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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第58話 飾りを選ぶ時間、静かな子ほど距離を詰めるのがうまい

百円ショップを出た時には、空の色がもうだいぶ夕方寄りになっていた。


 五人の手には、それぞれ紙袋が増えている。

 布、和紙、木札、紐、小物、景品候補。

 文化祭の準備はまだ始まったばかりなのに、手元の荷物だけは妙に「もう戻れない感じ」を出していた。


「……思ったより買ったね」


 ことねが両手の袋を持ち直しながら言う。


「まだ照明見てないけど」


 凛が言う。


「それ言うのやめて。今ちょっとだけ達成感出てたのに」


「達成感出すには早い」


「朝霧さんは、ほんとに一回“今日ここまで頑張ったね”を挟めないの?」


「挟めるよ」


 凛は少しだけ歩幅を落として、ことねの袋を一瞥した。


「それ、重くない?」


「え」


「片手に寄ってるから。持ちにくそう」


 ことねは一瞬だけ黙ったあと、苦笑した。


「そういうとこなんだよなあ……」


「何が」


「いや、今の、普通にちょっと優しいやつだったじゃん」


「確認しただけ」


「それを優しいって言うんだよ」


 ことねがそう言って、袋を持ち替える。

 凛はそれ以上何も言わなかったが、ほんの少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


 朱莉がそのやり取りを見て、小さく笑う。


「二人とも、最近その感じ多いね」


「どの感じ?」


 ことねが聞く。


「言ったほうが照れるやつ」


「火乃森さん、急にそこ拾うのやめて!」


「だって分かるし」


 そのやり取りの横で、しおんは静かに店の看板を見上げていた。


 次の目的地は、小さめのインテリア雑貨店だった。ホームセンターほど現実的すぎず、百円ショップほど雑多でもない。和紙風の照明や、布小物、木の飾り、少し落ち着いた色味の雑貨が並ぶ店だ。


 今日の最後にここへ寄るのは、しおんの提案だった。


 ――光の色だけは、ちゃんと見たほうがいい。


 あの静かな一言で、全員がなんとなく「それはそうだな」となってしまったのだ。


「入る?」


 恒一が聞くと、しおんは小さく頷いた。


「うん。たぶん、ここ」


 その“たぶん、ここ”が妙にしっくりくる。


「雪代さん、ほんとにこういう時だけ勘が強いよね」


 ことねが言う。


「だけ、ではないと思う」


 しおんが静かに返す。


 ことねは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑った。


「今のちょっと好き」


「何が?」


「そういう、たまにだけ返しがちゃんとくるとこ」


 しおんは少しだけ考えて、それから小さく言った。


「ことね先輩のほうが、ちゃんと返してくる」


「え、褒められた?」


「たぶん」


「“たぶん”なんだ」


 五人のあいだに、少しだけやわらかい空気が流れた。


     ◇


 店の中は、外より少しだけ暗くて、暖色の灯りがやわらかかった。


 棚には、小さな和風の照明、紙を使ったランプシェード、木製のスタンド、小ぶりの提灯風ライトが並んでいる。照明以外にも、布小物や飾り紐、陶器の置物なんかもあって、ことねは入った瞬間に「うわ、ここ好き」と小さく漏らしていた。


