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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第66話 幼馴染は、“ちゃんとできる”ところを見ると少し安心する

文化祭準備が進み始めると、教室の空気は少しずつ“普段の教室”ではなくなっていった。


 黒板の横には広報用の仮メモが貼られ、前方には布や和紙の入った袋がまとめられ、入口近くの机の配置も前より少し変わっている。まだ完成にはほど遠い。けれど、何もしていなかった頃の教室とはもう違う。


 そして、その違いの中で一番現実的なのは、結局のところ――


「黒峰、そっち持てる?」


 火乃森朱莉のその一言だった。


 放課後、今日は入口側の低い棚を少しずらして、仮の体験スペースを取る作業から始まっていた。

 重い。地味。目立たない。

 だがやらないと何も始まらない。


「持てる」


 恒一が答えると、朱莉はすぐに棚の反対側へ回り込む。


「じゃあ、せーので行くよ」


「おう」


「せーの」


 持ち上げる。

 見た目より少し重い。棚の脚が床を擦らないように気をつけながら、二人でゆっくり動かす。ことねが少し離れた位置から「あ、そこ机の角あるから気をつけて!」と声を飛ばし、凛が「右、あと五センチ」と短く指示を入れる。しおんは入口の立ち位置から全体を見ている。


「一回下ろすか?」


 恒一が言うと、朱莉は首を振った。


「まだいける。次の位置まで一気に行ける」


「ほんとか」


「ほんと。黒峰のほうがきついなら言って」


「いや、そこまでじゃない」


「なら運ぶ」


 こういう時の朱莉は、本当に強い。


 曖昧な空気読みも、遠慮っぽい前置きもない。

 やることが決まっているなら、その分だけまっすぐだ。


「はい、そこ止めて」


 凛の声で、二人同時に動きを止める。


「前に出すぎ。入口の線死ぬ」


「“入口の線”って何」


 ことねが聞くと、凛は少しだけ面倒そうな顔をした。


「人が入ってきた時の視線の流れ」


「朝霧さん、それを“線”で済ませるのよくないと思う」


「でも伝わるでしょ」


「分かるけど!」


 ことねは言いながら、入口側から見える範囲をしゃがんだり立ったりして確認している。

 この子はこの子で、ずいぶんちゃんと働いていた。


「じゃ、あと少しだけ左」


 朱莉が言う。


「黒峰、そっち持ち上げて」


「はいはい」


「はい、は一回でいい」


「細かいな」


「こういう時に雑に返事する人、だいたい手元も雑になるから」


「その理屈は初めて聞いた」


「でも当たってるでしょ」


 少し笑いながらそう言う朱莉の顔を見て、恒一は思う。

 やっぱり幼馴染というのは厄介だ。

 変に近いところで、変に正確にこちらの癖を知っている。


     ◇


 棚を置き終えたあと、ことねが拍手した。


「おー、ちょっとそれっぽい!」


「まだ何も置いてないけどね」


 凛がすぐに言う。


「朝霧さん、ほんとに一回“いい感じ”だけで止まれないよね」


「止まる必要ないから」


「あるの!」


 ことねがむっとしながらも、どこか楽しそうなのはいつものことだった。


 しおんが静かに棚の位置を見る。


「今のほうがいい」


「ほんと?」


 ことねが聞く。


「うん。前より、入口から入った時に奥が見えすぎない」


「見えすぎない、ね」


 ことねがその言葉を繰り返して、ふと笑った。


「雪代さんの感覚、だいぶ分かってきたかも」


「そう?」


「うん。全部見えちゃうと、逆に“ふーん”で終わる感じあるもんね」


 しおんは少しだけ目を細めた。


「それ」


「やった、今の“それ”ちょっと嬉しい」


 ことねが素直に喜ぶ。


 そのやり取りの横で、朱莉は黙って恒一を見ていた。


 別に、何か特別なことをしているわけじゃない。

 棚を運んだ。位置を合わせた。必要ならまた動かす。

 ただそれだけだ。


 でも、それだけのことを、恒一はちゃんとやっている。


 嫌そうな顔はする。

 面倒だとも言う。

 なのに、頼まれたことを投げない。

 必要な時に手を抜かない。

 そういうところを、朱莉は昔から知っていた気もするし、最近あらためて見直している気もした。


「火乃森?」


 恒一が気づいて声をかける。


「なに見てんだよ」


「別に」


「別に、の顔じゃないだろ」


「それ、自分もよく言われてるじゃん」


「うるさいな」


 朱莉は少しだけ口元を緩めた。


「なんかさ」


「うん」


「こういう時、ちゃんとやるんだよね、あんた」


「どういう時」


「こういう、地味で、面倒で、でも誰かがやらないと進まないやつ」


 その言い方は、やけにまっすぐだった。


 恒一は一瞬、返事に困る。


「……やらないと終わんないし」


「そうなんだけどさ」


 朱莉は視線を少しだけ逸らす。


「昔のあんたって、もっとこう、“めんどくせー”って言いながら本当にめんどくさそうにしてるだけの時もあったじゃん」


「ひどい言い方だな」


「事実でしょ」


「事実だけど」


 認めると、朱莉は少しだけ笑った。


「でも今は、めんどくさそうな顔してても、ちゃんと動く」


「褒めてるのか」


「半分」


