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共学化したばかりの元女子高で、普通の青春を送るはずだった俺が重すぎる彼女たちに囲まれている~男子希少種の俺だけがやたら観察されている件~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第34話 生徒会長、噂の火元を静かに煽る

 水曜の放課後、黒峰恒一は生徒会室の前に立った時点で、もう帰りたかった。


 理由ははっきりしている。


 昼休みの学食で、毒島ひよりと代替肉ハンバーグ定食と謎肉スープを囲み、その途中で夢咲ことねと朝霧凛に見つかり、さらに“ちゃんと付き合うところが黒峰らしい”という、褒め言葉なのか面倒ごとの原因指摘なのか分からない評価まで受けた。


 それだけでもう十分だった。

 少なくとも、これ以上何か追加イベントが起きる余地はないと思いたかった。


 なのに、終礼のあと担任からさらっと言われたのだ。


「黒峰、生徒会から広報掲示の確認で呼ばれてるぞ」


 嫌な予感しかしない。


 広報。

 掲示。

 確認。

 その単語が並んだ時点で、浮かぶ顔は一人しかいなかった。


 皇玲華。


 星ヶ峰学園生徒会長。

 完璧な優等生の顔をして、他人の困った顔を見るとほんの少しだけ機嫌が良くなる人。

 つまり、今の自分にとって最も会いたくない相手の一人である。


「……失礼します」


 半分諦めた気持ちで扉を開ける。


 生徒会室の中はいつも通り整っていた。書類棚はきれいに揃い、掲示物の見本が壁際へ並べられ、窓から差し込む夕方の光が床に長く伸びている。静かで、整っていて、いかにも“仕事のできる人の部屋”という感じだ。


 その中心に、皇玲華はいた。


「いらっしゃい」


 穏やかな声。

 でも、その目の奥にあるものだけは穏やかではない。


 玲華は机上の書類から顔を上げ、恒一を見るなりほんの少しだけ笑った。


「ちゃんと来たのね」


「来ないとあとで面倒そうだったので」


「賢い判断」


 やっぱりこの人は嫌だ。


「で、何ですか」


 単刀直入に聞くと、玲華は机の上のクリアファイルを一枚取り上げた。


「広報掲示の件」


「やっぱりそれですか」


「やっぱり、って何かしら」


「今それで平和じゃないの、先輩も知ってるでしょう」


 恒一がそう言うと、玲華は否定せずに口元だけで笑った。


「ええ。知ってる」


 それをそんな綺麗な顔で言うな。


 玲華はファイルから何枚か紙を抜き出し、机へ広げた。そこには掲示板へ載せた写真の印刷見本と、広報コメントの校正紙があった。オリエンテーション当日の写真も混ざっている。もちろん、四班の写真もだ。


