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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第99話 打ち上げの写真が回り始めると、思い出はまた別の顔をする

 文化祭のあとというのは、終わった瞬間より、数日経ってからのほうが危ないのかもしれない。


 黒峰恒一は、その日の昼休み、教室のあちこちでスマホを見せ合っているクラスメイトたちを見ながら、わりと本気でそう思った。


「これ見て、めっちゃブレてる!」


「いやそれ逆に臨場感あるって」


「うわ、私この時こんな顔してたの?」


「文化祭テンションって怖いよねー」


 教室のあちこちで笑いが起きる。

 文化祭当日の写真。

 打ち上げで撮った写真。

 その共有が、今になって始まっていた。


 文化祭そのものはもう終わっている。

 打ち上げも済んだ。

 でも、写真になると、その時間はまた別の温度で戻ってくる。


「……嫌な予感するな」


 小さく呟くと、前の席からことねがすぐに反応した。


「何が?」


「写真」


「えー、いいじゃん写真。思い出だよ?」


「思い出なのは分かるけど、そういう時ってだいたい“思った以上に近く写ってるやつ”とか出てくるだろ」


 ことねが一瞬だけ止まる。


「……うわ」


「今、“あるな”って顔しただろ」


「した」


 ことねは素直だった。


「だって普通にありそうなんだもん。文化祭中って距離近かったし」


「夢咲さん、それ自分で言うんだ」


 凛がペットボトルを机へ置きながら言う。


「朝霧さん、今さらそこ否定しても仕方なくない?」


「否定はしてない」


「でも、嫌な予感はするでしょ?」


 ことねが聞くと、凛は一瞬だけ黙って、それから短く答えた。


「……少し」


「ほら!」


 ことねが指をさす。


「今の“少し”はかなり本音」


「夢咲さん、それ拾わなくていい」


 そこへ、朱莉が自分のスマホを見ながら近づいてくる。


「もう来てるよ」


「何が」


 恒一が聞くと、朱莉は画面を向けてきた。


 クラスのグループチャットだった。

 文化祭の写真、打ち上げの写真が次々に投げ込まれている。


「うわ」


 今度は恒一の番だった。


「でしょ」


 朱莉が小さく笑う。


「しかも、ことね先輩がかなり撮ってる」


「いや、それはそうだけど!」


 ことねがすぐに言い返す。


「広報担当だったし、入口の雰囲気とか、準備の途中とか、かなり意識して撮ってたし」


「その結果、今の自分の首締めてるね」


 凛が言う。


「うるさいなあ……」


 しおんは、その少し後ろから静かに言った。


「写真って、時間が止まるから」


「うん?」


 ことねが振り向く。


「文化祭の時は流れてたものが、一枚で止まる」


「……ああ」


 恒一は、その言い方に少しだけ納得した。


 文化祭中は、ずっと動いていた。

 入口で人を流して、札を直して、声をかけて、景品を渡して。

 その流れの中では気づかなかった距離が、写真になると一気に見える。


     ◇


 昼休みの前方の席で、ことねがスマホを開いた。


「とりあえず、危なそうなの先に確認しとく?」


「何だよその言い方」


 恒一が言うと、ことねは真顔で返す。


「大事でしょ。クラス全体に広がる前に、こっちで心の準備しといたほうがいいやつ」


「夢咲さん、その発想がもう危ない」


 凛が言う。


「でも、たしかにちょっと分かる」


 朱莉が小さく頷いた。


「いきなり不意打ちで来るより、今見たほうがまだマシかも」


「火乃森さんまでそっち寄りなの?」


「だって、どうせ回るし」


 あまりにも現実的だ。


「じゃあ、見るよ」


 ことねが言う。


「最初は文化祭当日の入口まわり」


「一番危ないやつから行くな」


 恒一が言うと、ことねは少しだけ苦笑した。


「だって、たぶんそこが一番“文化祭っぽい”から」


 画面をスワイプする。

 一枚目。

 入口の札。

 灯り。

 少し立ち止まっている来場者。

 その奥で、ことねが笑顔で案内している。


「これ、好き」


 しおんが小さく言う。


「うん、これはいい」


 朱莉も頷く。


「空気がちゃんと映ってる」


 ことねが少しだけ嬉しそうに笑う。


「でしょ?」


「夢咲さんの顔もいい」


 凛がさらっと言う。


 ことねが止まる。


「……え?」


「何」


「今の、朝霧さんが普通に褒めた?」


「褒めたけど」


「ちょっと待って、文化祭後の写真共有ってそういうイベントなの?」


「違うでしょ」


 でも、ことねの耳が少し赤くなっているのは見えた。


