第12話「物語を喰らう悪役令嬢」
世界の崩壊の中心で、リリアナは意識を失ったまま、聖なる光の奔流を放ち続けていた。
その周囲では、暴走した『物語詩』が黒い稲妻となって荒れ狂っている。
光と闇が衝突し、空間が悲鳴を上げていた。
セレフィアは、その混沌の中心へと、静かに歩みを進める。
一歩踏み出すごとに、彼女の体が、淡い瑠璃色の光を帯び始めた。
「セレフィア! やめろ! それ以上は危険だ!」
背後から、ゼノンの悲痛な叫びが聞こえる。
しかし、彼女はもう足を止めなかった。
彼女は、ゼノンの方をゆっくりと振り返った。
その顔には、涙と、そして、今まで見せたことのないほど穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「ゼノン」
彼女の声は、崩壊の轟音の中でも、不思議と鮮明に彼の耳に届いた。
「あなたに出会うまで、わたくしは、ただの役割を演じる人形でした。でも、あなたがわたくしを見てくれた。わたくしの本当の姿を、見つけ出してくれた」
「何を、今さら……!」
「ありがとう、ゼノン。あなたのおかげで、最後にほんの少しだけ、ただの女の子に戻れた気がするわ。わたくしの力は、『歪み』を喰らうこと。ならば、この世界そのものが歪んでしまった今、わたくしが喰らうべきはただ一つ」
彼女は、そっと自分の胸に手を当てた。
セレフィアは、再び崩壊の中心へと向き直った。
彼女の体から放たれる瑠璃色の光が、徐々に強さを増していく。
「さようなら、ゼノン。わたくしの、たった一人の、共犯者様」
その言葉を最後に、彼女は両腕を広げた。
「喰らいなさい! この世界の、すべての物語を!」
セレフィアの叫びと共に、彼女の体から放たれた瑠璃色の光が、爆発的に広がった。
それは、まるで漆黒の宇宙に誕生した、新しい銀河のようだった。
光は、瞬く間に、荒れ狂う黒い稲妻を飲み込み、暴走するリリアナの聖なる光を包み込んでいく。
それは、まさしく『物語喰い』の真の姿。
世界の綻びだけでなく、物語そのもの、世界の理そのものを喰らい、新たな世界へと再構築する、創世にも等しい奇跡の力。
しかし、その力の代償は、彼女の存在そのもの。
「セレフィアアアアァァァッ!!」
ゼノンは、手を伸ばし、彼女の元へ走ろうとした。
しかし、瑠璃色の光が壁となり、彼が近づくことを許さない。
光の中心で、セレフィアの体が、少しずつ透き通っていくのが見えた。
彼女は、最後の力を振り絞るように、ゼノンに向かって微笑みかけた。
その唇が、声なく動く。
『あいしてる』
そう見えたのは、彼の願望だったのかもしれない。
次の瞬間、世界は、すべてが真っ白な光に包まれた。
音も、色も、形も、すべてが溶けていく。
ゼノンの意識もまた、その絶対的な光の中に、吸い込まれていった。
すべてを喰らい、すべてを創り変える光。
悪役令嬢セレフィア・フォン・クライスハルトが、その身を賭して起こした、最後の奇跡。
やがて、光がゆっくりと収まっていった時、そこに広がっていたのは、何事もなかったかのような、静かで穏やかな世界だった。
ただ、そこに、彼女の姿だけは、どこにもなかった。




