白い仮面と精霊の花
「あい!おはな!」
「ん?その花を、僕にくれるのかい?」
ヴェルの店から少し歩いた場所の広場にて、アイルは心底楽しそうな顔で、両手で掴んだ花を小さな手でルークへと差し出す。
「ありがとう!――でもこの辺に花なんて咲いてないけど、どこから持ってきたんだい?」
ルークとアイル、そしてルルの3人で街の広場に遊びに来てから、もうだいぶ時間が経つ。
最初はアイルとルルで、あちこち歩き回っていたようだが、現在は砂遊びに夢中になっているようだった。
ルークは少し離れたベンチに座っていたが、アイルから目を離したわけではない。
だが砂場で遊ぶアイルが振り返ると、いつのまにか一輪の花を持っていた。
ルークはアイルから花を受け取ると、その花をまじまじと観察する。
見たことのない青い花だった。
特に花について詳しいわけではないが、冒険者としてある程度の植物の種類はわかるつもりだ。
だが、こんな花は今までに見たことがない。
それにこの花は、わずかながら魔力を帯びているように感じる。
「これはこの子が作った花よ。土をいじってたらなんか勝手に咲くみたいねー、前にも見たことあるわ」
アイルの代わりに、空中に仰向けで漂っているルルがやや気だるそうに説明をする。
「ふーん、やっぱり元々は木の魔物だったから、そういう魔法が使えるのかな。――土魔法、というよりは白魔法って言った方が近いかな」
「白魔法?何それ。――こないだ蜥蜴頭が魔法のこと喋ってたけど、そんなのがあるなんて言ってなかったわ」
ルルは初めて聞く単語についてルークへと問いかける。
「ああ、蜥蜴の人ね。あの人は情報を出し渋るとこがあるから……。――白魔法はまだわかっていないことが多い魔法なんだ。だから分野としてはまだ確立しきっていないんじゃないかな。僕たち冒険者がなんとなくそう呼んでるだけなんだよね」
「ふーん」
ルルはルークへと向き直り、続きを促す。
「白魔法っていうのは、簡単に言えば、回復魔法のことだよ。ルルちゃんも使えるんでしょ?」
「そうね、傷を治すことはできるわ」
「そう、生き物の治癒力を高めたり、成長を促す魔法のことを僕たちは白魔法って呼ぶんだ」
ルークは、再び砂遊びを始めたアイルに視線を向けながら続ける。
「だから、アイルちゃんもそういうのが使えるんじゃない?ルルちゃんの影響も受けてるんだろうし」
「まぁこの子のは魔法っていうより、ただ魔力が垂れ流しになってるだけなんだけど」
「あとは黒魔法っていうのもあるらしいけど、そっちは僕もよく知らないからなぁ。蜥蜴頭の情報屋さんなら色々知ってるんじゃないかな、教えてくれるかはわからないけど」
そんな話をしている中、ルークは背後に何かの気配を感じて、腰の剣にそっと手を添える。
こちらに視線を向けているようだが、敵意は感じられない。
それに、こちらに気づかせるようにわざと気配を残している。
まるでどの程度でルークが気づくのか測っているかのようだった。
もしかしたら、かなり前からこちらの様子を伺っていたのかもしれない。
そして背後の気配がルークたちに迫る。
ルークはどの時点で気付いたのか悟られないよう、気配の主が自分のすぐ後ろに立った時に、ゆっくりと声をかける。
「こんにちは。どちら様かな?」
「誰よあんた!何か用?」
ルークの声でルルも背後の存在に気付いたようで、警戒心を露わに問う。
「これはこれは、はじめまして。私の気配に気づくとは、さすが銀級冒険者のルークさんですね」
気配の主はここにきて初めて靴音を立てながら、ゆっくりとルークの前まで歩いてくる。
ここらでは見慣れない服装の男がそこにいた。
全身をすらっとした白い服で身を包み、金色の髪に赤い瞳。
一目で金のかかっている服だとわかる。
それに身のこなしが尋常ではない。
柔らかい表情の奥で、こちらの力量を見定めているような、そんな佇まいだった。
「――僕の自己紹介はいらないみたいだけど、君は一体誰だい?」
ルークはルルに視線を送る。
ルルは静かに頷いて、砂場で遊ぶアイルの元へと飛んでいく。
そして目の前の男は胸に手を当て、その場で優雅に礼をする。
「申し遅れました。私は王都エルドリアにて、しがない商会を営んでおります。――パール・バロウズと申します。以後、お見知り置きを」
「バロウズ……」
バロウズ商会。
聞いたことがある。ここ数年でよく名前を聞くようになった、王都の大商会だ。
この水の街フォンティアにもバロウズ商会の支部があり、王都からの品物や、他国からの輸入品など幅広く商品を扱うと聞いている。
