機械仕掛けの拳と龍鱗の男
壁をぶち破って吹っ飛んできた少女は、ウラシマの無骨な腕の中にすっぽりと収まっている。
頭から血を流して気を失っており、うーうーと苦しそうにうめいている。
(おいこれ大丈夫なのかよ!? 多分この子がライラって子なんだろうけど、すでに死にかけてんじゃねーか)
ウラシマは機械の体で、あわあわと人間臭く動揺していると、ぶち破られた壁の向こうから、複数の足音が聞こえてくる。
「さて、観念なさいませ。お嬢様。元より我々から逃げることなど、出来はしないとお分かりでしょう」
土煙の奥から現れたのは、タキシード姿の筋骨隆々の大男だった。
肥大した筋肉によりタキシードがミチミチとはち切れそうな悲鳴をあげている。
大男の顔には額から顎にかけて大きな傷があり、岩のように固そうな拳は、一目でただ者ではないとわかる風貌だ。
(嘘だろ……。こんなの勝てんのかよ!?)
いくらウラシマが超高性能なパワードスーツを身につけたからといって、まともに殴り合いの喧嘩もしたことのない一般人だ。
生身でトラックの前に飛び込んだ時よりも、生き残る希望が薄いように思えた。
目の前の男は、それだけの威圧感を放っている。
「う、うーん。……あら?あなたは、ゴーレム?」
腕の中の少女が目を覚ました。
頭からは依然として血が流れているが、見た目ほど出血は多くないようだ。
「降ろしてくださいます?」
少女ははっきりとした口調でそう告げると、こちらのレンズを真っ直ぐに見つめる。
ウラシマは、言われるがままゆっくりと少女を地面に下ろす。
「あら、こちらの言葉がわかるのでしょうか、賢いゴーレムさんですわね」
(とにかく、この子を守んなきゃいけないんだよな。まぁどうせ精神だけなら死ぬことはないし、やるだけやってみるか!)
少女を下ろした後、彼女を背中に匿うように前に出る。
「ん? なんだ貴様は。……アンシェントゴーレムか。古いだけのガラクタ風情が、邪魔だ」
タキシード男の目の色が変わった。
来る。と本能的に察したウラシマは、テレビで見たボクシングの構えをとる。
長い腕を前に突き出して構えをとった瞬間、タキシード男の姿が一瞬ブレる。
(???)
違和感を感じたその時には、前に突き出した腕の内側、というかすでに懐まで踏み込まれており、驚く暇もなく岩のような拳を正面からまともに受けた。
——ドゴォォォンッ!!
鉄の板をハンマーで打ちつけたような轟音が響く。
だがウラシマの体は、そんな轟音すらも置き去りにするほどの速さで、真後ろの壁に勢いよく叩きつけられる。
そのまま数メートルほど、壁にめり込んだところで、上から崩れてきた瓦礫の下敷きになる。
突然真っ暗になる視界に、ウラシマはただ呆然とするしかない。
(……へ?嘘だろ……負けた?こんなあっさり)
一拍遅れて何が起きたかを理解したウラシマは、ここにはないはずの心臓が、早鐘を打つのを感じた。
痛くはない、痛くはないが、生まれて初めて受けた相手からの本物の殺意。
この機械の体でなければ間違いなく死んでいる一撃。
恐怖で、ないはずの足が震えているような錯覚すら覚えた。
だが、ウラシマの体は動く。
トラックの前に飛び出した時のように、思考という思考はない。
ただ、本能が告げる。彼女を救えと。
あのタキシードの男は、ちょっとした海外旅行気分で異世界へ降り立ったウラシマの目を、完全に醒させた。
その瞬間、この場を生き残るためだけの思考が、高速で頭の中を駆け巡る。
瓦礫は小石のように軽く、軽く握れば粉々になる。
(やれる、やれるはずだ)
先の一撃を受けても、この機械の体には損傷らしい損傷は見受けられない。
この体が必要だった理由は、ウラシマが想像した通りだった。
ウラシマは両腕で周囲の瓦礫を跳ね飛ばしながら、勢いよく体を起こす。
視界に映るのは、筋骨隆々のタキシード男と対峙する、あまりにもひ弱なドレス姿の少女。
「さあ、参りましょう。お嬢様。——なに、悪いようにはいたしません」
「絶対に嫌ですわ! わたくしはもう帰りません! 籠に入れられ、誰とも知らぬ子を産み続けるだけの人生など、お断りですわ!!」
タキシードの男は、疲れたようにため息をつきながら少女の腕を掴み、捻りあげる。
「それがあなたに定められた運命ですので」
「わ、わたくしは抗ってみせます!」
ウラシマは足元に転がる瓦礫を掴み、タキシード男に向かって無茶苦茶な速度で投げつける。
長い腕の延伸力をフルに使った投擲は、当たると確信していた。
野球などやったことはないためコントロールなどないに等しい。
だがこの機械の体が俺の狙った場所に、誘導してくれる。
当たる!と確信していた投擲は、タキシード男がわずかに首を傾けただけで、避けられる。
「ゴーレム如きが、小賢しいマネを」
(ダメか、だったら、こいつで直接!)
ウラシマは鈍重な機械の体を前に倒し、拳を振り上げて駆けだす。
一歩目を踏み出した瞬間、足の裏から炎が吹き出し、背中のスラスターが唸りを上げた。
(速っ!!!??)
ウラシマは思っていた速さの何倍もの速度で、男の前に肉薄する。
だが、機械の補助にウラシマの方がついていけず、やや遅れて拳を振り抜く。
男は少女の腕を離して、傍に放ると拳を握り、再び迎撃の構えをとる。
——ゴォンッ!!
