第2話 伝説の英雄(本人)がギルド登録したら、エルフのギルド長が秒単位で待ち構えていた件
ソニプロフェン王国を追放された翌日。
俺とミラは、隣国アレグラの国境に近い商業都市『ライブラ』にいた。
目的は一つ。ミラの人化に必要な、極上ランクの魔石の情報を得ること。
「(何だか久しぶりね! あの子もいるのかしら)」
「(いるんじゃないか? 少し前にここに異動したと連絡が来ていたし)」
昔なじみの顔を浮かべながら、俺たちは街で一番大きな建物――冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
喧騒。酒と汗の臭い。並ぶ屈強な男たち。懐かしい空気だ。
「次の方、どうぞー」
ダルそうに声を上げたのは、強気な顔の美人受付嬢。順番が来たのでカウンターへと向かう。
「冒険者登録を頼みたい」
「はいはーい、新規登録ですね。ではこちらに必要事項をご記入ください」
言われるがままに名前や得意魔法を記入していく。
魔法は――とりあえず火属性とかでいいか。
特に苦手とかないし。
「……ぷっ! “ルシアン・エヴァーハート”さんですかぁ?」
「ん?」
「超有名な伝説の冒険者と同じじゃない! 規格外の『冒険者ランクX』が作られるきっかけになった!」
「ああ……」
俺だ。
100年ほど前冒険者として活動していた時のランクである。
さすがに有効期限が切れているかと思って新規登録し直そうと思ったのだが、まだ覚えられているらしい。名前は。
とはいえ正体を明かすには……禁忌魔法を使って若返りを続けていることを伝えねばならない。
めんどくさいので別の言い訳を考えよう。
「実は……母がファンでして。超絶イケメンだったらしいじゃないですか」
「みたいね! 伝説のルシアン様は、一瞥で魔王を跪かせたっていう超絶美形……鼻の下伸ばしてるボケっとした顔の人とは大違い! 完全な名前負けね!」
めちゃくちゃな言われようである。
いつか正体を明かすときが楽しみだ。
「(ぷぷぷ! 言われちゃったね! でもこの受付嬢さんが正体知ったら、どう思うかな?)」
「(当然、秒で『抱いてぇ!』となるだろう。打ち明けるのが楽しみだ)」
「(絶対言っちゃダメ!)」
なんて念話をしていると、俺の後ろに並んでいた冒険者たちが嘲笑交じりに突っかかってきた。
「おいルシアン様! 掃除の依頼でも受けるか!?」
「がっはっは! そりゃあいい、伝説の掃除人の誕生だなぁ!」
それを聞いた周囲の冒険者たちも爆笑している。
残念ながら俺は掃除は苦手……研究室もほぼごみ置き場みたいなものだったし。
「(……ねえ、こいつら全員、今すぐ“吸い尽くして”いいかしら?)」
「(待て待てミラ、落ち着け。そんなことしたらお前に討伐依頼がかかる)」
「(……フンだ)」
そうこうしている間にも、受付嬢は仕事をしていてくれたらしい。
最低ランクの『F』の文字が刻まれたとして木の板を手渡してくれる。
「はい、これが冒険者証よ。まずは後ろの人たちが言うように、街のドブさらいがおすすめね。伝説の冒険者さん」
「ぎゃははは! 言うねえ、姉ちゃんも!」
「(むっきー!)」
再びギルド内が爆笑に包まれた、その時だった。
「――何事ですか。騒がしいですが」
ギルドの奥、重厚な扉が開いた。
現れたのは、長い金髪をなびかせた絶世の美女。尖った耳、そして冷徹なまでの魔力を纏ったエルフ――このギルドの主、ギルド長ミュリエラだ。ミラと名前が似てるのでリエラと呼んでいる。
「げ、『冷鉄の美女』……!」
「ギルド長!? すみませんでした……」
『冷鉄の美女』の登場に、場が一瞬で静まり返る。
リエラはギルド内を一瞥し、そして――俺の前で視線を止めた。
無表情を装っているが、魔力が揺らいだのがバレバレだ。
「ギ、ギルド長……こちらの新規登録のお方、伝説の冒険者者様同じ名前で……あ、ランクとかの説明……忘れてた……」
「……何ですって?」
ミュリエラの声は、低く、そして少し震えていた。
彼女はゆっくりと俺に歩み寄り、至近距離で俺の顔を見つめる。
周囲の冒険者たちは「あいつ、ギルド長に疑われてるぞ」「殺されるな」とニヤニヤしている。
