精霊の花屋とろくでなしの種まき
銀級冒険者パーティ〈銀の盾〉のリーダー、ガルドはメンバーを引き連れ、道の真ん中を闊歩する。
いつもと変わらぬ町並みの、ひとつの変化に気づく。
(あんなとこに花屋なんかあったか?)
廃業した酒場か何かだと思っていた建物の前に、色とりどりの花が並んでいる。
鉢植えに入った花はどれも見たことのない種類だ。
ガルドはそんな花屋の店先を眺めていて、足元に接近する何かに気づくのが遅れた。
「おっと、なんだお前!道の真ん中をうろちょろすんな、危ねぇだろうが」
足元には、ガルドの膝下ほどの身長で、緑色の髪を地面近くまで伸ばした幼女が、ニコニコと笑みを浮かべながら立っていた。
「おい、ガキ、遊ぶなら端っこで遊んでろ、怪我すんぞ」
「あい!」
大柄なガルドの迫力にも物おじせず、幼女はガルドを見上げ、後ろ手に持っていた花を差し出す。
「ああ?なんだそりゃ」
ガルドは幼女の前に膝をついて、差し出された花を受け取る。
「——くれんのか?」
「あい!」
幼女は手を挙げて元気よく返事をした。
「花なんざ、初めてもらったよ。ああ、いい香りだ。武運でも祈ってくれんのか?」
そう言ってガルドは胸のポケットに一輪の花を挿す。
「ププッ、おいおいリーダーに花だってよ!よく似合ってやすぜ、色男は辛いっすねー」
「ギャハハ……まったくだぜ、さすが俺たちのリーダー様だ」
後ろのパーティメンバーが、胸に挿した花を見て笑いだす。
「うるせぇ、黙ってろ!」
ガルドは外野を一喝すると、幼女の頭を軽く撫でてから、歩きだす。
「あー!!あーうー!」
すると幼女はガルドのズボンの裾を掴み、何かを訴える。
「あん?まだなんか用なのか?」
「お金よ!お金」
頭上から響いた声を見上げると、羽の生えた小さな人間が、静かな羽音と共に降りてきた。
「あ?なんだお前、ってちょっと待て、金取んのかよ?——おいおい、とんでもねぇ押し売りがあったもんだな」
「ブフォッ……リーダー、ガキンチョにぼったくられてるぜ、ブハハ、腹痛ぇ」
「さ、さすがだぜリーダー、こりゃ傑作だ。帰ったらみんなに言いふらさなきゃなぁ」
「黙れっつってんだろうが!!」
ゲラゲラと笑い転げるバカどもに、ガルドは顔を真っ赤にして拳を振り上げる。
メンバーは散り散りになって逃げていく。
「おい、チビ、いくらだ?」
おいおい買うのかよー、と飛んできたヤジを睨みつける。
「銅貨1枚よ!」
「なんだよ、押し売りにしちゃ慎ましい金額だな。だけどよ、わざわざ冒険者相手に吹っかけなくたっていいんじゃねぇか?」
目の前のチビ2人に舐められたと感じたガルドは、語気を強める。
「いいじゃない銅貨1枚くらい。それにその花、この子が魔力を練って育てた花だから、役に立つはずよ」
「なんの役に立つってんだ?」
ガルドは胸に挿した花に視線を落とす。
「食べればちょっとだけ魔力が回復するわ」
「いや、花を食う趣味はねぇんだが」
「だったら水袋にでも入れておけば?ポーションってやつになるんじゃない?」
「……お前さん、それマジか?」
「マジよー、でも効果は低いわよ」
並の冒険者じゃ手が出せないマジックポーションが、効果が低いとはいえ、銅貨1枚は頭のおかしい価格だ。
「あい!」
ガルドが驚愕していると、足元にいた幼女が何やら木の板を持って歩いてきた。
「なんだそりゃ?」
「その木の窪みに銅貨をはめるの。10枚集めるとあそこのパン屋で蜂蜜のパンと交換できるのよ!」
差し出された知育玩具のような木の板には、すでに1枚の銅貨が嵌め込まれている。
「ああ、そういうことか。だが、そんな貴重なもんを銅貨1枚で買い叩くことはできねぇ。効能はともかく、まずは銀貨で払わせてくれ」
「いらないわよ銀貨なんて」
ガルドの言葉に、ムッとした表情で言い返してくる。
「なんでだ?銀貨だぞ。パンだって100個は買える」
