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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第71話 二人きりを避けるほど、逆に変な瞬間は来る

文化祭準備というのは、人数が多ければ安全、とは限らないらしい。


 黒峰恒一は、その日の放課後にそれを思い知った。


 教室では、入口札の位置がほぼ固まり、体験コーナーの流れもなんとなく見えてきていた。ことねは広報用の写真候補を撮っていて、朱莉は装飾用の紐の長さを見ている。しおんは入口からの見え方を何度も確認して、凛は備品表と在庫のチェックをしていた。


「黒峰」


 凛が顔を上げる。


「ん?」


「ガムテと予備のフック、もう一回数見たい。備品庫に残ってるか確認するから、一緒に来て」


 その言い方はあまりにも自然だった。

 文化祭準備の一部として、何の違和感もない。


「了解」


 恒一も特に構えず立ち上がる。


 ことねがカメラ代わりのスマホを持ったまま振り返る。


「二人で?」


 その一言が、思ったより早く飛んできた。


 凛がすぐに答えた。


「備品庫の確認だけ。すぐ戻る」


「いや、うん、分かってるけど」


 ことねは少しだけ笑った。


「最近そういうの、つい確認したくなるなって」


「夢咲さん、それ言うほうが余計に意識させるからやめたほうがいい」


 凛の返しはいつも通りだった。

 けれど、そのいつも通りの言い方が、逆に少しだけ硬い。


 しおんが静かに言う。


「すぐ戻るなら大丈夫」


「そうだね」


 朱莉も、紐を指に引っかけたまま頷いた。


「確認だけでしょ」


「確認だけだよ」


 恒一がそう言うと、ことねは「はいはい」と肩をすくめた。


「分かってますー」


 軽い。

 軽いはずなのに、教室の空気はほんの少しだけそれを意識してしまった。


 そういう時期なのだろう。

 誰が悪いわけでもなく、文化祭準備の距離感が少しずつみんなを敏感にしている。


     ◇


 備品庫は、特別棟へ続く渡り廊下の手前にある小さな部屋だった。


 古い鍵のかかる引き戸。

 中には掃除用具、古い看板、養生テープ、段ボール、去年の文化祭の余りらしい紙コップや布の端切れまで積み上がっている。

 蛍光灯の白い光が、むしろ狭さを強調していた。


「相変わらず、ごちゃごちゃしてるな」


 恒一が言うと、凛は棚の前へしゃがみながら答える。


「こういう場所ってだいたいそうでしょ」


「朝霧、こういうの平気そうだな」


「平気っていうか、必要なもの見つかればそれでいいし」


 凛はクリアファイルを脇へ置いて、箱の側面を順番に見ていく。

 字が小さい。

 しかも誰かの手書きで統一感がない。


「……去年の実行委員、ラベル適当すぎない?」


「文化祭準備の終盤って、だいたいそうなるんじゃないか」


「嫌なリアルさ出さないで」


 凛が少しだけ笑った。


 その笑いに、恒一は少しだけ肩の力が抜ける。

 教室で話している時より、こうして目的だけがはっきりしている場所のほうが、凛はむしろ話しやすい気がした。


「ガムテ、白は買い足したけど、透明あったほうがいいかも」


 凛が言う。


「入口札の固定とか?」


「うん。あと、写真に映り込む位置の補強。色ついてると地味に目立つから」


「そこまで見てるの、やっぱお前らしいな」


「文化祭って、そういう地味なところで完成度下がるし」


 箱を一つ引き出して、蓋を開ける。

 中には輪ゴムと養生テープと、去年の余りらしいクリップが入っていた。


「あった?」


「違う」


「じゃあこっちか」


 恒一が上の棚へ手を伸ばす。

 思ったより奥に入っていて、少し背伸びが必要だった。


「黒峰、それ落ちる」


「分かってるって」


「分かってる人の動きじゃない」


「うるさいな」


 少し背を伸ばし、指先で箱を引く。

 その瞬間、箱が思ったより前へ滑ってきた。


「うおっ」


「だから言ったのに」


 凛が立ち上がって、反射的にこちらへ手を伸ばす。

 箱を落とすほどではなかったが、その勢いのまま二人の距離が一気に近くなった。


 肩が触れる。

 凛の腕が胸元の前で止まる。

 箱を抱え直した恒一の手と、凛の指先が一瞬だけぶつかった。


 狭い備品庫の中で、それは必要以上に近かった。


 沈黙。


「……っ」


 先に引いたのは凛だった。

 一歩分だけ下がる。

 でも、備品庫が狭いせいで、その一歩すら半端だ。


「だから言ったでしょ」


 声はいつも通りを装っている。

 けれど、少しだけ速い。


「悪い」


 恒一も、妙に声が低くなったのが自分で分かった。


 別に何があったわけでもない。

 本当にただ、距離が近くなっただけだ。


 けれど今の自分たちには、その“だけ”が少し重い。


「……こういうのがあるから面倒なんだよね」


 凛が、小さく言った。


「こういうの?」


「二人で備品庫来るとか」


