先輩と後輩
(やっぱり早まったかなぁ)
あの子供の姿をした神様の"お願い"を引き受けたはいいけれど、やはり身一つで異世界に飛ばされるというのは少々緊張する。
いや、そもそも体は元の世界に置いてきているのだ。
身一つですらない、死なずに精神だけの異世界転移など、最近のアニメーションでも見たことはない。
(っていうか、『向こうでの体はこっちで準備する』なんて言ってたけど、この体全然動かないんだが……)
現在青年は先の白一色の空間から一転、今度は真っ暗な闇の中で身動きが取れずにいる。
青年は自分がどんな姿をしているのかすら把握できていない。
そんな永遠にも思える暗闇の静寂は、1人の女の声によって破られる。
「もしもーし、だれかいるー?」
(うお!?びっくりした!誰だ!?)
「んー?多分これ……だよね、どうやって起動するんだっけ、あれー?おねぇちゃん、はいないんだった」
女の声と共に、真っ暗な闇の中、鉄板を叩いたようなゴンゴンという鈍い音が鳴り響く。
(おいおい、何してんだよ……。怖ぇよ、てか誰なんだよ、こいつか?俺が守らなきゃいけないっていう女の子って)
神様の話では、『ライラ』という女の子を守れ、とのことだったが、容姿や特徴を確認しようにも、青年はいまだ闇の中だ。
「あ、あった。これをこうして、あれ?はまらない、あ、逆だった」
声の主はぶつぶつと独り言を言いながら、青年の体をガチャガチャと弄り始める。
(なんの音なんだよ……。何も見えねーし、音だけ聞いてるとめっちゃ怖いんだけど)
「あ、できた!」
女の声と共に、カシャコンというやけに機械的な音が体の中に鳴り響く。
そして、暗闇の中でテレビをつけたように、パッと周囲の映像が映し出される。
そして異世界に転移して初めて目にしたものは、上目遣いでこちらを覗き込む、美少女の顔のドアップだった。
(うわ!めっちゃ可愛い!!!!)
急に飛び込んできた映像に思わず心の中で叫んでしまった。
「は!?……な、何言ってんの、ばかなの!?」
目の前の美少女は、目に見えて狼狽えている。
(ん?声は出してないはずだけど、聞こえてんのか?)
声を出してない、というより、出せない。
目の前に映し出された映像も、肉眼で見ているそれではない。
テレビを見ているというよりは、元の世界のVRゲームに近い。
(これって、VRのギャルゲーの世界に転移したってことか!?)
「は?まじで何言ってんの!?ぶいあーる?ぎゃる?」
目の前の美少女は、明らかに青年の心の声に反応している。
(俺の声が聞こえるのか?)
「聞こえてるから、喋ってんでしょ」
(やべぇ、めっちゃ可愛い、声も可愛い、スタイル良!芸能人でもこんな可愛い子見たことないぞ)
「……ぅるさい」
(こんな可愛い子がいるなら、異世界転移も悪くないな)
「うるさい!!」
女は顔を真っ赤にして声を上げる。
怒った声ですら、ずっと聞いていたいと思うほど澄んだ声だった。
(ああ、ごめん。でも心の声なんだから、どうしようもないんだよ。考えてることが全部筒抜けとか、俺だって恥ずかしいよ)
青年は、目の前の女を改めて観察する。
透き通った緑色の長い髪に、まだ幼さを残す端正な顔立ちは、お伽話の妖精を思わせる。
胸元には黒を基調とした短いトップスを身につけ、その上から白と緑を基調とした薄手の上着を無造作に羽織っている。
肩を出したまま袖を通しているせいか、どこか気崩したような着こなしだ。
腰には幅広のゴツいベルトを巻き、短い黒のパンツからはすらっとした足が伸び、腰にはいくつもの装飾が施されている。
足元は花の装飾があしらわれた編み上げのブーツ。
首元には黒いチョーカー、溢れそうな胸元や耳には金色のアクセサリーがいくつも揺れていた。
清楚な顔立ちに反して少し不機嫌そうな表情。
そして露出の多い服装と、大変好ましいことこの上ない。
などと事細かに頭の中で解説してみたが、彼女を一言で説明するならば超絶美少女の、ギャルだ。
「…………気持ち悪い」
(ああ、終わった……最悪だ。この心の声は、オンオフの機能とかないんだろうか)
女ははだけさせていた上着を羽織り直して、首まできっちりとボタンを止める。
「はぁ、あたし以外には基本聞こえないから大丈夫よ」
そう言って女はこちらへ近づき、体の各部をぺたぺたと触っている。
触られているのはわかるが、感覚という感覚がない。
それと、今気がついたが、周囲の景色は見れるようになったが、体は依然として動かせない。
「まだ起動には時間かかるみたい。何千年と放置されてたものだから、壊れてないといいけど」
(なぁ、あんたがライラか?俺、神様に女の子を守れって言われて来たんだけど)
「あたしはライラじゃないわ。ライラは、もうすぐここに来る、ツノの生えた女よ」
(じゃあ、あんたは誰なんだ?)
