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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第81話 文化祭が終わった教室、静かになったはずなのに少しだけ落ち着かない

文化祭が終わった翌々日の朝、黒峰恒一は教室へ入った瞬間に、少しだけ立ち止まった。


 見慣れているはずの二年B組。

 机の列。

 黒板。

 窓際の棚。

 後ろのロッカー。


 全部、ちゃんと元通りだ。


 なのに、何かだけが少し違う。


「……まだ変だな」


 小さく呟きながら、自分の席へ向かう。


 文化祭の布はない。

 和紙の札も、灯りも、景品の箱もない。

 入口で少しだけ人の足を止めていた、あの“入ってみたくなる感じ”ももう消えている。


 消えているはずなのに、そこに何かがあった記憶だけがまだ濃く残っていて、何もない教室のほうが逆に不自然に見えた。


 席に着く前に、恒一はいつものように机の中を確認した。


 ノート。

 教科書。

 筆箱。


 それだけ。


 何もない。


「……うん」


 小さく息を吐く。

 ない。

 それでいい。

 それでいいはずなのに、机の中が空だと、少しだけ拍子抜けする感じがある。


 その感覚に自分で少し嫌になる。


「黒峰くん」


 後ろから夢咲ことねの声が飛んできた。


「おはよ」


「おはよう」


「……今、また確認したでしょ」


「したけど」


「やっぱり」


 ことねは苦笑しながら自分の席へ鞄を置いた。

 今日は文化祭の時みたいな気合いの入った感じではなく、いつもの制服姿だ。なのに、いつもの制服姿のほうが少しだけ物足りなく見えるのはたぶん自分だけじゃない。


「何もなかった?」


「なかった」


「そっか」


 ことねはそう言ってから、教室の前のほうを見渡した。


「……なんかさ」


「ん?」


「ここ、こんなに普通だったっけ」


 その一言が、恒一の感じていた違和感をそのまま言葉にしていた。


「やっぱりそう思うか」


「思うよ」


 ことねは少しだけ頬を膨らませる。


「文化祭の時、入口から空気変わってたじゃん。だから今、ただの教室に見えるのに、頭の中だけまだあの感じ残ってるんだよね」


「わかる」


「でしょ?」


 ことねは少しだけ嬉しそうに笑った。


「なんか、机の位置まで違って見えるもん」


「そこまでか」


「そこまでだよ。だって、文化祭の時ここに灯りあったし、あそこに札あったし、黒峰くんあのへんで来た人流してたし」


 ことねは指で、文化祭当日の位置関係を空中に描くみたいに示す。


「夢咲さん」


 通路側から凛の声が入る。


「朝から余韻強すぎ」


「朝霧さんだって、ちょっと思ってるでしょ」


 ことねが言うと、凛はノートを出しながら少しだけ間を置いた。


「……思ってないとは言わない」


「ほらー!」


 ことねがすぐに食いつく。


「朝霧さんのその“思ってないとは言わない”って、だいぶ本音じゃん」


「うるさい」


「でも、やっぱり思うんだ?」


「だって、ここ数日ずっと放課後に残ってたし。急に何もなくなると、そりゃ少し変でしょ」


 凛のその言い方も、かなり正直だった。


 文化祭準備はもうない。

 机を動かす理由も、灯りの位置を見る理由も、ポスターの言葉を詰める理由もない。


 その“理由がない”ことのほうが、今は変なのだ。


     ◇


 午前の授業は、やけに普通だった。


 先生が入ってくる。

 教科書を開く。

 板書を写す。

 眠そうなやつがいて、ちょっと笑いが起きる。

 当たり前の流れ。


 文化祭の熱は、校内の壁や廊下からももうだいぶ薄れている。

 張り紙は端から外され、使った道具は片づけられ、残っているのはせいぜい誰かのスマホの中の写真くらいだ。


 それなのに、恒一は授業中にふと前を見て、文化祭の時のことねの立ち位置を思い出してしまった。


 あそこにいた。

 入口の横で、ちょっと大人っぽい髪飾りをつけて、明るく、それでいてちゃんと人を引き込む声を出していた。


 今は、普通にノートを取っている。

 それだけなのに、妙な落差がある。


「……黒峰」


 小さな声で呼ばれて、横を見る。


 朱莉だった。


「何」


「今ちょっと、ぼーっとしてた」


「してたか?」


「してた」


 朱莉は教科書を開いたまま、小さく言う。


「文化祭のこと思い出してたでしょ」


「そんなに分かるのかよ」


「分かるよ。幼馴染だし」


 その返しが、変に自然だった。


「火乃森も?」


「何が」


「思い出してたのか」


 朱莉は一瞬だけ黙ってから、少しだけ苦笑した。


「まあ、ちょっとは」


「ちょっとなんだ」


「ちょっと、って言っといたほうが楽だから」


 その言い方が朱莉らしくて、恒一は少しだけ笑ってしまった。


     ◇


 昼休み。


 前のほうの席に、結局いつもの顔ぶれがなんとなく集まる。


 ことね。

 凛。

 朱莉。

 しおん。

 そして自分。


 文化祭準備の時みたいに明確な理由があるわけじゃない。

 ただ、何となく前のほうに人が寄って、何となくこの顔ぶれになる。


「……やっぱり変」


 ことねが弁当箱を開きながら言った。


「まだ言うの?」


 凛が聞く。


「言うよ。だって、もう文化祭ないのに、こうやって前に集まるの普通に変じゃん」


「変というか、癖になってるだけでは」


 凛の言い方は冷静だ。


「朝霧さん、その“癖になってる”って表現もかなり強いけど?」


「でも、本当でしょ」


