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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第39話 オタクヒロイン、匿名に負けじと“分かりやすい差し入れ”を考える

 昼休みの終わりまで、黒峰恒一の机の上に置かれた差出人不明の焼き菓子は、結局開かれなかった。


 誰が置いたのか。

 なぜ匿名なのか。

 食べるべきか、食べないべきか。


 そんな話をしているうちに、あっという間に昼休みは終わってしまったのだ。


 午後の授業中も、恒一は何度か無意識にあの紙袋のことを考えていた。

 悪意はない、としおんは言った。

 ひよりは、食べ物の匿名差し入れは相当信頼している相手にしかしないと言った。

 凛は、名乗れない距離の好意だと整理した。

 朱莉は、匿名にする意味が分からないと言った。

 ことねは、匿名のほうが勇気がいる場合もあると言った。


 どれも正しい気がして、どれも一部しか説明していない気もした。


 結局、分からないままだ。


 分からないまま、終礼が終わる。


 教室の空気が帰り支度へ切り替わるころには、あの紙袋は机の中へしまわれていた。しまったのは恒一自身だ。机の上に置きっぱなしにしておくには目立ちすぎるし、かといって捨てる気にもなれなかった。


 そんなふうに、はっきりしないまま鞄へ教科書を詰めていると、隣の机のほうでごそごそと音がした。


「……黒峰くん」


 夢咲ことねだった。


「ん?」


「今日、ちょっとだけ付き合って」


 言い方がいつもより少しだけ静かだった。

 明るく押し切る感じではなく、でも遠慮しすぎてもいない。

 ことねなりに、ちゃんと話す気でいる時の声だ。


「どこ」


「購買」


「またかよ」


「またって言わないでよ!」


 ことねは頬をふくらませてから、すぐに苦笑した。


「でも、今回は変な流れじゃないから。たぶん」


「その“たぶん”が不安なんだけど」


「わ、私だって不安だよ。でも、行きたいの」


 そこまで言われると、断りづらい。


「……少しだけな」


「うん」


 ことねはぱっと顔を明るくした。

 その明るくなり方が、思っていたより素直で、恒一は少しだけ肩の力が抜けた。


     ◇


 放課後の購買は、昼休みとはまた違う賑わいをしている。


 部活前の軽食を買う生徒、帰る前に飲み物を買う生徒、新商品を物色する女子たち。蛍光灯の白い光の下で、パンの袋やお菓子のパッケージがきらきらして見えた。


 ことねは入り口で一度立ち止まり、ぐるっと棚を見回した。


「うわ、なんか久しぶりな感じする」


「数日前にも来てただろ」


「そうなんだけど、あの時は“寄り道”っていうより“事件現場”だったじゃん」


「否定できないな」


「でしょ」


 ことねは笑って、それから少しだけ真面目な顔になる。


「今日はさ、私、自分でちゃんと選びたいんだよね」


「何を」


「差し入れ」


 やっぱりその話か。


 恒一は棚に並んだ菓子を眺めながら、小さく息を吐いた。


「匿名のやつに対抗する気か」


「対抗っていうか……」


 ことねは少し考えてから言った。


「なんか、あれ見てたら、私はああいうの向いてないなってすごい思った」


「向いてない?」


「うん」


 ことねはチョコ菓子の棚の前で足を止める。


「だってさ、もし私が黒峰くんに何か渡したいって思ったとして、名前隠して机に置くとか、たぶん無理だもん」


「なんで」


「いや、恥ずかしいのもあるけど、それ以上に……」


 ことねはパッケージを一つ手に取って、また戻した。


「ちゃんと“私が渡した”って分かってほしい」


 その言葉は、驚くほどまっすぐだった。


 恒一はすぐには返せなかった。


 ことねは慌てたように笑う。


「あ、重く言いたいわけじゃないからね? そんな“受け取ってください、私の気持ちを!”みたいな話じゃなくて」


「いや、そこまで深刻には聞いてない」


「ほんと?」


「ほんと」


 ことねはほっとしたように息をつく。


「よかった。なんか今日ちょっと変に本音出るな……」


「それ、昼の会議のせいじゃないか」


「ある。絶対ある」


 ことねは棚から細長い箱菓子を取って、また別の棚へ移動した。


「でもさ、匿名の焼き菓子見て、ちょっと思ったんだよね」


「何を」


「“名前ない優しさ”って、たしかにきれいなんだけど、私がやると違うなって」


「違うって?」


「私、たぶんもっと分かりやすくしたいの」


 ことねはそこでくるっと振り向いた。


「だってさ、せっかく“これ黒峰くん向きかも”って思って選んだのに、誰が選んだか分からないのってもったいなくない?」


 その理屈は、ひどくことねらしかった。


 明るくて、率直で、ちょっと勢いがある。

 でもその勢いの根っこには、“自分が選んだものをちゃんと受け取ってほしい”という、かなり素直な願いがある。


「……たしかに、お前はそっちだろうな」


 恒一がそう言うと、ことねは少し目を丸くした。


「何その納得の仕方」


「いや、だって匿名で置くより、正面から“これどう?”って聞いてくるだろ」


「聞く!」


 ことねは即答した。


「絶対聞く。感想もちゃんと聞きたいし、“それ好きそうだと思った”って言いたい」


 やはり分かりやすい。

 でも、その分かりやすさが、今の恒一には少しありがたかった。


「で、何買うんだよ」


「今選んでるとこ」


 ことねは真剣な顔で菓子棚を見始めた。


 アニメやゲームのコラボお菓子、限定チョコ、スナック、クッキー、グミ。

 しばらく見比べたあと、彼女は一つの箱を取った。


「これ」


 見ると、有名アニメ作品とのコラボパッケージだった。個包装のクッキーらしい。パッケージには派手すぎない程度にキャラクターが印刷されていて、いかにも“オタク同士の差し入れ”としてちょうどいい。