女は、青年の体のあちこちに、艶かしく指を這わせながら答える。
「あたしはア……アインス」
(アインスか、意味はわからないけど、いい名前だと思うよ)
「……あっそ。はい終わり」
アインスは機械仕掛けの体のチェックを終えて、そっと青年から離れる。
「あと数分もしたら動けるようになるわ、そしたら、あんたはあんたの役目を果たしなさい。あんたはこれからあの子供に散々こき使われるはずだから、同僚としてお悔やみ申し上げるわ。ま、せいぜい頑張んなさい」
(同僚……ってことは、アインスもあの神様にあったことがあるのか)
「馴れ馴れしく呼び捨てないで、あたしのが先輩」
(ああ、そうすか。“そうは見えないけど"さーせん先輩)
そう言ってアインスは腰に手を当てて、先ほどから変わらぬ不機嫌そうな表情でこちらをじーと見つめる。
(……なに?)
「あたしに名乗らせたんだから、あんたも名前くらい教えなさい。またどっかで会うかもしれないし」
(ああ、そっか、名前か。俺は、浦島……太郎)
「ふーん、ウラシマ……変な名前ね。あんたは喋れないからここに書いといてあげるわ」
そう言うとアインスは、機械仕掛けの体の胸部に、青年には読めない文字を焼き付けていく。
「それじゃさよなら。……ライラのこと、よろしくね」
アインスは青年に背を向けて歩き出す。
(あ、待ってくれ、今更だけどさ、あの神様って、ほんとに信用していいのかな?)
「あの子供が神様かどうかはあたしは知らないし、どうでもいい。——でも悪いようにはならないと思う」
(じゃあ、あの神様ってなんて呼ばれてるんだ?)
アインスは半歩だけ振り返り、その横顔にわずかに笑みを滲ませる。
「デウス・エクス・マキナ」
——————
少女が去った後、ウラシマは先刻の神様とやりとりを思い出していた。
神に願われ、問答無用で異世界に飛ばされるのかと思いきや、神様はこちらの質問には全て答えてくれた。
(でも、こっちから質問しなきゃ何も教えてくれないんだよな)
その辺は、人間と神様の違いなのか、あの神様はコミュニケーションが上手くない。
そのため、話題がなくなるまでたっぷり数時間は問答を続けたのだが。
(ライラっていう女の子を守るって言っても、具体的にどう守ったらいいのかわかんないよ)
聞くところによると、この世界は剣と魔法のファンタジー世界らしく、迫り来る敵から世界の命運を握る女を守って旅をする。
——みたいに勝手に思っていたのだが、実際敵とはなんだ?魔物か?悪意か?それとも世界か?——わからん。
(もっと俺の仕事について、具体的に聞いときゃよかったなぁ、"魔王"だの、"この世界の秘密"だの、"こっちの世界の2柱の神様のこと"なんて、12年しか時間のない俺には関係ない情報だったかもな)
なんでも答えてくれるとはいえ、異世界に行くのに必要な知識など、あんな場面で出てくるわけもなかった。
そんなことを考えてるうちに、先ほどから体のあちこちでガチャガチャとうるさかった機械音が、急に静かになる。
プシューとガスか何かが抜けるような音と共に、青年の体は起動が完了した。
(できれば生身の体がよかったんだけど、これはこれで悪くないな)
巨大ロボットに乗って敵と戦う。なんてのは、男なら誰しも一度は夢見るシチュエーションではなかろうか。
(ま、この体は巨大でもなければ、ロボットというよりパワードスーツといった感じだけどな)
動けるようになったウラシマは、早速自らの体を調べ始める。
それは、人間を模した兵器だった。
だが、人間で言うところの頭部は存在しない。
2メートルを悠に超える巨体。その全身を覆い尽くしているのは、黒く鈍い光を放つ分厚い金属装甲だった。
肩は異様なほど大きく張り出し、胸板は人間の胴体とは比べものにならないほど分厚い。
対して腰は細く絞られ、その姿は人間というより、巨大な戦闘兵器に無理やり人の形を与えたようだった。
そして何より異様なのが、その両腕だった。
巨木の幹ほどもある前腕を分厚い装甲が覆い、その長さは自身の身長とほぼ同じ長さだ。
その先には人間の頭ほどもある巨大な拳がぶら下がっている。
これで人間など殴ろうものなら、それがどうなるかなど想像したくもない。
自身の姿を確認し終えたウラシマは、ようやっと自分の周囲に目を向けるだけの余裕が出てきた。
(ここは一体どこなんだろ、何して待ってりゃいいんだ?)