「それで、商会長様が僕らになんの用だい?」
「そう警戒しないでください。私はただ、なんでも屋のヴェルさんに依頼をしに来ただけなのですから。そして、ヴェルさんのご友人であるルークさんにも、一目ご挨拶をと伺った次第でございます」
「ふーん、ってことは今回の聖獣の捜索だっけ?――依頼主はバロウズ商会ってことかい?」
「左様でございます」
「他にもきな臭い依頼をしては、徒労に終わっていると聞くけど?」
「徒労だなんてとんでもない。毎度報酬以上の素晴らしい成果をあげていただいておりますよ」
多額の前金と共に、ヴェルによくわからない依頼を持ってくる『例の依頼人』それがバロウズ商会ということか。
ルークも今までその依頼主については聞いたことはなかった。
そしてパールと名乗ったこの男、いかにも胡散臭い。
一体何を考えているのだろうか。
こちらに接触してきた意図もわからない。
ルークは警戒のレベルを一段引き上げる。
だがそんな中、パールの背後から呑気に声を上げながら、アイルがペタペタと歩いてくる。
「こら、アイル!怪しいやつに不用意に近づいちゃダメよ!」
ルルがアイルを止めようとするが、それよりも早くアイルはパールの足元に来てしまう。
そして泥だらけの手で、パールの白い服を掴んで引っ張っている。
ルークがギョッとしてアイルを抱き上げようとするが、パールはそれを手で制する。
「おや、小さなお嬢さん。私に何かご用でしょうか?」
パールは貼り付けた笑顔のまま、白い服が汚れるのも厭わずに地面に膝をつく。
「あい!おはな!」
「これは……素敵な贈り物をありがとうございます。――あなたは最近ヴェルさんのところにいらしたアイルさんですね」
「あい!」
パールは受け取った花をしばし眺めて、胸のポケットに差した。
その際に一瞬だけ表情が強張ったように見えたが、すぐにアイルに向き直ってしまったため、真偽は定かではない。
そしてパールはアイルの小さな手を取って礼を述べる。
アイルも言葉の意味を知ってか知らずか、手を挙げて元気よく返事をする。
「では、私からはこちらを差し上げましょう」
そう言うとパールは懐から、何かを取り出して、アイルの髪の毛をそっと束ねる。
カチっという音と共にパールが髪から手を離すと、アイルの頭に花の形の髪飾りが現れる。
白い花弁と中央に青い宝石が嵌め込まれた、精巧な細工が施された髪留めである。
アイルは、何をされたのかわからないままキョトンとしていると、パールは手鏡を取り出してアイルの顔を写してやる。
アイルは鏡を見て、自分の頭に咲いた花に至極ご満悦である。
ニコニコとした表情で振り返り、ルルに見せている。
ルルは若干羨ましそうな目で、アイルの髪飾りを見ている。
「では、ルルさんにはこちらを」
「え?あたし!?」
そう言ってパールは、アイルにつけた髪飾りと同じものをルルへと差し出す。
ただ、その髪飾りはルルの体に合わせたものとなっており、豆粒ほどのサイズだった。
中央の宝石のみが緑色のものになっていて、お互いの髪の色の宝石が嵌め込まれているようだ。
女性用の装飾品の良し悪しなど全くわからないが、男のルークから見てもセンスは悪くないように思う。
それに明らかにあらかじめ用意していたものだろう。
でなければルルのサイズの髪飾りなど、持ち歩くはずがない。
「――別に私は欲しいなんて言ってないけど。く、くれるっていうなら……まぁもらってあげてもいいわ」
パールへの警戒心が一瞬で解けてしまったルルは、パールの手から髪留めを受け取る。
そしてアイルと揃いの位置に付けた。
そしてすかさず鏡を差し出したパールのそれを見て、満更でもない様子で、顔が綻んでいる。
「喜んでいただけたようでなによりです。素敵な贈り物のお返しとしては心許ないのですが、どうぞお受け取りください」
パールのキザったらしい態度に唾を吐きたくなるが、女性というのは往々にしてこういう男に惹かれるのだろう。
物腰が柔らかく紳士的で、それでいて少々危険な香りのする男。
――字面だけ見れば、結構自分にも当てはまっていると思ったが、ルークの場合は"少々危険な香り"が物理的な不幸として訪れるため、女性とうまくいった試しがない。
ガックリと肩を落とすルークだが、女性陣のパールへの警戒が一段下がったため、自分がしっかりせねばと、気を張り直して、パールへ鋭い視線を向ける。
「それでは私はこれで……おっと、ルークさんにひとつお伝えしたいことがあったのでした」
パールはわざとらしく、何かを思い出したようなふりをして、ルークへと向き直る。
「何かな?」
