表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/117

第80話 打ち上げの話が出た瞬間、教室はまた別の意味でざわつく

文化祭が終わった翌日の教室は、元の形に戻っているはずなのに、どこかだけまだ戻りきっていなかった。


 机はいつもの列に戻っていた。

 入口を柔らかくしていた布も、和紙の札も、灯りももうない。

 黒板の前にあった案内板も消えて、床に残っていた細かな紙屑すら綺麗に片付いている。


 見た目だけなら、完全にいつもの二年B組だ。


 なのに、空気だけが少し違う。


 誰かが大きな声を出しているわけじゃない。

 でも、文化祭で同じ方向を向いていた数日間の名残みたいなものが、会話の端や視線の動きに薄く残っている。


 黒峰恒一は、自分の席に鞄を置きながら、その違和感をなんとなく噛みしめていた。


 机の中は、今日は空だった。


 それを確認して、少しだけ安心して、少しだけ物足りないと思った自分にまだ慣れないまま、一時間目をやり過ごし、二時間目を終え、昼休みになったところで、教室の前方が妙にざわつき始めた。


「ねえ、せっかくだし打ち上げしない?」


 最初にそう言ったのは、クラスの女子の一人だった。


 その一言で、教室の空気がぱっと色を変える。


「打ち上げ!」


「いいじゃん」


「やりたいやりたい」


「え、どこで?」


「ファミレスとか?」


「カラオケでもよくない?」


 あちこちで声が重なる。


 文化祭が終わって一日。

 まだ疲れは残っている。

 でも、“終わったね”でそのまま解散するには惜しいくらい、みんな多少は浮ついているのだ。


 恒一が前のほうを見ると、夢咲ことねがすでにその輪の中へ引っ張り込まれていた。


「夢咲さん、こういうの仕切るの得意そう」


「え、私?」


「得意でしょ絶対」


「まあ……嫌いじゃないけど」


 ことねはそう言いながら、少しだけ笑った。

 その笑い方は文化祭前より少し落ち着いていて、それでいてやっぱり場を動かす人の顔だった。


「人数次第だけど、ファミレスなら一番無難かなあ。カラオケだとグループ割れやすいし」


「うわ、夢咲さんもうちゃんとしてる」


「いや、だってこういうの最初にざっくり決めとかないと流れるじゃん」


「さすが広報担当」


「文化祭終わったのにまだその役職で呼ばれるんだ」


 ことねは苦笑したが、まんざらでもない顔をしていた。


 その少し離れた席で、朝霧凛が小さくため息をつく。


「普通に食べて、普通に解散でよくない?」


 恒一の耳には、その声はかなりはっきり聞こえた。


「朝霧さん、それ“打ち上げ”のテンション一番下げる言い方じゃない?」


 ことねが振り向いて言う。


「でも事実でしょ。変に盛りすぎると、店決まらない、人数まとまらない、で面倒になるし」


「朝霧さんはほんとに最初から現実だなあ」


「夢咲さんが最初から浮いてるから、ちょうどいいんじゃない?」


「その言い方ちょっと腹立つ!」


 教室に笑いが起きる。


 その笑いの中で、火乃森朱莉は頬杖をついたまま前を見ていた。

 表情は穏やかだが、大人数の打ち上げを想像して少しだけ気が重い、というのが幼馴染の恒一には分かった。


「火乃森は?」


 恒一が小さく聞くと、朱莉は視線だけ寄越した。


「何が」


「行くのか」


「……行くよ」


 短い返事のあと、少しだけ間が空く。


「でも、あんまり大人数で騒ぎ倒す感じだとちょっとしんどい」


「だよな」


「うん。文化祭のあとくらい、静かに食べて帰りたい気持ちもある」


 その言い方が、朱莉らしかった。


 騒ぐのが嫌いなわけじゃない。

 でも、無理に熱に乗り続けるタイプでもない。

 文化祭をちゃんと走りきったあとの朱莉には、少し静かな余白も必要なのだろう。


 窓際では、しおんがいつも通り静かに座っていた。

 誰かが打ち上げの話題を振ると、少しだけ顔を上げる。


「雪代さんは?」


「行くなら行く」


「その返事、いつも静かなのにちゃんと来るよね」


 ことねが笑う。


 しおんは少しだけ首を傾けた。


