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好きな女の血が吸えない吸血鬼  作者: 阿久理ヒロミ


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2/8

第二話 もう一度

休日、圭介のマンション自室。

まずいな‥肩に手まで乗せて‥いきなり飛び離れて‥あ〜絶対におかしい奴だと思われてるな‥これは俺の黒歴史になるのか‥。

加穂里と食事をした後から駅で別れるまでの言動を思い出すたび、堪らないやるせなさに囚われ、圭介はマンション自室で悶々としていた。

いつもならあのまま血を吸えば、相手から告られて交際が始まるわけだったのにーー失敗なんか考えてなかったから、うっかり肩に手を‥この先、俺は彼女にどう接したらいいんだ‥。

ーーーーー。

同じ頃、加穂里のマンション自室。

あり得ない、どうしよう‥魔法がかかると思っていたから、いつもみたいに見つめちゃったけど‥これじゃ、まるで私が待っている女みたいじゃない‥ああ、指先が光りさえすれば、それで相手が恋に落ちるはずだったのに‥。

思い出すたびに恥ずかしさで、身を隠したくなる思いだった。

あの時、いい雰囲気になったのに飛び退くって、つまりそういう女だと思われたってことよね‥どうしよう、今度会った時はどんな顔すればいいの‥。


週明けの平日、帝国商会。

圭介も加穂里も結局、何の対策も思い浮かばないまま、日常業務をこなしていたが、二人を取り巻く周囲の状況は先週と少し違っていた。

「ねぇ聞いた?前原さんと伊崎主任のこと。なんかね、先週金曜日に前原さんが伊崎主任を食事に誘ったっていうじゃない」

「それ知ってる知ってる。あたし、秘書室受付の子と同期だからさ、その話はすぐに聞いたよ」

「私も営業部の同期から聞いたーーもう付き合ってるのかな?そうだったら美男美女だし、すっごくお似合いなんだけどなぁ」

「うん、でもさぁ伊崎主任ーーあたしの聞いた話じゃ、結構いろんな人と噂になるけど、三ヶ月以上続いた話って無いらしいよ」

「あ〜それ、前原さんもそうらしい。付き合ったなぁと思ったら別れててーーやっぱりあれだけ美形だと、私らとは感覚がどっか違うんだよ」

「だよね〜。二人ともすっごくクールというか、素っ気ないというか、もう何、恋愛無双って感じ」

「このスクープ、暫くは目が離せないわよね」

圭介、加穂里の知らない至る所で、こんな会話がされていた。

ーーーーー。

「先輩やっぱ凄い!さすがですね」

「何の話だ、長澤」

「あれ?まだ話聞いてないんですか?明後日の創立七十五周年記念式典で先輩、社長表彰されるんですよ」

「聞いてないぞ、そんな話」

「マジですか?営業部門最優秀で先輩が表彰されるんですよ。やっぱりスポーツバース契約獲得の功績ですね」

「ん?俺の表彰なのに、何でお前がそんなに騒いでいるんだ」

「当然ですよ!俺は先輩をリスペクトしてるんですから」

そう話す前原と長澤に、営業部長が近づいてくる。

「前原君。社長がお呼びだ。すぐに社長室へ行ってくれ」

それだけ言うと、営業部長は自席に戻っていった。

「ほらね先輩。この話ですよ、きっと」

目を輝かせる長澤に見送られた圭介が、最上階へと上がっていく。

社長室に向かう途中には秘書室がある。彼女がいたらーーいや、仕事中だ。普通に接すればいい。

秘書室の受付嬢に用件を伝える。

どうやら彼女は居ないようだな‥。

ホッとしている自分が滑稽に思えた。

受付嬢の案内で社長室に通される。

うっ!ここに居るとは‥。

既に二人の男と一人の女が応接ソファーに座っていて、その女は加穂里であった。

「四人、これで揃ったなーーでは話を始めようか」

社長席から社長が声を発した。

ーーーーー。

話の内容は長澤が言っていた通り、記念式典での表彰の事だった。

「ーーという事で君達を成績優秀社員として表彰する。式次第は総務部から連絡がいくから各自確認しておくようにーー以上だ」

営業部、仕入部、秘書室、システム部から一人ずつの四人が表彰対象者に選任されたのだった。

まいったな‥さすがにここで無視はできないぞーー落ち着け、普段どおりで接すれば大丈夫だ。

社長室を出たところで圭介から加穂里に声をかける。

「お疲れ様ーー何で呼ばれたのかと思って来たら、表彰なんて驚きだ」

