第四話 連絡先
週明け月曜日、夜。
二度目のライン‥今回はちゃんとラインする理由があるからな‥。
残業していた圭介は、帰宅途中でスマホから加穂里にラインを送ろうとしていた。
昨日の今日‥まさか、しつこいとか思われたりしないよな‥あのVサイントマトの真意も分からないままだし‥やはり、ここは丁寧に進めるべきところか‥。
ライン画面からAI画面に切り替えていく。
『ライン交換したばかり、送る頻度は何回までなら許される?』
=ライン交換したばかりの頃は、1日1〜3往復を目安にするのが一番おすすめです=
一日で一から三往復か‥すると寝る時間を引いた一日の活動時間はおおよそ十八時間、つまり六時間おきに一回ということだなーーよし、それなら送っても大丈夫そうだ‥ん?下にまだなんか書いてあるぞ。
=気をつけるポイント 1相手の返信ペースに合わせる 2既読スルーに注意=
なんだ?既読スルーって?‥。
『既読スルーとは?』
=相手がメッセージを読んだが返信しない状態 よくある理由 1後で返そうと思っている 2どう返せばいいか返信に困っている 3スタンプで既に会話が終わったと思っている 4単純に忘れている=
なんだ、そんなことか、気にしなくていいなーーそれじゃラインを送るか。
再びライン画面に戻し、加穂里にラインを送信した。
『次はいつ食堂に行く予定ですか?』
続けてスタンプを選ぶ。
この前はミス送信したからな‥だが彼女からのスタンプも意味不明だったーーんっ‥待てよ、それは考え過ぎか?単純に彼女はトマトが好きというだけでは?
スタンプ一覧からトマトを探す。
なんだ、よく見ればトマト可愛いじゃないか、それならこれで‥。
にっこりしたトマトをスタンプ送信した。
間も無くして、既読の文字が表示された。
ーーーーー。
駅に着いたが、加穂里からの返信は無い。
マンション自室に着いても、返信は無かった。
これが既読スルーというやつなのか?‥待て待て、予定を聞いただけだぞ、しかも今日はまだ一回目だし‥きっと今は忙しいに違いない、男ならどんと構えていればいい。
スウェットに着替え、グラスにジンロックを作り、買ってきた弁当を広げて遅い夕食を始める。
食事中、スマホ画面を何度もチラ見している自分がおかしく思えた。
ピロン。
ライン着信音が静かな部屋に響く。
それはトマトスタンプのついた加穂里からの返信だった。
ほら、やっぱりトマトが好きなだけだったんだ。
『ごめんなさい。お風呂入っていたから返信できなかったの。私は8/1くらいに行こうかなって思ってます。前原さんは?』
『俺もそのくらいで考えていたから、8/1で伊崎さんに合わせますよ』
『わかりました。それじゃあ、8/1で私も予定入れます。前原さん、今帰ってきたの?』
『帰ってきて丁度いま、飯を食い終わったところ、伊崎さんは?』
『私はお風呂から出たばかりで、今はバスタオル一枚だよ、えへへ』
バスタオル一枚って、えへへって‥。
脳裏をOLスーツ姿の加穂里が通り過ぎていく。
『それならバスタオルが羨ましいな』
『何よそれ。えっち』
えっちだと、お前から振ってきたくせに‥。
『いいんだよ。えっちは男のライセンスなんだから。風邪ひかないうちに服着て寝るんだぞ』
『わかってますよーだ。それじゃおやすみ。また明日』
『おやすみ、明日な』
六往復もしてしまった。AIの言う三往復なんて、とっくに超えてるじゃないか。
圭介はトーク画面を何度も見直していた。
ーーーーー。
面白いなぁこの人、会社とプライベートが全然違うのーーでも、分からないのはこのトマトよ‥そんなに気に入ったのかしら‥。
トーク画面に並ぶトマトのスタンプを見ながら、加穂里はパジャマに着替えていった。
火曜日、帝国商会秘書室。
岡島のスマホが着信のバイブで震え出す。
「誰から?」
