表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/117

第60話 明るい子は、空気を回しながらちゃんと傷つく

 翌日の放課後、黒峰恒一が教室へ戻ると、夢咲ことねは前の席で一人、文化祭用のメモとにらめっこしていた。


 窓の外は、昨日より少しだけ雲が多い。夕方の光も白っぽくて、教室の中へ入る色がやわらかい。そのぶん、放課後のざわつきだけが妙に耳へ残った。


 部活へ向かう声。

 廊下を走る足音。

 机を引く音。

 笑いながら帰っていく女子たち。


 その中で、ことねだけが前の席へ残っている。


「……珍しいな」


 思わず口にすると、ことねが顔を上げた。


「あ、おかえり」


「ただいまって言う場面か?」


「まあ、放課後の教室に戻ってきたら半分そうじゃない?」


 ことねはいつも通り笑った。

 笑ったけれど、その笑い方がほんの少しだけ浅い。


 恒一は前の席へ近づく。

 机の上には、広報用のラフ案らしい紙が何枚か散っていた。タイトル文字の位置、案内文のレイアウト、入口の写真を入れるかどうか、そんな走り書きが見える。


「まだやってたのか」


「うん。広報の叩き台、今日ちょっとだけまとめたくて」


「朝霧は?」


「さっきまでいたよ。必要な情報だけ先に箇条書きして、職員室寄るって」


「ああ、あいつらしいな」


「ね」


 ことねはそう言って、ペンを指のあいだでくるっと回した。


 その仕草はいつも通りだ。

 でも、やっぱり何かが少しだけ違う。


「……なんかあったか」


 聞くと、ことねは一瞬だけ目を丸くした。


「え」


「いや、何となく」


「何となく、って便利だね」


「お前にだけは言われたくない」


 そう返すと、ことねは少しだけ笑った。

 今度の笑いは、さっきより少し自然だった。


「なんで分かったの?」


「分かったってほどじゃないけど」


 恒一は近くの席を引いた。


「ちょっと静かだなって」


「私が?」


「お前が」


「ひどい、それじゃ普段うるさいみたいじゃん」


「みたい、じゃなくて、普段はもっと前に出るだろ」


「うーん……」


 ことねは否定しなかった。

 ペンを置いて、紙の端を指で軽く揃える。


「まあ、ちょっとだけね」


「やっぱ何かあったんじゃねえか」


「うん。あったっていうか、今日ちょっと思っただけ」


「何を」


 ことねはすぐには答えなかった。

 前髪を耳へかけて、それから教室の後ろのほうを見る。もう残っている生徒は少ない。会話の熱もだいぶ引いていた。


「今日さ」


「うん」


「私、ポスターのこととか、入口の見え方のこととか、わりといっぱい喋ったじゃん」


「喋ってたな」


「で、クラスの子たちも普通に聞いてくれてたんだけど」


「うん」


「そのあと、後ろのほうでちょっと聞こえたの」


 声が少しだけ落ちた。


「“夢咲さんって、やっぱこういう時盛り上げ役だよね”って」


 恒一は黙った。


 それ自体は、悪い意味だけの言葉じゃない。

 ことねは実際、空気を前に進めるのが上手い。誰かが最初の一声を出さなければ止まりそうな時、明るく場を回して、話を動かすことができる。


 でも。


「……それ、嫌だったか」


 恒一が聞くと、ことねは少し困ったように笑った。


「嫌、っていうか」


「うん」


「半分はうれしいんだよ。私、そういう役回りわりと好きだし。実際、黙ってるより喋ってたほうが楽だし」


「うん」


「でも、たまにね」


 ことねは視線を落とした。


「それだけで処理されるの、ちょっとしんどい」


 その言い方は軽くなかった。


 教室の空気を回す子。

 盛り上げ役。

 明るい子。

 分かりやすい子。


 どれもことねの一部だ。

 でも、その一部だけで見られ続けると、近いところまで来ているつもりの気持ちまで、薄く見られてしまう。


「……なるほどな」


 恒一がぽつりと言うと、ことねが顔を上げた。


「何その反応」


「いや、ちゃんと納得した」


「納得された」


「だって、お前、賑やかしだけじゃないだろ」


 ことねは一瞬だけ言葉を失ったみたいに黙った。


 それから、少しだけ目を細めた。


「今のさ」


「うん」


「普通に言うのずるいよね」


「なんでだよ」


「いや、なんか……」


 ことねは小さく息をつく。


「私が気にしてるとこ、ちょうどそのまま言うから」


 教室には、もう笑い声は少ない。

 遠くの廊下の足音だけが、ときどき聞こえる。


「私、分かりやすいのはいいの」


 ことねが静かに続けた。


「そこはもう半分、自分でもそうだって思ってるし。顔にも出るし、声にも出るし、楽しい時は楽しいってなるし、やなのもたぶん分かるし」


「うん」


「でも、“分かりやすい=軽い”って見られるのはやなんだよね」


 その言葉は、思っていた以上に真っ直ぐだった。


 恒一は少し考えてから答える。


「それは分かる」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「適当に合わせてない?」


「合わせる意味ないだろ」


 ことねはじっとこちらを見た。

 何かを確かめるみたいに。


「だってさ」


 ことねは少しだけ早口になった。


「私、たしかに話すし、明るいし、わーって言うし、たぶん見てて分かりやすいと思う。でも、それって別に浅いってことじゃないじゃん」


「そうだな」


「ちゃんと考えてるし、ちゃんと気にするし、ちゃんと傷つくし、ちゃんと……」


 そこで少し止まる。

 言葉を選び直して、少し小さく言った。


「ちゃんと、近くなりたいとも思ってるし」


 最後のほうの声は、だいぶ静かだった。


 普段のことねなら、ここまで低い声で言わない。

 だからこそ、その静けさが本音っぽく聞こえる。