「一応、広報としては整理しようと思ってるの」


「整理?」


「掲示の位置と、校内投稿の並び順を少し変えるだけ」


 それ自体は、たしかに生徒会長の仕事として自然だ。

 自然だが、この人が関わると“それだけ”で済む気がしない。


「何か問題でも?」


 恒一が聞くと、玲華は少しだけ首を傾げた。


「問題というより、反応が面白いのよね」


 ほら来た。


「正直に言いすぎじゃないですか」


「隠してないもの」


 玲華は平然としている。


「だって、オリエンテーションの写真なんて、ふつうは“班で協力しました”くらいの印象で終わるのに、四班だけ妙に空気があるんですもの」


「その“空気がある”って言い方、本当に嫌なんですけど」


「でも事実でしょう?」


 言い返せない。

 それがまた腹立たしい。


 玲華は一枚の写真を持ち上げた。

 旧校舎前、四班の集合に近い構図。

 ことねの距離、朱莉の自然な前寄りの位置、凛の視線、しおんの静かな目、ましろの入り込み方、いろはの外側からの角度。

 そして、中心へ黒峰恒一。


「これね」


 玲華が写真の端を指先で軽く叩く。


「変に隠そうとするより、そのまま出したほうがいいタイプの写真」


「……どういう意味ですか」


「下手に四班だけ外したり、黒峰くんの写り込みを減らしたりしたら、逆にみんな“何かあったのかな”って思うでしょ」


 たしかに、それはそうかもしれない。


 妙に隠されたものほど目立つ。

 玲華の言うことは、広報としては正しい。

 正しいのだが、どうしても信用しきれない。


「つまり、消す気はないんですね」


「ないわ」


 即答だった。


「ただし、煽るつもりもない」


「それ本当ですか」


「本当」


 玲華はそこだけは真面目な顔で言った。


「露骨に目立たせる気はないの。だって、そういうのって品がないもの」


 なるほど。

 この人は“煽る”にしても、もっと上品なやり方を選ぶのだ。


 最悪である。


     ◇


「でも」


 玲華はそこで、少しだけ視線を細めた。


「完全には消さない」


「やっぱり煽ってません?」


「煽ってないわ。残すだけ」


「その“残すだけ”が一番危ないんですよ」


 玲華は笑う。


「分かってきたじゃない」


 いや、分かりたくない。


「だって、変に隠すほうが逆に目立つでしょ」


 その理屈は正しい。

 正しいのだが、やっぱりこの人はその“正しさ”を少し楽しんでいる。


「それで」


 玲華は写真を戻し、新しい紙を引き寄せた。


「今の噂、どのくらいまで行ってる?」


「俺が知りたいです」


「でも少しは分かってるでしょう?」


 問われて、恒一はため息をつく。


「“誰と一番仲いいの”とか、“最近誰とよくいるの”とか、そのへんです」


「そう」


 玲華は頷いた。


「まだ可愛い段階ね」


「可愛いで済ませないでください」


「だって本当にそうだもの」


 玲華は紙を整えながら続ける。


「今はまだ、誰も“確定”を持ってない。ただ、距離感だけ見て勝手に線を引いてる段階」


 それもたしかに、その通りだった。


 ことねは“最初に話が通じた位置”を持っている。

 朱莉は“昔から近い”という強さがある。

 凛は“ちゃんとしているところを見ている”。

 しおんは“静かな視線”。

 ましろは“生活導線”。

 いろはは“欠点”。

 ひよりは“食べ物”。

 どれも違う。

 だからこそ周囲は、一本の線ではなく、何本もぼんやりした線を引きたがる。


「……先輩、楽しんでますよね」


 恒一がじとっと言うと、玲華は否定しなかった。


「少し」


「少しじゃないでしょう」


「でも、悪意はないわよ」


「それが一番厄介なんです」


 玲華はくすっと笑って、椅子へ少し深く座り直した。


「ねえ、黒峰くん」


「何ですか」


「今のところ、一番扱いが難しいのは誰?」


 またそれか。


「答えませんよ」


「じゃあ、一番分かりやすいのは?」


「それも答えません」


「じゃあ、一番静かなのに深いのは?」


 その質問だけ、少しだけ胸に引っかかった。


 しおんの写真の視線を思い出す。

 だが、それを玲華へ渡すのは絶対に良くない。


「……先輩、自分で見えてるでしょう」


 恒一がそう返すと、玲華はほんの少しだけ満足そうにした。


「そういう返し、嫌いじゃないわ」


「褒められてる気がしない」


「ええ、半分は面白がってるから」


 清々しいほど正直だ。


     ◇


 そこで、扉がノックされた。


「失礼します」


 聞き覚えのある声に、恒一は嫌な予感を覚える。


 入ってきたのは、広報委員らしい一年女子ではなく――夢咲ことねだった。


「うわ」


 思わず本音が出た。


「何その反応!」


 ことねが抗議する。


「いや、今ここに来るのはだいぶ危ないだろ」


「だって生徒会長に呼ばれたって聞いたから!」


 それをわざわざ追ってくるのもどうなんだ。


 だが、ことねらしいと言えばことねらしい。

 気になることは放っておけない。

 しかもそれが黒峰絡みならなおさらだ。


「夢咲さん」


 玲華が綺麗に微笑む。


「ちょうどよかったわ」


 よくない。

 全然よくない。


「広報写真のこと、少し聞きたいの」