「声、ちょっと抑えて」


 凛がすぐに言う。


「お店静かだから」


「分かってるってば」


 そう言いながらも、ことねの目は完全にきらきらしていた。

 たぶん本当に好きなのだろう。こういう、“見た目だけじゃなくて空気まで作れそうなもの”が置いてある店は。


 朱莉は入口近くの照明棚を眺めながら言った。


「ホームセンターと全然違うね」


「うん」


 しおんが答える。


「こっちは“何を作るか”っていうより、“どう見せるか”寄り」


「なるほどね……」


 恒一は、棚に並ぶ小さな照明を順番に見ていった。

 白っぽい光。

 少し黄色の強い光。

 和紙越しに柔らかく広がるもの。

 模様が壁に落ちるもの。


「こういうのって、写真じゃ分かんないな」


 ぽつりとそう言うと、しおんが少しだけこちらを見た。


「うん。光は、実際に見るまで分からない」


「さっきも言ってたな」


「言った」


「でも、今ちょっと分かった気がする」


 しおんは小さく頷いた。


「よかった」


 その返しが短いのに妙に自然で、恒一は少しだけ肩の力が抜ける。


 ことねと凛は、少し離れた場所で別の照明を見ていた。


「これ可愛くない?」


 ことねが小さな丸い灯りを持ち上げる。


「可愛いけど、和風ではない」


 凛が即答する。


「えー、でも色味は合わない?」


「合うかどうかだけなら合う。でも、テーマからずれたら意味ないでしょ」


「朝霧さん、ほんとにそこブレないなあ」


「ブレたら終わる」


「そこまで?」


「そこまで」


 会話のテンポはいつも通りだ。

 でも、ことねの声は少しだけ軽くなっていた。さっき百円ショップのレジ前で見せた小さな影は、今は少し薄れているように見える。


 朱莉はその二人を横目で見てから、そっと恒一の近くへ来た。


「雪代さん、今けっこう本気で見てるね」


「そうだな」


 恒一が答えると、朱莉は照明棚のひとつを見上げた。


「なんか、ああいうの見てる時の雪代さんって、静かなのに迷いないよね」


「分かる」


「私、最初はもっと“なんとなく綺麗なほう”選ぶのかと思ってた」


「でも違う?」


「違う。ちゃんと“そこに人が入った時”まで考えてる顔してる」


 朱莉のその見方は、かなり正確だった。


 たしかに、しおんは綺麗だからこれ、みたいな選び方はしていない。

 落ち着くか。

 視線が入りやすいか。

 うるさすぎないか。

 教室の中で他の色と喧嘩しないか。


 そういうことを、たぶん全部同時に見ている。


「ちょっと怖いくらいだよね」


 朱莉が小さく笑う。


「怖いはひどくないか」


「悪い意味じゃないよ。ちゃんと空気作る側の目って感じ」


 その言い方に、恒一は小さく頷いた。


     ◇


「黒峰くん」


 しおんに呼ばれて、恒一はそちらへ向かった。


 棚の前に並んでいるのは、同じように見えて少しずつ色の違う灯りだった。

 片方は白に近い。

 片方は少しだけ橙が強い。

 もう片方は、やわらかいけれど少しだけ影が濃く落ちる。


「どれがいいと思う?」


 聞かれて、恒一は一瞬だけ困る。


「いや、俺に聞くのか」


「うん」


「なんで」


「入口から見た時の感じ、黒峰くんのほうが分かるかも」


 その言い方が、自然だった。


 しおんはいつもこうだ。

 強く押してはこない。

 でも、気づいたら隣にいて、こちらの判断を前提に話を進めている。


 恒一は三つの灯りを見比べた。


「……これかな」


 指したのは、少しだけ橙が強いが、暗すぎないものだった。


「なんで?」


「落ち着いてるけど、地味すぎない。入口近くって、あんまり静かすぎると入りづらくないか」


 しおんは少しだけ目を細める。


「うん」


「でも白っぽすぎると、和風感が飛ぶ気もする」


「うん」


「だから真ん中」


 しおんはそれを聞いて、ほんの少しだけ笑った。


「やっぱり黒峰くん、そこで見るんだ」


「そこでって?」


「人が入る時の感じ」


 その言い方に、少しだけ照れた。


「お前に言われると、なんかちゃんと見てるみたいじゃん」


「ちゃんと見てると思う」


「……そうか?」


「うん」


 しおんは迷いなく言った。

 その迷いのなさが、逆に妙に胸へ残る。


「私、最初はもっと暗いのがいいかなって思ってた」


「こっちのほうが落ち着いて見えるしな」


「うん。でも、黒峰くんが言う“入りづらい”も分かる」


「じゃあ、真ん中でいいんじゃないか」


「そうする」


 会話はそれだけだった。

 たったそれだけなのに、不思議と“二人で何か決めた”感じが残る。