「だって、行かない理由ないし」


「そういうの、なんか強いんだよなあ」


 ことねはそう言ってから、前方の輪へ向き直る。


「じゃあ、ファミレス第一候補でいい? 人数多くても入りやすいし」


「賛成ー」


「無難でいいと思う」


「駅前のとこ?」


「そこかな」


 話が少しずつまとまり始める。


 その流れの中で、誰かがふと、恒一のほうを見た。


「黒峰くんも来るよね?」


 教室の空気が、ほんの少しだけ止まる。


 大げさじゃない。

 でも、確かに一拍ぶんだけ静かになった。


 ことねが自然にこっちを見る。

 凛も、ペンを持つ手を止める。

 朱莉は頬杖をやめる。

 しおんも、ゆっくり視線を上げる。


 その反応の速さに、恒一は自分で少しだけ気づいてしまった。


 近い。

 みんな、たぶん思っていたよりずっとこっちを見ている。


「……行く」


 短くそう答えると、前方で「よし」とか「じゃあ決まりだね」という声が上がる。


 それに混ざる前に、ことねがほんの少しだけ肩の力を抜いたのが見えた。

 凛も、目立たない程度に息を吐いた。

 朱莉の表情も、少しだけやわらぐ。

 しおんだけは大きく変わらないが、目の温度がほんの少し落ち着いた気がした。


「……今の、みんな反応早くなかった?」


 恒一がぼそっと言うと、ことねがすぐに返した。


「え?」


「いや、別に」


「今の“別に”は別にじゃないでしょ」


 ことねは笑う。

 でも、その笑いの下に少しだけ照れが混ざっている。


 凛が横から口を挟んだ。


「黒峰が来ないと、文化祭の打ち上げなのに中心抜けた感じになるからじゃない?」


「朝霧さん、それはフォロー?」


「事実」


「でも今の、ちょっとやさしい言い方だったよね」


「夢咲さん、そこ拾わなくていい」


「いや、拾うでしょ」


 朱莉がそこで小さく笑った。


「でも、たしかに黒峰が来ないと変な感じはする」


「火乃森まで」


「だって、文化祭の間ずっと真ん中のほういたじゃん」


 さらっと言うな、と恒一は思う。

 でも、否定しにくいのも事実だった。


 文化祭の数日間、自分はたしかに巻き込まれていただけではなかった。

 入口の流れを見て、備品を運んで、列を流して、みんなの間をつないでいた。


 その延長で、打ち上げにも行く。

 それは自然だ。

 自然なのに、今のやり取りのせいで少しだけ別の意味を持ってしまう。


「じゃあ、だいたいの人数取るねー」


 ことねが明るく言って、教室の前方で名前を拾い始める。


「行ける人、手上げてー」


 ぱらぱらと手が上がる。

 その中で、ことねは器用に人数を数え、凛は横から「多いなら予約できるか先に見たほうがいい」と現実を差し込み、朱莉は「駅前ならそこまで歩かないし助かる」と静かに言い、しおんは「何時からなら入れるか聞いたほうがいい」と短く必要なことを足す。


 文化祭は終わったのに、役割の名残はまだきれいに残っていた。


「なんか、文化祭終わっても結局この感じなんだな」


 恒一が言うと、ことねが手を止めずに笑った。


「そりゃそうでしょ。終わったからって、急にみんな別人にはならないし」


「別人にはならないけど、ちょっとは戻るかと思ってた」


「戻るところもあるよ。でも、戻らないところもある」


 ことねはそう言って、ふっと視線を寄越す。


「たぶん、もう前と同じ距離感ではないんだと思う」


 その言い方は、冗談っぽくも聞こえる。

 でも、半分以上は本音だった。


 昼休みの教室はまた少しざわつき始める。

 誰が何時に来られるか。

 どこの席に分かれるか。

 先生にばれない程度にどう解散するか。


 そんなありふれた打ち上げの相談のはずなのに、黒峰恒一の中にはさっきの一瞬が妙に残っていた。


 自分が「行く」と言った瞬間、反応が少しだけ速かったこと。

 それを、気づいてしまったこと。


 文化祭は終わった。

 でも、そのあとに始まるものもある。


 打ち上げの話が出た瞬間、教室はまた別の意味でざわついていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