手持ち無沙汰になったウラシマは、周囲を探索してみる。
だが、探索といっても、この部屋——というより空間には有益そうなものは何一つなかった。
床や壁、天井などは全て石造りのだだっ広い空間で、天井は所々崩れており、日の光が差し込んでいる。
建物の中、もしくは窓がないので、地下かもしれない。
周囲は崩れた壁や天井の瓦礫が散乱しているだけで、この場で得られる情報はほぼない。
そしてなんの気無しに、目の前の瓦礫を手に取ってみる。
元の世界の姿なら、持ち上げることすら不可能な大きさの瓦礫を、このパワードスーツは小石でも弄ぶように片手でひょいと持ち上げてしまう。
そしてわずかに力を入れると、瓦礫はあっさりと手の中で粉々に砕け散る。
(……おいおい、ちょっとパワーが過剰すぎるんじゃねぇの?)
などと思ったが、神様がこれほどの体をウラシマに与えたということは、このパワードスーツの力が必要な何かがいるということだ。
(魔物とか……やっぱりそーゆう系の怪物か?)
「ほう、これは珍しいな」
スーツのパワーに驚愕していると、不意に背後から声をかけられる。
ウラシマは驚いて振り向くと、そこには一羽の鴉が瓦礫の上にとまっていた。
「アンシェントゴーレムか。貴様、中に誰かいるな?」
(え、鴉が喋ってる!?この世界じゃこれって普通なの?)
「……驚き、戸惑い、疑問?ふん、わからんな」
(おい、聞こえないのか?——そっか、アインス以外には基本聞こえないんだっけか)
「疑問、諦観。——こちらの言葉がわかるか?ゴーレム。わかるならば右腕を動かせ」
ウラシマは言われるがまま、カラスの言葉通り右手を動かす。
「ふむ、こちらの言葉はわかるようだな」
(あんたには聞こえないのか?)
鴉は首を傾げて、その黒い瞳でこちらをじーと見つめる鴉と"目"が合う。
外見を見ているというよりは、中身である俺を見ているような気がした。
「また疑問か、悪いがこちらは貴様の言葉はわからない。ただ感情を読み取っているにすぎないからな」
(そっか、まぁ喋れないもんな。身振りで意思の疎通を図るしかないか)
「ただ、感情があるということは貴様が使徒か?」
(使徒?パターン青か?なんの話だ)
「困惑……肯定でも否定でもないか。まぁいい」
鴉は続ける。
「貴様はかの者から、何らかの使命を授かっているのではないか?」
(かの者……神様のことか?ああ、女の子を守れって言われてる)
「肯定……そうか、ならば同輩だな、理解した。貴様は貴様の使命を全うするがいい。私はそれを見るだけだ」
(同輩?ってことはこいつも先輩なのか?)
「ウラシマ……貴様の名前か?」
(さっきアインスに適当に答えちゃっただけなんだけど、まぁ一応それでいいよ)
ウラシマの心の声に鴉は首を傾げる。
「肯定か?……まぁいい、お前の使命が何かはわからんが、誰か来るようだぞ?」
(え、誰かって)
その直後だった。
――ドゴォォォンッ!!
目の前の壁が、爆発した。
いや、違う。
爆発したのは壁ではない。
何かが、壁を突き破ってきたのだ。
轟音と共に大量の瓦礫が吹き飛び、ウラシマの巨体にまで雨のように降り注ぐ。
(うおっ!?)
反射的に腕を掲げる。
その隙間から、ウラシマは見た。
瓦礫と共に、何かが宙を舞っている。
赤い。
最初に目に入ったのは、その瞳だった。
次に、豪奢なドレス。
そして――頭から伸びる、二本の角。
少女だった。
まだ幼さの残る顔を苦痛に歪めながら、少女は壁を突き破った勢いのまま、こちらへ吹き飛ばされてくる。
(……え?)
神様に言われた。
女の子を1人、助けて欲しい。
名前は――
(ライラ……?)
次の瞬間。
少女はウラシマの胸元へ、ものすごい勢いで叩きつけられた。




