第三話 挑戦
金曜日の夜、圭介のマンション自室。
インターネットに繋げたパソコンから検索キーワード『恋人になるまでのステップ』と打ち込む。
何だって‥=出会ってから仲良くなるまで=ふむふむ、=連絡を取り合う=そして、=デートをする=それから、=告白して恋人になる=なるほど。これが正式手順か。
検索結果を次々に読んでいく。
そうなると次のステップは‥連絡を取り合う‥だよな。
ーーーーー。
どうやら電話番号やメアドより、ライン交換が一番ハードルが低そうだが‥待てよ、皆んなはどんな口実でそれを聞いているんだ‥。
ジンを口に運びながら、再びキーボードを叩く。
=素直に明るく聞く=
何だ、それでいいのかーー仕事以外で連絡先を自分から聞くなんて初めてだからな。
「ーー伊崎さん。また話したいから連絡先、ライン交換しませんか?」
‥ってこれ、マジで俺が聞くの‥‥まぁ仕方ないか、せめて交換でモタつかないようにしないとな‥。
スマホを手に取り、ライン友達追加の手順を再確認していく。
手順はこれでよし、とーーしかし、本当にこんな事をストレートに聞いていいのかな。
考えながらスマホの画面を見ていると、一つのアイコンが目に止まった。
そうか!AIに聞けばいいじゃないかーー何で、もっと早く気づかなかったんだ。
AI画面を立ち上げる。
『興味のある女性がいて、ライン交換したいけど、どう切り出すのがいいと思う?』
=相手とすでに少し会話のできる関係なら、自然な流れを作るのが一番です。例えば、「また話したいのでLINEを交換しませんか?」や、「今後の予定を決めるのに便利なので、LINEを交換しませんか?」、大切なのは、交換した後に連絡を取りたい理由があることです。=
『そうか、ありがとう。これでいくよ』
すごいなAIって。今後の予定なんてピッタリな理由だな、これをスマートに言えるよう練習しておくか。それなら後は明日、彼女とうまく会えるかだけだし、そこはこの前と同じ時間で行ってみるしかない‥。
圭介はセリフを脳内シミュレーションしながら浴室へと入っていった。
ーーーーー。
同じ夜、加穂里のマンション自室。
彼‥明日、食堂に来るって言ってたけど、何時に来るんだろう‥この前、食事した時にラインくらい聞いておけば良かったーー会えるといいな‥。
風呂から出た体をバスタオルで巻いて、冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら考えていた。
ライン交換なんて、いつも相手が言ってきてたから、思いつかなかったわ‥。
加穂里は冷えた缶ビールの栓を開けた。
土曜日、子ども食堂。
「圭ちゃんが食材持って来てくれたぞ。手の空いている人は運ぶの手伝って」
子ども食堂の男性スタッフが、圭介の軽バンに近づきながら声を上げる。
「圭ちゃん、加穂里ちゃんと同じ会社だったのね。世の中、広いようで狭いものだわ」
食材を運び終えた女性スタッフがそう声をかけてきた。
「俺も驚きましたよ。彼女来てるんですか?」
「いるわよ。もう少ししたら夕食準備も終わるから、良かったら食べていって」
良かった、会えた‥。
食堂に入り、年配の女性スタッフが準備してくれる料理を受け取りにカウンター前へ立つと、厨房にいた加穂里と目が合う。
小さく手を上げた圭介に加穂里が微笑む。
嬉しいような、複雑な思いを感じて少し照れ臭い。
側では年配の女性スタッフが黙って二人を眺めていた。
ーーーーー。
今日も子供達、大勢来てるな‥。
食事を終え、子供達の賑やかな様子を見ていると、厨房から出てきた加穂里が近づいてきた。
「味、大丈夫だった?そのハンバーグ、実は私が作ったんだ」
「あっ、そうだったの。全然大丈夫、料理上手なんだね」
「それなら良かったーー私、母子家庭育ちと言ったでしょ。だから、ご飯はいつも私が作っていたの」
「ああ、確かにそう言っていたねーーでも本当にすごく美味しかったよ」
「えへへ、ありがとう。お世辞でもそう言われると嬉しいな」
ニコッとした加穂里の顔に、一瞬、見惚れた自分に気づいた。
「今日、この後って時間ある?良かったら近所でお茶でもどう?」
「平気よ。もうすぐ私の担当終わるから、ちょっと待っててもらえる」
ーーーーー。
スッキリとしたシルエットのパンツにブラウス、髪を上げた加穂里は、会社で見るOLスーツとは違う印象を与えてくる。
「可愛い色の車ね」
助手席に乗り込んできた加穂里が言う。
「アースグレーという色だよーーもっとカッコいい車だったらいいんだけど。誘っておいて、こんな軽バンでごめん」
「男の人ってそういうの結構気にするみたいね。でも私なら全然構わないから、そんなこと気にしないで」
二人は車で環七沿いにある喫茶店『フィレンツェ』に入った。
ーーーーー。
「付き合わせちゃって、今日はすまないね」
「そんな事ないですよーーダメだったら断ってますから」
加穂里が笑う。