「次」


 ことねが少しだけ勢いをつけて画面を切り替える。


 二枚目。

 入口の横から撮ったらしい写真だった。

 来場者の流れの中で、ことねが半歩前に出て案内していて、その少し奥で恒一が人を中へ流している。


 しかも、距離が思ったより近い。


「……うわ」


 朱莉が先に言った。


「これはちょっと近いね」


「ちょっとじゃなくない?」


 ことねが言う。


「いや、これ撮った時は普通だったんだよ!? 普通に文化祭中の動線だったんだよ!?」


「写真になるとそう見えないやつだね」


 凛が冷静に言う。


「黒峰が後ろから支えてる構図に見える」


「言い方!」


 ことねが慌てる。


「そういう言い方するから変になるんだって!」


「でも、見え方の話でしょ」


「朝霧さん、今日それ多くない!?」


 恒一も、画面を見ながら少しだけ言葉に困っていた。


 たしかに、文化祭中は普通だった。

 普通に人の流れを見て、普通に立ち位置が近かっただけだ。

 でも静止画になると、その“普通”の説明が急に弱くなる。


 ことねが少しだけ声を落とす。


「……これ、クラスに回ったらたぶん少し言われるな」


「うん」


 朱莉があっさり言う。


「たぶん言われる」


「言い切らないでよ……」


「でも、本当でしょ」


 そこだけは凛ではなく朱莉が言った。


 しおんが静かに画面を見る。


「でも、いい写真」


 ことねが、少しだけそちらを見る。


「え」


「文化祭の入口の感じ、ちゃんとある」


「……それは、そうなんだけど」


 ことねは少しだけ困ったように笑う。


「“いい写真”と“近く見える写真”って両立するんだね」


「するよ」


 しおんは短く言った。


「だから余計に残る」


     ◇


 ことねは次々に写真を見せていく。


 入口札のアップ。

 景品の並び。

 しおんが灯りの位置を見ている横顔。

 朱莉が札の角度を直しているところ。

 凛が教卓の横で備品表を見ているところ。


「朝霧さん、これめっちゃ朝霧さん」


 ことねが一枚の写真を見せる。


「何その感想」


「だって、すっごい“回してる人の顔”してる」


 凛は画面を見て、少しだけ黙った。


「……ひどい顔ではない」


「ひどい顔っていうか、すごく真面目」


 朱莉が言う。


「しかも、黒峰のほう見てる」


「え?」


 ことねがすぐに画面を拡大する。


「あ、ほんとだ」


 たしかに凛の視線は、少し離れた位置の恒一へ向いていた。

 指示を出す直前か直後か、そんな一瞬だろう。


「……これもだいぶ危ないな」


 恒一が言うと、凛がすぐ返した。


「何が危ないの」


「いや、普通に」


「普通でしょ」


「普通だけど、静止画で見ると違うって今ずっと言ってるだろ」


 凛は少しだけ目を細めて、画面から視線を外した。


「……まあ、それはそうかも」


 その認め方が少しだけ遅くて、ことねがすぐ拾う。


「朝霧さん、今の“そうかも”かなり本音だよね」


「うるさい」


 そこへ、朱莉が自分のスマホを見ながら言う。


「私のにも来た」


「何が」


「打ち上げの写真」


 前方の空気が少しだけ変わる。


 文化祭の写真も危ない。

 だが、打ち上げの写真はまた別の意味で危ない。


「……見せて」


 ことねが言う。


 朱莉が画面を向ける。


 長いテーブル。

 料理。

 飲み物。

 笑っている顔。

 文化祭当日よりも、みんな少しだけ力が抜けている。


「うわ、これよくない?」


 ことねが言う。


「なんか“終わったあと”の空気ちゃんとある」


「あるね」


 しおんが頷く。


「少し静か」


「打ち上げの時って、文化祭そのものより余韻の顔してるし」


 朱莉が言う。


 ことねが画面をスワイプする。


「待って、これ……」


 今度は、全員が少しだけ身を乗り出した。


 写真には、ドリンクバー前の通路が映っていた。

 凛と恒一が並んで立っていて、何か話している。

 二人とも少しだけ顔が近い。

 しかも、周りの音がそこだけ薄くなっているみたいな写真だった。


「……え」


 ことねが固まる。


「誰が撮ったのこれ」


「知らない。でもグループに流れてる」


 朱莉が言う。


「うわー……」


 ことねが小さくうめく。


「これ、完全に“二人で別の空気になってる瞬間”じゃん」


「言い方」


 凛が低い声で言う。

 でも、否定しきる勢いはない。


「いやでも、実際そう見えるよ」


 朱莉が言った。


「打ち上げのざわざわの中で、そこだけ静かっぽい」


 恒一は、思わずあの日のドリンクバー前を思い出した。


 疲れた?