見覚えのない電話番号からの着信に、岡島は首を傾げながらスマホを持って秘書室からロビーへ出ていった。
ーーーーー。
「どうしたの?ーー何かあったみたいね」
戻ってきた岡島の表情を見た加穂里が声をかけた。
「病院からの連絡で、親が倒れて救急搬送されたって‥」
「そう、それなら直ぐに病院へ行きなさい」
「でも‥それだと仕事が‥」
「仕事なんてどうとでもできるから。私みたいに親が居なくなってからでは遅いのよ」
「‥‥ありがとうございます。それじゃ、すみません」
岡島は頭を下げると秘書室を出て行った。
早退した岡島が出社してきたのは二日後の事だった。
「母が買い物中に持病で倒れて、病院の方が母のスマホにあった緊急連絡先を見て、私に連絡をくれたそうです。手当も早く大事にならずに済みました。ご心配をお掛けしました」
菓子折りを持った岡島から加穂里はそう報告を受けた。
「良かったわ、一安心といったところねーーでも、何かあったら遠慮せずに言うのよ」
「はい。ありがとうございます」
岡島は自席へと戻って行った。
緊急連絡先か‥私には連絡の取れる身内はもう居ないし‥いや、今なら一人だけ頼める人がいるかも‥でも、いいのかなぁ、こんなこと頼んで‥変な女とか思われないかな‥。
その日の夜、加穂里は圭介にラインを送った。
『突然ですけど、都合がつけば次の土曜日、あの喫茶店でお茶しませんか?』
『ボランティアも無いし、大丈夫ですよ』
『ありがとう。それならランチなんか一緒にどうです?』
『了解です。ランチなら、十一時半にこの前送った場所へ迎えに行きますよ』
『ありがとう、助かります。では土曜日にまた』
金曜日、帝国商会社内。
「結局さ、あの二人ってあれからどうなったの?」
「目立った事は何も無いし、話も聞かないわね」
「キス事件も未遂なわけだから、詰まる話はただ一回食事に行っただけなんじゃないの」
「やっぱりそっかぁーーでもね私、それとは別で前原さんのもっとヤバい情報を聞いたのよ」
「ヤバいって今度は何よ」
「この話はまだ口外禁止よ。前原さん、ダイブギヤの令嬢に目をつけられているらしいわ」
「あんた、どっからそんな話聞いてきたのよ」
「だってあたしの彼、ダイブギア担当じゃない、そこからよーー担当を外されるんじゃないかって彼、真剣に悩んでいたから」
「と言うことは、令嬢の目は敵意じゃなくて好意って事ね。それなら貴女の彼氏にとっては戦々恐々な話だわ」
「そうなのよ。令嬢って一人娘だから婿取りした男を次期社長にって話が前からあってさ。前原さんて親ナシ独り身だし、営業力も有るから白羽の矢が立ったみたいよ」
「はぁ、なんかもう、エリートってのもなかなか大変なんだね」
ーーーーー。
同じ日の夜、渋谷のカフェプランタン。
長澤と岡島は業後、渋谷のカフェに居た。
「ねぇ光輝。前原さんと伊崎主任の噂どう思う?」
「ん〜確信はないけど、付き合ってるんじゃないかって俺は思ってる」
「どうしてそう思うの?」
「最近、機嫌が良いって言うか、優しくなったって言うか、あ〜これはなんかあったな〜感がありありだからさ」
「やっぱね〜こっちも同じよ。どうしたんですか主任ってくらい、最近優しいのよーー先日だって私の親が倒れた時、真っ先に病院行けって言ってくれたの主任だし」
「まぁ、付き合い始めあるあるだよなーー二人が付き合っているなら、俺的には全力応援の一択だけどな。沙希は?」
「うん、同じく。私も推すわーー主任って言葉と顔は素っ気ないから誤解されやすいんだけど、ハートはあったかい人だから」
「あ〜なんかそれ、ウチの先輩にも聞かせてやりてぇなぁ」
休日、喫茶フィレンツェ。
待ち合わせ場所から圭介の軽バンに乗って、二人はフィレンツェに来ていた。
「わがまま言っちゃって御免なさい」
「別に予定があったわけじゃないし、気にしないでいいよーーそれで何かあったの?」
「実は今週火曜日にね‥」