 少し離れた位置で、その様子をことねが見ていた。

 その隣には朱莉もいる。


「……ああいうのなんだよね」


 ことねが小さく言う。


「何が」


 朱莉が聞く。


「静かなのに、気づいたら自然に並んでる感じ」


 朱莉は否定しなかった。


「分かる」


「ね」


 ことねは苦笑する。


「私だったらもっと“これどう?”って前から入るし、朝霧さんなら“こっちのほうが現実的”って切るじゃん」


「うん」


「でも雪代さんって、いつの間にか黒峰くんに選ばせてる感じある」


 その見方は、かなり正しかった。


 しおんは前へ出ない。

 でも、相手が自然に一歩入る形を作るのがうまい。


「静かな子ほど、怖いね」


 ことねがぽつりと言う。


 朱莉は少しだけ笑った。


「ことね先輩、その言い方だいぶ失礼」


「いや、怖いっていうか、強いっていうか」


「分かるけどね」


「火乃森さんも思う?」


「思うよ。だって今の、かなり自然だったし」


 その二人の視線の先で、しおんと恒一はまだ灯りを見ていた。

 近すぎない。

 でも遠くない。

 必要な距離のはずなのに、その必要さが少しだけ心に残る。


     ◇


「ねえ、そっちどう?」


 ことねが声をかけると、しおんが振り向いた。


「たぶん、これ」


 そう言って、さっきの灯りを少し持ち上げる。


「いいじゃん!」


 ことねはすぐに寄ってきた。


「やわらかいし、写真で見てもたぶん色飛ばなそう」


「夢咲さん、そこ本当に一貫してるね」


 凛が近づきながら言う。


「写真の見え方絶対気にする」


「だって今どき大事だもん!」


「分かるけど」


 凛は値札を見る。


「……これならギリ予算内」


「朝霧さんの“ギリ予算内”って、許可出た感じして好き」


 ことねが笑う。


「変なところで喜ばないで」


「でも今の、かなり大きいよ?」


「まあ、そうだけど」


 朱莉も灯りを見て、小さく頷いた。


「入口にこれ一個あるだけで、だいぶ空気変わりそう」


「ね」


 ことねが嬉しそうに言う。


「やっと“文化祭の顔”みたいなの見えてきた気がする」


 その言葉に、しおんが静かに続けた。


「うるさくない顔がいい」


「雪代さん、それ好き」


 ことねが言う。


「私も派手にしたいわけじゃないんだよね。ただ、“来たくなる感じ”は欲しいだけで」


「それは大事」


 恒一が言うと、ことねは少しだけこちらを見た。


「黒峰くん、今のはちょっとちゃんと広報班寄りの意見だった」


「いや、普通にそう思っただけ」


「でも嬉しい」


「なんで」


「たまにそうやって、私の見てる方向と同じこと言うから」


 その言い方は軽かった。

 でも、前の百円ショップの時より少しだけ、熱が落ち着いている。


 たぶんことねは、さっき少しだけ揺れた自分を、自分で立て直しているのだろう。

 その強さを、恒一はちゃんと見てしまっている。


     ◇


 店を出るころには、買うものはほぼ絞れていた。


 灯りは一つ。

 布の色もだいたい決まり。

 装飾の方向も、さっきまでよりずっと具体的になった。


「なんか、急に文化祭っぽくなったね」


 ことねが紙袋を揺らしながら言う。


「さっきも似たようなこと言ってなかった?」


 朱莉が聞く。


「言った。でも今のはもっとちゃんと本当にそう思ってるやつ」


「その差は?」


「今、教室の雰囲気までちょっと見えたから」


 ことねのその言葉に、しおんが静かに頷いた。


「うん。今の灯りなら、入口で止まりすぎないと思う」


「雪代さん、そういう時ほんとに頼もしい」


 ことねが言うと、しおんは少しだけ困ったように笑った。


「頼もしい、はあんまり言われない」


「私は言うよ」


「……ありがとう」


 そのやり取りを見て、朱莉がぽつりと呟く。


「静かなのに、ちゃんと距離詰めるのうまいんだよね」


 その声は小さかったが、ことねには聞こえたらしい。


「だよね」


 二人のその短いやり取りに、恒一は気づかなかった。

 凛だけが、少し離れた位置でそれを聞いて、小さく息を吐いた。


 五人で行く買い出しは、安全なはずだった。

 でも、買い物の途中で自然に並ぶ時間、選んだものを共有する瞬間、誰かの感覚へ少しだけ乗る感じ――そういうものが、静かに心臓へ来る。


 飾りを選ぶ時間、静かな子ほど距離を詰めるのがうまい。

 そのことを、この買い出しで一番強く実感したのは、たぶん黒峰恒一だけではなかった。

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