末の日曜日。
「海を見るのって何年ぶりかしらーーこれ潮の香りってやつね」
黒のアルファロメオは伊豆半島の東海岸を南に走っていた。
「カジュアルな貴方もなかなか素敵。泣かせた女も多そうね」
「何を言ってるんです。カジュアルというなら貴女の方が上手ですよ。それに俺は女を泣かせてもいません」
「ふ〜ん‥じゃあ、そういうことにするわ」
「それより、もうすぐ海洋公園です。そこで海を見ながら芝生でゴロンと、日常忘れてのんびりしましょう」
「いいわね〜楽しみだわ」
ーーーーー。
「私ね。パパがずっと休みなしの仕事人間だったから、何処かに連れて行ってもらった記憶がほとんど無いのーーだから、こういうのってなんか嬉しいわ」
「そうですかーーそれなら良かった」
服装のせいか?こうしていると普通の女性だな。会社の命運を背負っているようには見えない‥。
二人は芝生の上に座り、公園内の売店で買った冷えたレモネードを飲みながら、海を眺めていた。
ーーーーー。
「お昼も過ぎたから、次は『和村』というお勧めの定食屋があるので、そこを案内します」
「定食屋?ーーそこは何が美味しいの?」
「海鮮もいいですが、俺的にはエビフライがお勧めですね」
「えっ、お刺身とかじゃなくてフライなの?どうして?」
「見れば分かりますよ」
ーーーーー。
「何よこれ!デカ過ぎない‥しかも二本もあるわ‥箸で持ち上がらないじゃない」
定食屋に入り、目の前に運ばれてきたエビフライ定食を見て、海堂が興奮気味に声を上げた。
「だから横にナイフが置いてあるんですよーー俺の刺身定食と半分ずつシェアしますか?」
「ぜひ、お願いしたいわ」
ーーーーー。
遅い昼食を終えた二人は、東海岸を北へ戻り、真鶴から国道を外れて一般道を進んで行く。
「国道に沿った上の道を走っているのね」
「伊豆に来た帰り道で渋滞を避けるため、この道をよく使っていたんですよーーもう少し行くと、峠の団子屋があるから寄って行きましょう」
ーーーーー。
「つきたてのお餅って、こんなに美味しいのね。きな粉も小豆もいいけど、貴方お勧めのこの辛味餅、最高だわ」
走る車の中で餅を食べ終えた海堂が、車窓から流れる景色を見ている。
「この世の男、全員が貴方みたいならいいのに‥」
小さな声で呟くように漏れた声を、聞こえないふりでやり過ごす。
帰りの東名高速、それでも海堂は上機嫌だった。
ーーーーー。
一方、晴海のイベント会場にて開催されるゲームショーで、加穂里はフリーゲームズ社のブースの中にいた。
「いやぁ、私服姿の伊崎さんもいいですね〜。私の中ではナンバーワンだ」
「本当、社長って肩書きのつく人は皆さん口が上手ですねーーそれより凄いブースの数、これトイレとか行ったら無事に帰って来れる気がしません」
「はっはっはっ、大丈夫ですよ。上を見てください。各柱のてっぺんに区画番号があるでしょ。それを目安にすればいいんですよ。ウチなら『Q28』です」
「ーーなるほど‥それで、こちらの方々は?」
「彼女らは今回ウチの目玉ゲーム『逆走レースばんばんパニック』の宣伝コスプレイヤーですね。このゲームキャラのコスチュームで、ゲーム説明やノベルティの配布をしてもらうんですよーーこのキャラ、結構子供達にも人気あるんですよ」
「そうなんですか。それなら子供達も大喜びですね」
だとしても、あのコスチューム‥ほとんどレースクイーンだけど。あれで人前に立つなんてコスプレイヤーって肝が据わってるわね‥。
開場時間が迫り、スタッフ達が準備に追われていく。
「社長大変です。アクセラ担当のコスプレイヤーが途中事故で来れないと連絡がありました」
「何だって!まずいな‥開場まで残り時間がそんなにないーーカーミヤとシャーリンを呼んでくれ」
遊佐の顔つきが一変する。
あっ、こっちがこの人の本当の顔なのかな、たぶん‥。
二人のコスプレイヤーと話をしている遊佐を見て、加穂里は思った。
配布用に準備されたノベルティを見ると、ゲームキャラのレースクイーンが三人描かれていて、コスチュームの色も、赤、黒、白と三者三様だった。