加穂里は岡島という後輩の親が倒れ、病院から緊急連絡が入り、早退させたことを話し始めた。
「大変だったな。けど大事にならなくて良かったね。その岡島って子、俺も知ってるよ」
「えっ、前原さんがどうして」
「俺の後輩で長澤って奴がいるんだけど、そいつの彼女だから。下の名前って沙希って言うんじゃない」
「驚いた、そうよ」
「まぁ、長澤から聞いて知ってるっていう程度だけどね」
「営業部に彼氏がいる事は知っていたけど、前原さんの後輩だったんだ、そこは初耳だわ」
二人のテーブルにランチセットが運ばれてくる。
「今日はアラビアータね。美味しいといいなぁ」
「あっ、思ったより辛いなーーでも旨い」
「ホントだ、結構くるわね。私、辛党だからこれくらいが好きだわ」
「辛党なのか‥もしかしてアルコールも結構いけるクチかい」
「なんの事かしら?嗜む程度ね」
「嗜むね‥それじゃ今度、六本木にいいショットバーあるから行ってみない?」
「望むところよ」
二人が笑い合う。
ランチセット最後のコーヒーが運ばれてくる頃、加穂里がスマホを手にしながら口を開いた。
「それでさっきの話の続きだけどーー親が病院に運ばれた時、すぐにその子のところに連絡が来たのは、親のスマホの緊急連絡先にその子の電話番号が登録されてあったからなのーーここね」
加穂里は自分のスマホのメディカルIDを開き、何も登録されていない緊急連絡先の項目を圭介に見せた。
「私、もう親も兄弟も居ないから、何かあっても近くに連絡できる人がいないの」
「なるほど、そういうことならーーほら」
圭介もスマホを取り出し、何も登録されていない緊急連絡先の画面を加穂里に向けた。
「俺はもともと孤児だから、この通りさーーいいよ。気休めかもしれないけど、お互いに登録し合おうか」
「前原さん‥うん」
二人は電話番号を交換して、スマホの電話帳と緊急連絡先に相手の電話番号を登録した。
週明け。
スポーツバースの販路開発、在庫管理など運用が本格化してきて圭介も多忙となり、加穂里とはラインだけのやり取りが続いていた。
「お疲れ様。なかなかラインもできなかったけど元気?」
「元気よ。仕事忙しそうねーー私は今、お風呂から出てお酒を美味しく飲んでるわ」
「いいね。いつも何を飲むの?俺は毎晩ジンロック飲んでる」
「私はだいたいビールかな。ジン?ロックだと苦くない?」
「それがいいのさーーそう言えば話したショットバー、なかなか誘えなくてごめん」
「仕事が落ち着いてからでいいわよ。気にしないで」
「分かった。それじゃ週末、会えるのを楽しみにしてるよ」
「うん。私も」
翌週土曜日、子ども食堂。
「圭ちゃん、いつも助かるよーーもう彼女、加穂里ちゃんも来てるよ」
圭介が軽バンで乗りつけると、男性スタッフがニコニコしながら、そう言って近寄ってきた。
「なんですか彼女って」
「惚けちゃってコノォ‥この前は一緒に帰ったって聞いたぞ」
「いや確かにそうですけど、そんなんじゃ無いですから。彼女に失礼でしょ」
「ふ〜ん、そうなのかい」
男性スタッフはその後もニコニコしながら食材を施設に運んでいった。
食堂に入り、いつものように料理を貰って食べていると、カウンター側でいつも配膳してくれる年配の女性スタッフも、圭介をニコニコとした顔で見ている。
それはもう子供や孫を見る時のそれだった。
加穂里が引けたら、二人でフィレンツェに行く約束はラインで済ませてある。
圭介が食べ終わり、軽バンで待っていると、間も無く加穂里が現れ、助手席に乗り込んできた。
「なんかさ、スタッフの様子が変じゃなかった?皆んなニコニコしながら人を弄りに来るんだけどーー大丈夫だった?」
「散々に弄られたわーーもうあれは保護者気取り」
フィレンツェに着いてからも、話題はもっぱらそれだった。
「何か、もっと見つからないようにすれば良かったのかな」
