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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第100話 幼馴染も、明るい子も、現実担当も、みんな少しずつ焦り始めている

 写真というのは、見た瞬間より、見たあとでじわじわ効いてくる。


 黒峰恒一は、そのことを翌日の朝、教室へ入ってすぐ思い知った。


 昨日の昼休み、文化祭と打ち上げの写真が一気に回った。

 入口で笑っていることね。

 ドリンクバー前で並ぶ凛。

 卓の端で視線が合っているしおん。

 そのどれもが、その場では普通だったはずなのに、静止画になると妙に意味を持つ。


 しかも厄介なのは、写真が残ることだ。

 消えない。

 見返せる。

 だから、あの時は流れていた一瞬の空気が、何度でも目の前へ戻ってくる。


「……絶対、昨日のやつ引きずってるだろ」


 自分の席へ向かいながら、恒一は小さく呟いた。


 誰が、ではない。

 みんなだ。

 たぶん自分も含めて、少しずつ引きずっている。


 机の中を確認する。

 何もない。


 それを見て席に着いた瞬間、後ろからことねの声が飛んできた。


「おはよ」


「おはよう」


「……うん」


 ことねは一度それだけ言って、なぜか少し止まった。


「何だよ、その“うん”って」


「いや、なんか」


 ことねは自分の鞄を置きながら苦笑した。


「今日ちょっと、黒峰くん見た時に昨日の写真思い出しちゃったなって」


「お前、それ朝一から言うのか」


「だって思い出したんだもん」


 その言い方が妙に素直で、恒一は返事に困る。


 ことねはそこで少しだけ声を落とした。


「……しかも、私だけじゃない気がするし」


「何が」


「昨日のやつ、みんなちょっとずつ刺さってる感じ」


 それは、かなり正しかった。


     ◇


 一時間目が始まる前。

 教室の中には、まだざわざわした朝の空気が残っている。


 ことねは前の席の子と話しているが、いつもみたいに完全に前のめりではない。

 笑ってはいる。

 でも、時々ふっと何かを考えるみたいに止まる。


 凛はノートを出している。

 いつも通りきっちりしている。

 でも昨日写真で見た“ドリンクバー前の一枚”を思い出してしまうと、その落ち着いた横顔まで少し違って見える。


 朱莉は窓際でスマホをしまっている。

 昔から知ってる距離と、今の距離を測り直しているみたいな静かさがある。


 しおんは、いちばん変わらないように見える。

 見えるのだが、だからこそ昨日の“言う前の顔”という一言がまだ残っている。


「……だめだな」


 恒一が小さく言うと、通路側から凛が聞いた。


「何が」


「昨日の写真のせいで、みんな少し違って見える」


 凛は一瞬だけ黙って、それから小さく息を吐いた。


「それは、まあ……そうでしょ」


「朝霧もか」


「そりゃね」


 凛はペンを持ち直す。


「見えるものが増えると、前みたいに雑に流せないし」


 その答えが、思ったより素直だった。


     ◇


 昼休み。

 やはり自然に、前方の席へ集まる。


 ことね、凛、朱莉、しおん、そして恒一。

 最近ではもう、この流れそのものが普通になりつつある。


 でも今日は、その“普通”が少しだけ落ち着かない。


「ねえ」


 ことねが最初に口を開いた。


「うん?」


 朱莉が聞く。


「昨日の写真見たあとさ」


「うん」


「なんか、みんなちょっとよそよそしくない?」


 ことねのその直球に、前方の空気が止まる。


「……朝から思ってた」


 恒一が言うと、ことねがすぐに指をさした。


「ほら!」


「いや、ほらじゃなくて」


「でも本当じゃん」


 ことねはパンの袋をいじりながら続ける。


「話してるし、普通に笑ってるんだけど、どっかで“昨日のあれ見られたあと”みたいな間があるっていうか」


「夢咲さん、自分で言葉にするの早いね」


 凛が言う。


「いや、だって気になるし」