2人の拳が重なり、分厚い鉄板をハンマーで打ちつけたような轟音が鳴り響く。
凄まじい衝撃が周囲に弾け、床の砂埃が円状に吹き飛んだ。
(押せ! 押せぇぇぇ!!)
だが——動かない。
男は一歩も退かない。
それどころか、徐々にウラシマの拳が押し戻されていく。
直撃のはずだ。
ウラシマの背中ではスラスターが轟音を上げている。
その余波は背中に庇う少女を吹き飛ばす勢いだ。
(嘘だろ、こいつどれだけ強いんだ)
ウラシマは体を捻り、押し負けた拳を引く。
そして反対の腕を、下から突き上げるようにして拳を胴体に叩き込む。
その拳も交差した腕に防御され、男の体をわずかに浮かせるにとどまる。
そこからは防御の上からでもお構いなしで、ひたすらに滅多打つ。
ゴツゴツと骨を打つ鈍い音だけが何度も響き渡る。
スラスターは悲鳴をあげているが、休ませるつもりはない。
ウラシマはスラスターがオーバーヒートする寸前まで拳を打ち続けた。
そしてついにスラスターは限界を迎え、出力が落ちていく。
その隙をタキシード男は見逃してくれなかった。
こちらの勢いが弱まった瞬間、胴体に重すぎる一撃をもらう。
足の裏で地面を滑りながら、吹き飛ばされたウラシマは絶望する。
「ふむ、ガラクタだと思っていたが、私と渡り合うか」
(渡り合う!? 冗談じゃない、こっちは全体重にスラスターまで乗せたんだぞ、それで競り負けるとかありえないだろ)
そもそも相手は、その場から一歩も動かずにこちらの拳を迎え撃った。
避けることも、受け流すこともできたはずだ。
それなのにあえて全て正面から受けた。
そして、受けきった。
武人というやつだろうか。
ともかく、絶望的なまでの力量差だ。
衝撃によって舞い上がった土煙が、次第に晴れていく。
そして、腕を交差したままの男は、その構えをゆっくりと解く。
「——それで終わりか?」
そしてウラシマは見た。
男のタキシードの袖がちぎれて、そこから覗く腕を。
男の腕には真っ赤な鱗がギラギラと鈍く輝いていた。
「龍鱗!?」
先ほどまで一言も話さなかった少女が、男の腕を見て驚愕の声を上げる。
(なんだよあの鱗、さっきまではなかったじゃんかよ!?)
「ダメです!ゴーレムさん!逃げてください。あの人には勝てません!」
少女は、味方かもわからない得体の知れないウラシマに向かって、懸命に叫ぶ。
(っは!? そうか、逃げる!その選択肢はなかった。あいつを倒さなくても、彼女さえ生きてれば、それでいいはず!)
目的を撃破から逃走に切り替えたウラシマの行動は早かった。
いまだシューシューと冷却中のスラスターを、再び酷使して少女の元へ一直線に飛んでいく。
「——へ?」
そして少々乱暴に抱き上げた後、天井の穴に向かって跳躍のために膝を折る。
「——逃すと思うか?」
ウラシマは迫り来る男の拳をかろうじて避け、スラスターの勢いで周囲に粉塵を巻き上げる。
そしてそのまま天井の穴に向かって勢いよく跳躍する。
遠ざかる地面を見ながら、腕に抱いた少女を衝撃から守るように包み込む。
「逃がさんと言ったはずだ」
天井まで後わずかというところで、背後から絶望的な声が聞こえた。
体を捻って振り返ると、男は両手の指を組んで脳天から一気に振り下ろそうとしている。
直撃すればまた地面に叩きつけられてしまう。
(何か、何かないのか!?)
ウラシマが絶望に目を瞑りそうになった時、視界の端に赤いウィンドウが浮かび上がった。
(なんだこれ!?)
なんと書いてあるのかさっぱりわからないが、機械が誘導していることだけはわかる。
(やれやれやれやれーー!!)
「——む?」
ウラシマの操縦を離れて、機械が右手の掌を男へ向ける。
その瞬間、手のひらの中心で、何かが唸った。
——次の瞬間
『バーストインパクト』
直撃の瞬間を、ウラシマは目視できなかった。
音はなく、衝撃は振動として感じられたが、何が起きたのかわからなかった。
機械の右腕が勝手に動き出したと思ったら、タキシード男の姿は消えていた。
そして、もはや遠くなったの地面から衝撃音が聞こえ、大量の砂煙が巻き上がっていた。
その直後に、天井を突き抜けてウラシマと少女は外へと飛び出した。
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「ヴィンセント様、ご無事ですか?」
ヴィンセントと呼ばれたタキシードの男は、瓦礫をかき分けて立ち上がる。
「——私も歳だな。そろそろ、あとを継ぐ気はないか? クロード」
「冗談をおっしゃらないでください。無理です」
ヴィンセントは、千切れた上着を脱ぎ、クロードに放る。
「追いますか?」
クロードは冷静な声色で尋ねる。
ヴィンセントはゴーレムが去った天井の穴から、遠くの空を見上げる。
「いや、もうよい。私はあのお方を止められなかった。——これも定めということか」
「良いのですか?」
ヴィンセントは、孫を見送るような柔らかな眼差しに、少しの諦観を滲ませる。
「良いはずなかろう。だから陛下への言い訳くらいは、お前が考えておけ」
「はっ」
クロードは胸に手を当て一礼すると、その場を後にする。
「まったくライラ様は、どこまでもお母上に似てらっしゃる。この老骨の手には負えませぬよ、陛下」