契約の事、表彰の事、後輩たちの事、食堂の事、差し障りのない話で時間が過ぎていく。
まずいな、このままでは‥切り出すタイミングが掴めない‥手を考えないと。
圭介は加穂里に断って化粧室へ向かうと、そこでスマホを取り出し、AIを立ち上げた。
『昨日相談した話でライン交換の切り出し方。彼女と喫茶店にいるが、切り出すきっかけが掴めない。どうしたらいい』
=自然な流れで二人に共通する話題を探しましょう。共通の話題から、「LINEを教えておくので、何か良い情報があったら連絡してください」と切り出せば自然です。=
『共通の話題なら、同じ会社だから話しているけど発展しない。話題を変えた方がいい?』
=変えた方がいいです。理由:会社情報は社内ツールなどで連絡体制が確立しています。そのため共通する話題はプライベートな趣味、食べ物、ペットなどが理想です。例えば、好きな食べ物は何ですか?と聞いて、それなら美味しいお店を知っています。今度連絡しますからライン教えてください。と言えば自然です。=
『分かった。食べ物だな、ありがとう』
圭介はスマホを仕舞い、席に戻っていった。
落ち着け、自然にさりげなくだぞ‥。
「すみませんでしたーーところで好きな食べ物って何ですか?」
「えっ?急ですね」
加穂里がまた笑う。
「あっ、いやまぁ‥どんなのが好きなのかなって、ふと‥あはは」
あのバカAI、展開が違うじゃないか‥。
「嫌いな食べ物はないですよ。だから何を誰とどう食べるかの方が大事ですね」
「ああ、確かにそうですね。変な事聞いちゃって‥」
なんか今日の俺、終わった気がする‥。
「気にしないでくださいーーそれよりこれ。この店、お友達登録すると割引やポイントがあるみたいですよ」
加穂里がそう言いながら、テーブルに置かれたアクリルスタンドを指差している。
それは、この店のラインお友達登録QRコードが載ったものだった。
「次また来るかも知れないし、一緒に登録しておきません?」
「あっそうですね。そうしましょうか」
二人がスマホを取り出し、QRコードを読ませてお友達登録を進めていく。
「あと、今日前原さんがいつ来るか分からなかったから、ちょっと困りましたーーだから連絡取れるように、私たちもライン交換しておきませんか?」
水中に一分潜ってから水面に出たような、圭介はそんな救われた気分だった。
「実は今日、俺も何時頃行くか知らせたかったんですよーーぜひ、そうしましょう」
ーーーーー。
「家か、その近くまで乗って行かなくていいんですか?遠慮なら要りませんよ」
「ここで大丈夫です、もう近いからーーなんか普段、会社で見るスーツの前原さんもいいけど、今日のラフな格好の前原さんもなかなかでしたね」
「それを言うなら伊崎さんだって。カジュアルな服も素敵ですよ」
「やん、どうしよう、褒められたーーそれじゃまた会社で」
そう言って、笑いながら加穂里は車から降りて帰って行った。
ーーーーー。
マンション自室に帰ってからも、スマホに登録した加穂里のラインアイコンを見ながらニヤニヤが止まらなかった。
しかし、ライン登録しただけでこんな気持ちになった事、今まで無かったな‥ともかく結果オーライだ。AIにも一応教えておくか。
『ライン交換はできた。けど用もないのにラインって送っていいのか?何コイツとか、ウザいとか言われないか?』
=ライン交換できたのですね。用事がなくても、短いお礼や挨拶なら問題ありません。ただし、相手の返信頻度や文章量に合わせることをおすすめします。=
『先ずは送るって何を書けばいい?話なら、さっきまでたくさんしてきたし』
=会って話をしたお礼だけでも大丈夫です。無理に話題を作る必要はなく、お礼とスタンプだけでも問題ありません。=
そうか。それなら先ずは送ってみるか‥。
『今日はありがとう。またお茶しましょう』と入力して、スタンプは‥なんか種類が多いな‥。
スタンプ一覧を見ながら適当なものを探す。
人形か?動物か?‥コメントのついたヤツも使えそうだな‥おっこれなら。
一覧の中から、グッドサインにありがとうとコメントのついたスタンプが目に入る。
ありがとうってコメントもあるから、この辺なら無難かーーあれ、違うところ押しちゃった‥なんだ?このジャガイモみたいなスタンプは‥これじゃない、取り消し取り消し‥っと‥あれ?。
トーク画面に吹き出しとスタンプが追加され、圭介の顔面から血の気が引く。
ああ‥変なモン送ってしまった‥取り消し方が分からん‥。
慌てているうちに吹き出しの横に『既読』がついた。
ーーーーー。
このスタンプーーどういう意味だろう。
加穂里はジャガイモのようなスタンプを見て、その意図を考えた。
そっか‥‥あれだけ営業成績を出す人だものーーきっと、こういうスタンプにも意味があるんだわ‥‥じゃあ、私も。
ーーーーー。
『こちらこそ今日はありがとう。またお茶しましょうね』
その言葉と一緒に送られてきたスタンプは、Vサインをしたトマトだった。




