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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第57話 五人で行く買い出しは、安全なはずなのに少しだけ心臓に悪い

放課後、星ヶ峰学園の校門前に五人そろった時点で、黒峰恒一はもう半分くらい疲れていた。


 別に、まだ何もしていない。

 歩き出してすらいない。

 ただ、文化祭準備のための初回買い出しに行くメンバーが並んだだけだ。


 夢咲ことね。

 朝霧凛。

 火乃森朱莉。

 雪代しおん。

 そして自分。


 人数だけ見ればかなり安全なはずだった。

 二人きりじゃない。

 三人でもない。

 五人だ。どう考えても“変な意味”が入り込む隙は少ない。


 少ないはずなのに、少ないからこそ逆に、一人ひとりの動き方がやけにはっきり見えてしまう。


「よし」


 ことねが両手を軽く合わせた。


「じゃあ、まずホームセンター、そのあと百均、余裕あったら雑貨屋って感じで!」


「仕切るの自然すぎる」


 恒一が言うと、ことねは振り向きざまに笑った。


「だって誰か言わないと、みんな“じゃあ行くか……”で動きそうだし」


「それはある」


 凛が即答した。


「夢咲さん、そういう時だけ助かる」


「“そういう時だけ”いらなくない?」


「でも、今のは褒めてるよ」


「朝霧さんの褒め言葉って、七割くらい刺してから来るよね」


「最初に刺さないと浮くから」


「なにその理屈」


 ことねが笑う。


 その横で、朱莉は少しだけ肩をすくめた。


「でも、ことね先輩が前歩いてくれるのは助かるかも」


「え、朱莉ちゃんまでそんなこと言ってくれるの?」


「言うよ。私、こういうの最初の一声はあんまり得意じゃないし」


「それ、ちょっと意外」


 恒一が言うと、朱莉はちらっとこちらを見た。


「何が」


「火乃森って、もっと自然に前へ出るタイプかと思ってた」


「必要なら出るけど、最初に場を温めるのとは少し違うかな」


「それは分かる」


 凛が頷く。


「火乃森さんって、始まったあとにちゃんと強い感じ」


「え、何それ。ちょっとかっこいい言い方じゃない?」


 ことねが言うと、朱莉は少しだけ困ったように笑った。


「朝霧さんに言われると、なんか素直に受け取っていいのか迷う」


「いいんじゃない」


 凛は平然としている。


「珍しく褒めてるし」


「珍しくって言うな」


 そんな会話をしているあいだに、しおんは静かに歩き出していた。

 声が大きいわけじゃない。

 前へ出るわけでもない。

 でも、みんなの歩幅が自然としおんを置いていかないくらいの速度に揃っていくのが不思議だった。


「雪代、歩くの早いのか遅いのか分かりにくいな」


 恒一が言うと、しおんは少しだけこちらを見た。


「たぶん、みんなに合わせてる」


「それ、今言うまで全然気づかなかった」


 ことねが感心する。


「雪代さんってそういうの多いよね。派手じゃないのに、気づいたらちょうどいい位置にいる感じ」


「……そうかも」


 しおんが小さく答えた。


 その返しがあまりにも静かで、でも妙にしっくりして、恒一は少しだけ笑ってしまった。


     ◇


 最初の目的地は、駅前から少し歩いた先にある大型ホームセンターだった。


 夕方の店内は、学校帰りの高校生よりも、仕事帰りらしい大人や主婦のほうが多い。蛍光灯の明るい光。高い天井。棚の匂い。日用品と木材と洗剤が混ざった、独特の“ホームセンターの空気”がある。


