精霊と迷い猫
ヴェルが不在のなんでも屋に、来訪者は突然やってきた。
昼食を終えてソファに寝転び、セシルのものと思わしき本を読むルーク。
その腹の上で、先ほどまでじゃれていたアイルが昼寝を始めて少し経った頃。
静かな昼下がり、あくびを噛み殺すルークの耳に、コンコンと遠慮がちなドアノッカーの音が響く。
(誰だ……)
ルークは瞬時に、この店を訪れる可能性のあるものを思い浮かべる。
ヴェルたちは依頼のため不在であり、情報屋のロックであればノックなどしない。
あとはギルドの関係者か、先日会ったバロウズ商会のパールあたりだが。
「あ、あれ、ここでいいんだよね……す、すみません、誰かいますか?」
そこまで考えてから、ドアの外からぼそぼそと不安げな声が漏れてくるのが聞こえる。
ルークは、腹の上で指を咥えて眠るアイルを起こさぬように、そっとソファに寝かせる。
そして店の前で待つ来訪者に声をかけ、ドアを開ける。
「はいはい、どちら様?」
ドアを開けると、来訪者は一歩下がって不安げにこちらを見上げてくる。
そこには見知らぬ顔の子供が立っていた。
12〜13歳くらいだろうか、頭には犬っぽい耳が付いており、その耳は可哀想なくらい不安げに垂れ下がっている。
「ん、どうしたの?——何か用?」
「——あの、ここが、なんでも屋さん、ですか……?」
ああ、お客さんか。
この店に客など来ないと思っていたため、その可能性を失念していた。
ただでさえ客など珍しいが、こんな小さな依頼人ならなおさらだろう。
ルークは腰を落として、客と思われる少女に目線を合わせる。
「そうだよ、ここがヴェルのなんでも屋だよ、ヴェルの知り合いかい?それともセシルちゃん?」
「あ、いえ、知り合いではないです。——その、冒険者ギルドから、ここに行ってみたらいいって言われて、その……」
「ああ、そうなんだ、じゃあ依頼をしにきたのかな?——でもごめんね、今店主のヴェルは不在で、しばらく帰ってこないんだ」
「あ、そうなん……ですね、でも私、どうしたらいいのかわからなくて……」
少女は途切れ途切れにそう口にすると、瞳からはポロポロと涙が溢れて、顔を伏せてしまう。
ルークはどうしたものかと、頬をぽりぽりと掻きながら小さく息を吐く。
「——俺でよければ、話くらいは聞けるけど?」
少女はゆっくりと顔を上げて、ルークの目を真っ直ぐ見つめる。
一縷の希望に縋るような、弱々しい眼差しに若干気圧されながら、とりあえず少女を店の中へと案内する。
少女を向いのソファに座らせ、とりあえずお茶を出してやる。
セシルが買ってきたお茶だが、まぁいいだろう。
そしていまだ眠ったままのアイルの隣に静かに腰を下ろすと、ルークは少女に向き直る。
「——それで、何か依頼をしにきたの?」
少女がお茶を一口含み、落ち着いた頃合いでルークが話始める。
「はい、実はずっと飼っていた猫が、いなくなっちゃって……」
そう言って少女は、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出してルークへ差し出す。
それは猫の絵が描かれた捜索願の紙で、冒険者ギルドの依頼書と同じ様式のものだった。
「あー、猫探しね。冒険者ギルドじゃ、あんまり受ける人いないかもね」
「はい、1週間経っても、誰も見つけてくれなくて……」
ルークはわずかに少女から目を逸らす。
ペット探しの依頼をわざわざ受注して、時間をかける冒険者などほぼいない。
子供の小遣い程度の報酬、かかる時間と労力に報酬が釣り合わない。
ほとんどが、たまたまそれっぽいのを見つけたら報告する程度だ。
金持ちが、破格の報酬を提示でもしていない限り、まず受けないだろう。ルークとてそうだ。
「ギルドの人が、ここなら受けてくれるかもしれないって言ってて」
そういうと、少女は再び俯いてしまう。
子供なりに、この場の空気を察してルークに断られる予感がしているのだろう。