「気にしてるの、自分だけじゃないって分かってるから言えるやつでしょ」


「……朝霧さん、それ今ちょっと鋭い」


 ことねがむっとした顔をする。


「鋭いというか、事実」


「その“事実”便利だなあ」


 朱莉が小さく笑った。


「でも、たしかに少しあるよね」


「朱莉ちゃんも?」


「うん。昨日まで普通だったものに、急に見え方が足された感じ」


 その言葉が、かなり正確だった。


 写真は何かを捏造したわけではない。

 ただ、その場では流れていた一瞬へ“見え方”を足しただけだ。

 そして、一度足された見え方は簡単には消えない。


「……幼馴染も?」


 ことねが、少しだけ茶化すように聞く。


 朱莉は少しだけ肩をすくめた。


「幼馴染だからこそ、かな」


「どういう意味?」


「昔から近いのは普通だったのに、今はその“普通”の見え方が変わってきてるから」


 ことねが一瞬黙る。


「それ、やっぱり強いなあ……」


 凛が、淡々と補足する。


「文化祭の前までは、“昔から近い”“文化祭で一緒だった”“最近話すようになった”が、まだ別々だった」


「うん」


「でも今は、それが写真で一回まとめて見えちゃった感じ」


「……朝霧さん、今日ほんと整理が怖いくらいうまい」


 ことねが言う。


「怖いは余計」


     ◇


「じゃあさ」


 ことねが少しだけ身を乗り出した。


「これって、みんな少しずつ焦ってるってことなのかな」


「焦ってる?」


 恒一が聞き返す。


「うん」


 ことねは珍しく、すぐには笑わなかった。


「文化祭の時は、とにかくその場を回すので精一杯だったじゃん。でも終わって、写真見て、ああこういうふうに見えるんだって分かると」


「うん」


「なんか、急に“自分ってどう見えてるんだろう”とか、“他の子はどう残ってるんだろう”とか、気になってくる」


 それは、ことねらしい本音だった。


 空気を作る側にいたからこそ、終わったあとに“自分がどう残ったか”が気になる。

 そして昨日の写真は、その答えの一部をもう見せてしまっている。


「夢咲さんは、そうだろうね」


 凛が言った。


「え、何その“そうだろうね”」


「だって、入口の顔だったし」


「うっ」


 ことねが少しだけ詰まる。


 凛は続ける。


「文化祭の入口って言われたら、最初に夢咲さん思い出す人、多いと思うよ」


「……朝霧さん、それフォロー?」


「半分」


「半分なんだ」


 でも、その一言で少しだけことねの表情がゆるむ。


「私はさ」


 ことねが小さく息を吐く。


「“賑やかしで終わりたくない”のかも」


 前方の空気が、また少しだけ静かになった。


「賑やかし?」


 恒一が聞く。


「うん。文化祭の時、確かに私、場を回してたし、入口の顔みたいな役目もしてたでしょ」


「してた」


「でもそれだけで残るの、ちょっとやだなって」


 ことねは少し笑った。

 笑ったけど、かなり本音だ。


「ちゃんと私個人でも残りたい、っていうか」


「……それは分かる気がする」


 朱莉が言う。


「文化祭って役割の中に入りやすいし」


「そう!」


 ことねがすぐ頷く。


「“夢咲ことね”じゃなくて、“文化祭で明るく回してた子”で終わるのが嫌なのかも」


 それは、読者が好きそうな、かなり強い本音だった。

 明るい子の“賑やかしでは終わりたくない”は、まっすぐ刺さる。


     ◇


「私は」


 今度は凛が口を開いた。


 ことねが少し驚いた顔をする。

 自分から続けるとは思っていなかったのだろう。


「別に、そこまで大きく何かあるわけじゃないけど」


「うん」


「理由がないと話さない関係に戻るのは、ちょっと嫌かも」


 その言葉は、静かなのに妙に強かった。


 ことねが、ゆっくり瞬く。


「……朝霧さん、それかなり本音じゃん」


「そうかも」


 凛は否定しなかった。


「文化祭前は、用事があるから話してた部分も多かったでしょ」


「うん」


「でも今は、用事がなくても前に来るし、話すし、残るし」