「——だってそれ、ここにはまらないじゃない」
「…………。」
「別にお金が欲しくてやってるわけじゃないし、この子の数の勉強でもあるんだから、邪魔しないで」
「……ガハハっ、そうかい。そりゃあ余計なお世話だったな。そんなら、おい!お前ぇらも金を……」
言い終わる前に、他の連中はすでに銅貨を取り出して緑髪の少女へと群がっている。
「お嬢ちゃん、オイラにもひとつおくれよ」
「俺も俺も!」
「ずりーぞ、俺が先だ!」
「あい!おはなー!」
チャリンチャリンと、木の板に次々と銅貨が嵌め込まれていく。
その様子に緑髪の少女はご満悦のようだ。
「いっぱい集まったねーアイルちゃん」
花屋の店の扉から、金色の瞳の鳥人が出てきて、アイルと呼ばれた緑髪の少女の頭を撫でる。
「お前……ルークじゃねぇか!ここしばらく見なかったが、花屋になったのか?」
「やぁガルドさん。久しぶり。——僕は友達の家に遊びにきただけさ。お花屋さんはこの子、アイルちゃんだ」
「お前……こんなガキどもに悪どい商売の仕方教えやがって、まったく碌でもねぇ奴だな」
ルークは悪びれる様子もなく、ぺろっと舌を出しておどけてみせる。
「こんな可愛い子から、綺麗な花をもらえるんだ。おやつ代のおひねりくらいあったっていいでしょう?——むしろ、あげたくなっちゃうでしょ?」
ガルドは柄にもなく、目の前の子どもの将来を心配しつつ、ルークへ花の効能について耳打ちする。
「あのチビも言ってたが、この花がポーションになるってのはマジなのか?」
ルークは和かな表情はそのままに、声のトーンを一段下げる。
「——市販のマジックポーションの1/5って感じかな?」
「……そうか、そいつは下手に広めるな。こいつは俺たちなんかより、新人どもに持たせてやった方がいい」
ルークは静かに頷く。
こいつはバカだが銀級だ、頭は悪くない。
こんなものが出回れば、どうなるかわからないはずがない。
「……わかった。新人どもにはそれとなく声をかけておく」
「よろしく頼みます」
ルークは居住まいを正し、軽く頭を下げる。
こいつ、わかってて俺に売りつけやがったな。
まったく食えねぇやつだ。
「おい、お前ぇら、わかってんだろうな」
「もちろんだぜリーダー。何かあればあのちびっこたちは、俺たちが守ってみせますぜ。この銀の盾に誓って」
「「おうよ!」」
そう言うと、一同は空に向かってパーティの象徴である銀の盾を掲げる。
「ケッ、チンピラみてぇな顔しやがって、何カッコつけてんだよバーカ」
「親玉が1番おっかねぇ顔してんのにな」
「ギャハハ、違ぇねぇ」
「さすがだぜ親分!」
「ぶっ殺すぞてめぇら!!!」
——————
バロウズ商会は王都でも名の知れた商会だけあって、その建物は立派だった。
ただし、品があるかと言われれば、話は別だ。
金箔を施した柱に、やたらと大きな飾り窓。入口には商会の紋章をこれでもかと掲げている。
金を持っていることを見せつけるために建てたような建物だった。
「たーのもー!」
ルークが入り口の前で騒いでいると、商会員が嫌な顔をしながら豪奢な扉を開ける。
「こ、これはこれはルークさん。ようこそお越しくださいました。商会長がお待ちです。ささ、こちらへ」
商会員はルークをさっさと中へ入れようとする。
ルークもそれに従い、毛足の長い絨毯を踏んでずかずかと中へと入る。
応接室へと案内されると、そこでしばらく待たされる。
しばらくすると、コツコツと踵を鳴らしながら、商会長が扉を開けて中へ入ってくる。
異国の正装だという、すらっとした白い服を身に纏い、恭しく頭を下げる。
「ルークさん。ずいぶんとお早いお着きでしたね」
「やぁ、パールさん。僕は君みたいに正確な時計なんて持っていないからね。忙しかったかい?」
「いえいえとんでもない。こちらからお呼びしたのですから、迎える準備も整っておらず、申し訳ない」
