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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第三章 龍の国

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機械仕掛けの拳と龍鱗の男


 壁をぶち破って吹っ飛んできた少女は、ウラシマの無骨な腕の中にすっぽりと収まっている。

 頭から血を流して気を失っており、うーうーと苦しそうにうめいている。


(おいこれ大丈夫なのかよ!? 多分この子がライラって子なんだろうけど、すでに死にかけてんじゃねーか)


 ウラシマは機械の体で、あわあわと人間臭く動揺していると、ぶち破られた壁の向こうから、複数の足音が聞こえてくる。


「さて、観念なさいませ。お嬢様。元より我々から逃げることなど、出来はしないとお分かりでしょう」


 土煙の奥から現れたのは、タキシード姿の筋骨隆々の大男だった。

 肥大した筋肉によりタキシードがミチミチとはち切れそうな悲鳴をあげている。

 大男の顔には額から顎にかけて大きな傷があり、岩のように固そうな拳は、一目でただ者ではないとわかる風貌だ。


(嘘だろ……。こんなの勝てんのかよ!?)


 いくらウラシマが超高性能なパワードスーツを身につけたからといって、まともに殴り合いの喧嘩もしたことのない一般人だ。

 生身でトラックの前に飛び込んだ時よりも、生き残る希望が薄いように思えた。

 目の前の男は、それだけの威圧感を放っている。


「う、うーん。……あら?あなたは、ゴーレム?」


 腕の中の少女が目を覚ました。

 頭からは依然として血が流れているが、見た目ほど出血は多くないようだ。


「降ろしてくださいます?」


 少女ははっきりとした口調でそう告げると、こちらのレンズを真っ直ぐに見つめる。

 ウラシマは、言われるがままゆっくりと少女を地面に下ろす。

 

「あら、こちらの言葉がわかるのでしょうか、賢いゴーレムさんですわね」


(とにかく、この子を守んなきゃいけないんだよな。まぁどうせ精神だけなら死ぬことはないし、やるだけやってみるか!)


 少女を下ろした後、彼女を背中に匿うように前に出る。


「ん? なんだ貴様は。……アンシェントゴーレムか。古いだけのガラクタ風情が、邪魔だ」


 タキシード男の目の色が変わった。

 来る。と本能的に察したウラシマは、テレビで見たボクシングの構えをとる。

 長い腕を前に突き出して構えをとった瞬間、タキシード男の姿が一瞬ブレる。


(???)

 

 違和感を感じたその時には、前に突き出した腕の内側、というかすでに懐まで踏み込まれており、驚く暇もなく岩のような拳を正面からまともに受けた。


 ——ドゴォォォンッ!!


 鉄の板をハンマーで打ちつけたような轟音が響く。

 だがウラシマの体は、そんな轟音すらも置き去りにするほどの速さで、真後ろの壁に勢いよく叩きつけられる。

 そのまま数メートルほど、壁にめり込んだところで、上から崩れてきた瓦礫の下敷きになる。


 突然真っ暗になる視界に、ウラシマはただ呆然とするしかない。


(……へ?嘘だろ……負けた?こんなあっさり)


 一拍遅れて何が起きたかを理解したウラシマは、ここにはないはずの心臓が、早鐘を打つのを感じた。

 痛くはない、痛くはないが、生まれて初めて受けた相手からの本物の殺意。

 この機械の体でなければ間違いなく死んでいる一撃。

 恐怖で、ないはずの足が震えているような錯覚すら覚えた。


 だが、ウラシマの体は動く。


 トラックの前に飛び出した時のように、思考という思考はない。

 ただ、本能が告げる。彼女を救えと。

 

 あのタキシードの男は、ちょっとした海外旅行気分で異世界へ降り立ったウラシマの目を、完全に醒させた。

 その瞬間、この場を生き残るためだけの思考が、高速で頭の中を駆け巡る。

 