 凛は視線を棚へ戻したまま続ける。


「何もないのに、何かあったみたいに変な間ができるやつ」


「まあ……」


 否定しづらい。


「さっき夢咲さんが“二人で?”って言った時点で、ちょっと嫌な予感してた」


「してたのかよ」


「してたよ」


 凛はため息をつく。


「こういうの、別に恋愛イベントでも何でもないのに、空気のせいで妙に意識しちゃうの、ほんと面倒」


 その言い方は、やっぱり凛だった。

 情緒のほうへ寄せすぎない。

 でも、ゼロにもできない。


「……でもさ」


 恒一が箱を床へ下ろしながら言う。


「嫌なだけなら、そうやって言わなくてもいいだろ」


 凛が少しだけこちらを見る。


「何が」


「面倒って」


「面倒でしょ」


「それはそうだけど」


 言葉を探す。

 凛は待つ。


「お前、ほんとに嫌なだけの時は、もっと切るだろ」


 凛が一瞬だけ黙った。


 その沈黙が、妙に正直だった。


「……黒峰って、そういうとこだけ変に見るよね」


「見えるんだから仕方ない」


「仕方なくない」


「じゃあ違うのか」


「違うとは言ってない」


 そこまで言って、凛は少しだけ視線を逸らした。


「ただ、こういうのが増えると、文化祭の準備そのものまで変な感じになるのが嫌なだけ」


「それは分かる」


「でしょ」


 凛は少しだけ肩の力を抜いた。


「だから、今のはただの事故。備品庫が狭い。黒峰が雑。以上」


「最後だけ悪意強くない?」


「事実でしょ」


「はいはい」


 少しだけ空気が戻る。


 そのまま二人で棚を漁って、透明テープと予備のフックを見つけた。

 目的は果たした。

 それだけだ。

 それだけなのに、帰り道の数歩ぶんだけ、なぜか足音の間合いがぎこちなかった。


     ◇


 教室へ戻ると、最初に気づいたのはことねだった。


「おかえりー」


 言いながら振り返る。

 その声は普段通りだ。

 普段通りなのに、視線だけは少しだけ速かった。


「見つかった?」


「見つかった」


 凛が短く答える。


「透明テープもあった」


「よかった」


 ことねはそう言って、それからほんの一瞬だけ凛と恒一の顔を見比べた。


 本当に一瞬だけ。

 でも、止まった。


「……どうした?」


 恒一が聞くと、ことねはすぐに笑った。


「え、別に?」


「別に、の顔じゃないだろ」


「いや、ほんとに。ちょっと思っただけ」


「何を」


「なんか」


 ことねはスマホを持ち直す。


「二人とも、ちょっとだけ静かだなって」


 その言い方が、妙に核心だった。


 朱莉が、紐を切る手を止めてちらりとこちらを見る。

 しおんも静かに目を向けた。


「……備品庫、狭かっただけ」


 凛が先に言った。


「何その説明」


 ことねが言う。


「いや、事実」


「事実なんだろうけど、なんかその言い方だと余計に気になるんだけど」


「気にしなくていい」


「それ言われると気になるやつ!」


 ことねは半分冗談みたいに言った。

 でも、ほんの少しだけ本気も混ざっていた。


 朱莉が小さく息を吐く。


「夢咲先輩、そこまで行くと自分で空気増やしてるよ」


「分かってる!」


「ならやめたら?」


「でも気になるものは気になるし……」


 そこでしおんが、静かに入った。


「たぶん、本当に狭かっただけ」


 全員がしおんを見る。


「雪代さん、それはフォロー?」


 ことねが聞く。


「少し」


「少しなんだ」


「でも、本当だと思う」


 しおんは穏やかに続けた。


「二人とも、嫌な感じの顔じゃないから」


 その言葉で、少しだけ空気が変わった。


 ことねは一瞬だけ黙る。

 凛も、朱莉も、恒一も。


 たしかに、気まずさはあった。

 でも、それは悪い意味のものとは少し違う。

 ただ、今の距離感のせいで妙に意識してしまう種類の沈黙だった。


「……雪代さん、そういう言い方ずるい」


 ことねが小さく言う。


「何が」


「“嫌な感じの顔じゃない”って、ちょっと安心するやつだから」


「安心したならよかった」


 しおんの返しは穏やかだ。

 その穏やかさに、ことねもそれ以上は言わなかった。


 凛は、ほんの少しだけ息を吐いてから、手に持ったテープを持ち上げた。


「ほら、戻ったんだから作業」


「うわ、朝霧さんその切り替え方」


「必要だから」


「ほんとそれ好きだよね」


「今日何回目、その会話」


 少しだけ笑いが戻る。


 ことねも笑った。

 でも、さっき一瞬だけ止まった表情のことを、恒一は見てしまっていた。


 備品庫での数十秒。

 それだけのことなのに、今の自分たちには十分すぎるほど長い。


 二人きりを避けるほど、逆に変な瞬間は来る。

 そして、その“変な瞬間”を見てしまった側の表情まで、また次の空気を作ってしまうのだった。

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