パールは胸に手を当てて、謝罪の言葉を口にするが、その目はすでに笑っていない。
「もう前置きと建前はいいよ。それで、僕を呼んだってことは、何かわかったのかい?」
先ほどまではおちゃらけていたルークは、空気が変わったのを感じ、本題へ入る。
「ええ、ですが説明よりも、まずは見てもらった方がいいでしょう。こちらへ」
パールは応接室を出て、地下へと続く階段を降りていく。
ルークもそれに続き、鍵のかかった扉をくぐり地下室へと足を踏み入れる。
「う、なんだいこの匂い」
地下室は強烈な獣臭が漂っていて、思わず鼻をつまみたくなる。
「ええ、あの魔物……いえ、ココアさんをお預かりしてから、我々で調査を進めていたのですが……」
パールは肩をすくめて、檻の中へと視線を促す。
「あらら、またずいぶんとご機嫌が傾いてるね」
檻の中で鎖に繋がれたココアは、獰猛な肉食獣さながらに、こちらを威嚇している。
「ココア、もう忘れちゃったのかい?僕だよ。君とは死闘を繰り広げた仲じゃないか、まったく寂しいよ」
完全にルークのことをわかっていないココアは、なおも喉を低く鳴らし威嚇する。
「最初の数日はおとなしかったのですが、日を追うにつれて凶暴化してしまって、今はもう手がつけられない状況なのです」
やっぱり魔力が溢れ出しているのが原因なのか。
先日はアイルが一時的に沈静化させたが、所詮は対症療法でしかなかったようだ。
ルークは鞄をごそごそと漁り、薄汚れた手拭いと人形、それと手のひらサイズの鉢植えを取り出す。
「それは?」
それらを箱に入れて、離れた場所にいるココアに向かって滑らせる。
ココアの前でぴたりと静止した箱に、警戒の色を強めた。
だが、その中にあるものが、見知ったものの匂いだとわかると、ココアの瞳に光が戻っていく。
「ココアの番とその子猫の匂いだよ。あと、アイルちゃんの花も」
僅かに理性を取り戻したものの、依然として苦しみ続けるココアを見ていると胸が痛い。
「なんとかならないかな?パールさん。——資金が足りないようなら、僕の能力で支払ったっていい」
ルークの言葉にパールは、一瞬考えるように視線を外す。
それがポーズであることは、ルークにもわかる。
彼は商人であり、損得でものを考える。
「でしたら、ルークさん。以前お話しした資金の輸送場所を、龍王国に変更なさいませんか?」
「龍王国に?」
「ええ」
ルークはその提案に難色を示す。
龍王国には、前に大量の金を落としてきたばかりだ。
その金が幸か不幸かはわからないが、あまり気は進まない。
「実はですね、今龍王国では、少々きな臭いことになっておりまして」
ルークは嫌な予感に、背中に一筋の汗が伝う。
「ルークさんがフォンティアに戻られたあたりから、あちらの国で妙な資金の動きがありまして、ね」
パールがちらりと流し目を寄越して、ルークは目を泳がせる。
「……俺のせい?」
「いえ、そこまではわかりかねますが」
十中八九お前の金が流れているぞ、と言外に示され、ルークは頭を抱える。
「それに、龍王国にはバロウズ商会の息のかかった、魔物の研究施設があります。そこならばココアさんについても詳しく調べられるでしょう」
(あーもう、だからこの人苦手なんだよな)
顔を上げたルークは、肩をすくめて潔く負けを認める。
「ですから、以前の聖獣探索のお礼も兼ねて、なんでも屋のみなさんと、龍王国での慰安旅行などいかがでしょうか?」
「宿は期待していいんだろうね?」
ルークは精一杯の反撃を試みる。
「ええ、それはもちろん、龍王国には良質な温泉も多数ございますし、とびきりの宿をお約束いたします」
「そりゃあ楽しみだね……はぁ……」
こうしてルークは、またしても自分の撒いた種を拾うため、ヴェルたちと共に龍王国へ向かうことになった。