だが俺は少しだけ笑みを浮かべながら、彼女の耳元でだけ聞こえる声で囁いた。
「久しぶりだな、リエラ。ランクの説明は不要、世界中のすべてが、俺より『下』だ。そうだろう?」
「…………っ!?」
リエラの耳が一瞬で緋色に染まり、ぴょこぴょこ動いている。
彼女は周囲に悟られぬよう、必死に『冷鉄の美女』の仮面を被り直したが、その瞳の潤みだけは隠せていなかった。
「……今すぐ、私の部屋に来てください。取り調べを行います」
強引に俺の腕を掴み、奥へと連れて行こうとするミュリエラ。
それを見ていたミラが、俺の肩でこれまでにないほどの殺気を放った。
「(相変わらずね、あの女! 『ああ、やっぱりルシアン様だわ……ちっとも変わってない……!』って内心で悶絶してる!)」
「(……心を読まないでやってくれ。本当のあいつはただのドM――甘えん坊なんだから)」
ギルドの奥へと連行され、重厚な執務室の扉が閉まった瞬間。
『冷鉄の美女』と呼ばれたエルフの美女は、膝から崩れ落ちるように俺の前に跪いた。
「……夢じゃ、ないのですね。本当に、貴方なのですか……ルシアン様」
「ああ。10年ぶりだったか……リエラ。相変わらず、耳の先まで綺麗なままだ」
「11年と168日、23時間32分と15秒ぶりです」
「……そ、そうか……」
刻むな……。
秒までとは……このルシアン、おみそれした。
「(この女ほんと……ルシアン! 私の方が好きなんだから!)」
「(ありがとう)」
100年ほど前、俺の『死霊術』の実験台として出会った少女。といっても、死にかけていた彼女を魂ごと繋ぎ止めただけだが。
前にあったのが11年前だったとは。月日の流れは早い。
彼女は何かをごまかすように、咳ばらいをしてから話をつづけた。
「ミラ様は……まだその体のままなのですね」
「残念ながらな」
「本当に……残念です」
彼女が残念がっているのは、何もミラを心配している訳ではない。
俺が『お前と結ばれるのはミラの後だ。俺にはなさねばならないことがある』とかっこつけてしまったせいで、未だに彼女とはおセッセできていない。
100年前の俺に会ったら殴ってやりたい。
しかし彼女も彼女で律儀だな。
100年ずっと恋人も作らずに待っているんだから。
「それで……どうしてわざわざ冒険者登録をし直したのです?
「事情を話すのが面倒でな。どうせ報酬は変わらないだろう」
「そうですが……開示できる情報に差があります」
「そこはほら、お前を頼りにしている。ギルド長権限で情報をくれるくらい問題ないだろう?」
「……はい。お任せください」
『頼りにしている』の言葉を聞いた瞬間、リエラの顔がだらしなくにやけるのがわかった。
それでもさすがギルド長、思考と言葉は取り繕えている。
「リエラ、早速で悪いんだが手っ取り早く魔石が手に入る仕事はないか? できればSランク以上のモンスターがいいんだが」
「……そうですね。では少し遠いですが『死の森』の調査を。あそこは現在、強力な瘴気に包まれて誰も近づけない上に、強力なモンスターの目撃情報があります。本来はSランクパーティでも全滅しかねない場所ですが、貴方ならお散歩程度でしょう」
「話が早くて助かるよ」
「あの……戻ってきたら……一緒にお食事でも……」
10年ちょい、いや100年待たされて尚望むものがお食事とは。律儀と言うかまじめというか。
『お礼におセッセして!』くらい言ってくれても良かったんだけどな。
というか言って欲しかった。そうすれば俺だって、過去の自分のことなど忘れておセッセできただろうに。
「……ああ」
俺はリエラの熱い視線を背に、ギルドを後にする。
――前に、1つだけからかってやろと思い、受付嬢の所に歩み寄る。
「あ、“ルシアン様”じゃない。ギルド長に怒られちゃった?」
「ああ。“Fランクは”おとなしくゴミ掃除でもしてろってさ。これから『死の森』に行ってくるよ」
「そりゃそうで――んええぇ? 死の森ぃぃ!?」
受付嬢の間の抜けた顔に満足しながら、今度こそギルドを発った。
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