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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第98話 何も起きない放課後ほど、今までより少しだけ近く感じる

 その日の放課後は、驚くほど何もなかった。


 委員会もない。

 提出期限の迫った課題もない。

 文化祭の備品整理も、打ち上げの連絡も、匿名のメモが新しく入っている気配もない。


 だからこそ、黒峰恒一は妙に落ち着かなかった。


 授業が終わり、教室のあちこちで椅子を引く音がする。

 鞄を肩にかけて帰っていくやつ。

 部活へ向かうやつ。

 廊下で友達を待つやつ。


 そういう普通の放課後の景色の中で、恒一は自分の席へ座ったまま、すぐには立ち上がれなかった。


「……何もないな」


 小さく呟く。


 文化祭前なら、何もない放課後は何もない放課後として流れていたはずだ。

 でも今は、その“何もない”ことが逆に少し目立つ。


 机の中を一応確認する。

 何もない。


 それを確かめてから鞄を閉じたところで、前のほうから声がした。


「黒峰くん」


 ことねだった。


「ん?」


「残る?」


「何を」


「何を、って」


 ことねは自分でも少し変だと思ったらしく、苦笑した。


「いや、残るっていうか……少しだけしゃべってから帰る?」


 その誘い方は、前のような勢いのあるものではなかった。

 でも、そのぶん今のことねらしい。


「また理由ないやつか」


 恒一が言うと、ことねは少しだけ笑う。


「うん。理由ないやつ」


「最近それ増えたな」


「増えたよね」


 ことねは素直に頷いた。


「でも、嫌じゃないでしょ?」


「……まあ」


「今の“まあ”はかなり肯定寄りと見た」


「勝手に判定するな」


 そこへ、通路側から凛が言った。


「夢咲さん、最初から答え決めて聞いてるでしょ」


「だって今の流れで“いや帰る”って感じじゃなかったし」


「黒峰にそれやるの、ちょっとずるい」


「朝霧さんが言う?」


「私はもっと正面からやる」


「それはそれで強いんだよなあ……」


 そのやり取りを聞きながら、朱莉が窓際からこっちへ歩いてくる。


「結局、今日も前集合なんだ」


「火乃森さんも来るでしょ」


 ことねが言う。


「行くよ。別に急ぎないし」


「それ」


 ことねが指をさす。


「最近みんなその“別に急ぎないし”で自然に残るんだよ」


「ことね先輩だってそうでしょ」


「そうだけど!」


 小さく笑いが起きる。


 しおんは、気づくともう一番前の席へ座っていた。

 最初からいたみたいな静けさで。


「雪代さん、早くない?」


 ことねが聞く。


「座る流れだったから」


「その判断の速さがすでに馴染みすぎなんだよなあ」


 でも、その“馴染みすぎ”は今の自分たちをかなり正確に言い表していた。


     ◇


 こうして前のほうへ集まったはいいが、本当に何も話題がない。


 文化祭の反省も、打ち上げの余韻も、匿名のメモの分析も、この数日でだいぶやった。

 だから今日は、ほんとうに“ただそこにいる”に近い。


「……どうする?」


 ことねが聞く。


「どうするって」


 恒一が言う。


「何話す?」


「何も起きてない日の放課後に、話題のほうを求めるの逆じゃない?」


 凛が言う。


「え、逆?」


「うん。こういうのって、たぶん話題があるから残るんじゃなくて、残ったら少し話すだけでしょ」


 ことねが、少しだけ目を丸くした。


「朝霧さん、今のかなり“わかってる人”っぽい」


「何その言い方」


「いや、だって、“残ったら少し話すだけ”って、もうそれだいぶ自然に近くない?」


 凛は一瞬だけ黙ってから、少しだけ視線を逸らした。


「……そうかもね」


 その返事の温度が少しやわらかい。


 朱莉が、鞄からルーズリーフを一枚出した。


「じゃあ、ほんとに何もないなら宿題でもやる?」


「うわ、火乃森さんそれ急に現実」


 ことねが言う。


「でも、ただ喋るだけよりは自然じゃない?」


「まあ、それはそう」


 恒一も頷く。


 気づけばみんな、少しずつ自分のノートやペンケースを出していた。

 ことねは英語の単語帳。

 凛は現国のプリント。

 朱莉は数学の問題集。

 しおんは小さめのノート。

 恒一は今日の宿題。


 それぞれ手は動かしている。

 でも、完全に勉強へ集中しているわけでもない。


「……なんか変だね」


 ことねが、英単語を見ながら言った。


「何が」


 朱莉が聞く。


「文化祭の時みたいに“これやらなきゃ!”って感じじゃないのに、前よりこういう時間のほうが自然になってる」