 瓦礫は小石のように軽く、軽く握れば粉々になる。


(やれる、やれるはずだ)


 先の一撃を受けても、この機械の体には損傷らしい損傷は見受けられない。

 この体が必要だった理由は、ウラシマが想像した通りだった。


 ウラシマは両腕で周囲の瓦礫を跳ね飛ばしながら、勢いよく体を起こす。

 視界に映るのは、筋骨隆々のタキシード男と対峙する、あまりにもひ弱なドレス姿の少女。


「さあ、参りましょう。お嬢様。——なに、悪いようにはいたしません」


「絶対に嫌ですわ! わたくしはもう帰りません! 籠に入れられ、誰とも知らぬ子を産み続けるだけの人生など、お断りですわ!!」


 タキシードの男は、疲れたようにため息をつきながら少女の腕を掴み、捻りあげる。


「それがあなたに定められた運命ですので」


「わ、わたくしは抗ってみせます!」

 

 ウラシマは足元に転がる瓦礫を掴み、タキシード男に向かって無茶苦茶な速度で投げつける。

 

 長い腕の延伸力をフルに使った投擲は、当たると確信していた。

 野球などやったことはないためコントロールなどないに等しい。

 だがこの機械の体が俺の狙った場所に、誘導してくれる。


 当たる!と確信していた投擲は、タキシード男がわずかに首を傾けただけで、避けられる。


「ゴーレム如きが、小賢しいマネを」


(ダメか、だったら、こいつで直接!)


 ウラシマは鈍重な機械の体を前に倒し、拳を振り上げて駆けだす。

 一歩目を踏み出した瞬間、足の裏から炎が吹き出し、背中のスラスターが唸りを上げた。


(速っ!!!??)

 

 ウラシマは思っていた速さの何倍もの速度で、男の前に肉薄する。

 だが、機械の補助にウラシマの方がついていけず、やや遅れて拳を振り抜く。

 男は少女の腕を離して、傍に放ると拳を握り、再び迎撃の構えをとる。


 ——ゴォンッ!!


 2人の拳が重なり、分厚い鉄板をハンマーで打ちつけたような轟音が鳴り響く。

 凄まじい衝撃が周囲に弾け、床の砂埃が円状に吹き飛んだ。


(押せ! 押せぇぇぇ!!)


だが——動かない。


男は一歩も退かない。


それどころか、徐々にウラシマの拳が押し戻されていく。

 直撃のはずだ。

 ウラシマの背中ではスラスターが轟音を上げている。

 その余波は背中に庇う少女を吹き飛ばす勢いだ。


(嘘だろ、こいつどれだけ強いんだ)


 ウラシマは体を捻り、押し負けた拳を引く。

 そして反対の腕を、下から突き上げるようにして拳を胴体に叩き込む。

 その拳も交差した腕に防御され、男の体をわずかに浮かせるにとどまる。

 そこからは防御の上からでもお構いなしで、ひたすらに滅多打つ。

 

 ゴツゴツと骨を打つ鈍い音だけが何度も響き渡る。

 スラスターは悲鳴をあげているが、休ませるつもりはない。

 ウラシマはスラスターがオーバーヒートする寸前まで拳を打ち続けた。

 そしてついにスラスターは限界を迎え、出力が落ちていく。


 その隙をタキシード男は見逃してくれなかった。

 こちらの勢いが弱まった瞬間、胴体に重すぎる一撃をもらう。

 足の裏で地面を滑りながら、吹き飛ばされたウラシマは絶望する。

 

「ふむ、ガラクタだと思っていたが、私と渡り合うか」


(渡り合う!? 冗談じゃない、こっちは全体重にスラスターまで乗せたんだぞ、それで競り負けるとかありえないだろ)