「前原さんのせいじゃないわ。どっちかって言うと私のせい。ランドセルの頃からあの食堂に通っていたから、皆んな私を娘か孫くらいに思っているのよ」
「なるほどなーー伊崎さんくらい可愛い孫なら放っておけないってことか」
「私、別に可愛くもないし、それにこの年で孫扱いされてもね〜」
「確かにそうか」
「ちょっとヒドい!そこはそんな事ないって否定するところじゃない」
「えっ、そんな言いがかり的なーー悪かったよ、ごめん」
拗ねて見せる加穂里を愛おしく感じた。
八月三日月曜日、帝国商会営業部。
その日の仕事もほぼ片付いてきた頃、長澤が圭介に声をかけてきた。
「先輩。今週末の八月八日って、予定空いてませんか?土曜日です」
「週末土曜?ーー特に予定は無いが‥何でだ?」
「もう、ずっと暑いじゃないですか。だから沙希と海に行こうって話になったんですよ。一緒に行きませんか?沙希が伊崎主任も誘うと言ってたから四人で」
「伊崎主任はOKするのか?四人揃うなら俺は構わないが、三人だったらそんなお邪魔虫に俺はなりたくないからな」
彼女はどう答えるかな‥長澤と岡島はカップルだろ、そこに俺と二人でって周りからはダブルデートに見えるよなーー彼女が嫌がらないなら、俺は全然構わないんだが‥。
圭介の中で、不安と期待が混じり合っていた。
「分かってますよ。それじゃあ、四人揃えばOKでいいですね」
長澤はそう言って自席に戻って行った。
ーーーーー。
その日のうちに四人の海行きは決定した。
ーーーーー。
『俺、海なんて久しく行ってない』
『私もよ。でも楽しみだわ』
『水着を探し出さないと、何処に仕舞ったか忘れた』
『ああ、水着ねぇ‥持ってるの古いし、買いに行かなきゃ』
『新調するの?ビキニ?』
『ん〜見て決める感じかしら。ビキニとかあんまり期待しないでね』
『いや、期待する。ビキニじゃなくても面積のなるべく小さいのがいいな』
『何の面積よ』
『布の』
『そう‥当日は水難事故に気をつけてね、セク原さん』
『座布団一枚!』
『なんか本当に腹が立ってきたわ。謝って』
『ごめんなさい』
二人の間で他愛ないラインが続いた。
火曜日、帝国商会秘書室。
「主任。週末の海行きですけど、水着どうします?私は新調しようと思うんですけど」
「水着?ーー岡島さん、買いに行くの?」
「金曜日、仕事終わったら行くつもりだから、主任も一緒にどうですか」
「いいわ。行くわ」
金曜日、渋谷ピカリエ店内。
「108よりこっち来て正解でしたね。大人っぽい水着がいっぱいある」
「確かにそうねーー岡島さんのチョイスで正解ねーーあっ、このへん良さそう」
加穂里がワンピースを手に取る。
「えっ?主任それワンピースですよ。ビキニ買わないんですか」
「いや、その、だって‥私、そんな若くないし‥ビキニなんてもう‥」
「何言ってるんですか、主任のスタイルならイケますからーー前原さんを悩殺できますよ」
「な、何言ってるのよ。私なんかで悩殺なんて‥無理よ‥」
「そうですかねぇ〜」
岡島の目が愉快犯のそれになっていた。
ーーーーー。
「いろいろ見過ぎてどれでもよくなってきた‥結局はシンプルイズベストになっちゃうのよね」
岡島がぼやいている。
「そうね。でも私は決めたわ、コレにする」
加穂里はシンプルな黒のビキニを手に取っていた。
「主任、大人ですね〜主任がそれなら色違いにしよっかなぁーーこのシアンなんてどう思います?」
「さっきのポスターに今年は燻んだ色が流行りって書いてあったから、同じシアンでも少しスモーキーなこっちもいいんじゃない?」
「本当だ。コレ大人っぽい!コレにしよっと」
ーーーーー。
「結局、一時間以上選んでいたなんて。なんかもう疲れた‥」
近場で立ち寄ったカフェで岡島が溢している。
「そうねーーところで明日は会社前で七時集合だったわよね?」
「そうですよ」
「じゃあ、早く帰って準備して、早く寝ないとね」
