第44話 微感情少女と、生贄少女
※途中からリエラの視点になります。ご注意ください。
「あ、ルシアンくん! それにみんなも! おかえりなさい♪」
「ル、ルシアン様、おかえりなさい」
「ただいま」
ライブラに戻り、ロルウェンナの優しい声と、リエラの恥ずかしそうな声に迎えられる。
どうやら受付にて2人で話をしていたらしい。
「ブルースフィアの問題は片付いた。それより、お前の妹――ユリエナに会ったぞ」
「まあ! あの子とは幼い頃に別れたまま……元気でした?」
「ああ。それにお前に似て美しく育っていたな」
「……ルシアン様ったら……」
「思考の解析:『ルシアン様に褒められたった♡ しゅきしゅき♡ お化粧教えて貰った甲斐があったよぉ♡』」
「ちょっ!? コアちゃんやめてったら!」
化粧には気が付かなかった。コアちゃんのおかげで気が付くことができたな。
ふとカウンターを見ると化粧道具がいくつか置いてあり、今もロルウェンナに教えて貰っていたことが理解できた。
「(その代償に心の声を暴露されるのが不憫)」
「(俺の心もお前に読まれてしまっているのだが?)」
「(私はいいの!)」
この毛玉のお姫様にはお手上げだ。
「……それでな、ユリエナからお前の故郷の里が大変らしいから手を貸して欲しいと頼まれてな」
そこに向かう前に、1度『ライブラ』に戻ってきたのだ。
「……どうしたのです?」
「かつて消滅させたはずの邪神の“左足”。それが再び姿を現し……その影響で困ってるんだと」
「そんな……」
リエラにしたら複雑な心境だろう。
かつて自分を生贄にしようとした憎き里、それでも生まれ故郷なのだから。
「解析:不安30%、疑問20%――その他50%……どういうこと?」
「それは複雑な気持ち、ってやつだな。リエラは……色々あったからな」
「……はい」
「懇願:おしえろ」
「へ?」
まさかこの状況で『教えろ』と言われるとは思わなかったのだろう。
誰もが触れずにそっとしておくのが正解だとわかるような、そんな状況だ。
「懇願:かんじょうのりかいをすすめたい。おしえろ」
「……いいですけど」
「いいのか」
「(いいんかい!)」
まあ……人に話すことで感情の整理がつくと言うしな。
「あれは……私がちょうどコアちゃんと同じくらいだったかしら――」
◇◇◇◇◇◇
それは……私が“邪神から里を守るための生贄”に捧げられる日のことだった。
「生贄の娘よ、この祭壇の中心にて……ナイフで胸を貫くのだ」
「…………」
「安心しろ、お前ができないと判断したら……お前の母親がその胸を貫く」
「……はい」
その時には、もう諦めていた。
だって、ずっと前から誰もが――お母さんもお父さんも、里のみんな『生贄だ』と言う目で私を見ていた。名前すら、ほとんど呼ばれなかった。
だけど――。
「……怖い……」
ナイフをその手に持った瞬間、とっくになくなったと思っていた感情――恐怖が蘇った。
月の光に照らされた刃が、私の泣き顔を映していた。
「……仕方がない、やれ」
ナイフよりも冷たい言葉が、族長から発せられた。
そしてお母さんがナイフを手に取って――。
「……ごめんね」
「いやっ! おかあさ――かはっ」
母親が私の胸をナイフで貫いた。
熱い塊が喉から溢れる。
信じられないくらい熱くて、そして信じられないくらい血が吹き出していた。
「や……あ……」
「…………」
あの時の母親の顔は、忘れない。
哀れみでも悲しみでもなく、ただただ……冷たい目。
「おか……さ……」
返事はなかった。
だけど、変わりに別の声が――とても優しい、あたたかな声が頭に響いた。
「(大丈夫、今からルシアンが助けてくれるよ!)」
「(……だれ……? あたたかい……)」
今ならわかる。それはミラさんの声だったと。
だけど、その時は何もわからず……自分の血の上に倒れ、既に意識は朦朧としていた。
体に感じる血の冷たさも感じなくなる頃――。
「……やれやれ。お前ら何をやっている」
「誰だ!? 今は神聖な儀式の最中だぞ!」
「神聖? 悍ましい、の間違いだろう? 命を弄ぶことを神聖視する、その感性に反吐が出る」
「貴様ぁ!」
血の海に沈みながら、顔だけをそちらに向ける。
見知らぬ人間――ルシアン様が族長に対して呆れたような声で肩を竦めていた。
「で、一体何のための生贄だ?」
「そんなことも知らずに……邪神の瘴気から我らを守る結界の維持のためだ!」
「はぁ? そんなことしなくてもこのタイプの結界なら魔力の補充だけで済むだろう」
「知ったような口を利くな! より強固な守りを実現するために命そのものを捧げるのだ!」
もしかして、助けてくれるのかも。
そう思ったのだけど、ルシアン様は意地悪だったわ。
「……そりゃ悪かったな。悪いついでに邪神を呼び出してやるよ。ミラのおやつにちょうどいい」
「何を言って――ぎょえええええええ!?」
彼が手を上げた瞬間、地の底から悍ましい気配が無理やり引っ張り上げられたのを感じたわ。
禍々しいオーラをまき散らす、左足のようなものが。
「ほれ、どうする? この程度の結界じゃ、どちらにしろ防げないな」
「あ、あばばばばばば……」
「大の大人が漏らすなよ、みっともない。さて――」
背後にある邪神より、もっと恐ろしい者が存在していたことを知った。
「さて――魔素よ! 我が求めに応じよ! 理を否定して全てを覆せ! 『万象反転・瘴魔転生』」
彼が膨大な魔力と共に展開した魔法陣が、邪神を変容させていく。
その力はとても恐ろしく――だけど、あたたかかった。
「それと、お前らの言う生贄。既に死んだ――生贄でなくなった今なら、この娘はもう不要だな?」
「ひゃえ!?」
「俺が貰うぞ。ちょうど蘇生術の実験をしたかったところだ。『極大回復』、『魂贈与』」
言葉とは裏腹に、とても優しい魔力が私の身体と……魂を包んだ。
この時になって初めて、自分はもう死んでいたことに気が付いたの。
そして、魂に彼との強い結びつきを感じながら……肉体に戻った。
「これでいいだろう。娘、名は?」
「……え?」
「名前がないと呼べないだろう」
「……ユリエル。けど……」
「ん?」
「なまえ……すきじゃない……」
「……そうか。ならば……今日からお前はミュリエラだ」
この日、私は生まれ変わった。
命を救われ、その恩人の大切な人の名前を分けてもらって、ミュリエラが誕生した。
「ミュリエラ、お前は今日から俺のものだ。もう誰にも傷つけさせん」
「……はい!」
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