第46話 古いしきたりと、新しい決まり
「ユリエナよ、戻ったか。して、生贄は誰にするか決まったか?」
『カツテナ』に辿り着いた俺たちを迎え入れたのは、そんなしわがれた声だった。
リエラを生贄にするときに中心的役割を果たしていた――族長だったか。
「……む? そこの人間は見覚えがあるな……」
「(このおじいさん、まだ生きていたんだね……)」
「(憎まれっ子世に憚ると言うしな)」
さすがはエルフ、老人になっても100年は余裕で生きられるようだ。
「久しいな。 生贄の儀などやって大丈夫か? また漏らしてしまうぞ?」
「何を――貴様あの時の!?」
「(覚えられてたね、ルシアンのこと)」
世迷言を吐く割には、記憶力がいいと見える。
「貴様! 貴様があの時生贄を連れ去ったから! 再びこの地を災いが襲ったのだ! この大罪人め!」
族長が、まるで腐ったトマトのような顔で唾と罵声を飛ばしてくる。
いや族長だけじゃない。周囲の老人たちも口々に『そうだそうだ』『穢れし人間め』などと喚いている。
「我々の掟に口出しするな、薄汚い人間風情が!」
「そうだ! 我らの苦労の上に生きている者をどう扱おうが、我らの自由だろう!」
「里を捨てた恩知らずどもに思い知らしめるいい機会だ!」
「あの役立たず共、わしらのために命を捧げる方が里のためじゃ!」
ひどいな……こいつら、本質的には自分さえよければ他者などどうでもいいのだろう。
「(ほんとむかつくこいつら……! ルシアンどうにかして!)」
「(仰せのままに)」
いつもの無茶ぶりも、今度ばかりは完全に同意だ。
「全て貴様のせいだ! 責任を取れ!」
「それは悪かったな。では責任を取って――」
「ようやくわかったか――」
「責任を取って、お前らを生贄として効率よく魔力を取り出してやろう」
「――は?」
場が静寂に包まれる。はて、何かおかしなことを言っただろうか。
「若い者よりも老い先短い者から生贄にするのは道理だと思うが?」
「何を言っている! 里のために今まで尽くしてきた我々を――」
「だから、今一度里のために尽くさせてやろうと言うのだ。ほれ、名誉の死を遂げたい奴から並べ。こんな脆弱で効率の悪い結界でも、向こう100年は強固な守りを展開できるように魔力を抽出してやろう」
「きさっ――貴様っ……!」
わかってはいたが、自分たちが生贄になる気はさらさらないようだ。
ならば問題の原因を取り除く機会を与えてやるか。
「それとも、お前ら自身の手で邪神を倒してみるか?」
「な、何を……ま、まさかまた……!」
「ほれ」
少しばかり離れたところにいた邪神の“左足”。
そいつを魔力で掴んで里の中心に放り投げる。
必死に魔力の拘束を解こうとして、体をビクンビクンさせているのが最高に気持ち悪い。
「ひょげぇぇっ!?」
「じゃっじゃしんじゃああああ!?」
「ひゃぶぇぇ!?」
腰を抜かして慌てふためくばかりの老人共。
立ち向かおうとしているのは、アイリスたちやユリエナだけだ。
「ル、ルシアン様!?」
「心配するな。この邪神、紛い物だ」
「へ?」
「多少は瘴気を振りまくが……この程度は『死の森』以下の影響しかもたらさん」
どうやらこの邪神、“この森の記憶”から再現された超絶劣化版の“邪神の左足”だ。
誰がそんなことを……というのは今は置いておこう。
「ユリエナよ、こいつへの対処自体はさほど問題ではないな?」
「……はい」
「ならば……こいつは元の場所に戻してやろう。こいつもせっかくもらった命を謳歌したいだろうしな」
「えっ!?」
再び、“左足”を魔力で掴んで元居た場所に返してやる。
心なしか嬉しそうにビクンビクンしているが、やはり気持ち悪い。
「――はっ!? お、おおおいぃぃぃ~~~!」
「ん?」
「たたったたた――倒してくれるんじゃなかったのか!? あの時みたいに!」
「いやお前らが倒す機会を与えてやっただけだが。その様子じゃ無理そうだったから逃がした」