 凛は、自分のペットボトルを見たまま言う。


「それが、また“用事がないなら話さない”に戻るのは少し嫌」


 朱莉が小さく言う。


「朝霧って、そういうのちゃんと自覚してるんだね」


「してるよ」


「してるんだ」


「火乃森さん、失礼じゃない?」


「いや、だって朝霧ってもっと“そういうの考えないで進む人”だと思ってたから」


「考えてるけど、あんまり口にしないだけ」


 その返しが、まさに凛だった。


     ◇


「私は……」


 朱莉が、少しだけ視線を落として言う。


「やっぱり、“昔から近いだけじゃ足りない”のがはっきりしてきたかな」


 ことねが小さく息を呑む。


「火乃森さん、その言い方だいぶ強い」


「強いけど本当」


 朱莉は苦笑した。


「幼馴染だから自然、っていうのはあるよ。でも、文化祭と打ち上げ通って、みんなそれぞれ違う近さ作ってるの見たあとだと」


「うん」


「“昔から”だけに乗ってると、逆に今の自分が置いてかれる感じある」


 その言葉は、前に朱莉が言っていたことの続きだった。


 昔から知ってる。

 それは強い。

 でも、それだけで全部が保証されるわけじゃない。


「しおんは?」


 ことねが聞く。


 しおんは少しだけ考えてから、静かに言った。


「私は、今の静かな距離が壊れるのが少し怖い」


「……うわ」


 ことねが思わず小さく声を漏らす。


「雪代さん、それ静かなのに強い」


「強い?」


「うん。だって、今の距離ってまだ名前ついてない感じあるじゃん」


「うん」


「でも、ちゃんと近いじゃん」


 ことねは言いながら、自分で少しだけ照れたように笑う。


「で、それが変な方向に動くと、今の自然さなくなるかもってことでしょ?」


 しおんは静かに頷いた。


「今は、話すの自然だから」


「……そうなんだよね」


 ことねが小さく言う。


「今って、たぶんまだ“自然に近い”が残ってるんだ」


 その言葉は、匿名の差し入れ主の話ともどこか繋がっていた。


     ◇


「小鳥遊さんは?」


 朱莉が、不意に聞いた。


 ちょうどその時、ましろが教室の前を通りかかったのだ。


「私ですか」


「うん」


 ことねが笑う。


「生活導線代表として一言どうぞ」


「その肩書きは少し違います」


 ましろは静かに否定しながら、でもちゃんと前の席の近くへ来た。


「でも、そうですね」


 少しだけ考える。


「私は、見てるだけで済む人の強さはまだ少し気になります」


 ことねが「うわ」と小さく言う。


「でも、そのぶん、自分の近さもちゃんと残したいです」


「名前つきで?」


 凛が聞く。


「はい」


 ましろは頷いた。


「特別な日じゃなくても見てる、のほうで」


 その一言で、前方の席の空気はまた少しだけやわらいだ。


 誰も同じ近づき方ではない。

 だからこそ、誰もが少しずつ焦る。


 ことねは賑やかしで終わりたくない。

 凛は理由がないと話さない関係に戻りたくない。

 朱莉は昔から近いだけでは足りない。

 しおんは今の静かな距離を壊したくない。

 ましろは見てるだけではなく、自分の近さも残したい。


 そして、その全部の中心にいる黒峰恒一は、その言葉を前にして、妙に静かな気持ちになっていた。


「……なんか」


 恒一が言う。


「うん?」


 ことねが聞く。


「みんな、思ったよりちゃんと考えてるんだな」


「考えてるよ」


 ことねが即答する。


「文化祭って、そういうの誤魔化してる余裕なかっただけで」


 その言い方が、妙にしっくり来る。


 文化祭は、距離を縮めた。

 でも、縮まった距離をどう受け止めるかは、文化祭が終わってから始まるのだろう。


 幼馴染も、明るい子も、現実担当も、静かな子も、生活導線ヒロインも、みんな少しずつ焦り始めている。

 そしてその焦りは、まだ修羅場にはならない。

 ならないからこそ、静かに、でも確実に空気を変え始めていた。

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