第11話「崩壊のセレナーデ」
世界の崩壊は、誰の目にも明らかだった。
大広間の床は砕け、壁は崩れ落ち、天井の向こうには、紫色の稲妻が走る不吉な空が広がっていた。
空間の亀裂からは、混沌とした魔力が、黒い霧のように溢れ出している。
「な、なんなのだ、これは……! 悪霊の仕業か!?」
アレクシスは腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。
貴族たちは我先にと逃げ惑い、悲鳴と混乱が渦巻く地獄のような光景が繰り広げられていた。
その混乱のさなか、リリアナが、青ざめた顔で胸を押さえていた。
「あ……ああ……」
彼女の体から、淡い光が発せられ始める。
それは、清らかで、温かい、聖なる魔力の光。
しかし、その光は、世界の崩壊を鎮めるどころか、むしろ加速させているように見えた。
「リリアナ嬢……!?」
ゼノンが、いち早くその異変に気づいた。
セレフィアは、絶望的な顔でその光景を見つめていた。
『そうだったのね……ヒロインの聖なる力……その本当の意味は……』
彼女は、今、すべてを理解した。
リリアナの持つ聖なる力。
それは、邪悪を浄化する力などではない。
『物語詩』そのものを浄化し、白紙の状態へと還すための力だったのだ。
この世界が『物語詩』という脚本によって成り立つ舞台であるならば、リリアナはその舞台を終わらせ、すべてを更地に戻すための、最終装置。
彼女が攻略対象者たちと愛を育み、幸福の絶頂に達した時、その力は最大となり、世界をリセットする。
そして、セレフィアの『物語喰い』は、そのリセットを防ぐための、いわば安全装置。
物語の綻びである『歪み』を喰らい、舞台が最後まで演じきられるように維持する役割。
しかし、ゼノンの介入によって、物語は破綻した。
制御を失った『物語詩』が暴走し、それに呼応するように、リリアナの力もまた、暴走を始めてしまったのだ。
暴走する『物語詩』が世界を混沌に染め上げ、暴走するリリアナの力が世界を無に還そうとしている。
二つの相反する巨大な力が衝突し、世界そのものが引き裂かれようとしていた。
「セレフィア嬢! 一体、何が起きているんだ!」
ゼノンが、セレフィアの肩を掴んで叫ぶ。
彼の瞳には、焦りと混乱が浮かんでいた。
セレフィアは、彼の顔を見上げた。
この状況を引き起こしたのは、彼だ。
しかし、彼を責める気には、どうしてもなれなかった。
むしろ、愛おしささえ感じていた。
彼女は、そっとゼノンの頬に手を伸ばした。
「ゼノン、聞いてください。この世界は、定められた物語の通りに動くことで、維持されてきました。わたくしの役目は、物語から外れようとする綻びを修正し、物語を正しい結末……わたくしの破滅へと導くことでした。でも、あなたがそれを、すべて壊してしまった」
その声は、不思議なほど落ち着いていた。
セレフィアは、ふわりと微笑んだ。
それは、悪役令嬢の仮面ではない、彼女の心からの、偽りのない笑みだった。
「ありがとう、ゼノン。あなたのせいで、計画は台無しですわ。でも……嬉しかった。本当に……」
「セレフィア……」
「だから、今度はわたくしが、すべてを終わらせます。わたくしの、本当の役目を、果たします」
セレフィアは、ゼノンの手からそっと離れると、崩壊の中心で暴走するリリアナと、渦巻く混沌の魔力の方へと、一歩、足を踏み出した。
その小さな背中は、絶望的な状況にもかかわらず、不思議なほどの覚悟と、気高さに満ちていた。
「待て、セレフィア! どこへ行く!」
ゼノンが止めようと手を伸ばすが、セレフィアは振り返らなかった。
彼女には、もう選択肢は一つしか残されていなかった。
この壊れかけた世界を救うための、最後の、そして、究極の手段が。
それは、彼女自身のすべてを、代償にすることだった。