全員が全員、未だに腰を抜かしたまま。そして漏れなく漏れている。
年を取ると緩むと言うからな。
「さてユリエナよ。『瘴気のごちゃごちゃで里が大変、手を貸してくれ』と言うことだったな?」
「は、はい……」
「であれば、この『カツテナ』ではなく『ユリエル』の里に強力な結界を張ってやろう」
きょとんとしている老害どもを尻目に、話を続ける。
「瘴気や外敵から守る結界は当然のこと『環境調整』に『自動回復』もついでにつけてやろう」
「それはありがたいですが……維持に相当な魔力が必要なのでは?」
「そ、そうだ! 結局貴様も生贄を――いや薄汚い人間らしく、対価としてうら若いエルフを奴隷として要求するんだろう! そうに決まっている!」
どこまでもぶれないじじいどもだ。
「魔力など周囲から取り込むから必要ない――いや、そうだな。村人全員から徴収するか」
「ほらみろ!」
「13日に1度、1人ずつ初級魔法程度の魔力を台座に込めろ。その魔力の性質を元に結界が外敵かどうか判断するようにしよう」
「はえ……?」
じじいの言葉で、より効果的な方法を思いつけたぞ。
たまにはいいことを言うではないか。999割方不要なことしか言わないが。
「本当にそれで済むのか?」
「ん? ああ」
「それなら……わしも移動させてもらいたいのう。この年で若いもんに守られるのは申し訳なく、今まで『カツテナ』にいたが……」
他の老害どもとは違い、それまで口を開かなかったご老人が手を上げる。
それを見た同様の者たちも『わしもじゃ』『初級魔法程度は問題ないしの』『ありがたや』など、同意を示す。
「どうだユリエナ。俺としては、『慎み深い老人は』村の宝だと思うが」
「ええ、もちろん歓迎します!」
彼女としても文句はないようだ。
「そ、それならわしも――」
それに便乗するように、口汚く罵っていた老害どももおこぼれに預かろうとしているが、それは許さん。
どの口が言うのだろうか。
「お前らは許さん」
「何を……」
「バカか? なぜ今までさんざん罵っていた相手が無条件で助けてやると思えるのだ? 俺を罵った奴は全員把握しているぞ」
「お、鬼か……老人を敬え!」
鬼で構わん。
最近は『じゃしん』と呼ばれているしな。
「黙れ。年齢以外誇れるもののない、瘴気にも劣る有害物質が。さっさと死んで森の養分になった方が世界のためだな」
「きさ――」
「――と言われないように、今後気を付けるのならば、話は別だがな」
「(そこまでが“ワンセンテンス”ね! 無理があると思うけど!)」
“煽り”の天才がいてな。参考にした。
「…………」
「条件は2つ。『他者への暴言を吐いたら、10日間喋れなくなる』、そして『3度その状態になった場合、2度と結界内に入れなくなる』。これを受け入れるのであれば許可しよう」
「そんな……! 思考を縛って言うことを聞かせようと言うのか! しかも結界外に……死んでしまうではないか!?」
「そうだが? 俺の庇護下に入れるのに、何か問題が?」
「そんなっ!」
「他者を不快にするだけのその口を塞ぐだけだ」
何の問題もない。
むしろ俺の慈悲深さに感謝して欲しいくらいだ。
「どうする?」
「……わかった……それで……いい」
「まだ勘違いしているな? これは俺の“慈悲”だぞ。お前の許可など求めてないのだが?」
「……わかり、ました。お願い……いたします」
喋る以外に能のない老害どもには効果的な”躾”だろう。
そして学習能力のない生き物は淘汰されるのは当然のことだ。
精々残りの余生を緊張と後悔の中で惨めに過ごすがいい。
「(ん~~~! スッキリ!)」
お姫様の機嫌も直ったところで、早速魂の情報を書き換える。
結果的にほとんど全ての里の者が移住を決断した。
残った何人かは……俺には関係ないな。
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次話の投稿は
20時10分頃
となります!