「それは、わかる」


 恒一が言う。


「前なら、こういう時ってもっと気まずかった気がする」


「うん」


 しおんが小さく頷いた。


「前は、黙ってると“何か話さなきゃ”があった」


「そうそう」


 ことねがすぐに乗る。


「今は、黙っててもそんなに困らないんだよね」


「文化祭で、無言の時間も何回も一緒にいたからじゃない?」


 朱莉が言う。


「机運んでる時とか、備品確認してる時とか、灯り見てる時とか」


 その言葉に、前方の空気が少しだけやわらぐ。


 たしかにそうだった。

 文化祭準備の間、いつもずっと喋っていたわけではない。

 むしろ、同じ空間で別の作業をしている時間のほうが多かったかもしれない。


 その積み重ねが、今の“無言でも少し平気”に繋がっているのだろう。


     ◇


 少しして、ことねがふいに顔を上げた。


「ねえ、これ見て」


 単語帳を閉じて、スマホを出す。


「また写真?」


 恒一が聞くと、ことねは頷いた。


「うん。でも文化祭のじゃない」


「何の」


「今日の教室」


 画面を向けられる。


 そこに映っていたのは、前方の席に自然に集まって、それぞれ違うことをしている自分たちだった。

 凛がプリントを見ていて、朱莉が問題集を開き、しおんは静かにノートを見て、恒一はペンを持っている。

 ことね自身は写っていないが、たぶん撮る直前までそこにいたのだろう。


「……何これ」


 恒一が言う。


「何も起きてない放課後」


 ことねが少し笑う。


「でも、なんか今のほうが近い気がして」


 その言い方は、少しだけ照れくさそうだった。


「文化祭の時は、みんな役割の中にいたじゃん」


「うん」


「今は、役割ないのにこうやって前にいるでしょ」


 ことねはスマホの画面を少しだけ傾ける。


「それって、なんか……前よりちゃんと近い感じしない?」


 その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。


 でも、誰も否定もしなかった。


「……するかも」


 最初に言ったのは、朱莉だった。


「文化祭中は、“必要だから一緒にいる”部分もあったし」


「今は、必要じゃないのにいる」


 しおんが言う。


「うん」


 ことねは小さく頷く。


「だから、今のほうが少し怖いけど、少し嬉しい」


 凛がペンを止める。


「夢咲さん、今日ほんとに素直だね」


「今日っていうか、最近ちょっとそうかも」


 ことねは苦笑した。


「文化祭終わってから、隠してもあんまり意味ない感じするんだよね」


「意味ない、か」


 恒一が繰り返す。


「うん。だって、前より近いのはたぶん本当だし」


 その一言が、やけに静かに響いた。


     ◇


 それからまた、少しだけ沈黙が続く。


 でも、苦しくない。


 ペンの音。

 紙をめくる音。

 窓の外の部活の声。

 誰かが廊下を走る足音。


 文化祭の時の音ではない。

 でも、今は今でちゃんと心地いい。


「……なんか、落ち着くな」


 恒一がぽつりと言うと、ことねがすぐに反応した。


「今の黒峰くんの“落ち着く”はかなり強い」


「そうか?」


「うん。だって、前の黒峰くんならこういうの“微妙に帰りづらい”とか言ってそうだし」


「それは否定しない」


「ほら」


 ことねが笑う。


「でも今は、ちゃんとここにいる感じするもん」


「文化祭のあとで、前より自然になった」


 しおんが静かに言う。


「何が」


「近さ」


 その一言で、また前方の空気が少しだけ静かになる。


 でも、その静けさは嫌なものではなかった。

 ただ、少しだけ本当のことに近い時の静けさだった。


 何も起きない放課後ほど、今までより少しだけ近く感じる。

 それはたぶん、文化祭みたいな大きなイベントより、こういう理由のない時間のほうが、本当に残る距離を見せてしまうからなのだろう。


 帰り際、ことねはスマホの画面を見ながら小さく言った。


「これ、消したくないかも」


「何が」


「さっきの写真」


 ことねは少しだけ笑う。


「文化祭の写真も好きだけど、今日のもたぶん、あとでかなり見る気がする」


「何も起きてないのに?」


 恒一が聞くと、ことねは頷いた。


「何も起きてないからだよ」


 その返しが、妙に深かった。


 文化祭は終わった。

 匿名の差し入れ主も、まだ正体は分からない。

 でも、こういう何もない放課後の積み重ねのほうが、これから先の距離を静かに決めていくのかもしれない。

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