赤と黒がそこに居るから、アクセラというのがこの白で、それを着る予定のコスプレイヤーが来れなくなったという事ねーーこれは、いきなり修羅場だわ。
周りのブースの状況など眺めている加穂里は、自身に向けられる強い視線を感じた。
何で三人してこっち見てるの?‥。
その視線は遊佐とカーミヤとシャーリンだった。
ーーーーー。
どうしてこうなった‥。
白いアクセラコスチュームを着せられた加穂里が恥ずかしそうに立っていた。
本当にこれで子供達が喜ぶの?‥これってギリギリなミニよ、胸元だってガバって開いてるし‥もう、私が死にそう‥。
「やっぱり!貴女、アクセラと雰囲気似てるから、白コスが似合う。このままでも十分イケるわ。だから自信持って大丈夫よ」
「カーミヤの言う通り、似合い過ぎててビックリよ」
「本当に済まない。他のスタッフは全員男だし、この状況で頼めるのは君しかいないんだーーでも嫌なら今からでも断ってほしい。何とか別の方法を探すから」
「もう開場まで時間が無いし、子供達が待っているなら私やります。ただ、ゲーム内容も知らないから、本当に私で大丈夫なのか不安です」
「そこは大丈夫よ。ゲームの操作やガイドは私とシャーリンで何とかするから。アクセラはゲーム体験が終わった参加者に『もっとばんばん』と言ってノベルティ渡して貰うだけでいいから」
もっと‥ばんばん‥。
目眩がしそうだった。
「あとね、写真撮られる時の決めポーズはノベルティに印刷されてる通りだから、それを見てねーーそれじゃ、アクセラはこの位置固定でーーさぁいくわよ!」
ゲームショーが開幕した。
週明け月曜日、帝国商会営業部。
「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう」
出社した圭介が長澤と挨拶を交わす。
「先輩ーーだいぶ令嬢との噂が社内で広まってますよ」
「海堂女史のことか」
「先輩の婿入り確定くらいの勢いでーーあんな美人が、外車で会社前に乗りつけて迎えに来てるんですから、噂になるのも当然とは思いますけど」
「向こうの都合でそうなっているだけだ。気にはしていない」
「先輩はそうでしょうけどーーいいんですか?このままで」
「何がだ?」
「ーーいえ、それならいいんですーー今日のスポーツバースとの打ち合わせ、いつでも出れますから声かけてくださいね」
長澤はそう言って自席へ戻って行った。
ーーーーー。
圭介と海堂の噂は秘書室内でも広がっていた。
「こんな噂になっちゃって、前原さんどうするつもりなんでしょうね‥主任はどう思います?」
加穂里の側で岡島が零すように言う。
「何でそれを私に聞くの?ーー知らないわよ」
キーボードを叩く傍らで加穂里が答える。
「‥‥‥それも、そうですよね」
岡島の目が、黙々と仕事をする加穂里を見ていた。
ーーーーー。
午後、スポーツバースとの打ち合わせから戻ると、同じ営業チームの太田が早々と近づいてきた。
「お疲れ様ですーー二人はもうアレ、見ました?」
「アレって何だよ」
長澤が太田に聞き返す。
「ああ、まだ知らないんだーーコレですよ」
太田はスマホを操作してSNSにアップされた画像を表示すると、そのままスマホを長澤に渡した。
「ウソ!なんで!」
スマホ画面に見入った長澤が声を漏らしながら、そのままスマホを圭介に渡す。
その画面に表示された画像を見た圭介にも、二度見するほどの驚きが走った。
そこには白いレースクイーンのコスプレをした美女が写り、タイトルには『逆走レースばんばんパニック アクセラ 三次元に降臨!』と書かれてある。
何度見直しても、それは圭介の知る加穂里そのものだった。
「ばんばんパニックって、フリーゲームズの人気ゲームソフトですよ!どういうことですか先輩?」
画像の背景にはゲームソフトのタイトルロゴも、フリーゲームズの社名も写っている。
「ーー俺が知るわけないだろう‥」
手にしたスマホを太田に返した圭介が自席に鞄を置くと、真っ直ぐ小宮のところへと向かっていく。
「その顔は、もう見ましたって顔だな」
