表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は世界を救うため破滅を望む〜孤独な物語喰いの私を、孤高の天才騎士団長だけが共犯者だと言って離してくれません〜  作者: 黒崎 隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/15

第4話「彼の言葉、私の亀裂」

 数日が過ぎても、ゼノンがセレフィアに接触してくることはなかった。

 彼は何も見なかったかのように、普段通り騎士団長の職務をこなし、学園の警備巡回を行っている。

 その沈黙が、セレフィアにとってはむしろ不気味だった。

 嵐の前の静けさのように、彼女の心をじわじわと締め付けていく。

 その日、セレフィアは学園の広大な図書館の、最も奥まった書架の陰で本を読んでいた。

 古い歴史書が並ぶ、滅多に人の寄り付かない場所。

 ここだけが、彼女が束の間、悪役令嬢の仮面を外して息をつける場所だった。


『この世界の成り立ち……物語詩の起源……何か手がかりは……』


 彼女は、自らの宿命に関する情報を求めて、文献を漁っていた。

 何故、自分だけが『物語喰い』の力を持つのか。

 この世界は、いつまで『物語詩』に縛られ続けなければならないのか。

 答えは見つからない。

 不意に、すぐ近くで足音がした。

 セレフィアははっとして顔を上げ、完璧な令嬢の表情を取り繕う。

 そこに立っていたのは、やはりというべきか、ゼノン・アシュヴァールだった。


「こんな場所にいたのか。少し、話がしたい」


 彼は、周囲をうかがうように声を潜めて言った。

 セレフィアは本を閉じ、冷ややかに彼を見上げる。


「騎士団長様が、わたくしのような者に一体何のご用ですの? ここがどこかお分かり? ここは、わたくしのお気に入りの場所。あなたの様な方が踏み込んでいい場所ではございませんわ」


 棘のある言葉。

 しかし、ゼノンは少しもひるまなかった。

 彼はセレフィアの隣の書架に背を預けると、真っ直ぐに彼女の目を見て言った。


「先日の森での一件。あれからずっと考えていた。君が一体、何と戦っているのかを。俺にはそうは見えない。君は常に何かを警戒し、何かからこの世界を守ろうとしているように見える。夜会の時も、中庭の時も、そして、この前の森でも。君はいつも、リリアナ嬢が危険に陥るのを、まるで未来を予知しているかのように防いでいる。そしてその度に、君自身が傷ついている。君のその行動は、悪役令嬢を演じている、というにはあまりに合理的で、自己犠牲的すぎる」


 彼の言葉の一つ一つが、セレフィアの心の壁を叩く。


『やめて……』


 ゼノンは一歩、セレフィアに近づいた。

 逃げ場のない書架の隅で、セレフィアは思わず後ずさる。


「教えてくれ、セレフィア嬢。君は一体、何と戦っているんだ」


 その声は、詰問ではなく、懇願に近かった。

 君の苦しみを、理解したいのだと。

 その瞳が、雄弁に語っていた。

 セレフィアの喉が、カラカラに乾く。

 完璧だったはずの仮面に、ピシリ、と大きな亀裂が入る音がした。


『この人にだけは、知られてはいけない』


 彼は、物語の登場人物。

 彼が私に関わることは、筋書きからの最大の逸脱だ。

 それは、世界に新たな『歪み』を生むことにつながる。

 それだけは、絶対に避けなければ。


「……あなたには、関係のないことですわ」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


「わたくしは、わたくしの望むままに行動しているだけ。そこに、あなたの入り込む余地などない」


「関係ないことなどない。君が傷ついているのを、黙って見ていることなど俺にはできない。理由が分からないのなら、分かるまで君を見守り続ける。君が何者で、何をしようとしているのか、この目で見届けるまで」


 ゼノンは、セレフィアの言葉を即座に否定した。

 それは、宣言だった。

 セレフィアの孤独な戦いに、無理矢理にでも介入するという、彼の揺るぎない決意の表明。

 セレフィアは、返す言葉を失った。

 突き放しても、罵っても、この男は引かないだろう。

 彼の瞳がそれを物語っていた。

 初めて現れた、理解者。

 それは、彼女が心のどこかでずっと求め続けていた存在かもしれない。

 しかし、その存在は、彼女の使命にとって最大の障害だった。


「お好きになさいませ」


 セレフィアは、それだけを言い捨てると、ゼノンの横をすり抜けてその場を走り去った。

 残されたゼノンは、彼女が去っていった方向をじっと見つめていた。

 彼の表情は硬く、しかしその奥には、確かな決意の光が宿っていた。

 図書館の廊下を走りながら、セレフィアは必死に涙をこらえていた。

 鉄のように固めたはずの心が、彼の言葉一つで、いともたやすく揺さぶられてしまう。


『どうして、あなたなの……』


 硝子細工の仮面に入った亀裂は、もう決して元には戻らない。

 そこから漏れ出す本当の感情を、彼女はもはや、押し殺すことができなくなりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