ルークとて、子供にこんなふうに頼られたらなんとかしてやりたい気持ちはある。
だが、ルークは隣で眠るアイルに目をやる。
アイルを置いて出かけるわけにもいかず、どうしたものかと、視線が宙を泳ぐ。
「なーによ、誰か来てるの——お客?」
「あ、ルルちゃん、ごめんね起こしちゃった?」
沈黙の中、ルルがアイルのうなじのあたりから、髪の毛をかき分けて出てくる。
まだ眠そうに目をこすりながら、ルークの肩に腰を下ろす。
「いいわ別に、で、誰なのこのちびっこ」
ルルは自分のサイズを棚に上げて、目の前の少女を指差す。
「あーこの子は、えっと……」
そういえば名前をまだ聞いていなかった。
「あ、私、カミラといいます。すみません」
少女は俯きがちに自分の名を名乗る。
「うん、カミラちゃんは飼っていた猫を探してるんだってさ」
「ふーん、探してやればいいじゃない。どーせ暇なんでしょ?」
「いやいや、アイルちゃんを置いて行けないよ」
「じゃあ連れて行けばいいじゃない、別に危険なとこ行くわけじゃないんでしょ?」
まぁそうなのだが、ルークの場合は安全な依頼であっても、危険な目に遭うことが多い。
幸運で探してもいいのだが、生死もわからない生き物を探すとなると、どれだけの幸運が必要なのかわからない。
必要以上に幸運を使ってしまうと、周囲に同等の不幸が降りかかってしまうかもしれない。
ルークの能力は、あくまで自身の幸運を高めるものだ。
他の誰かを幸せにできる能力ではない。
などと考えていると、ルルが勝手に話を進めてしまう。
「ねぇ、あんたの鼻では探せないの?」
ルルはカミラの形の良い鼻を指差して無遠慮に問う。
「えっと、もちろん探しました。でも、あちこち歩き回っていたみたいで、途中でわからなくなってしまって」
「ふーん、匂いがダメでも魔力を辿ればいいじゃない?」
ルルは当たり前のように少女へ尋ねる。
「魔力を……辿る?」
ルルの言葉の意味が分からず首を傾げる少女に、ルークが口を挟む。
「ルルちゃん、普通は魔力なんて辿れないよ。よっぽど強い魔力や、特徴がないと無理だと思う。僕だってできないよ」
「ふーん、そうなの?あいつはできるみたいだけど?——人間って不便ね」
"あいつ"とはヴェルのことだろうが、ヴェルはそんなこともできたのか、どうりで探し物が上手いわけだ。
「てことは、ルルちゃんなら魔力を辿って猫を探すこともできる?」
「あったりまえじゃない!あたしを誰だと思ってるの?」
ルルはルークの問いに、自信満々にそう答える。
「ほんとですか!?」
カミラも顔を上げて、ルルを崇めるかのように見上げている。
「ええ、いいわ!そんな猫1匹、あたしがサクッと見つけてやるわよ」
カミラの態度に気をよくしたルルはそう言うと、腰に手を当ててフフンと鼻から息を吐く。
普段のルルなら、こんな面倒ごとは引き受けないだろうが、なぜか今日はやる気があるらしい。
なにせルークたちはここ2〜3日は家に閉じこもって、ゴロゴロしているだけだったから、まぁ要するに暇なのだろう。
退屈しのぎが向こうから歩いてやってきたのだ。これに乗らない手はないらしい。
ルークとしても、子供が藁にもすがる思いで訪ねてきたのだ。手伝うのはやぶさかではない。
「じゃあ、手伝うってことでいいかな?」
「ええ、もちろんよ!」
「あ、ありがとうございます!」
そうして、なんでも屋のお留守番3人組は、一般人から受ける初めての依頼を、暇つぶし感覚で受注した。
——————
ルークたちがまず最初に向かったのは、カミラの自宅だった。
「ここがあんたの家?——うちよりでかいわね」
案内されたカミラの自宅を見て、ルルが一言。
ヴェルの店であり家でもあるあの場所は、もともと酒場だったこともあり、そこそこの広さがある。
家自体はそれほど大きさは変わらないが、庭がある分カミラの自宅の方が敷地は広い。
カミラは門をくぐり、家の中へと入っていく。
そして家の中で「おかーさん」と叫ぶ声と走り回っている音が聞こえてくる。