「うわ、急に現実だ」


 ことねが入口で言った。


「文化祭の買い出しって、もっとこう……雑貨屋さんの可愛い棚から始まるイメージだったんだけど」


「それ最後」


 凛が即座に返す。


「最初に夢を見に行くと、あとで必要なもの買い忘れる」


「朝霧さんってほんとそういうとこ徹底してるよね……」


「夢咲さんが逆方向に徹底してるから、ちょうどいいんじゃない?」


 朱莉が言うと、ことねは少しだけ嬉しそうに笑った。


「その“ちょうどいい”って言い方、なんか好きかも」


「軽いな」


 恒一が言う。


「いやでも、実際そうじゃない?」


 ことねはすぐに言い返した。


「私一人だと絶対、“これ可愛い!”で進むし」


「進むね」


 凛が頷く。


「認めるんだ」


「自覚はあるよ」


「そこはえらい」


「黒峰くん、たまに先生みたいになるよね」


 そう言われて、恒一は少しだけ顔をしかめた。


「最近やたらそういう立ち位置にされるんだけど」


「でも、荷物持ちと現場感覚担当って、わりと先生っぽい」


「それ、先生じゃなくて便利な労働力なんだよ」


 五人のあいだに笑いが起こる。


 その笑いのあと、凛がメモを見た。


「最初は布と固定用品。それから縦札に使えそうな板材。あとは照明の候補だけ一回見る」


「了解でーす」


 ことねが元気よく手を上げる。


「じゃあ、まず布コーナー!」


「夢咲さん、今の元気の出し方だとまた前に行きすぎる」


「え、だめ?」


「だめじゃないけど、全員置いてくのはだめ」


「分かってるってば」


 そう言いながら、ことねはやっぱり少しだけ先に行く。

 でも、本当に置いていくほどではない。

 その加減が、ことねなりに気をつけている証拠なんだろうと思った。


     ◇


 布売り場は思ったより広かった。


 和風っぽい落ち着いた色の布、薄い麻風の生地、赤や紺、生成り、くすんだ緑。ロール状に並んだ棚を前に、ことねは本気で目を輝かせていた。


「やば、楽しい」


「まだ買ってもないのに?」


 恒一が言うと、ことねは振り向きもせず答える。


「こういうの、選ぶ時間が一番楽しいんだよ!」


「それはちょっと分かるかも」


 朱莉が近くの布を手で軽く持ち上げた。


「でも、写真で見るのと質感違うね」


「だよね」


 しおんが小さく頷く。


「光が当たった時の沈み方も違う」


 ことねが二人を見る。


「ねえ、それ二人で言うと急にプロっぽいんだけど」


「いや、でもわかるよ」


 恒一も布へ触れながら言う。


「これ、赤でもテカるのと沈むのとで全然違うな」


「黒峰くん、たまにこういう時だけ感覚よくない?」


 ことねが言う。


「褒めてる?」


「褒めてる。今のはかなり」


「たまにって前置きやめろ」


 その会話のあいだに、凛はすでに商品タグを見ていた。


「こっち高い」


「うわ、早い」


 ことねが言う。


「だってメーター単価見るの先でしょ」


「朝霧さんって、本当に一回価格見ないと気が済まないんだね」


「済まないよ。文化祭の予算って有限だから」


 凛はそう言って、別の布を引き出した。


「こっちなら色も悪くないし、値段も現実的」


 ことねが近づいて覗き込む。


「……あ、ほんとだ。これ、写真だとちょっと地味かと思ったけど、実物だと悪くない」


「照明入れば変わる」


 しおんが静かに言う。


「うん。これ、夜寄りの光で見たらきれいそう」


 そのやり取りが、妙に自然だった。


 ことねが印象を言う。

 凛が現実へ落とす。

 しおんが空気で補強する。

 朱莉が仕上がりを見て、恒一が“実際使えるか”を考える。


「……なんか、ちゃんと役割分かれてんな」


 恒一がぽつりと漏らすと、朱莉が少しだけ笑った。


「今さら?」


「いや、こうやって店の中だと余計にな」


「分かる」


 ことねが布を抱えたまま言う。


「教室で話してた時より、誰が何見るかが露骨」


「露骨なの、別に悪くないと思う」


 しおんが言う。


「迷いが減るから」


「雪代さんって、たまにすごい静かに本質言うよね」


 ことねが苦笑する。


     ◇


 次に向かったのは、板材や工作用品のコーナーだった。


 縦札や簡単な看板に使えそうなものを探して棚を見て回る。

 ここへ来ると、途端にことねのテンションが少し落ちた。


「わ、急に可愛さ減った」


「そりゃ木材コーナーだからな」