「え、私ですか?」


「ええ」


 ことねが一瞬だけ恒一を見る。

 助けを求めるみたいな目だが、こちらにもどうしようもない。


 玲華は机の上の写真を一枚取り上げた。

 ことねが黒峰のすぐ横で、何か話しかけている瞬間の写真だ。

 笑っている。自然に近い。距離も近い。

 どう見ても“楽しそう”がそのまま写っている。


「これ」


 玲華が言う。


「夢咲さん、わりと分かりやすいわよね」


「うっ」


 ことねが固まる。


「え、えっと、何がですか……」


「近づき方」


 直球すぎる。


「そ、それは、その、班行動だったし……!」


「ええ、もちろんそう」


 玲華はあくまで穏やかだ。

 穏やかなのに、逃げ道だけはじわじわ狭める。


「でも、班行動だからって、誰でもああいう顔になるわけじゃないでしょう?」


 ことねの顔がじわっと赤くなる。


 やめてやってくれ。

 いや、ことねがそう見えるのは事実かもしれないが、本人の前でそんな丁寧に言語化するな。


「……先輩」


 恒一がさすがに止めに入る。


「夢咲いじるの、そのへんで」


 その瞬間、ことねの目がこちらを見る。

 少し驚いたような、少しうれしそうな、妙な顔だった。


 玲華はそれを見て、さらに笑みを深くした。


「あら、庇うのね」


「そういう言い方やめてください」


「でも事実じゃない?」


「先輩」


「はいはい」


 玲華は肩をすくめた。


「じゃあ質問を変えるわ」


 まだ続くのか。


「夢咲さん、四班の噂って、今どう見えてる?」


 ことねはまだ赤い顔のまま、でも今度は少し真面目に考えた。


「……なんか、変に“誰が一番か”みたいな話にされるのは、違うかなって思います」


 その答えは、ことねらしかった。


「だって、みんな近い理由違うし」


 玲華が目を細める。


「いいわね、それ」


「え?」


「その答え、正しいと思う」


 ことねは拍子抜けしたように瞬きをした。


 玲華は机上の写真へ視線を落としたまま続ける。


「外から見ると、誰が一番近いかって一本の線にしたくなる。でも実際は、一本じゃないのよね」


「……そうですね」


 ことねが小さくうなずく。


 恒一はそのやり取りを聞きながら、妙な気持ちになっていた。

 玲華はやっぱり面白がっている。

 だが、見えているもの自体はたぶんかなり正確だ。


「だから」


 玲華はさらっと言う。


「消しもしないし、変に整理もしない」


「え?」


 ことねが首をかしげる。


「噂も、今の温度ならまだ放っておいていいと思ってるの」


「放っておくんですか」


 恒一が聞くと、玲華は頷く。


「変に火消しすると、かえって燃えるもの」


 それもまた正しい。

 悔しいほど正しい。


「ただし」


 そこで玲華は、また少しだけ危ない笑みを見せた。


「そろそろ、一度全員同じ場に集めたいわね」


 背筋が冷えた。


「……何を言ってるんですか」


「別に大げさなことじゃないわよ」


 玲華は楽しそうに言う。


「たとえば、生徒会主催の座談会とか、一期生交流会とか」


「それ、大げさに聞こえないと思ってます?」


「思ってない」


 思ってないのかよ。


「でも、あの子たちを同じテーブルへ置いたら、すごく面白い空気になるでしょう?」


 最低だ、この人。


 ことねもさすがに引き気味の顔になる。


「生徒会長、それ、だいぶ危ない発想じゃないですか……?」


「危ないかしら」


「危ないです!」


 二人の声が少しだけ揃って、玲華は心底楽しそうに笑った。


 やっぱり最悪だ。

 だが、それでもこの人は止まらないのだろう。


     ◇


 生徒会室を出るころには、外はもうかなり夕方だった。


 廊下へ出た瞬間、張り詰めていた空気が少しだけほどける。

 ことねが深いため息をついた。


「……疲れた」


「俺もだよ」


「生徒会長、絶対ちょっと楽しんでるよね」


「ちょっとじゃない」


「だよねえ……」


 ことねはそう言ってから、少しだけ真顔になった。


「でも、さっきの“みんな近い理由違う”ってやつ」


「うん」


「私、あれたぶんほんとだと思う」


 それは、今までの話の積み重ねとしてすごく自然だった。


 ことねは“話が通じる位置”。

 朱莉は“昔からの位置”。

 凛は“ちゃんとしてるところを見る位置”。

 しおんは“静かな視線の位置”。

 ましろは“生活に合う位置”。

 いろはは“欠点を見つめる位置”。

 ひよりは“食べ物を共有する位置”。


 どれも一本の線では言えない。

 だからこそ、外から見ると余計に面倒なのだ。


「……帰るか」


 恒一が言うと、ことねは少しだけ笑った。


「うん」


 でも、その笑いのあとで小さく呟く。


「“全員同じ場に集めたい”は、ほんとやめてほしいな……」


「俺もだ」


 それだけは、心の底から同意できた。


 平和を保つために何もしないほうがいい時もある。

 そして、玲華はたぶん、その逆を一番やりたがる人だ。


 生徒会長が噂の火元を静かに煽る。

 それは、今後の星ヶ峰にとってかなり危険な兆候でしかなかった。

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