プロローグ 誰が為に異世界へ
(はぁ、俺は死んだのか……)
青年は、何もない真っ白な空間で目を覚ます。
ここがどこなのかはわからない。
でも頭の中ははっきりしていて、ここに来る前に何があったのかは覚えている。
赤信号とサッカーボール
飛び出した子供
反射的に体が動いた俺
トラックの白いヘッドライト
鈍痛
赤く染まっていく空
そして目が覚めてみれば、この白い空間。
(まぁ十中八九、死んだだろうな)
あっけないものだった。
順風満帆とはいかなくても、それなりに楽しく生きていた。
家族、友達……恋人、はいなかったが、まだまだやりたいことだってあった。
せめて、あの子供だけでも助かっていて欲しいが、それを知る術ももうないのだろうか。
それにしても、死んだかもしれない状況だってのに、意外と冷静だ。
悲しいことは悲しいが、こうも意識がはっきりしてると、死んだ実感が薄いのかもしれない。
(……とはいえ、いつまでここにいればいいんだ?)
このままずっとここに居なければならないのか。
そう思うとゾッとしない話だが、どうやらそうでもないらしい。
「はじめまして」
いつのまにか目の前には、子供が立っていた。
たった今、突然現れたようにも思うし、最初からそこにいたような気もする。
(お前は、誰だ?)
「君が思った通りの存在」
(俺が思った通りって……あれか、神様ってことか?)
「その認識で概ね間違いない」
目の前の子供……いや神様が青年の前にぺたんと腰を下ろす。
(ここは、どこなんだ?)
「君たちの言うあの世ってところに、最も近い場所」
そうか、やはり俺は死んだのだな。
これが全部夢か何かであったならば、どれだけ良かったことか。
(あんたは、ここで何をしてるんだ?)
「世界を見てる」
(この世界は、あんたが作ったのか?)
「うん」
(あの子供は、助かったのか?)
「少し怪我はした。でも生きてる」
(そっか、ならよかった)
子供の姿をした神様とやらは、俺の目の前に座ったままじっとこちらを見つめている。
(せっかく神様に出会ったってのに、意外と聞きたいことって思いつかないんだな)
「……そう」
(あ、神様ってことは、なんでもできるのか?)
「できる」
(じゃあさ、俺を生き返らせることって、できる?)
「できない」
(できないのかよ!)
なんとなくそんな気はしてたけどさ。
(それなら、あんたは何しにきたんだ?——俺をあの世に送るのか?)
「君にお願いをしにきた。あの世へは送らない」
(お願いって、俺に?)
「そう」
(普通そっちが叶えてくれるもんじゃないのかよ?)
「お礼はする。受けてくれるなら、なんでも願いを一つ叶える」
(じゃあ、生き返らせろって言ったら?)
「それはできない」
(なんでだよ!なんでも叶えるんじゃねーのかよ)
「君が生き返るためには、一度死なないといけないから」
(……は?)
「君が生き返るためには、一度死なないといけないから」
(いや、聞こえてるから!意味がわからないって言ってんの)
「ああ、なるほど。君は、自分が死んだと思ってる?」
(え?——死んでねぇの?)
「うん。生きてる」
(……なんだよ、てっきり死んだのかと思ってたわ。こんなところに連れてこられたら、紛らわしいじゃん)
「ごめん」
(……神様も謝ったりするんだな、いや別にいいけどさ。んで、お願いって何?)
「受けてくれるなら話す。——その前に、君は今、自分がどうなってるかわかる?」
(トラックに撥ねられた後のことはわかんないけど……でも生きてんだろ?)
「うん、生きてはいる」
(……めっちゃ怪我したとか?)
「うん、頭を打って、昏睡状態」
(——それで……いつ目が覚めるんだ?)
「12年後」
(は?……嘘だろ?)
「本当」
死んでなかったことは素直に嬉しいが、12年……。
上がりかけた気分が、一気に地の底まで落ちた。
「君には、選んで欲しい」
(……何を)
「選択肢は、2つ。1つは、今ここで眠って12年後に目覚める。
もうひとつは、君が眠っている間の12年間、僕を手伝って欲しい。そうしたら、願いを一つ、叶えてあげる」
(……その願いってのは、なんでも叶えてくれんのか?)
「うん、なんでも」
(あの子供が、道路に飛び出す前に助けることもできるか?)
「できる。君も怪我をしない」
(そうか、それなら……まてよ、なんでもできるんなら、なんで俺を手伝わせるんだ?)
「必要だから」
(あんたがやればいいじゃねーか、俺を騙そうとしてない?)
「してない。選択肢は提示してる。君は選ぶだけ」
まぁ確かに、騙してる感じはしない。
(あんたを手伝って12年経ったら、どうなるんだ?)
「君は病院で目を覚ます。そして願いがひとつ叶う」
あー、すごい悪いこと思いついた。
(その一つだけの願いってのはさ、叶える願いを3つにしてくれってのもできるのか?……ってまぁそんなわけねぇよな)
「できる」
(できるのかよ!)
無敵じゃねーか。
「でもそれだと、願いが増え続けてめんどくさいから、僕と同じことができるようにしてあげる」
(なんでもできるってこと?)
「そう」
この神様誠実すぎねーか!?
まぁ神様ってのはそういうもんなのかもしれねーけど。
誠実すぎるってのは、こんなにも胡散臭いんだな。
それとも、俺の心が汚いのか。
「手伝ってくれる?」
(まぁ、はじめから断るつもりはなかったけどさ)
「ありがとう」
(目覚めたら浦島太郎だなんてごめんだからな。——俺は何をすればいい?)
「——女の子を1人、助けて欲しい」