「……らしいな」


「でしょ?」


 ことねが少しだけ得意そうに笑う。


「しかもこれ、見た目のテンション高すぎないのに、ちゃんと分かる人には分かるやつ」


「そこ重視なんだ」


「重視するよ!」


 ことねは箱を持ったまま、少しだけ照れたように言った。


「だって、いかにも“好きですアピール全開です!”みたいなのは今違うし。でも、“黒峰くん向き”っていうのはちゃんと伝えたいし」


 その匙加減が、いかにも今のことねだった。


     ◇


 レジを済ませて、購買の外の廊下へ出る。


 夕方の光が長く差し込み、廊下の床を淡く照らしている。行き交う生徒は昼休みよりずっと少ない。


 ことねは立ち止まり、買った箱菓子を両手で持ったまま、恒一を見た。


「はい」


「……今か?」


「今だよ」


 彼女は笑っている。

 笑っているけれど、少しだけ緊張もしている。

 それが分かるから、こちらまで変に背筋が伸びる。


「これ、黒峰くん向きだと思ったから」


 ことねは、いつもみたいに勢いだけで押し切らない。

 一つ一つ言葉を選ぶように続ける。


「甘いものだけど重すぎなくて、個包装だから気が向いた時に食べられるし、パッケージもたぶん嫌いじゃないだろうし」


「よく見てるな」


「見てるよ。そりゃ」


 その返しは自然だった。

 自然なのに、今は少しだけ熱を持って聞こえる。


「あと……」


「あと?」


「匿名にはしたくないんだよね、私」


 昼の話の続きだ。


 ことねは少しだけ視線をそらし、でも笑ったまま言う。


「別に、“私が一番です!”みたいな意味じゃないよ? そこまで堂々と言えるほど強くもないし」


「うん」


「でも、何か渡すなら“私が渡した”って分かってほしい」


 その言葉が静かに落ちる。


 購買の前の廊下で、二人のあいだにだけ少し静かな空気ができた。


 ことねは続ける。


「だってさ、黒峰くんって、ちゃんと感想くれるじゃん」


「まあ」


「それがうれしいから、なおさらかな。匿名だと、そのうれしさ半分になるっていうか」


 なるほど、と思った。


 ひよりは“感想がほしい”から匿名にしないと言った。

 ことねも少し違う形で、でも似たことを言っている。


 誰が選んだか分かって、その相手がどう受け取ったかが返ってくる。

 そこまで含めて“渡す”なのだ。


「……ありがと」


 恒一がそう言って箱を受け取ると、ことねは明らかにほっとした顔をした。


「うん」


 それから、ちょっとだけ意地悪そうに目を細める。


「で、感想は?」


「まだ食ってないだろ」


「あとででいい!」


「早いな」


「だって気になるし!」


 その感じが、やっぱりことねだった。


     ◇


 だが、星ヶ峰の放課後がそんなに甘く終わるはずもない。


「……へえ」


 後ろから聞こえた声に、ことねの肩がびくっと跳ねた。


 恒一も振り向く。


 そこにいたのは、朝霧凛だった。

 しかも一人ではない。

 少し離れた位置に、朱莉までいる。


 最悪だ。


「朝霧さん!」


 ことねが声を上げる。


「なんでいるの!?」


「購買に来ただけ」


 凛は平然としている。


「で、ちょうど出てくるところ見えただけ」


「その“ちょうど”が一番信用できない!」


 ことねが抗議すると、凛は肩をすくめた。


 朱莉は視線を箱菓子へ落とし、そして恒一へ戻す。


「へえ、差し入れ」


 その一言は静かだったが、意味はかなり濃かった。


「いや、これはその……」


 恒一が言いかけると、ことねが先に口を開いた。


