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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第52話 相談用のメモ一枚で、組み合わせだけ先に揉める

文化祭の係がざっくり決まった翌日、黒峰恒一は朝から軽く疲れていた。


 別に寝不足ではない。

 匿名の焼き菓子とメモの件は、相変わらず机の奥で静かに存在感を放っているが、昨日みたいにそれだけで頭がいっぱいというほどでもない。


 問題は、文化祭のほうだ。


 企画はまだ決まっていない。

 役割もざっくり。

 なのに、クラスの中ではもう「誰がどこで何をやるのか」以前に、「誰と誰が一緒に動くことになるのか」の空気だけがうっすら立ち始めている。


 それがしんどい。


 教室へ入るなり、ことねに「おはよー、黒峰くん。今日も机の中から先に見た?」と聞かれ、凛に「夢咲さん、それもう朝の挨拶じゃないよ」と言われ、しおんには「今日は昨日より足音軽い」と言われた。


 もう普通の朝が何なのか分からない。


「……なあ」


 席に鞄を置きながら、恒一はことねと凛を見る。


「お前ら、もう少し普通に朝を始められないのか」


「普通だよ?」


 ことねがきょとんとする。


「どこが」


「だって、おはようって言ったし」


「そのあとに机の中確認した? が続いてるだろ」


「いや、でも気になるじゃん」


「だからって朝の第一声それは違う」


 凛が小さく息を吐いた。


「黒峰、夢咲さんに“普通”求めるの、もう諦めたほうがいいよ」


「朝霧さん、それ結構ひどくない?」


「ひどくない。事実」


「朝霧さんはもうちょっと私に優しくしてもいいと思うんだけど」


「してるよ、これでも」


「え、今のが?」


「うん」


「嘘でしょ」


 三人のやり取りを、しおんが少し離れた席から静かに見ていた。

 目が合うと、小さく言う。


「でも、朝の温度は前より少し安定してる」


「雪代さん、その観測結果みたいな言い方ほんと独特だよね」


 ことねが言うと、しおんは少しだけ首を傾けた。


「そう?」


「そうだよ。私たぶん、“朝の温度”って発想で人見たことないもん」


「夢咲さんは人のテンションで見てるでしょ」


 凛がさらっと言う。


「うっ……それはそう」


「似たようなものだよ」


「朝霧さん、今ちょっとだけ優しいこと言った?」


「言ってない」


 そういう会話をしているうちに、ホームルームの時間になった。


     ◇


 今日の担任は、黒板へ「文化祭」と書く前から少しやる気があった。


「昨日、係の大枠は決めたな。今日は企画を絞るために、各係から“できること”と“やりたくないこと”を出してくれ」


 その説明はかなり現実的だった。


 やりたいことから入ると、あとで無茶が出る。

 だから先に、できることとできないことを出しておく。


 分かる。

 分かるが、すごく文化祭っぽくない始まり方だ。


 ことねが小さく呟く。


「地味……」


 すぐ横で凛が聞き逃さない。


「でも必要」


「分かってるけど、最初のワクワク感は欲しいじゃん」


「ワクワク感だけで進めると死ぬって昨日言ったでしょ」


「朝霧さんはもうちょっと夢ってものを」


「夢で予算表は埋まらない」


「強い」


 恒一は笑いそうになりながら、担任の話を聞いていた。


 やがてクラス全体で意見を出し始める。


 映える展示がいい。

 カフェっぽいものがいい。

 食べ物やりたい。

 でも衛生面が面倒。

 衣装はかわいいのがいい。

 準備は重いの嫌。

 文化祭っぽさはほしい。

 でも当日暇なのも嫌。


 女子の多いクラスらしく、要求は多い。

 そして、どれも気持ちは分かるから困る。


 最終的に残った候補は、ざっくり三つだった。


 一つ目、軽食系の模擬店。

 二つ目、和風寄りの展示+体験系。

 三つ目、写真映えするコンセプト喫茶。


「で、ここからどう絞るか、だよな」


 恒一が小さく言うと、ことねがすぐに頷く。


「そうなんだよねえ……」


「夢咲さんは喫茶寄り?」


「うーん、正直ちょっと惹かれる。でもうち、調理ガチ勢そこまでいないし」


「喫茶って結局飲食と接客と装飾全部乗るから重いよ」


 凛が言う。


「映えるけど、そのぶん準備も責任も増える」


「やっぱそうだよね」


 ことねは頬杖をついた。


「和風寄り展示+体験系って、具体的にはどんな感じ?」


 その問いに、朱莉が初めてちゃんと入ってきた。


「装飾班の話だと、教室全体を一個の空間にするのはできると思う」


 教室のあちこちから視線が集まる。


 朱莉は少しだけ前へ出るようにして続けた。


「たとえば縁日っぽくするとか、和風の小物使って写真撮れるスペース作るとか。そこへ簡単なゲームかおみくじみたいな参加要素を足す感じ」


「それ、ちょっとよくない?」


 ことねが目を輝かせる。


「可愛いし、写真も撮れるし、飲食より軽い!」


「でも安っぽいと一気にしょぼくなる」


 凛がすぐに現実を差し込む。


「そこは装飾の出来次第」


「朝霧さん、なんで一言目がそうなの」


「だって本当だし」


 そのとき、しおんが静かに言った。


「布と灯りでだいぶ変わると思う」


 クラスメイト数人が「おお」と小さく声を漏らす。


 しおんは少しだけ言い足す。


「派手すぎない色でまとめれば、ちゃんと空気作れる」


「雪代さん、そういう時の発言、地味に強いよね」


 ことねが感心したように言う。


「なんか、“できそう感”が急に出る」


「たぶん、できるから」


 しおんの返しはいつも静かで、でも妙に説得力があった。