 凛は平然としている。


「文化祭準備中ずっとここで話してたんだから、何もなくても足が向くだけ」


 その“何もなくても”が、少しだけ引っかかった。


 何もない。

 それなのに前へ集まる。


 しおんが、静かに言う。


「今日は音が増えた」


「音?」


 ことねが聞く。


「うん。文化祭の時は、入口の灯りとか、布とか、人が止まる空気があって、音が少し丸くなってた」


「丸くなってた、か」


 恒一が繰り返す。


「今は、机も元に戻ってるし、声がそのまま広がる感じ」


 しおんは窓際のほうを少し見た。


「普通の教室の音」


 その言葉は、妙にしっくりきた。


「……雪代さんって、そういうのほんと細かいよね」


 ことねが言う。


「私なんか“なんか変”くらいしか言えないのに」


「でも、夢咲先輩の“なんか変”はだいたい合ってる」


 しおんは穏やかに言った。


「そう?」


「うん。そこから言葉にするのが違うだけ」


 ことねは少しだけ笑う。


「今の、ちょっと嬉しい」


 朱莉がそのやり取りを見ながら、ぽつりと言う。


「でも、普通に戻ったはずなのに、まだ戻ってない感じするのは分かる」


「火乃森さんも?」


「うん」


 朱莉は弁当の蓋を閉じながら言った。


「机の位置じゃなくて、たぶん私たちのほう」


 その一言で、前方の空気が少し静かになる。


「……それ言うかあ」


 ことねが小さく言う。


「だって本当じゃん」


「まあ、そうだけど」


 文化祭の準備期間と本番を通って、前と同じ顔ぶれなのに前と同じではいられない感じ。

 その違いは、教室の空気よりたぶん、自分たちの中のほうに残っている。


 凛が、珍しく少しだけ言葉を選ぶみたいに言った。


「文化祭前は、“理由があるから話してる”感じだったけど」


「うん」


「今は、理由なくても前に集まるから、そこが変」


 ことねがすぐに反応する。


「それだ」


「何が」


「今の。理由がないのに話してるの、ちょっと変なんだよ」


「変っていうか、前より普通に近くなっただけでは」


 凛が言うと、ことねは少しだけ黙る。


 その沈黙に、わずかな照れみたいなものが混ざっているのが分かる。


「……朝霧さん、そういうのさらっと言うのずるい」


「何が」


「“普通に近くなった”ってとこ」


「事実でしょ」


 また、その返しだ。

 でも今日は、その“事実でしょ”が少し柔らかく聞こえた。


     ◇


 放課後。


 文化祭後最初の“ほんとうに用事のない放課後”だった。


 文化祭準備はない。

 打ち上げはもう終わった。

 備品整理も、ポスター作りも、机の移動もない。


 それでも、恒一はなぜかすぐには帰らなかった。


 自分の席でノートを片づけて、特に理由もなく前のほうを見る。

 ことねも、すぐには帰る様子がない。

 凛は教卓の横で何か書いている。

 朱莉は窓際でスマホを見ていて、しおんは鞄を持ったまままだ立っている。


 誰も、はっきりした理由を持って残っていないように見えた。


「……ねえ」


 ことねが、少しだけ笑いながら言った。


「うん?」


「会う理由がないと、ちょっと困るね」


 軽い声だった。

 冗談っぽく聞こえるように、少しだけわざと軽くしている感じ。


 でも、その中身まで軽いわけじゃないのが、今はもう分かる。


「何だよそれ」


 恒一が返すと、ことねは肩をすくめた。


「だって、文化祭前からずっと“今日はこれやる”“明日はあれ確認する”って感じで顔合わせてたじゃん」


「うん」


「で、終わったら急に“じゃあまた明日学校で”だけになるの、なんか変でしょ」


 それは、かなり本音だった。


 凛が、教卓の横から視線を上げる。


「夢咲さん、それ今のうちに言うんだ」


「言うよ。だってほんとなんだもん」


「まあ、分かるけど」


 凛のその返しも、思ったより早かった。


 朱莉が小さく息を吐いて言う。


「私も少し分かる」


「火乃森さんまで?」


「うん。別に毎日残りたいとかじゃないけど」


 朱莉は、窓の外を少しだけ見た。


「急に“はい終わり”って感じになると、それはそれで落ち着かない」


「それ」


 ことねがすぐに言う。


「私もそれ」


 しおんが、静かに口を開いた。


「理由がなくても、少し話したいだけかも」


 その言い方が、しおんらしかった。


 大きく言わない。

 でも、すごくまっすぐだ。


 前方の空気が、また少しだけ静かになる。


 何もない放課後。

 何もないのに、みんな少しだけ帰るタイミングを失っている。

 それが妙におかしくて、でも少しだけ嬉しいような、落ち着かないような気分になる。


「……じゃあ、少しだけ話してから帰るか」


 恒一が言うと、ことねがぱっと笑った。


「それ、かなりいい提案」


「別に提案ってほどでもないだろ」


「いや、今のはちゃんとそう」


 ことねは席を少し引いて、向かいの椅子を軽く叩いた。


「ほら、座りなよ」


 言われるままに座る。

 凛も教卓から離れてくる。

 朱莉も窓際から戻る。

 しおんは最初からそこにいたみたいな静けさで席に着く。


 文化祭前と同じ顔ぶれ。

 でも、話す理由はもう文化祭じゃない。


 それでも、前より沈黙が苦しくない。

 前より、何もない会話が自然に続く。


 文化祭が終わった教室は静かになったはずなのに、少しだけ落ち着かない。

 その正体はたぶん、場所じゃなくて、自分たちの距離のほうだった。

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