 少しは。

 でも、こういう疲れ方は嫌いじゃないかも。


 たしかにあれは、少しだけ別の温度の会話だった。


「……これ、やめてほしいな」


 凛がぽつりと言う。


「珍しいね、朝霧さんがそんなはっきり言うの」


 ことねが聞くと、凛は小さく息を吐く。


「だって、これ普通に話してるだけなのに、写真になると必要以上に意味つくし」


「それは、まあ」


 恒一も頷くしかない。


「でも」


 しおんが静かに言った。


「その時、たしかに少し静かだった」


 凛がそちらを見る。


「雪代さん、それ今言うの」


「本当だから」


「……本当だけど」


 凛は少しだけ視線を逸らした。


 その反応まで含めて、画面の中の一枚が前より強く見えてしまう。


     ◇


 そして、問題の一枚はもっと後だった。


「待って」


 ことねが、急に声を落とした。


「これ、ちょっとやばいかも」


「何」


 恒一が聞く。


「見て」


 画面を向けられる。


 打ち上げの途中、卓の端を斜めから撮った写真だった。

 グラス。

 料理。

 笑っているみんな。

 その中で、自分と誰かの視線が、ほんの一瞬だけ合っている。


 相手は――しおんだった。


「……うわ」


 今度は恒一の口から出た。


 ほんの一瞬だ。

 ほんの一瞬、同じ方向を向いただけだろう。

 でも静止画になると、その“一瞬”だけが異様にはっきり見える。


「これ、すごいね」


 朱莉が小さく言う。


「うん」


 ことねも頷く。


「なんか、周りみんな普通に笑ってるのに、そこだけ時間違う感じある」


 凛も画面を見たまま、少しだけ黙る。


「……静かだね」


 短い一言だった。


 しおんは、自分の写真なのに騒がない。

 ただ、少しだけ目を細めて見ている。


「雪代さん」


 ことねが聞く。


「これ、自分で見てどう思う?」


 しおんは、すぐには答えなかった。


 それから、小さく言う。


「その時、黒峰くんが何か言う前だった」


「え」


 恒一が思わず聞き返す。


「言う前?」


「うん。たぶん、何か話すかなって見た時」


 その説明のせいで、写真の一枚が急に“ただの偶然”ではなくなる。


「……ちょっと待って、それ補足すると余計やばいんだけど」


 ことねが言う。


「でも、本当だから」


 しおんはやっぱり静かだ。


「言う前の顔」


 その言い方が、しおんらしすぎて、誰もすぐには返事ができなかった。


 写真は時間を止める。

 文化祭中は流れていた距離も、打ち上げの中で混ざっていた視線も、一枚にすると急に“意味ありげ”になってしまう。


「……これ、クラスに回るのか」


 恒一が言うと、ことねは苦笑した。


「たぶんね」


「面倒だな」


「でも、ちょっと残したいでしょ?」


 ことねが聞く。


 その問いに、恒一は少しだけ黙った。


 面倒だ。

 でも、消したくもない。


 文化祭の写真も。

 打ち上げの写真も。

 思った以上に近く写っている一瞬も。


「……まあ」


 そう答えると、ことねが少しだけ笑った。


「だよね」


     ◇


 昼休みが終わる頃、前方の席の空気は少しだけいつもと違っていた。


 文化祭の写真。

 打ち上げの写真。

 そこに写る距離。

 偶然の視線。

 無意識の立ち位置。


 何もない日常へ戻り始めていたはずなのに、写真がその日常をもう一度だけ引き戻してしまう。


「写真って怖いなあ」


 ことねが言う。


「その時は普通なのに、あとから見ると全部意味ありげになる」


「でも、だから残る」


 しおんが小さく言った。


「うん」


 ことねが頷く。


「たぶん、それなんだよね」


 打ち上げの写真が回り始めると、思い出はまた別の顔をする。

 そして、その“別の顔”の中で、自分たちの距離が思っていた以上に変わっていたことまで、少しずつ見えてきてしまうのだった。

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