「本当ですね。私なんかを表彰していいのかなって、ちょっと不安なんですけどね」

「そこは一緒ですよ。まぁ、くれるというものは有り難く貰っておきましょう」

「確かにそうですね、ふふ」

ん?笑ったーーもしかして大丈夫なのか?嫌われてはいないのか?ーーいや、慌てるな、今は普段通りに徹した方がきっといい。

「では式典当日にまた会場でーーそれじゃ」

「そうですね、会場でまた」

圭介は営業部へと戻っていった。

あ〜まさか、今日会うとは思わなかったーーでも、なんか変な女とは思われてなさそう‥これならもう金曜のことは忘れてしまって大丈夫かも‥。

加穂里は無意識に微笑んでいた。

ーーーーー。

「聞いて聞いて!今日さ、社長室に記念式典の表彰対象者が呼ばれたんだけどーーその中にいたのよ二人、前原さんと伊崎主任が」

「本当に!で、どうだったのよ、二人の雰囲気は?」

「なんかさぁ、いい感じで話してたよーーこれはきっと付き合っているわね」

「まじ!社内なのに隠さないなんて、流石だわ」

「隠すも何も、前原さんを見送った後、あの表情変えない伊崎主任がニコって笑ったんだから、ニコって」

「やっぱり、あのクラスになると余裕さが違うわね。さすが恋愛無双だわ」

終業間際、秘書室発信の情報はすぐに社内に伝播していった。

ーーーーー。

帰宅した圭介はジンと氷の入ったグラスを片手に、インターネットを見ていた。

牙の出ない吸血鬼なんて聞いたことがない。ここはもう一度だけ試すかーー。

検索画面で吸血鬼と入力してみる。

そもそも定義が違うんだよな。確かに血は吸えるけど、別に不死身じゃないし、相手を殺したりもしない。相手に好意を抱かせる程度のものさーー恐怖伝説。あれは曲解の極みだ。

ジンが喉に沁みていく。

これが最後だ。記念式典の時、二人になれるチャンスを待とう。そこで牙が出るかだけ確認できればいい。出せるなら吸うのはいつでも出来るんだ。

ジンを一気に飲み干し、グラスを置いた。


水曜日、帝国商会多目的ホール。

午前中に記念式典は行われた。

その中で成績優秀社員表彰も順調に終わり、受賞者が表彰者控え室から退室する時、前を歩く加穂里に圭介が声をかけた。

「主任、ちょっと」

「はい」

加穂里が振り向く間に、他の受賞者達が控え室から出ていき、室内には二人だけが残っていた。

「あそこには次、いつ行く予定です?」

「今週土曜日に行くつもりですけどーー前原さんは?」

「同じですよ、土曜日。じゃあ、もし会えたらお茶でもしませんか?」

「構いませんよ」

圭介が頷きながら、加穂里を見つめる。

今なら試せる‥やるか。

加穂里も圭介を見ていた。

ーーだめだ‥出ない‥。

天井を見上げる圭介の前で、加穂里は無言で自分の指先を見ていた。

光らない‥。

「あっ、もう戻らないとな」

「えっ、そうですね」

二人は控え室を出て行った。

びっくりした‥ここでキスするのかと思ったわ‥。

控え室の片付けに入ろうとした総務部の式典スタッフは、見つめ合う圭介と加穂里を垣間見て、入室せず入口影からその様子を見ていた。

ーーーーー。

もうだめだ‥疲れなんかじゃない、彼女には何でか分からないけど効かないんだ‥。

帰宅した圭介がジンを煽りながら呟く。

吸えないーーだったら、どうやって付き合うんだ?‥そもそも俺から告白したことなんて無いからな。

ーーーーー。

やっぱり、あの人には魔法が通じないんだわ‥。

自宅のベッドで加穂里は、今日あった控え室での出来事を思い出しながら呟いた。


木曜日、帝国商会社内。

「新情報だよ。昨日、総務部の子から聞いた話なんだけど、前原さんと伊崎主任が式典の控え室でキスしそうだったんだって」

「何よ、もう本命じゃんーーそれでキスはしたの?」

「それがね、見てるの二人に気づかれちゃったみたいで、急に部屋から出て行っちゃったんだってさ」

「何だぁ、未遂かぁーーそれにしても大胆だね。何だか、もう勝手にすればって気分になってきた」

「そうね。本当は私だって、ワンチャン前原さん狙いだったんだけどーー相手が伊崎主任じゃ勝てる気しないわ」

圭介、加穂里の内心とは真逆で、憶測の噂が広まっていった。

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