「なのに、“夢咲さんって空気回すの上手いよね”だけでまとめられると」


「うん」


「なんか、“そこまでしか見えてないんだな”って思う時ある」


 恒一は、すぐには返せなかった。


 ことねはたぶん、いつもより少しだけ勇気を使っている。

 普段なら笑いに変えるところを、今日は変えずにそのまま出している。


「……黒峰くん?」


「考えてた」


「何を」


「お前が今言ったこと」


 ことねは少しだけ苦笑した。


「真面目だね」


「お前が真面目な話してるからだろ」


「それもそうか」


 ことねは椅子に浅く座り直す。


「ねえ、私さ」


「うん」


「たぶん、黒峰くんに対しても、わりと“分かりやすい子”で見られてると思うんだよね」


「それはまあ……」


「否定しないんだ」


「いや、だって」


 恒一は少し困った。


「実際、分かりやすいだろ」


「そうなんだけど!」


 ことねはすぐに言い返して、それから少し笑った。


「でもね、その“分かりやすい”の中にあるものまで、軽く見られたくないの」


 その言い方が、さっきより少しだけ柔らかくなった。


「私、話しかけるじゃん」


「うん」


「一緒に文化祭のことも考えるし、広報もやるし、明るくしようともするし」


「うん」


「それって、別に“賑やかし担当なので!”ってだけじゃないんだよ」


 ことねは机の上のメモ用紙を指先で軽くなぞる。


「ちゃんと近くいたいからだし、ちゃんと一緒にやりたいからだし、ちゃんと同じもの見たいからでもある」


 その言葉は、派手じゃなかった。

 でも、ことねの中ではかなり深いところの本音なんだろうと思う。


 文化祭が楽しいから。

 盛り上がるのが好きだから。

 もちろんそれもある。


 でもそれだけなら、ここまで気にしない。

 ここまで“軽く見られたくない”とは言わない。


「……ことね」


 名前を呼ぶと、彼女は少しだけ目を丸くした。


「なに」


「お前、ちゃんと近いよ」


 言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。

 でも、出たものは本音だった。


「賑やかしだから近いとかじゃなくて」


 ことねの視線が揺れる。


「ちゃんと中に入ってきてるし、文化祭のことだって、お前が前で喋るから回る部分かなりあるし」


「……うん」


「だから、そのへんを軽く見てるやつがいたとしても、俺はそうは見てない」


 ことねは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ唇を噛むみたいにして、視線を落とした。


 沈黙が落ちる。

 でも、気まずい沈黙じゃない。


「……それ」


 しばらくして、ことねが言った。


「だいぶ効くんだけど」


「何が」


「今の一連」


「効くって何だよ」


「こう、ちゃんと見てる感じがするやつ」


 ことねは少しだけ笑った。

 けれど、その目の端はさっきよりもやわらかかった。


「私、分かりやすいのはいいんだけど、軽く見られるのはやなんだよね」


 もう一度、今度は少し落ち着いた声でそう言う。


「うん」


「ちゃんと近いのに、“賑やかし”では終わりたくない」


 その一言が、この回のいちばん深いところだった。


 恒一は、ゆっくり息を吐く。


「……分かった」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「じゃあ、ちょっと安心した」


 ことねはそう言って、ようやくいつもの笑顔に近いものを見せた。

 ただ、その笑顔は、さっきまでの明るさだけのものじゃない。ちゃんと本音を出したあとに戻ってきた笑顔だった。


     ◇


「ねえ」


 ことねが少しだけ身を乗り出す。


「じゃあ、お礼に一個だけ聞いていい?」


「何だよ」


「私、そんなに分かりやすい?」


「分かりやすい」


「即答じゃん!」


「だって本当だろ」


「でも、どこが?」


「どこがって……」


 恒一は少し考える。


「文化祭の話してる時、楽しいと前に出るし、ちょっと引っかかると顔に出るし、嬉しいとすぐ声のトーン変わるし」


「うわ、見られてる」


「見えるんだよ」


「で、軽いわけじゃない?」


「軽くない」


 その返しに、ことねは一瞬だけ黙った。

 それから、すごく小さく「そっか」と言った。


 その“そっか”が、妙に大事に聞こえた。


 少しして、廊下から賑やかな声が近づいてくる。

 別のクラスの生徒たちが帰るらしい。

 静かな時間は終わりに近い。


「じゃ、そろそろ帰る?」


 ことねが言う。


「そうだな」


 二人で教室を出る。

 廊下を並んで歩く。

 さっきまでの話のせいで、少しだけ足音の間合いまで意識しそうになるのが嫌だった。


「でもさ」


 ことねが前を向いたまま言う。


「今日言ってよかった」


「何が」


「さっきのやつ。軽く見られたくないって話」


「うん」


「黒峰くん相手に言うの、ちょっと勇気いったけど」


「そうなのか」


「そうだよ。だって、私の“分かりやすいとこ”って、たぶん一番見られてる部分だから」


 それはたしかにそうかもしれない。


「でも、そこだけじゃないって言ってもらえたから」


 ことねは少しだけ笑った。


「今日はそれで十分」


 校門まで来ると、夕方の空気は少しひんやりしていた。

 文化祭準備の熱も、匿名メモの余韻も、何もかもがまだ終わっていない。

 それでも今日のことねは、来た時より少しだけまっすぐに見えた。


 明るい子は、空気を回しながらちゃんと傷つく。

 そして、その傷つき方まで軽く見てはいけないのだと、黒峰恒一はようやくちゃんと理解していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