第18話 悍ましい者たち、裁く禁忌
――翌朝。
マールの家の客間で一夜を過ごし、支度を整えているとアイリスが声をかけてきた。
「ルシアン様……よろしいのですか?」
「何がだ?」
「その……マール様のことで……」
「ああ……」
彼女が本心から巫女としての役割を望んでいる訳ではないことはわかっている。
だが――。
「アイリス。俺はな……『ダメだ』と言われることと同じくらい嫌いなことがある」
「そ、それは……?」
「それは自分の女に遠慮されることだ。奥ゆかしい女はもちろん嫌いじゃない、だが遠慮とそれは別物だ。言ってみれば、俺を信じていないということと一緒だ」
「……そう、ですか……」
そんな話をしていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。
「うるさい! 俺はもう何日も待っていたんだ! マール様を『聖交の間』に連れて行く!」
「お待ちください! 昨夜お父上――村長様にも言いましたが、お客人が帰るまで娘のことは待っていてください!」
玄関に出てみると、元の姿のマールと、マールを庇うように立つロルウェンナ、そしていかにも傲慢そうな男が言い争っているところだった。
男の息の上がり方を見るに、その興奮は怒りというよりは――。
「(『聖交の間』って……ギャグじゃん! あの男もなんだか気持ち悪いし……)」
「(あの男も数日という長い間我慢していたんだろう。性交したくてな)」
その顔は性犯罪を犯そうとする者、もしくは娼館の前でウロチョロしている者と同じだ。
「(まあ! まるでどこかの誰かさんみたいね!)」
「(何を言う。あの程度の境地は100年前に脱した)」
しかし、マールの母はマール寄りの考えなのかも知れない。
必死になって娘を守ろうとしている。
「もういいっ! 来いマール――何だ!?」
マールの腕を掴む寸前の男の手を、逆に掴んで止める。
「失礼、マールはこの後俺と約束があるんだ」
「ルシアン……」
「何だお前……お前、親父が言っていた男か!?」
大方その親父に『早くしないと奪われるぞ』などと唆されたのだろう。
敵意むき出しの目で睨んでくる。
「手を放せ――ビクともしないっ!?」
「おとなしく帰るというなら放すが?」
「な、何を――いでででで!?」
「俺の許可なく、俺の魔法探求の“同志”を連れて行くなと言っている」
「わ、わかったから! 腕を放して! 約束するからぁ!」
「……ふん」
「くっそぉ~……覚えてろぉ!」
逃げ帰るように、赤くなった腕を抑えながら去っていく村長の息子。
本当にマールが欲しいなら、この程度で退くな。
「ありがとうございます、ルシアン様……」
「いえ、困っていたようですので当然のことをしただけです」
「まあ! ルシアン様はお優しいのですね」
無事にマール母の好感度は稼げたようで何よりである。
だが、当のマール本人は俯いたまま黙っていた。
「お食事の用意ができております。出発の前に召し上がってください。今日は確か『退廃の腕』のモンスターを倒してくださるのでしょう?」
「ありがとうございます」
◇◇◇◇◇◇
「見てくださいルシアン様! 1人で倒せました!」
『退廃の腕』の黒い霧の中。
アイリスが10体目の獲物、『カース・ヘルグリズリー』の首を持ち上げて喜びの声を上げる。
Aランクとはいえ狂暴な熊を難なく倒して見せ、生首片手に大喜びするという、実に微笑ましい状況。
「…………」
だというのに、マールは相変わらず――今日1度も笑うどころか声を発していない。
里に来るまでの道中、あんなにも楽しそうに笑っていたからこそ、今の顔には悲壮感が強く感じられる。
「(ねぇ?)」
「(ん?)」
「(……何でもない)」
ミラも心配しているらしいが、こればかりは仕方がない。
「……少し疲れたので休憩してもいいですか?」
「ん? そうだな……この辺は見晴らしもいいし、そうするか」
アイリスが、あまり疲れてはいない様子で座る。
