第67話 広報班の仮ポスターは、誰のセンスが前に出るかで少し揉める
文化祭準備の中には、体を動かせば済む仕事と、そうじゃない仕事がある。
机をどかす。
棚を運ぶ。
布を垂らす。
そういうものは、少なくとも手を動かしていれば前へ進む。
だが――ポスターは違う。
見た目。
言葉。
色。
配置。
何を前に出して、何を引っ込めるか。
そこには、やたらと性格が出る。
そのことを、黒峰恒一は放課後の教室で痛感していた。
◇
「絶対、こっちのほうが目を引くって!」
夢咲ことねが、机の上へ広げたラフ案を指差して言う。
文化祭準備の放課後。
今日は重い物を運ぶ日ではなく、広報班の仮ポスター案をまとめる日だった。ことねと凛が叩き台を作ってきて、それを前方の席で見ながら微調整している。
メンバーは、ことね、凛、恒一。
少し離れた位置に、朱莉としおんもいる。装飾の手を動かしながら、でも会話はちゃんと聞いている距離だ。
ことねの案は、一目で“夢咲ことねのポスター”と分かるものだった。
上に大きくタイトル。
丸みのある文字。
少し遊び心のある飾り枠。
入口の灯りのラフイメージを添えて、見た瞬間に「楽しそう」と思える構図。
「これ見てよ、ちゃんと“入ってみたい感”あるじゃん」
ことねが言う。
「たしかに楽しそうではある」
恒一が答えると、ことねはすぐに食いついた。
「でしょ!?」
「でも」
その横から、凛が別の紙を差し出した。
「必要情報が埋もれてる」
凛の案は、ことねのものとはかなり違っていた。
タイトルは読みやすい位置。
開催日時。
場所。
何ができるのか。
それがパッと見で分かる配置。
装飾は控えめだが、視線の流れが整理されていて、“必要なことがちゃんと読める”ポスターだった。
「いや、こっちのほうが普通に伝わるでしょ」
凛が言う。
「楽しそうでも、“何やってるか分からない”は広報として弱い」
「分かるけど!」
ことねがすぐ返す。
「でも、読めるだけだと弱いんだって。文化祭のポスターなんて、まず“ちょっと見たい”って思わせないと!」
「だから、そのあとに必要情報も読めないと意味ないって言ってるの」
「読めるよ!」
「夢咲さんの案、タイトルの下に飾り入れすぎ」
「そこ可愛いところじゃん!」
「可愛いだけじゃだめでしょ」
「朝霧さんはそこなんだよなあ……!」
会話の速度が、少しずつ上がっていく。
険悪、とまでは言わない。
でも、両方とも自分の見ている“正しさ”があるから、簡単には引かない。
ことねは、“見た瞬間に惹かれること”を重視している。
凛は、“必要なことが読めること”を重視している。
どちらも間違っていない。
だから余計に面倒なのだ。
◇
「ねえ、黒峰くんはどっちだと思うの」
ことねが急に振ってきた。
「うわ」
思わず声が出る。
「何その“うわ”」
「いや、今それ俺に振るのかよ」
「振るよ。だって第三者じゃん」
「第三者っていうか、実行委員補佐の男子側だけど」
「細かいことはいいの!」
ことねは、ほとんど半分本気で言っていた。
「で? どっち?」
凛も黙ってこちらを見る。
その視線が地味に怖い。
「……いや」
恒一は、机の上の二枚を見比べた。
ことね案は、たしかに楽しそうだ。
見た瞬間の印象が強い。
文化祭の入口の空気とも合っている。
凛案は、たしかに読みやすい。
必要情報が見つけやすくて、教室の場所や内容もすぐ分かる。
「どっちも分かる」
そう答えると、ことねが即座に言った。
「それ一番ずるい答え!」
「いや、だって本当にそうだろ」
「でもどっちか寄りはあるじゃん」
「あるけど、それ言うと絶対片方に刺さる流れだろ」
「黒峰、それはまあそう」
凛が珍しくすぐ認めた。
「だったら、ちゃんと見た上で言ってよ」
ことねは少し身を乗り出してきた。
「私の案、どこが良くて、どこが弱い?」
「うわ、面接始まった」
「逃げない!」
逃がしてもらえないらしい。
恒一はことねのラフへ指を向ける。
「まず、楽しそう」
「うん」
「入口の雰囲気とも合ってるし、文化祭っぽい」
「うんうん」
「で、たぶん近くまで来た人はちゃんと見る」
ことねが頷く。
かなり真剣に聞いている。
「でも、遠目だと何のポスターか一瞬で読めるかはちょっと怪しい」
ことねの勢いが、少しだけ止まった。
「……そこかあ」
「タイトル大きいけど、その下の飾りが強いから、文字より先に“可愛い飾り”が目に入る感じする」
「うわ、それ言われるとたしかに」
ことねは素直にへこむ。
次に、凛のラフへ視線を移す。
「朝霧のは、情報はめっちゃ読みやすい」
「うん」
「場所も内容も分かるし、“何やるか分からない”はない」
「それは大事だから」
「でも」
そこで少し止まる。
凛が目を細める。
「でも、何」
「ちょっと硬い」
凛が黙る。
ことねが、ぱっと顔を上げた。
「それ!」
「いや、でもそれは分かるだろ」