「主任。なんかその言い方、仕事モードになってませんか‥」
土曜日の朝、帝国商会前。
海行きの軽装で四人の男女がエントランス前に集まった。
やっぱり私服の方が絶対に可愛いな‥。
加穂里を見た圭介が内心で呟く。
「揃いましたね。それじゃ行きますか」
高樹町ランプから高速道路に入り、長澤の運転するSUVで四人は新潟へ向けて出発した。
ーーーーー。
「今日も暑くなりそうだなぁ」
長澤が運転しながら、助手席に座る圭介に言う。
「海日和って事だろ。寒いよりはいいさ」
「日焼け止め、多めに持って来たから、みんな使っていいからね」
「私、新潟の海って初めてだけどーー長澤さんと岡島さんはよく行くの?」
「俺が新潟出身なんですよ。子供の頃によく行っていた海で、綺麗な遠浅の海だから気にいると思いますよ」
ーーーーー。
「やっほー!海が青い!すごいね光輝!」
「あれ?岡島さんもここ初めてだったの?」
「そうですよ」
連日の猛暑でビーチは今日も多くの海水浴客で賑わっていた。
ーーーーー。
「おおおぉ!」
海の家に入り、水着に着替えた二人を見て、圭介と長澤が声を上げた。
「そんなに見ないで」
ビーチタオルで加穂里が体を隠す。
「コレがこの前、二人が渋谷で買ってきたっていう水着かーーこれ沙希のセンスというより伊崎主任のセンスでしょ」
「何よ!光輝のくせに勘がいいじゃないの‥なんかムカつくけどそのとおりよ、主任の水着と色違いにしたの」
「ああ、言われれば確かに色違いだなーーどっちも似合ってて、すごく綺麗だし、可愛い」
「ほら!光輝も言うなら前原さんくらい褒めてみなさいよ。ねぇ‥主任‥?」
ビーチタオルを抱きしめる加穂里の顔が赤くなっていた。
ーーーーー。
「よっしゃ!パラソル二本も借りてきたーー先に行ってビーチに立てておくから、オイル塗ったら来いよ。じゃあ先輩、行きましょう」
長澤がパラソルとスコップを持ってビーチへ出ていく。
「こういう時のアイツは馬鹿みたいに元気なのーーうるさくてごめんね」
加穂里と日焼け止めを塗り合いながら、岡島が照れ笑いを浮かべる。
「別にいいんじゃない。全然気にならないわ」
言いながら、加穂里はビーチへ出ていく圭介の背中を見ていた。
意外と彼。服脱いでもスタイルいいのね‥。
少し跳ねそうになる心を加穂里はグッと抑えていた。
ーーーーー。
長澤と圭介でシートを広げ、パラソルを立て、エアーマットにも空気を充填していく。
用意してきたクーラーボックスをパラソルの下に置いて、準備が完了した頃、ツバの広い帽子とラッシュガードを羽織った加穂里と岡島が、海の家から歩いてくるのが見えた。
揺れるラッシュガードの合間から、黒いビキニと白い肌が見える。
彼女‥着痩せするタイプだったのか‥。
パラソルの下で休む長澤に駆け寄った岡島が、その隣に座り込むとそれで一つのパラソルは定員になった。
「主任と前原さんはそっちねーー二人とも何飲む?ーー光輝は帰り運転だからコーラだよ」
クーラーボックスを開けた岡島が、隣の長澤にコーラを手渡す。
「俺はビールで」
「私もビールで」
「はい、じゃあ、これね‥‥何してるの?二人とも中に入って座ったら?」
パラソルの外で立ったままの二人を不思議そうに岡島が見ている。
「あっ‥そうだな‥」
「あはは‥そうね」
ビールを受け取りながら、圭介がもう一つのパラソルの下に座ると、その隣に加穂里が遠慮がちに座ってきた。
「それじゃ、まずはカンパーイ!」
長澤の掛け声で、四人の海水浴が始まった。
ーーーーー。
並んだパラソルに二組の男女‥やっぱり、これはダブルデートの構図じゃないか‥俺はいいが、彼女はこの状況をどう受け止めているんだろう‥それに長澤達が居ると変に照れ臭いこれは何なんだ‥。
横目でチラリと隣を見ると、ビキニとその谷間が目に入る。
だめだ‥目の毒過ぎる‥。