近づいた圭介に小宮が薄笑みを浮かべながら言った。
「コレはどういうことだ」
「どういう事って見た通り、ゲームショーの反響がSNSに上がってるだけだろ」
「そうじゃない。写っているこのアクセラってやつ、秘書室の伊崎じゃないのか?」
「伊崎?ああ、そうだよ。どうして伊崎嬢がイベント参加してるのかは知らんが、遊佐社長が頼んだんじゃないかと俺は思っているよ」
「遊佐‥社長が‥」
「遊佐社長は本気だとお前には言ったろう。どうしてお前がそんな事を気にする‥‥‥まさか、お前‥」
聞き返す小宮に答えず、圭介は営業部を出て行った。
ラウンジで缶コーヒーを買った圭介がソファーに座り、自分のスマホでSNSを再検索する。
どうして、こんな事になっているんだ‥。
確かに小宮の言う通り、そのSNSはゲームショーに出ているコスプレイヤー達を紹介したもので、他にも同様なコスプレイヤーの画像が多数上がっていた。
画像に写るフリーゲームズの社名に胸の奥が波立つ。
画像を捲っていくとアクセラのアップ画像が出てきた。
その画像のタイトルには『アクセラ 強化アイテム追加装備の予告か!?』と書かれてある。
圭介の目線がその画像の一点に向く。
まだ、着けてくれていたのか‥。
写るアクセラの胸元には、青く透き通るサファイアのチョーカーが下がっていた。
加穂里‥。
スマホの画面が一点、また一点と滲んでいった。
ーーーーー。
食堂で遅い昼休憩を取る加穂里は、いつもと違う周囲からの視線を感じていた。
何なんだろう?なんか見られている気がするのは、気のせい?‥。
昼休憩を終えて秘書室に戻ると、真っ先に岡島が加穂里に駆け寄ってきた。
「主任、ちょっとこっちへ」
「いきなり、どうしたのよ」
そう言う加穂里の手を引いて、岡島は秘書室前のラウンジへと進んでいく。
「これーー主任ですよね」
ラウンジのソファーに腰掛けた加穂里に、岡島がスマホの画面を見せてきた。
「えっ!何これ」
「私が聞きたいです。SNSに上がったゲームショーの画像ですよ。どうして主任が写っているんですか?社内でもすごい話題になってますよ」
確かにあの時、あそこで撮影してる人達はたくさんいた。宣伝になるから撮影には協力してあげてとも頼まれていたーーそうか、宣伝ってこういうことなんだ‥。
「これは‥」
加穂里が事の経緯を岡島に話すと、岡島は大きなため息を吐いた。
「事情は分かりましたけど、主任にしてはめずらしく軽率でしたね。これ社長からも呼び出しきますよ、きっと」
「ああ、こんなのが広まっているなんて‥もう私、ホント死にたい‥」
「そうなんですかーーでもアクセラ、結構サマにはなってますよ」
「言わないで‥恥ずかしい」
自席に戻って間も無く、加穂里は社長から呼び出しを受けた。
「この画像に写っているのは伊崎君、君で間違いないのかい?」
「はい」
「遊佐社長に頼まれたのか?」
「はい。嫌なら断ってとも言われたんですが、状況が切迫してたので」
「わかった。それで遊佐社長から出演料とかは貰ったかね?」
「いいえ。そういったお金は何も貰っていません」
「そうか。遊佐社長には会社として注意しておこうーーもし次に同じような事を頼まれたら、その時は断るようにな」
「はい。申し訳ありませんでした」
ーーーーー。
その日の夜、加穂里のマンション自室。
きっと彼もあのSNS見てるよね‥あれ見て彼は、私をどう思ったんだろう‥。
圭介を忘れようとする頭と、忘れられない心が加穂里の中にあった。
木曜日、帝国商会社内。
「もうあの二人、ウチの恋バナクリエイターよね」
「これって、玉の輿と逆玉でしょ。ゴールインするのが楽しみ」
「アルファロメオとアクセラはもうキーワードだわ」
圭介、加穂里の噂話は、もはやこの会社の日常になっていた。
金曜日の夜、六本木のショットバー神楽の店内。
「長澤から飲もうなんて珍しいな」
「いえ、この前の昇進祝いだって、先輩とは殆ど話せませんでしたからね」
他愛のない話でグラスが空いていく。
「彼女とは上手くやっているのか?」