 恒一が言う。


「いや分かってるけど! でも文化祭ってもっとこう、装飾見ながら“かわい〜”ってやるもんじゃないの?」


「今は基礎工事だから」


 凛が言う。


「朝霧さん、ほんと夢壊すの上手」


「壊してない。支えてる」


 朱莉がくすっと笑った。


「それ、ちょっと分かる」


「火乃森さんまで凛側?」


「今のはそうかも」


 ことねはわざとらしくため息をつく。


「くうー、広報担当、ここでは弱い」


「でも夢咲さん、そこに立ってるだけで売り場の空気ちょっと華やぐよ」


 凛がぼそっと言った。


 その一言で、ことねが固まる。


「え」


「何」


「今の、さらっと言うのずるくない?」


「別に深い意味ないけど」


「深い意味なくても効く時あるんだよ!」


 ことねが顔を赤くして言うと、凛は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「……面倒」


「今のは朝霧さんが悪いよ」


 朱莉が言う。


「分かってる」


「分かってるんだ」


 恒一が思わず口を挟むと、凛は少しだけ睨んできた。


「黒峰まで乗らないで」


「いや、今のは普通に珍しかった」


「たまには言うよ」


「“たまには言う”って言い方がもうだいぶ本音っぽい」


 ことねが言うと、凛はほんの少し耳を赤くした。


 そのやり取りを、しおんが静かに見ていた。

 それから、小さく言う。


「今の、ちょっとよかった」


「雪代さんまで!?」


 ことねが半分笑って半分困る。


 そんな空気の中でも、買うものはちゃんと決まっていく。


 看板用の軽い木板。

 和紙風の紙。

 紐。

 固定用のフック。

 必要最低限の工具類。


 現実的だ。

 すごく現実的だ。

 でも、だからこそ文化祭が少しずつ本当に近づいてきている感じがある。


     ◇


 ホームセンターを出るころには、荷物は想像以上に増えていた。


 軽いものが多いとはいえ、布のロールや板材、紙袋に入った小物が五人の手に分散している。


「思ったより買ったね」


 ことねが言う。


「まだ一軒目だけど」


 凛が言う。


「その現実を言わないでほしいな」


「でも本当」


「ほんと、本当ばっかりだな最近」


 恒一が言うと、朱莉が小さく笑った。


「最近、みんなちゃんと見てるからじゃない」


「それ、文化祭関係なく最近ずっとそうだろ」


「うん」


「肯定するんだ」


「するよ」


 朱莉のその返しは、さらっとしているくせに少し熱があった。


 五人で次の百円ショップへ向かう途中、歩き方にも少し差が出始める。


 ことねはやっぱり前のほうで、でも完全には先へ行かない。振り返って話しかける。

 朱莉は荷物を持ちながら、必要な時だけ自然に隣へ来る。

 しおんは少し引いた位置にいて、でも見ている範囲は広い。

 凛はレシートとメモを確認しながら歩いていて、その結果なぜか恒一の横に並ぶ時間が長い。


「……なんか自然にここなんだな」


 恒一が言うと、凛がちらっと見る。


「なに」


「いや、お前、歩いてるとだいたい横来るなって」


「確認することあるからでしょ」


「レシート?」


「それもあるし、今買った物で足りるかとか、次の店で何優先するかとか」


「全部実務なんだな」


「夢咲さんみたいに“わー次も楽しみ!”では進まないから」


「聞こえてるよー!」


 前からことねの声が飛んできた。


「しかもその言い方、ちょっと私を雑にしてない!?」


「してない。わりと正確に言ってる」


「朝霧さんってほんとに!」


 その声に、みんな少し笑う。


 安全な五人行動。

 そのはずなのに、こうして並び方や話しかけ方ひとつで、妙に心臓へくる瞬間があるのが困る。


     ◇


 百円ショップでは、小物と景品候補を中心に見ることになった。


 ここに来ると、ことねのテンションがまた上がる。


「やば、こういうのめっちゃ好き」


「分かる」


 今度は恒一も素直に言った。


「え、黒峰くんも?」


「いや、こういう雑貨とか景品の棚って見てるだけでちょっと楽しくないか」


「うわ、今のはかなり分かり合えた感じする」


 ことねが嬉しそうに言う。


「やめて、それ大きい声で言わないで」


 朱莉がすぐに言う。


「なんで?」


「今のクラスの空気で、“分かり合えた感じ”とか言うと余計な意味増えるから」


