第60話 失われし権能と、手に入れた美声
“音の権能天使”チャチャ。
そう名乗った彼女は、手に持っていた琴を鳴らしてこちらに向き直った。
「こ、ここで会ったが最後! わらわの歌声を聞いて『あるべき姿』に戻るがいい! ぎゃぎゃぎょぎょぎょ~♪」
相変わらずひどい歌声……しかし本当の脅威はその超音波による不快感ではないらしい。
「これは……音を媒体に『神の権能』を発動しているのか?」
「そのとーり! わらわの歌声を心に響かせながら、安らかに眠るがよーい!」
音というのは厄介である。
魔法や肉体と違い、見えない力が広範囲に広がっていくからだ。
加えて、単純な物理障壁を超えて届くことも挙げられる。
「俺の魔力障壁の前には無駄だが」
「……ふっ」
しかし尚も余裕の笑みを崩さない大天使チャチャとやら。
まだ隠し玉を持っているようだ。
「……わらわが1人でここに来るとでも?」
「…………」
「その通りであーる!」
「……ん?」
「わらわの攻撃方法は無差別かつ広範囲に及ぶのであーる!」
「ついでに声そのものも不快だな」
「故に! 誰も一緒に来てくれなかったのであーる……」
「(不憫!)」
この大天使は一体何を言っているのだろうか。
隠し玉や切り札を切ってくるのではなかったのか。
「……こうなれば……煮るなり焼くなり好きにすればいいのであーる!」
「ほう?」
「だが! 体は屈しても心までは屈しないのであーる!」
「では遠慮なく」
「へ? ま、待って……今のは強がり――もごっ!?」
余計な言葉を言う前に口を塞ぎながら、背後のリエラたちに向き直る。
「さて、言質も取れたことだし……俺は今からこいつの体を解析する」
「ル、ルシアン様……? さすがにそれは……」
「心配するな、お前らが想像しているようなことではない。あくまで研究材料――天使と大天使の違いを調べ上げるだけだ。わかるだろう?」
肩のミラを示すように持ち上げる。
「……そう、ですね。わかりました」
「とはいえ、さすがに人には見せられないからな……宿舎の空き部屋を使ってもいいか?」
「はい」
という訳で、予定通りロルウェンナの荷物を取りに行き……隣の空き部屋を利用して研究の始まりだ。
アイリスたち他のみんなもロルウェンナの部屋で待機している。
「では……とりあえず、感度3000倍だ」
「んんっ!? んふんっ!?」
口を塞いでいた手を放すと……顔を真っ赤に染め、その恵体をビクビクと震わせながら座り込む大天使の姿が。
正直な反応を引き出すのに必要なことだが、副作用が生じるのが鬱陶しくもある。
「『加速』『真魂顕現』。悪いが、隅々まで調べさせてもらうぞ」
「くっ……殺せぇ~……」
早いな。
「殺さんわ」
「へ? 殺さない……の?」
「……解析を進めている間、こちらの質問に正直に答えたらな」
「……いいでしょう! わらわは大天使! 嘘などつかないのであーる!」
なんとも調子の狂う相手だ。
大天使というのはみんなこうなのだろうか……。
「まず、お前らの目的は? 俺が『神敵』というのはどういうことだ?」
「それは、お前が神ゼファウルゴスを完全に滅ぼしたことと、その世界を完全に滅ぼしてしまったからであーる!」
「……なぜだ? ゼファウルゴスは邪神……滅ぼしても問題ないだろう?」
「神に善いも悪いもないのであーる! 神の存在を完全に殺せる人間を許さないということであーる!」
そういうことか。世界を滅ぼしたというのは、魔界のことだな。
「では、お前の目的はなんだ? 正直、戦いに来たようには思えないのだが」
「……わらわは……戦いは好まぬ! 故に、『さすがに普段拠点にしているところにはノコノコ現れないだろう』と思って、敢えてライブラに来たのであーる!」
少しイラッとしたので脇腹を軽く押す。
「んひぃっ!? な、何をする……!」
「それで、俺が来ないと思っていたハズのお前は……この町で何をしていたんだ?」
「……笑わないか?」
「まあ」
「……わらわは、歌うことが好きで……わらわの歌声で人々を幸せにできたらなって……」
なんともまぁ、いかにも天使らしい慈悲の心だ。
残念ながらその歌声に需要は全くないのだが。
「その歌声でか?」
「……いじわる」
「敵に対して……いじわるもクソもないと思うのだが?」
「むー! むー!」
突如として襲い掛かってくるチャチャ。
まるで子どものように痛くもかゆくもないグルグルパンチを繰り出してくる。
「ほう? まだ反抗するか。ならばこちらも遠慮はしない」
「ほえ――もごぉぉぉ!?」
ちょうど解析も終わったところである。
魔力を操作して口から侵入させ……まるで無理やり――いや、表現するのはやめておこう。
「おぐっ!? じゅるっ――もごぉっ!? じゅるる……」
苦しそうに体をバタつかせるチャチャ。
それに構わずに魔力を触手のように操作し、発声器官をいじくり回す。決していやらしいことではない。
『神の権能』という傲慢で押しつけがましい機能が、美しく穏やかな声に干渉することで不協和音を生じさせているのだ。
それはまるで回復魔法に炎の魔力を注いでいるような、実に歪で度し難い所業である。
「ぷはっ……はぁはぁ……ひどい……や、やっぱりあなたはひどい!」
「歌ってみろ」
「はぁっ!?」
さすがにこの状況では無理があるか?
「いいから歌え。もっとひどいことをするぞ」
「ふぇ~ん…………ららら……あれ?」
どうやらうまくいったようだ。
「らららるるらぁ~♪ 声が……あれ?」
「『神の権能』がノイズとなって……お前の歌声が超音波になっていたようだ」
「へ? それじゃあ……」
「『神の権能』と『美しい歌声』、お前はどちらを望む?」
「もちろん歌声!」
即答である。
それほど……歌うことが好きだったのだろう。
神が与えた力が、本人の一番の願いを邪魔していたというのは皮肉だな。
「……既に害のないお前に用はない。どこへなりとも行くがいい」
「……て、敵であるお前に感謝はしないのであーる!」
「いらん」
「わらわは天界へ戻る! ……ありがとね」
「ふっ、言ってるじゃないか」
なんとも気の抜ける大天使に、思わず笑みをこぼしながら見送ろうと思ったのだが……。
「……あれ? 天界への門が開かない……?」
「ん……?」
「あれ? あれ?」
何度も手をかざし、『開け、開け』と言っているチャチャ。
「もしかして……『神の権能』がなくなったから……?」
思わぬ事実が発覚した。
つまり、天界に行くためには『神の権能』を持っている必要があるらしい。
「……帰れなくなった……」
「…………」
そんな……捨てられた子犬のような顔で見つめられても……。
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