「前原さん、もしかして主任のビキニに悩殺されてる?」
圭介の様子を見た岡島がニヤニヤしながら目線を向けてくる。
「そんなことは‥ないさ」
岡島に言い返す圭介の目に、加穂里のビキニが映る。
だめだ‥早く慣れないと破壊力があり過ぎる。
圭介はパラソルの外に視線を向けた。
「ほら主任、言ったとおりでしょ。主任ならビキニで悩殺できるって」
「変なこと言わないでよーー前原さんも、もっと強く言い返した方がいいですよーー前原さん?」
加穂里が、外を向いた圭介の視線を目で追うと、その先ではビキニ姿でダイナマイトボディな外国人女性が、ビーチマットの上でサンオイルを塗っていた。
「ああいうのが好みなんですね、前原さんは」
「えっ?何の話だ?」
「今、あそこの女性をずっと見ていたでしょ」
「見ていた?ーー待て、誤解だ!俺はただ向こうを見ていただけで、別にその人を見てたわけじゃない」
「言い訳ですか」
「言い訳も何も‥そもそも、そのビキニが刺激的過ぎるから目線を外していただけだ」
「えっ?ビキニ‥」
開けたラッシュガードの前を閉じた加穂里の顔が赤くなる。
「やっぱり前原さんはセク原さんだわ」
「セク原とか言うな」
「何なの?この茶番」
様子を見ていた岡島が、呆然とする長澤にそっと耳打ちした。
「分かった。それなら、もっとちゃんと見て目を慣らすことにする」
「いいわよ、慣らさなくたって、バカァ」
「沙希。俺達は俺達で海を楽しもう」
長澤が岡島にそっと言葉を返した。
ーーーーー。
海に入り、エアーマットに乗った加穂里と岡島を、圭介と長澤がアシストして泳ぐ。
それでも時折、波でエアーマットごとひっくり返される。
「あはははっ!やだ!もう!」
会社では見られない加穂里の素顔が圭介は好きだった。
「二人ともこっち見て」
海から上がると、長澤がスマホを向けて圭介と加穂里を撮影していく。
「普段のスーツ姿だと分からなかったけど、前原さんて筋肉質な体をしてたんですね」
長澤の横で岡島が言う。
「これでもダイバーだったからな」
「スクーバダイビング?やってたの?ーーあれ、すごく興味あるわ」
加穂里がすぐに反応した。
「それなら主任、前原さんに教えてもらったら?ダイビング」
圭介と加穂里を見ながら岡島が言う。
「その前にダイビングするなら、まずライセンス取らないとダメだぞ」
「そうなの?ライセンスが要るんじゃ、すぐは無理ね〜」
その後も四人でスマホを回しながら写真を撮り合い、パラソルの下へ戻る。
「光輝、背中塗って」
岡島が日焼け止めを渡しながら、長澤に背中を向けていく。
「一応ウォータープルーフだけど、主任も塗り直した方がいいですよ。前原さん塗ってあげてね」
「俺がか?」
「いいじゃない、側に居るんだし。ねぇ主任」
「え、ええ‥全然平気よ‥じゃあ、手の届かない上の方だけお願い」
加穂里が日焼け止めを圭介に渡し、背を向けてきた。
本当にいいのか、俺が塗って‥。
恐る恐る手を背中に当てる。
「ひゃっ」
小声が聞こえた。
「大丈夫?」
「うん、平気、続けて」
ーーーーー。
海の家で遅い昼食を済ませた四人が、渋滞を避け早めの帰路につく。
帰りは岡島が助手席に座り、圭介と加穂里が後部座席に座っていた。
「静かだと思ったら二人とも寝てるわ」
後部座席を振り返った岡島が言う。
「気疲れってやつじゃないかーー見てるこっちは面白かったけどね」
「そうね。この二人、仕事が凄いバリバリだから恋もスマートなのかと思っていたけど、何でこんなポンコツなんだろう」
「まぁいいんじゃないの。俺はこれからも応援していくよ」
「絶対に両思いなのに、本人同士がそこに気づいてないって言うか、やたら慎重と言うか、こんなの見せられたら放っておけないわよね」
岡島がスマホを手に取り、後部座席の二人をこっそり写す。
スマホには、後部座席で寄り添うように寝ている圭介と加穂里が写っていた。