「先輩がそれを聞きますか?ーーまぁ、やれていると思いますよ。年が明けたらプロポーズしようと思ってます。でも、まだこれはオフレコで」
「そっか。上手くやれているなら何よりだ。その時は盛大に祝ってやるよ」
「ありがとうございますーーなんですが、こっちの事より先輩の方はどうなんです?噂どおり、あの令嬢と結婚するんですか?」
「その噂かーーしないよ。そもそも付き合ってもいないのに、結婚とか飛躍しすぎだろう」
「やはりそうですよね。周りが勝手に話を広めて騒いでいるだけーーそれじゃ、伊崎主任とはどうなんです?先輩の本命って伊崎主任だと、俺はずっと思っているんですけど」
圭介の顔が一瞬だけ真顔になる。
「これもオフレコだが、彼女に好意を持っていたのは事実だーーしかし彼女には今、遊佐社長という相手がいる。俺の聞く限りじゃタフガイだそうじゃないか。だから、これからはそっと二人を見守るつもりだ」
「先輩、本当にそれでいいんですか?」
「良いも悪いも、決めるのは彼女だ。俺がとやかく言う話じゃない」
「仕事では迷わないのに、恋愛では逃げるんですね」
「なんだと」
「だって、そうじゃないですかーー自分の気持ちを伝えたんですか?彼女の気持ちを確かめたんですか?先輩の噂話と同じで、先輩がただ勝手にそう思い込んでいるだけじゃないんですか?ーーあっ」
長澤の声で、店内にいた客達の視線が一斉に二人へ集まる。
「すみません、つい‥」
「いや‥いい‥お前の言う通りかも知れないーー逃げている‥か‥」
「俺もプロポーズするのは怖いけど言います。それで言った後の返事は彼女が決める事だと思うので」
「長澤ーー全くその通りだ。俺も、もう一度よく考えてみる事にする」
ーーーーー。
同じ夜、渋谷のカフェプランタン。
「主任、付き合わせちゃってごめんなさい。でも本当にここのモンブラン最高なんですよ、今は栗も旬だから尚更です」
「気にしないでいいわよ。別に無理して付き合ったわけじゃないから」
間も無くして注文したハーブティーとモンブランが二人の前に運ばれてきた。
「ホントだ、すっごく美味しい。最近はずっとアレでバタバタだったから、栗の甘さが心に沁みるわ」
「良かった、それなら誘った甲斐がありますーーところで主任。遊佐社長と、今はどんな感じなんです?」
「えっ?どんなって聞かれても‥たまに食事するくらい。一昨日も相談があるって言うから一緒に食事はしたけど」
「何の相談ですか?」
「例のゲームショーで、アクセラの着けていたチョーカーがSNSで話題になっているらしくて、ゲームの続編で強化アイテムとしてチョーカーを実装する事になったから、現物を見せてくれって言われたの」
「見せてくれって、あれはもともとコスの一部じゃなかったんですか?」
「チョーカーは私の私物よ。昇進祝いの席で貴女があんなこと言うから、帰りに前原さんが誕生日祝いだって六本木の露店で買ってくれたの、これよ」
加穂里はブラウスの下に隠れていたチョーカーを引き出して見せた。
「あ〜。それじゃ遊佐社長との話はやっぱり噂なんですね」
「何?噂って?」
「え〜聞いてないんですかーー主任が遊佐社長と付き合っていて、結婚するんじゃないかって噂ですよ」
「待ってよ、何それーー結婚なんてどこから、付き合ってもないのに」
「そうですよね、だったら安心したーーやはり主任の本命は前原さんですもんね」
「確かに、気になる人ではあるけどーーでも、今は前原さん、海堂さんて言う才色兼備なお相手がいるし、だから私はそれを応援しようって決めてるの」
「本心ですか?ーー今の主任、応援している顔には見えませんよ」
「そ、そんな事ないわよ」
「主任は嘘を言うと必ず噛むからバレバレですーー自分の気持ち、今ハッキリしておかないと、きっと後悔しますよ」
加穂里が目線を逸らし俯く。
「入社したての頃、私に女も度胸と言ったのは主任ですよ」
「そう‥だけど」
「いいんですか、それでーー逃げずに当たって砕ける主任の方が私は好き。砕けた時は私が朝まで慰めます。だから恋心を諦めないで」
加穂里の目には輝くものが溢れていた。