「そう! 差し入れ! でもちゃんと名前つきの!」


 その言い方に、凛が少しだけ笑う。


「そこ強調するんだ」


「するよ!」


 ことねは半ばやけくそ気味だ。


「匿名の焼き菓子に対抗したかったの!」


「対抗って言っちゃうんだ」


 朱莉が淡々と刺す。


「うっ……いや、対抗っていうか、違いを見せたいっていうか」


「何の違い?」


 凛が聞く。


 ことねは一瞬だけ詰まった。

 それから、少しだけ頬を赤くして言う。


「私は、分かるようにやるってこと」


 その答えは、やっぱりことねらしかった。


 凛は数秒だけ黙る。

 朱莉も何も言わない。

 その沈黙が逆に重い。


 ことねはその空気に耐えきれず、恒一のほうを見た。


「……やっぱ今の、ちょっと恥ずかしいな」


「だろうな」


「フォローしてよ!」


「でも嘘じゃないんだろ?」


 恒一がそう返すと、ことねは一瞬だけ止まった。


「……まあ、嘘ではないけど」


 その言い方が妙に素直で、凛が小さく息をついた。


「夢咲さんって、ほんとそういうとこ分かりやすいね」


「悪い?」


「悪くはない」


 凛はそう言ってから、珍しく少しだけ優しい声で続けた。


「むしろ、そういうのは夢咲さんの強みでしょ」


 ことねが目を丸くする。


「朝霧さんがそんなこと言うの、ちょっとびっくりなんだけど」


「私だって、見えてるものは見えてるから」


 その言葉は短かったが、妙に本音っぽかった。


 朱莉もそこで口を開く。


「匿名じゃないのは、たしかにことね先輩っぽい」


「火乃森さんまで……」


「ただ」


 朱莉は視線を箱へ落とす。


「分かりやすく渡すのも、それはそれで目立つよね」


「うっ……」


 正論だった。


 匿名の差し入れは空気を濁らせる。

 でも、名前つきの差し入れは名前つきで空気を動かす。


 結局どちらにしても、今の黒峰周辺では“意味”が生まれてしまうのだ。


 ことねは観念したように肩を落とした。


「分かってるよ。分かってるけど、匿名にはしたくなかったんだってば」


 その言葉は、凛にも朱莉にも、そして恒一にもちゃんと届いた。


 誰にも見えないように机へ置くより、ちゃんと顔を見て渡す。

 そのほうが傷つく可能性もあるし、見られ方も増える。

 それでもそっちを選ぶのが、夢咲ことねなのだろう。


 凛は最後に一つだけ言った。


「まあ、いいんじゃない」


「え?」


「黒峰向きって思って選んだなら、それで」


 その言い方は素っ気ない。

 でも否定ではない。


 朱莉も小さく言う。


「そういうの、嫌いじゃないよ」


 ことねは目をぱちぱちさせてから、少し照れたように笑った。


「……なんか今日、思ったよりちゃんと受け取られるな」


「そりゃ、ちゃんと渡してるからでしょ」


 恒一がそう言うと、ことねはまた少し赤くなった。


「もう、黒峰くんさあ……そういうとこほんとずるい」


「なんでだよ」


「今それ言うの、だいぶ効くから!」


 購買前の廊下に、小さな笑いが生まれる。


 匿名の焼き菓子とは違う。

 これは、ちゃんと名前のある差し入れだ。

 だからこそ、そこに宿る感情も、少しだけはっきり見えてしまう。


 オタクヒロインは、匿名に負けじと“分かりやすい差し入れ”を選んだ。

 それは彼女なりの牽制であり、彼女なりの優しさであり、そして彼女なりの「私はここにいる」という主張でもあった。

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