 担任も頷く。


「いいな。それなら準備班と装飾班が中心になるか」


 その一言に、恒一は嫌な予感を覚える。


 準備班。

 装飾班。


 つまり、自分と朱莉、しおんがかなり近いところで動く可能性が高い。


 そしてその“動く可能性”に、ことねも凛もすぐ気づいた顔をした。


「……うわ」


 ことねが小さく言う。


「なに」


 恒一が聞くと、ことねは露骨に言いよどむ。


「いや、別に。今ちょっと、誰がどの班でどう絡むか見えたなって」


「それ今言う?」


 凛が低く言う。


「だって見えたじゃん!」


「見えても言わなくていいことあるでしょ」


「朝霧さんは見えたの?」


「見えた」


「じゃあ一緒じゃん!」


「だから言わないようにしてるんでしょ」


 そのやり取りに、周囲の何人かが苦笑していた。

 たぶんもう、このクラスの中では“黒峰の周りは少し面倒な空気を持っている”が共通認識になってきている。


     ◇


 昼休み。


 文化祭候補が「和風寄り展示+体験系」でかなり有力になったことで、空気は一段だけ具体的になっていた。


 前方の席で、ことね、凛、恒一、朱莉、しおんが自然に集まる。

 ましろは別クラスから様子を見に来て、いろははどこからともなく現れた。

 ひよりだけは今日は学食組らしい。


「で、もし和風縁日っぽいやつになるとして」


 ことねがメモ帳を広げる。


「装飾班と準備班が結構くっつくよね」


「くっつくって言い方やめて」


 凛が即座に刺す。


「組む、ね。組む」


「その訂正も大して変わらないと思うけど」


 朱莉が静かに言った。


「いや、だいぶ変わるでしょ!」


 ことねが反論する。


「“くっつく”は変に聞こえるじゃん」


「今のクラスだと、何言っても変に聞こえるよ」


 恒一が言うと、ことねは一瞬黙って、それから深く頷いた。


「……たしかに」


「納得早いな」


「でもほんとだもん」


 ことねは真面目な顔になった。


「だからこそ、最初に役割ちゃんと切らないとまずいんだよ」


「急に委員っぽいこと言うじゃん」


「昨日から言ってる!」


「言ってるね」


 凛が認める。


「そのへん、夢咲さんが一番分かってるかも」


 ことねが目を丸くする。


「え、なにそれ」


「いや、だって夢咲さん、“曖昧に一緒になるのが一番まずい”ってずっと気にしてるでしょ」


「そりゃ気にするよ!」


 ことねは机に身を乗り出す。


「だって今の状態で、“なんとなく黒峰くんと誰かが放課後残ってました”とか、“なんとなく買い出し二人でした”とか、一番ダメじゃん!」


「夢咲さん、そこまで言うと逆に具体的すぎる」


 凛が少しだけ呆れたように言う。


「でもそうでしょ!?」


「そうだけど」


「でしょ!」


 朱莉がそこで口を開く。


「なら、買い出しとか残り作業は最初から複数人固定にしたらいいんじゃない」


 全員がそちらを見る。


「三人以上で動く、とか」


「それ、かなりいいかも」


 ことねがすぐに食いつく。


「少なくとも、“二人きりで何かしてた”が減る」


「火乃森さん、そこ現実的だね」


 凛が言う。


「だって今その対策いるでしょ」


 朱莉は淡々としている。


「文化祭って、準備そのものより“どう一緒にいたか”の印象が残りやすいし」


 その言い方は、自分のこともちゃんと入っているように聞こえた。


 しおんが静かに頷く。


「三人くらいが一番いいかも」


「なんで?」


 恒一が聞くと、しおんは少し考える。


「二人だと空気が近い。四人以上だと散る」


「その中間か」


「うん。三人だと、ちゃんと作業もできるし、変な沈黙にもなりにくい」


 しおんらしい、空気の見方だった。


「じゃあ」


 ことねがメモ帳に大きく書き込む。


「買い出し・残り作業は三人以上。これはルール候補」


「文化祭準備なのに、まず作るルールがそこなの、だいぶ今のうちのクラスだな」


 恒一が言うと、ことねは苦笑した。


「仕方ないでしょ。こうなってるんだから」


 そう。

 こうなっているのだ。

 匿名のメモ一枚でさえ空気が変わるクラスで、文化祭準備が何も起こさないはずがない。


     ◇


 その日の放課後、実行委員補佐として、ことねと凛と恒一の三人は再び簡単な整理をしていた。


 クラスへの提案用メモ。

 係ごとの作業見込み。

 買い出しルール案。


「ねえ」


 ことねがペンを持ったまま、少しだけ真面目に言う。


「これ、文化祭の相談してるだけなのに、なんでこんなに“どう近くなりすぎないか”まで考えてるんだろうね」


「今さらだな」


 恒一が言う。


「でもほんと不思議じゃない?」


「不思議っていうか、必要だから」


 凛がきっぱり言う。


「必要なのは分かるけど、なんかちょっと変じゃん」


「変だよ」


 恒一も頷いた。


「でも、変だからって放置するともっと変になるだろ」


 ことねがそれを聞いて、少しだけ笑う。


「黒峰くん、最近そのへんちゃんと分かってきたよね」


「嫌な学習だけどな」


「でも大事なやつ」


 ことねはそう言って、メモの端に小さく丸を書いた。


「……よし。じゃあ次は、具体的に誰が何を買いに行くかの候補出しだね」


「うわ」


 恒一が本音を漏らす。


 凛が小さく息を吐く。


「来たね」


「来たな……」


 三人の視線が、同時にメモ用紙へ落ちた。


 そこにはまだ、何も書かれていない。

 でもその白さ自体が、これから先の面倒な未来を予告しているようで、やけに眩しく見えた。

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