第9話 自業自得を刻み込む禁忌と、熾烈な争い
「ひどい……」
アイリスを見ると、今にも駆け寄りたいのを必死に我慢しているようだ。
彼女が絶句するのも無理はない。
チラリと覗いただけでも目に入る、惨憺たる状況の、捕えられた奴隷たち。
その多くが裸の女性で――こちらに気が付くと『助けて……』『殺して……』と言ったうめき声を上げ始める。
「(ねえねえ、やっぱり今からでもこいつ殺さない?)」
「(気持ちはわかる。もう少し待ってくれ)」
俺とて決して善良だとは思わないが、このような魂を傷つけるような冒涜には虫唾が走る。
だが、今はまだ我慢してこいつの情報を引き出すことが先決だ。
「あちらです! 世にも珍しい、半魔人の子どもですぞぉ!」
「ひっ!?」
バルトスが伸ばしたビヨブヨの人差し指の先にいたのは、4歳程の子どもの見た目をした半魔人。
純粋な魔族とは異なり、人間が何らかの理由で――長時間瘴気にあてられるなどで体がモンスター化した者だ。
「ひどい……こんなに小さな子まで……!」
「左右で黒と白が半分に分かれた髪! 左目は赤く右目は黒! そして何より整った顔立ち! どうです、すばらしいでしょう? あと数年も待てば……ぐふふふ!」
さすがに4歳の見た目では手を出されなかったか、周囲の女性と違って乱暴された様子はない。
うまくやったようだな。
「た、助けて……」
「……バルトス! この子を解放しなさい!」
「はい!」
幼い見た目に、遂にアイリスが耐えきれなかったらしい。
『素直になる状態』のバルトスが命令通りに牢屋のカギを開け放った。
「ふぇ? た、助かったのぉ~……?」
「ええ、もう大丈夫。ママやパパの所に返してあげるから……!」
「おねえちゃぁん……ふえぇええん!」
アイリスのロケット――胸に飛び込む半魔人。
「ルシアン様、どうかこの子を一緒に連れて行ってもいいでしょうか……?」
「む~……」
そう言われても……。
どうしたものかと思っていると、ミラがぴょんとアイリスの肩に飛び乗る。
「きゃっ……この子は……?」
「ああ、そいつは――」
そう言えば説明していなかったな。
逆にアイリスは何だと思っていたのだろうか。マスコットか。
「……え? あ、はい……」
「きゅっ! きゅー!」
「……そうなんですか……?」
「きゅきゅっ!」
どうやらミラがアイリスに念話で何か伝えているらしい。
「……ルシアン様」
「ん?」
「やっぱり……この子を連れて行くのは“無理”、ですよね?」
「…………」
「“ダメ”、ですよね……?」
はあ、やれやれ。ここは踊らされてやろう。
「ダメと言われたらやりたくなる。いいだろう」
「よかった……ね!」
「うん! ありがとうお姉ちゃん! 私、マールグリッドって言うの!」
「じゃあマールと呼ばせてもらおう」
「ひゃっ!? お、お兄ちゃん……!」
マールの首根っこを掴み、そのまま抱き上げる。
4歳の子どもの割には、魔力の練り方が手慣れすぎているな。まあ、面白いから黙っておいてやろう。
「……後は……他の女性たちですが……」
「ああ、それなら心配いらない。上に、頼りになるやつが来ている」
「へ?」
どうやら、俺たちに合わせてこちらに来ていたようだ。
用意周到なのは、100年生きているからか、ギルド長だからか。
ということで、バルトス君の役目もこれで終わりである。
「さて、上に戻る前にバルトスにかけた魔法を1度解いてやろう」
「おお、ありがとうござい――ひぃぃっ!? た、たしゅけてくれぇぇ、金ならいくらでも払うからぁ~!」
指を弾いて魔法を解除する。
元の彼はこんなにひどかっただろうか。まるで顔が溺死したゴブリンそのものである。
「『魂刻幻自罪界』」
「は――ぎぃぃっ!?」
一瞬何をされたかわからない顔を浮かべた後、目を見開いて体を硬直させる。
数秒後には涎を垂らしながら虚ろな目をするバルトスの姿が。
「な、何をしたの……?」
意外なことに、マールがいち早くこの状況に気が付いたようだ。
「なあに。このおじさんは、今まで人にしてきたことを振り返っているのさ」
「……ふぅん?」
要は、今まで自分が“悪事”と認識してきたことを追体験させているのだ。
登場人物は全部バルトスになり替わって。終わればまた最初から。
「(自分が他者に犯してきた苦痛、肉体が朽ち魂だけになっても――永遠に味わい続けるがいい)」
「(ん~! 相変わらずエグい! けど私も少しだけすっきり!)」
もちろんこれで被害者が救われる訳ではないが、せめてもの報いだけでも受けさせてやろうじゃないか。
「さ、こんなかび臭いところはからはさっさと出ようか」
「は、はい……!」
階段を登り1階に出ると、既に騒がしく人が出入りしていた。
「よっ、リエラ。タイミングがいいな」
「……あなたのせ、せせせせ――パートナーですもの、当然よ……」
「(このまま正妻って言ってたら人化して血祭りにあげるとこだった)」
俺の正妻が物騒すぎる件。
「こほん。そろそろいいかと思って……バルトス侯爵の不正の証拠を集めに来ました」
どうやら、多くの冒険者を使って違法取引の証拠集めや奴隷の保護をしているらしい。
数人の見知った顔を見つけたが、俺に気が付くと顔を伏せだした。
「今回は複数のギルドを巻き込んで大掛かりな検挙となるります。だから、昔のあなたを知っている人も何人かいると思いますよ」
「ああ。俺の顔見て泣きそうなやつが何人かいるな」
その泣きそうなやつに指示されたのか、俺の横にいるバルトスを複数の冒険者が連行していく。
押されながら歩くバルトスの目の焦点は合っておらず、口から涎が垂れている。
「ふふふ、普段は貫禄のあるギルド長たちも形無しね……ところで」
リエラの顔が、スッと『冷鉄』の仮面を被る。
「アイリスさん? ルシアン様との距離が近いのではなくて?」
「はい! 私は彼の騎士にして、恋人ですので!」
「……へぇ。どうやら調子に乗っている小娘も、事務的に処理する必要があるようね」
「冒険者証の変更ですか? では役職名は『騎士兼恋人』で!」
事務的に、とはそういう意味ではない。
リエラは淡々と処分するという意味で言ったのだろう。実に『冷鉄』らしい表現だ。
「……いいわ、どちらがルシアンの正妻に相応しいか……見せてあげる!」
「正妻だなんてそんな……ですが、負けるわけには行きません!」
「(言った!? 正妻って言った!? この耳長年増クールぶってるエルフめーーー! 正妻は私!!!)」
さすがに人化はしないようだが……そのまま参戦し始めたミラ。
年増はブーメランだぞ。
「お兄ちゃん、くすぐったいよぉ……ていうかあれ、止めなくてもいいの?」
「……いいんだ」
俺ですら恐れおののく熾烈な争い、気を紛らわせるために幼女(仮)をくすぐるしかなかった。
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次話の投稿は
21時30分頃
となります!