「……火乃森さん、ほんと最近そのセンサー鋭いよね」


「今さら?」


 朱莉は平然としている。

 でも、その平然さの奥に“ちゃんと気にしている”があることを、ことねももう分かっている顔だった。


 しおんは景品用の小物棚の前で立ち止まっていた。


「これ、和風の鈴」


「ほんとだ」


 ことねが寄ってくる。


「可愛い」


「でも景品にはちょっと軽すぎるかも」


 凛がすぐ言う。


「いや、朝霧さん、今は“可愛い”って言うターンでは!?」


「可愛いけど、景品としては弱い」


「ほんと徹底してるなあ……」


 そこへ、朱莉が別の棚から小さな木札キーホルダーを持ってきた。


「こっちは?」


「あ、それいいかも」


 恒一が手に取る。


「和風だし、軽いし、統一感ある」


「黒峰くん、今のかなり準備班っぽい」


 ことねが笑う。


「最近それ言われるの慣れてきたな」


「慣れないほうがよかったかもだけどね」


 凛が言う。


「なんで」


「便利な人って、気づくと仕事増えるから」


「それはもう遅い気がする」


 恒一が言うと、凛は少しだけ笑った。


「たしかに」


 そのやり取りを見て、ことねがふと静かになった。

 目線が一瞬だけ、恒一と凛の並びへ落ちる。


 でも、すぐに表情を戻した。


「よし、景品はとりあえず保留! 先に必須の小物固めよう!」


 その切り替えが少し早かったのを、恒一は見逃さなかった。

 たぶん朱莉もしおんも気づいている。

 でも誰もそこを拾わない。


 今は買い出し中だ。

 そういう空気のずれは、まだ表へ出さないほうがいい。


     ◇


 すべてを買い終えて、レジへ並ぶころには、もうすっかり夕方だった。


 カゴの中身をレジ台へ置いていく。

 布、木板、和紙、紐、小物、景品候補。

 思っていた以上に文化祭の現実だ。


「うわ、ほんとに買ったなあ」


 ことねがしみじみ言う。


「今さら?」


 朱莉が言う。


「いや、カゴにまとまると急に“やるんだな”って感じしない?」


「それはわかる」


 恒一も頷く。


 レジでは当然のように凛が前へ出た。

 会計担当。

 レシート管理。

 予算確認。


 役割としては自然すぎるほど自然だ。


「黒峰」


「ん?」


「袋分けるから、重さ見て持てるようにして」


「了解」


 それも自然だった。

 現場感覚担当兼荷物持ち。

 そう整理すれば、こんなに自然な並びもない。


 ないのに。


 ことねは、少しだけ黙ってその光景を見ていた。


 凛がレジ前で金額を確認する。

 恒一がその横で袋詰めを手伝う。

 朱莉は後ろで残りの荷物をまとめる。

 しおんは崩れそうな小物の位置を直している。


 何もおかしくない。

 何も変じゃない。

 役割通りだ。


 でも、ことねの顔に一瞬だけ影が差した。


 ほんの一瞬。

 気づかなければ、それまでの程度。

 けれど、たしかにあった。


 羨ましいとか、悔しいとか、そういう単純な顔ではない。

 ただ、“ああ、そこ自然なんだ”と見てしまった顔。


「夢咲さん?」


 しおんが小さく呼ぶ。


 ことねははっとして、すぐに笑った。


「ん? なに?」


「袋、こっち軽い」


「あ、ありがと」


 ことねは受け取って、いつもの調子へ戻ろうとする。

 戻れている。

 でも完全ではない。


 凛も、会計を済ませながらその空気に気づいていたらしい。

 レシートを折りたたんで財布へしまったあと、ほんの少しだけことねを見る。


 だが、そこでは何も言わなかった。


 そして、その“何も言わない”のほうが、今はたぶん正しかった。


 五人で行く買い出しは、安全なはずだった。

 実際、安全ではあった。

 誰も二人きりにならない。

 誰も明らかに踏み込みすぎない。

 文化祭の準備として、ちゃんと機能していた。


 それなのに、少しだけ心臓に悪い。


 レジ前で並ぶ距離。

 荷物を渡す手。

 自然にできた役割。

 そのどれもが、今の自分たちには妙に意味を持ってしまう。


 会計が終わり、店を出る直前、ことねが明るい声で言った。


「よし! じゃあ次からはもっと効率よく回れるね!」


 その言い方はいつものことねだった。

 でも、その明るさの奥にある小さな揺れを、黒峰恒一はちゃんと見てしまっていた。

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