その後、母親らしき女性と共にルークたちのところまで戻ってくる。
「な、なんですか、あなたたちは!?——うちに何か御用でしょうか?」
カミラの母親は開口一番、ルークたちへ警戒の視線を向ける。
突然冒険者風の男——悪く言えば荒くれ者のような格好をした男が訪ねてくれば、警戒はまぁ至極当然の反応だ。
「カミラ!この人たちは誰なの!?」
ルークが事情を説明しようとすると、母親は今度はカミラに向かって強い口調で問いただす。
カミラも母親の強い口調に戸惑っており、あの……
とかその……などと口ごもっている。
「あんたんちの猫を探すために来たのよ!さっさと中に入れなさい!」
カミラに痺れを切らしたルルが、ルークの背中から出てきて、母親に向けて指を差す。
「え、猫……と言うことは、冒険者ギルドの方、でしょうか?」
突然出てきたルルの容姿を見て、母親は面食らったような顔をしていたが、要件は伝わったようだ。
「違うわ!あたしは冒険者じゃないわ!」
ルルが余計なことを言い、また母親の表情が曇りかける。
「ああ!いえいえ、合ってます。僕が冒険者です。——ほら」
ルークはそう言って、腕につけた冒険者の認識表を示す。
「それは……銀の冒険者さんですか?」
「ええ、そうです。この度は娘さんの依頼をお引き受けするにあたって、ご挨拶と情報提供のご協力をお願いしにまいりました」
ルークは胸に手を当て、優雅な一礼と共にカミラの母親に目的を端的に伝える。
冒険者の見た目とは裏腹に、騎士のような洗礼された仕草だった。
「あ、いえ、銀の冒険者とは知らずに、失礼をいたしました。どうぞ中に入ってください。」
カミラの母親は、自らの勘違いを恥じたのか、その頬を僅かに朱に染めて、ルークに礼を返す。
カミラの方も、さっきまでの優しい兄ちゃんとはうってかわった仕草と表情に、惚けてしまっている。
冒険者の認識表はこういう時に便利だ。
銀の冒険者とは、それだけの実績と信頼のある称号なのだ。
頑張ってとってよかった。とルークは認識表のありがたみを再確認する。
「……あんたも罪なやつね」
「ん、なんのこと?」
ルークはとぼけた表情を向け、アイルと手を繋いでカミラたちの背中を追って家の中へと入っていく。
そして、猫がいなくなった経緯や、特徴などの情報を得た。
そして、カミラを夕暮れまでには送り届ける約束をして、準備を整える。
「それで、その猫の名前は何て言うの?それと、その猫の魔力が染み付いたものを何か貸しなさい」
「ココアです。——魔力はわかりませんが、あの子がお気に入りの人形とかならありますけど」
「じゃあそれでいいわ」
ルルがそう言うと、カミラはぱたぱたと走っていき、そのお気に入りの人形とやらを持ってくる。
「ふーん、これがその猫の魔力ね……獣くさいわね、あんたが持ってなさい」
ルルは人形をルークに押し付ける。
「はいはい」
ルークは人形を丁寧にポケットにしまう。
そして話が長くて眠ってしまったアイルをそっと抱える。
「それじゃ、探しに行こう。——頼りにしてるよ!ルルちゃん」
「任せておきなさい!」
などと自信たっぷりにルルが豪語してから、はや1時間。
捜索は難航している。
何ならまだ、カミラの自宅がここからも見える。
「ねえ、ルルちゃん……」
「な、なによ?」
ルークは宙を漂う小さな友人に、視線を向ける。
「もしかして、魔力……見えてない?」
「し、失礼なこと言わないでちょうだい!そんな訳ないでしょ!?ちゃんと見えてるわ!バッチリよ」
ルルは早口にそう言うが、集まった視線の誰とも目が合わない。
アイルなどはもう飽きてしまったのか、ルークの足元で蟻の行列を眺めている。
うーむ。これは難しいかもしれない。
そもそも魔力を辿る、とは言っていたが、ヴェルほどの大きな魔力ならまだしも、猫1匹の魔力量となると、言うほど簡単ではないのかもしれない。
そしてルークは、ルルにだけ聞こえるように声を落として尋ねる。