「お前までその返し使うなよ」


「便利だから」


 ことねがすぐに食いついた。


「え、何その会話。今ちょっといい感じじゃない?」


「夢咲先輩、そういうの拾うの早い」


 朱莉が言うと、ことねは胸を張る。


「広報担当だからね!」


「広報担当って、そういう嗅覚で決まるの?」


 凛が呆れたように言う。


「違うけど、今のは普通に拾うでしょ」


 ことねは恒一を見る。


「で? どうなの」


「何が」


「火乃森さんに“ちゃんとやる”って言われた感想」


「いや、別に……」


 言いかけて、朱莉の顔を見る。


 いつもの幼馴染みたいに軽くからかっている顔とは少し違う。

 そこには、ちゃんと見て、ちゃんと評価した時の静かな温度があった。


「……まあ、悪くない」


 そう答えると、ことねがにやっと笑う。


「うわ、今の黒峰くん、ちょっと照れた」


「照れてない」


「照れてた」


「夢咲さん、そこまで分かりやすいのどうかと思う」


 凛が言うが、その凛も少しだけ面白がっている顔だった。


     ◇


 作業は続く。


 次は入口用の低い台の位置確認。

 その次は布の仮止め。

 さらに体験コーナーの列をどこで折るかの確認。


 文化祭準備というより、ほとんど小規模な引っ越しと現場監督の中間みたいな時間だ。


「黒峰、その紐取って」


「はいよ」


「長いほう」


「どっちだよ」


「今手に持ってないほう」


「最初からそう言え」


「分かると思った」


「わかるか」


 そんなやり取りをしながらも、朱莉と恒一の動きは噛み合っていた。

 どちらが先に何を持つか。

 どのタイミングで支えるか。

 細かいところで、妙に手間が少ない。


 ことねがそれを見ながらぼそっと言う。


「やっぱ幼馴染ってああいうとこあるよね」


「何」


 凛が聞く。


「説明少なくても動く感じ。なんか普通に羨ましい」


「羨ましい、って言うんだ」


「言うよ。だって、あの“はいよ”で通るのずるくない?」


「でも、それだけ昔から見てるってことでもある」


 しおんが静かに言う。


「それはちょっと重い」


 ことねが真顔になる。


「雪代さん、時々そういう静かな角度から本質出すのやめて。効くから」


「効く?」


「うん。今の“昔から見てる”はちょっと強い」


 ことねの言葉に、朱莉は少しだけ視線を落とした。

 たしかに強い。

 幼馴染というのは、それだけで説明できることも多い。

 でも、それだけでは済まない感情も、たぶんその中にずっとある。


 恒一はその視線の意味を、全部ではないにしても、少しは分かるようになってきていた。


     ◇


 一段落して、みんなで水を飲んでいた時だった。


 朱莉が、ぽつりと言う。


「なんか、ちょっと安心したかも」


「何が?」


 ことねがすぐに聞く。


「黒峰が、ちゃんと役立ってること」


「おい」


 恒一が即座に言う。


「言い方!」


「いや、違う。そういう意味じゃなくて」


 朱莉は少しだけ笑ってから、ちゃんと言い直した。


「昔から知ってるとさ、どうしても“放っておくと変な方向行く人”みたいな印象も残るじゃん」


「それはある」


 ことねがうなずく。


「なんか分かる」


「夢咲先輩、それに同意するの?」


 朱莉が言うと、ことねは肩をすくめた。


「でも最近の黒峰くん見てると、そういうのだけじゃないなって思うし」


「そう」


 朱莉は静かに頷く。


「今日も、こういう地味な作業ちゃんとやるし、雑に見えて必要なところは見てるし」


「火乃森、だいぶ素直だな今日は」


 恒一が言うと、朱莉は少しだけ目を細めた。


「だって本当だし」


「最近ほんとみんなそれしか言わないな」


「でも、本当だから」


 今度はしおんだった。


 静かな声。

 でも、なぜかそこで場が少しだけ落ち着く。


 朱莉は、少しだけ照れくさそうに息を吐いた。


「……まあ、そういうとこ、ちゃんとしてるんだよね」


 その一言は、派手じゃない。

 でも、幼馴染の評価としてはかなり深いものだった。


 昔から知っているからこそ見える欠点もある。

 昔から知っているからこそ、逆にちゃんとしているところが見えた時に少し安心する。


 恒一は、何となく言葉に詰まった。


「……ありがと、でいいのか?」


「いいんじゃない」


 朱莉はそう言って、小さく笑った。


「そこ、変に照れられるよりは」


「照れてない」


「今、ちょっとした」


「してない」


「したよ」


 ことねが横から割って入る。


「見てた」


「夢咲、お前な」


「でも今のは普通にそうだったじゃん」


 凛も少しだけ頷く。


「うん。さっきの黒峰、わりと分かりやすかった」


「お前までか」


「だってそうだし」


 教室に、小さな笑いが生まれる。


 地味で、重くて、面倒な文化祭準備。

 でも、そんな時間の中でしか見えない顔がある。


 幼馴染は、“ちゃんとできる”ところを見ると少し安心する。

 その安心はたぶん、ただの評価じゃない。

 ずっと昔から近くにいたからこそ抱いてきた不安が、少しだけ和らぐ感じなのだろうと、黒峰恒一は思っていた。

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