「ルークさんは最近何か、お困りごとがあると伺ったのですが……」
困りごと、その言葉にルークはぴくりと反応して、即座に思い当たる。
直近で困っていること――金のことだ。
いや、借金があったり、金が足りないということではない。
その逆だ。
金がありすぎるのだ――使いきれないほどに。
現在はギルドに金を預けているが、それも近いうちに消費しなければならない。
金を消費するというのは、簡単なことに思えて、ルークにとっては悩みの種だ。
何せ、幸運によって得た金なのか、不幸によって得た金なのかがわからないのだ。
幸運で得た金ならまだいい、ただばら撒けばいいのだ。
そうすればルーク以外の人間は幸せになれる。
だが不幸によって得た金であれば、ばら撒いたのちに起こる顛末は想像に難くない。
最悪の場合、命を落とすものも出てくるかもしれない。
金にはそれだけの力がある。
「ふーん、僕の現状を知ってて言っているのかい?」
「ええ、ある者から少々聞き及んでおります」
ある者ね――ロックのことを言っているのだろう。
「それで、一体何ができるんだい?」
「ルークさんの持つ"幸運"を世のために、幅広く届けたいとおっしゃるなら、我々の商会であれば国内外を問わず、様々な場所へと送り届けることができるでしょう」
そう、ルークの得た金を消費するにあたって、一箇所に大量に落とすわけにはいかない。
人にあげても、山に埋めたとしても、その金は必ず誰かの不幸を呼ぶ。
そうしないためにはたくさんの人々に、少しづつ行き渡るようにしなければならないのだ。
ルークがひとつの国や街にとどまらず、あちこちを放浪しているのはそのためだ。
バロウズ商会であれば、ルークの金を莫大な利益に変えることも、リスクを幅広く分散させることもできると言っているのだ。
ずいぶんとルークにとって都合のいい話を持ってきたものだ。
「僕を懐に入れるということは、相応のリスクも負うことになるよ」
「承知の上でございます」
「そうかい、まぁ考えておくよ」
「ありがとうございます。もしその気になったら、バロウズ商会までお越しください。いつでもお待ちしております。――それでは、これにて失礼いたします」
パールが去ったのち、ルークはその場でしばらく彼の言葉について考えていた。
正直、やられたと思った。
パールの提案は、俺にとって渡りに船だ。
俺の能力に目をつけて、利用しようとするなら、完璧な口説き文句だ。
見返りに何を差し出せと言われることやら。
だが、そう遠くないうちにバロウズ商会の門を叩くことになる気がする。
こんな生活は、いつまでも続けていられない。
前回は、龍王国まで足を運んで金を消費してきたが、今回もというわけにはいかない。
あまりこの街に金や不運を落としたくはないため、次に行くとすれば、夜の国か。
だが、できればあまりあの国には近づきたくはない。
そのためパールに頼んで、金を運んでもらうというのは、かなり魅力的な提案だ。
3人揃って、うまく丸め込まれたなと、若干の敗北感を覚えるが、こちらの情報を握っているパールが、一枚も二枚も上手だった。
「――なんの話してたわけ?」
珍しく真剣な顔で悩むルークに、ルルが尋ねる。
「いや、なんでもないよ。多分一緒に商売をやらないかってお誘いじゃないかな?」
「ふーん、あんたが商売なんか始めたら一瞬で破産しそうね」
「そうかもしれないね――って、なんかすごいことになってるけど、あれ大丈夫なの?」
「え?」
ルルが振り返ると、そこには小さな花畑で走り回るアイルの姿があった。
もちろんこの広場に花畑などなかった。
アイルが作り出したのだろう。
大小様々な、色とりどりの花がアイルの周辺に咲きほこっている。
「あ、アイル!だめよそんなに魔力使っちゃ!あとでお腹空いちゃうんだから!」
「あーい!」
アイルは全くわかっていない様子で声を上げる。
パールにもらった髪飾りが嬉しかったのだろう。
気分が高揚して魔力が吹き出してしまったらしい。
急に現れた花畑に、周囲の子供達や、大人がぞろぞろと集まってきてしまう。
「あい!おはなー!」
アイルは集まってきた人みんなに、花を手渡して回っている。
アイルは特殊な存在のため、あまり目立って欲しくはないのだが、けらけらと笑いながら楽しそうに花を配るアイルを、ルークは止めることができなかった。
「アイルちゃん」
「あう?」
「明日からお店の前で、お花屋さんでもやろっか?」
「うー?――あい!」
そして後日、道ゆく人々に花を配り歩く可憐な少女がいると、街の片隅でちょっとだけ噂になるのだった。