この場所を選ぶとは……やれやれ、お人好しなのはいいがわかりやすすぎる。
「…………」
「…………」
少しばかり、冷たい空気が流れる。
その静寂を破ったのは、マールの呟くような声だった。
「……どうしたらいい……?」
「ん?」
返事をすると、端を切ったように話し始めるマール。
「……我は巫女だ。一族の中心として、この地を封じなければならない!」
「ああ」
「我がいない間に母上が代わりを務めてくれたそうだ! だが……母上の魔人化がよりひどくなっていた!」
「そうか」
「これ以上優しい母を苦しめたくない!」
「そうだな」
「だが……だけど……だけどぉ……」
「…………」
まったく、仕方のないやつだ。
自分の人生と母親の体調を天秤にかけ、母を選んだ。
そんな優しい女を、俺が見捨てる訳ないだろうが。
「お前はどうしたいんだ?」
「そんなの決まって――だけどっ!」
「だから、お前はどうしたいんだ? いや……俺にどうして欲しいんだ?」
「……ぐすっ……ひっぐっ」
堪えきれなかっただろう涙を流し、マールが弱々しく、だけどはっきり答えた。
「……たすけて……」
「…………」
「お願いだ……ルシアン……」
「ああ」
「巫女としての役割も……母上の苦しみも……あんな男との結婚も全部……全部、全部全部! 全部壊してくれぇぇっ!!!」
「任せろ」
俺は自分でもわかるくらい天邪鬼だ。
相手から言ってくれなきゃ、求めてくれなきゃ動きたくない。
「その言葉を待っていた! あのじじいが『無理だ』『ダメだ』と言ったときからずっとだ! 『巫女がいないと』世界が滅びる? 知ったことか! 1人の優しい女が一生を捧げさせないと維持できないこの里の役割など、俺がぶっ壊してやる!」
「ルシアン……!」
「魔法陣展開! 術式起動――魔素よ! 我が求めに応じよ! 『万象反転・瘴魔転生』!」
瘴気の存在そのものを書き換え、魔素に強制変換し、さらに固形化させる。
俺ですら詠唱が必要な、神の領域にある大技だ。
「きゃっ!? すごい勢い……! まるで嵐の中――」
「これは……まさか『退廃の腕』中の瘴気を!?」
アイリスとマールが呑気な声を上げているが、厄介なのはここからだ。
「――来るぞ!」
「来るって……何がです――きゃあああ!?」
地響きを上げて世界を揺らしながら、何者かが地の底から迫ってくる。
爆発するように飛び出したのは、真っ黒な手。肘から先だけの、異形な存在だった。
「何だこれ……は!?」
「きゃあああ!?」
事前に展開していた俺の魔力障壁を揺さぶる程の魔力の黒炎を、その手の平から放つ“右手”。
脅威なのはその魔法だけじゃない。一瞬で周囲が魔界化したような、濃い瘴気に包まれている。
アイリスの奴、奴が近くの地中に封じられていることに気が付いててここで休憩と言った訳じゃなさそうだ。
「やつは邪神だ。一部だがな」
「邪神!? 何で!?」
「この禁足地の瘴気を生み出しているのはこいつだ」
「し、知らなかった……いやそれより……我らが必死に抑えてきた瘴気は……ほんの残り香程度だったのか……!?」
巫女ならば対処法を含めて知っているだろうと思っていたが、甘かったようだ。
しかし困ったな……今俺は手を放すことはできない。
障壁もそう長くはもたないだろう。
実に困った。
「(やれやれ、ようやく私の出番ね!)」
「(頼めるか、ミラ)」
「(もっちろん!)」
実に頼もしい、最愛にして最も信頼しているパートナー。
その女の、名前を呼ぶ。
「ミラ――『人神換装』!」
その瞬間、透き通るような銀髪をなびかせながら顕現した神々しくも禍々しい魔力が、絶望することなど“許さない”とばかりに希望を振りまく。
「アイリスもマールも、下がってなさい。ルシアンの隣は、あんたたちにはまだ早いわ!」
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18時40分頃
となります!




