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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第69話 明るい子が少し黙ると、周りの空気のほうがざわつく

翌日の教室は、見た目にはいつも通りだった。


 朝の光。

 机を引く音。

 鞄を置く音。

 誰かの眠そうなあくび。

 窓際で始まる小さな会話。

 星ヶ峰の朝としては、何も変わっていない。


 なのに、黒峰恒一は教室へ入って三分もしないうちに、何かがずれていると分かった。


 夢咲ことねが静かだった。


 完全に黙っているわけではない。

 おはよう、と言う。

 近くの子に返事もする。

 授業の準備もしている。


 でも、普段ならまず最初に一個は何か拾うはずなのだ。


 髪型が変わってる。

 プリント多い。

 眠い。

 朝の空気が重い。

 そういう、誰もわざわざ言わなくてもいいことを、ことねはだいたい最初に明るく言葉にする。


 今日はそれがない。


「……やっぱり静かだな」


 恒一が小さく呟くと、通路側の席で凛がノートを出しながら言った。


「昨日よりは戻ってるけどね」


「昨日より、ってことはやっぱりそう見えるんだな」


「そりゃ見るでしょ」


 凛は平然としている。


「夢咲さん、静かな時って分かりやすすぎるから」


「それ、良いことなのか悪いことなのか分かんないな」


「少なくとも隠すのは下手」


 そこへ、ちょうどことね本人がやってきた。


「なんか今、私の悪口言われてない?」


「悪口じゃない」


 凛が即答する。


「性質の話」


「その言い方、悪口よりちょっといやなんだけど」


 ことねは苦笑した。

 笑っている。

 でも、やっぱり少しだけ無理がある。


「夢咲」


 恒一が呼ぶ。


「ん?」


「今日、やっぱちょっと静かだな」


 ことねは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、少しだけ笑う。


「うわ。黒峰くんまでそれ言う?」


「分かるからな」


「そんなに?」


「そんなに」


 ことねは机に軽く腰を預けて、小さく息をついた。


「……まあ、ちょっとだけね」


「ちょっとだけ、で済んでないよ」


 凛が言う。


「今朝、まだ一回も自分から空気回してない」


「カウントしてるの?」


「してないけど分かる」


「朝霧さん、その“分かる”最近便利すぎるよ」


「事実だから」


 ことねは少しだけ視線を落とした。

 昨日の放課後、廊下で聞いた噂の話。

 そのあと恒一に「無理して回さなくていい」と言われたこと。

 全部がまだ残っているのだろう。


「ごめんね」


 不意に、ことねが言った。


「何が」


 恒一が聞き返す。


「なんか、こういうの。自分でもちょっと分かりやすいなって思ってるんだけど、でもすぐ戻せるほど器用でもないっていうか」


「別に謝ることじゃないでしょ」


 凛が先に言った。


「誰だって静かな日くらいあるよ」


「朝霧さんはそういう日もそんなに見た目変わらなそう」


「変わるよ」


「え、そうなの?」


「そう」


 凛はペンを持ち直しながら、少しだけ視線を逸らした。


「ただ、夢咲さんみたいに差が大きくないだけ」


「それはそれでずるくない?」


「ずるくない」


 その短いやり取りで、少しだけ空気が緩む。


     ◇


 だが、教室全体は正直だった。


 一時間目が始まる前。

 ことねが普段みたいに前の席の子へ大きめの声で話しかけないだけで、周りの会話の温度がほんの少しずつ下がる。


 誰かが話題を出しても、広がりきらずに戻る。

 笑い声が起きても、長く続かない。


 いつもなら、ことねがどこかで拾ってもう一回転がすのだ。

 それがない。


 恒一は、授業の準備をしながらそのことに気づいて、少しだけ落ち着かなくなった。


 自分は思っていたよりずっと、ことねの明るさに助けられていたのかもしれない。


 昼休みになっても、その違いは残っていた。


 ことねはいつものように前の席へ来た。

 弁当も持ってきた。

 でも、会話を始める速度が遅い。


 いつもなら「ねえ聞いて」とか「今日さ」とか、そういう言葉が真っ先に来る。

 今日は、座って、箸を持って、それから少し間があった。


「……なんか、変」


 ぽつりと言ったのは、ことね自身だった。


「何が」


 朱莉が聞く。


「教室の空気」


 ことねは苦笑した。


「私が静かなだけで、こんな変わるのちょっとやだ」


「夢咲さんのせいだけじゃないでしょ」


 凛が言う。


「昨日の噂の話聞いたあとだし、こっちも少し気にしてるから」


「朝霧さん、それ認めるんだ」


「認めるよ。否定しても意味ないし」


 しおんが静かに箸を置いた。


「夢咲先輩が静かだと、みんなちょっと待つ」


「待つ?」


 ことねが聞く。


「うん。“いつもの感じに戻るかな”って」