「——ねぇねぇ、ルルさんや。実際のところどうなの?」
カミラには聞こえない声量で問いかけられたルルは、観念したようにぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「……う、正直言って、全然わかんない。あいつの魔力を辿った時は簡単だったのに」
俯くルルはカミラの方をチラリと見やる。
カミラはいまだに期待の眼差しでルルを見つめていた。
その表情を見るや、いまさら出来ないとは言い出せない空気だ。
「猫の魔力は覚えたわ。でも、魔力が弱すぎる、それかなりに時間が経ってるから、家の周辺から離れるとさっぱりわかんない」
「そっかぁ、でもまぁ猫の行動範囲なんてそんなに広くないと思うから、広場の方にでも行って、情報を集めてみようか」
そうね、と肩を落として力無く呟くルル。
ルークは表情を変えずにカミラへと向き直る。
「カミラちゃん、ココアちゃんはここから広場の方へ向かった可能性が高いみたい。だからそっちを調べてみようと思うんだけど、いいかな?」
「ほんとですか!?すごい!これなら見つかるかも」
カミラの期待に満ちた眼差しを直視できない。
ルルもバツが悪そうな表情を必死に取り繕っている。
騙しているようで心が痛いが、今はとにかく情報を集めなければ。
蟻の行列を眺めて微動だにしないアイルを抱き抱えて、ルークたちは歩き出す。
だが、そうして向かった広場でも、大した情報は集まらなかった。
ひとしきり聞き込みをしたあと、ルークは足を休めるために、広場のベンチに腰掛ける。
情報もなく、闇雲に歩き回っても、見つかる気はしない。
元来ペット探しの依頼などこんなものだ。
はっきり言ってしまうと見つかるわけがないのだ。
だいたいの依頼が、そのまま行方不明か、そのうちひょっこり帰ってくるかの二択だ。
変に期待を持たせる安請け合いなら、しないほうが良かったかもしれないと、少々後悔の念に駆られる。
などと考えていると、ルークは背後に僅かな気配を感じ取る。
たまたまかもしれないが、先日パールと出会ったのもまさにこのベンチだった。
だが、背後に感じる気配は、人のそれではない。
生い茂る草葉をかき分けて歩く軽い足音は、動物のそれだ。
ルークはまさかと思い、背後の存在を刺激しないようにゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、1匹の猫。
だが、カミラが探している黒猫ではない。
白い毛並みをした野良猫だった。
猫違いだ。
野良の割に警戒心が薄く、のそのそとやってきてはルークの隣にちょこんと座る。
「——あ!シロ!」
ルークの隣に座る白猫を見て、近くでアイルの相手をしていたカミラが走ってくる。
「あれ、カミラちゃん、知ってる子?」
「はい、うちの庭によく遊びにきている子です!この子なら何か知ってるかもしれません!」
とは言うものの、猫と話せるわけでもない。
まぁ情報には違いないが……。
ルークは半ばやけになって、隣に座る白猫へ語りかける。
「なぁなぁシロさん。君と仲良しの黒猫を探してるんだけど、どこにいるか知らないかな?——知らないよねぇ」
言葉の最後ですでに自身で結論まで出しつつ、小さなため息と共に天を仰ぐ。
「ああ、知っているとも」
「……ん?」
ルークはあたりを見渡す。
誰かが声をかけてきたような気がしたが、周囲に人の気配はない。
そしてカミラの方を向くと、あんぐりと口を開けたまま固まっている。
そしてその視線の先には件の白猫しかいない。
「え?」
ルークは恐る恐る白猫へ視線を落とす。
白猫とパチリと目が合う。
野生の猫とは違い、明確な意思を持ってルークを見つめている。
「聞こえなかったか?お前たちが探している猫の居場所を知っている、と言ったのだ」
白猫は当然のように尻尾を揺らし、小さく欠伸をした。
まるで、人語を話すことなど珍しくもないとでも言わんばかりに。
その日、ルークは初めて猫と会話をした。