 そもそも相手は、その場から一歩も動かずにこちらの拳を迎え撃った。

 避けることも、受け流すこともできたはずだ。

 それなのにあえて全て正面から受けた。

 そして、受けきった。

 武人というやつだろうか。

 ともかく、絶望的なまでの力量差だ。


 衝撃によって舞い上がった土煙が、次第に晴れていく。

 そして、腕を交差したままの男は、その構えをゆっくりと解く。


「——それで終わりか?」

 

 そしてウラシマは見た。

 男のタキシードの袖がちぎれて、そこから覗く腕を。

 男の腕には真っ赤な鱗がギラギラと鈍く輝いていた。


「龍鱗!?」

 

 先ほどまで一言も話さなかった少女が、男の腕を見て驚愕の声を上げる。


(なんだよあの鱗、さっきまではなかったじゃんかよ!?)


「ダメです!ゴーレムさん!逃げてください。あの人には勝てません!」


 少女は、味方かもわからない得体の知れないウラシマに向かって、懸命に叫ぶ。


(っは!? そうか、逃げる!その選択肢はなかった。あいつを倒さなくても、彼女さえ生きてれば、それでいいはず!)


 目的を撃破から逃走に切り替えたウラシマの行動は早かった。

 いまだシューシューと冷却中のスラスターを、再び酷使して少女の元へ一直線に飛んでいく。


「——へ?」


 そして少々乱暴に抱き上げた後、天井の穴に向かって跳躍のために膝を折る。


「——逃すと思うか?」


 ウラシマは迫り来る男の拳をかろうじて避け、スラスターの勢いで周囲に粉塵を巻き上げる。

 そしてそのまま天井の穴に向かって勢いよく跳躍する。


 遠ざかる地面を見ながら、腕に抱いた少女を衝撃から守るように包み込む。


「逃がさんと言ったはずだ」


 天井まで後わずかというところで、背後から絶望的な声が聞こえた。

 体を捻って振り返ると、男は両手の指を組んで脳天から一気に振り下ろそうとしている。

 直撃すればまた地面に叩きつけられてしまう。


 (何か、何かないのか!?)


 ウラシマが絶望に目を瞑りそうになった時、視界の端に赤いウィンドウが浮かび上がった。


(なんだこれ!?)

 

 なんと書いてあるのかさっぱりわからないが、機械が誘導していることだけはわかる。


(やれやれやれやれーー!!)


「——む?」


 ウラシマの操縦を離れて、機械が右手の掌を男へ向ける。

 その瞬間、手のひらの中心で、何かが唸った。

 ——次の瞬間

 

『バーストインパクト』

 

 直撃の瞬間を、ウラシマは目視できなかった。

 音はなく、衝撃は振動として感じられたが、何が起きたのかわからなかった。

 機械の右腕が勝手に動き出したと思ったら、タキシード男の姿は消えていた。

 そして、もはや遠くなったの地面から衝撃音が聞こえ、大量の砂煙が巻き上がっていた。


 その直後に、天井を突き抜けてウラシマと少女は外へと飛び出した。



 ——————



「ヴィンセント様、ご無事ですか?」


 ヴィンセントと呼ばれたタキシードの男は、瓦礫をかき分けて立ち上がる。


「——私も歳だな。そろそろ、あとを継ぐ気はないか? クロード」


「冗談をおっしゃらないでください。無理です」


 ヴィンセントは、千切れた上着を脱ぎ、クロードに放る。


「追いますか?」


 クロードは冷静な声色で尋ねる。

 ヴィンセントはゴーレムが去った天井の穴から、遠くの空を見上げる。


「いや、もうよい。私はあのお方を止められなかった。——これも定めということか」


「良いのですか?」


 ヴィンセントは、孫を見送るような柔らかな眼差しに、少しの諦観を滲ませる。


「良いはずなかろう。だから陛下への言い訳くらいは、お前が考えておけ」


「はっ」


 クロードは胸に手を当て一礼すると、その場を後にする。


「まったくライラ様は、どこまでもお母上に似てらっしゃる。この老骨の手には負えませぬよ、陛下」


 

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