 その表現は、妙に正確だった。


 ことねが明るさを回す。

 それが当たり前になっている。

 だから、それがないと周囲は少しだけ足踏みする。


「……それ、やだなあ」


 ことねが言う。


「何が」


 恒一が聞く。


「私、別に“空気係”やりたいわけじゃないのに、そういうふうに待たれてる感じ」


 その言い方は、昨日の話と地続きだった。


 明るい。

 分かりやすい。

 空気を回す。

 でも、それだけで役割みたいに固定されるのはやっぱりしんどいのだろう。


「でもさ」


 朱莉が静かに言う。


「空気を回してるのも本当じゃん」


「うん。それは否定しないよ」


 ことねは素直に頷く。


「私も、黙ってるより喋るほうが楽だし。場が止まってるとちょっと気になるし」


「それなら、完全に間違ってるわけじゃない」


 凛が言う。


「ただ、“いつもそうでいなきゃ”になるときついってことでしょ」


「そう」


 ことねは少しだけ笑った。


「朝霧さん、そういうまとめ方するとほんと助かる」


「必要そうだったから」


「その返し好きだけど、今日はそれで逃げないでよ」


「逃げてない」


 昼休みのその会話は、妙に静かに進んだ。

 でも静かなぶん、いつもより一つ一つがちゃんと残る。


     ◇


 放課後。


 文化祭準備のために残るメンバーが前のほうへ集まる。

 今日やるのは、入口の布の高さ確認と、案内札の文字サイズの最終調整。

 地味だ。

 でもかなり大事な日でもある。


 ことねは一応、広報用メモを持って前へ来た。

 けれど、その立ち方に少しだけ迷いがある。


 前へ出るべきか。

 今日は少し下がるべきか。

 自分でもそのバランスを探っている感じだった。


 凛が、それを見てため息交じりに言う。


「夢咲さん」


「なに」


「今、“喋ったほうがいいかな、でも出すぎるのも違うかな”って顔してる」


「うわ、やめてよ」


 ことねが本気で嫌そうな顔をする。


「そんなに分かる?」


「かなり」


「最悪」


「最悪じゃない」


 凛は少しだけ声をやわらげた。


「むしろ、そこまで分かりやすいなら、無理に隠そうとしないほうが楽でしょ」


「朝霧さん、それ慰めてる?」


「半分」


「半分なんだ」


 朱莉が布を持ちながら言う。


「でも、今日は私が少し前やるよ。ことね先輩は必要なとこだけ言って」


 ことねがそちらを見る。


「え、いいの?」


「いいよ。たまには」


 朱莉のその言い方は自然だった。

 無理にかばうでもなく、でもちゃんと手を出している。


 しおんも静かに続けた。


「夢咲先輩、今日は見る側でもいいと思う」


「見る側」


「うん。いつもは言う側だから」


 その一言に、ことねは少しだけ目を伏せた。


「……ありがと」


 そう言って、今日はほんの少しだけ後ろへ下がる。


 それでも、ゼロにはならない。

 布の位置を見て「そのへんもう少し上のほうが写真で見切れにくいかも」と短く言ったり、案内札を見て「そこ、一文字だけ大きいと読みやすそう」と加えたりする。


 普段より少ない。

 でも、そのぶん一つ一つが濃い。


「夢咲」


 恒一が、布の端を押さえながら呼ぶ。


「ん?」


「今の“写真で見切れにくい”は助かった」


 ことねが少しだけ止まる。


「……ほんと?」


「ほんと」


「そういうの、今言う?」


「今だから」


 ことねは一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。


「じゃあ、今日はそれで十分かも」


     ◇


 作業が終わる頃には、教室の空気は朝より少しだけ落ち着いていた。


 ことねは、結局いつもの全部には戻らなかった。

 でも、それでよかったのだろうと思う。


 静かな日があってもいい。

 前に出る量が少ない日があってもいい。

 それでも、ことねがことねじゃなくなるわけじゃない。


 帰り支度をしながら、恒一はふと気づいた。


 ことねが明るいのは、性格だけじゃない。

 あれはたぶん、選んでやっている部分もある。

 場を止めないために。

 気まずさを薄くするために。

 自分がそこにいる意味を形にするために。


 だから、少し黙るだけで教室の空気のほうがざわつくのだ。


「黒峰くん」


 帰り際、ことねが呼んだ。


「ん?」


「今日さ」


「うん」


「ちょっとだけ、助かった」


「何が」


「みんなが、いつもの私じゃなくても別にいいって感じでいてくれたの」


 ことねは少し照れたように笑った。


「それ、思ってたより楽だった」


 その言葉を聞いて、恒一は小さく頷いた。


 明るい子が少し黙ると、周りの空気のほうがざわつく。

 でも、そのざわつきの中で“それでもここにいていい”と分かれば、たぶん少しずつ戻ってこられるのだろう。

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