「分かるけど、黒峰くんの口から言われるとちょっとスッとする!」
「なんでだよ」
「だって、私が言うと“夢咲さんは情報軽く見てる”みたいになるじゃん」
凛が小さく息を吐いた。
「別にそういう意味で言ってるわけじゃないのにね」
「でも、そう聞こえる時あるでしょ」
「……あるかも」
珍しく凛が少しだけ譲った。
その空気を見て、朱莉が遠くから言った。
「今の、両方ちょっと正解っぽいね」
ことねが振り向く。
「朱莉ちゃんもそう思う?」
「うん。ことね先輩のは入り口として強いし、凛のは広報として強い」
「それ、まさにそこなんだよなあ」
ことねが言う。
「私、文化祭の顔にしたいんだよね」
「私は案内板にしたいわけじゃなくて、ちゃんと“読ませる”広報にしたいだけ」
凛も言い返す。
「でも、顔だけで読めないのは困るし」
「読めるだけで顔がないのも困るよ」
また軽くぶつかる。
そこへ、しおんが静かに入った。
「二枚とも、半分ずつ」
全員がそちらを見る。
「半分ずつ?」
ことねが聞く。
しおんは、机の上の紙を少し見てから言う。
「最初に“気になる”があって、そのあと“分かる”があるほうがいい」
凛が少し考える。
「……順番の話?」
「うん」
「なるほどな」
恒一が言う。
「見た瞬間に引っかかるのはことね案の強さで、そのあと読めるのが凛案の強さってことか」
「そう」
しおんは頷いた。
「入口の空気はことね先輩で、近づいた時の整理は朝霧先輩」
その言葉が、妙にきれいに場へ落ちた。
◇
「じゃあ、こうか」
恒一はルーズリーフを一枚引き寄せた。
「タイトルはことね寄りで、でも飾りは少し引く」
「うん」
ことねがすぐに頷く。
「で、下に必要情報は凛の配置寄り」
「うん」
凛も聞いている。
「ただ、完全な箇条書きじゃなくて、最初に一言だけ“何ができるか”を柔らかく入れる」
「たとえば?」
ことねが聞く。
「和風の小さな縁日、とか」
ことねの目が少し光る。
「あ、それいい」
「それなら情報の前に空気が入る」
凛が言う。
「でも、下にちゃんと日時と場所入れれば死なない」
「死なないって言い方やめて」
ことねが笑う。
恒一は続ける。
「で、色味は入口の灯りと合わせる。明るすぎない、でも地味すぎない」
「ちょっと待って」
ことねが言う。
「今の、めっちゃいい感じじゃない?」
「自分で言うな」
「いや、でもほんとに」
ことねは机へ手をついてラフを見た。
「見た瞬間に楽しそうで、ちゃんと読めるなら、それ一番よくない?」
凛も静かに頷く。
「うん。今の方向なら、私も納得できる」
「じゃあ、決まり?」
ことねが聞く。
「たぶん」
恒一が言うと、ことねが少し笑った。
「“たぶん”なの、最近うつってるね」
「便利だから」
「それ前に私が言ったやつだ」
教室に少しだけ柔らかい空気が戻る。
◇
そこから先は、意外と早かった。
ことねがタイトル文字のラフを少し引く。
凛が情報の位置を整える。
恒一が二つのあいだに入る文言を考える。
朱莉が見た目の“作った感”の出し方を少し足し、しおんが色と余白の空気を見ている。
「ねえ、ここに小さい鈴のマーク入れるの可愛くない?」
ことねが言う。
「入れすぎるとまた読む前に止まる」
凛がすぐ返す。
「一個だけ!」
「……一個なら、まあ」
「お、譲った」
「必要なら譲るよ」
「朝霧さんの“必要なら譲る”って、なんか大人っぽくて腹立つ」
「褒めてるの?」
「半分」
恒一は少しだけ笑った。
「お前ら、その返しほんと好きだな」
「便利だから」
ことねと凛が、ほぼ同時に言った。
「息ぴったりじゃん」
朱莉がぼそっと言うと、ことねが「そこ今拾う!?」と反応し、凛は「火乃森さん、それ今じゃない」と低く言った。
でも、少し前までのぶつかり方と違って、今の空気にはちゃんと前へ進んでいる感じがある。
「黒峰」
凛が、不意に言った。
「ん?」
「さっきの、“見た瞬間に惹かれて、そのあと読める”ってやつ」
「うん」
「そういう時だけ、妙に真ん中取るよね」
その言い方は、少しだけ呆れていて、少しだけ感心していて、少しだけ別のものも混ざっているように聞こえた。
「悪いか」
「悪くない」
ことねが先に答えた。
「むしろ助かる」
「夢咲さんに聞いてない」
「でも助かったでしょ?」
凛は一拍だけ黙って、それから小さく頷いた。
「……まあ、今日はね」
「今日“は”なんだ」
ことねが笑う。
文化祭のポスターは、たぶんこれでいける。
見た瞬間に少し楽しくて、ちゃんと必要なことも読めるものになる。
その出来上がりに少しだけ安心しながら、恒一は思った。
センスと実務は、ぶつかる。
夢と現実も、すぐには噛み合わない。
でも、そのあいだに入って両方を少しずつ言葉にしていくと、案外、ちゃんと前へ進むのかもしれない。
そしてそれは、文化祭準備に限らない話なのだろうとも、少しだけ思っていた。




