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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第二章 アイルとルル

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白い仮面と精霊の花



「あい!おはな!」


「ん?その花を、僕にくれるのかい?」


 ヴェルの店から少し歩いた場所の広場にて、アイルは心底楽しそうな顔で、両手で掴んだ花を小さな手でルークへと差し出す。


「ありがとう!――でもこの辺に花なんて咲いてないけど、どこから持ってきたんだい?」


 ルークとアイル、そしてルルの3人で街の広場に遊びに来てから、もうだいぶ時間が経つ。

 最初はアイルとルルで、あちこち歩き回っていたようだが、現在は砂遊びに夢中になっているようだった。

 ルークは少し離れたベンチに座っていたが、アイルから目を離したわけではない。

 だが砂場で遊ぶアイルが振り返ると、いつのまにか一輪の花を持っていた。

 ルークはアイルから花を受け取ると、その花をまじまじと観察する。

 見たことのない青い花だった。

 特に花について詳しいわけではないが、冒険者としてある程度の植物の種類はわかるつもりだ。

 だが、こんな花は今までに見たことがない。

 それにこの花は、わずかながら魔力を帯びているように感じる。


「これはこの子が作った花よ。土をいじってたらなんか勝手に咲くみたいねー、前にも見たことあるわ」


 アイルの代わりに、空中に仰向けで漂っているルルがやや気だるそうに説明をする。


「ふーん、やっぱり元々は木の魔物だったから、そういう魔法が使えるのかな。――土魔法、というよりは白魔法って言った方が近いかな」


「白魔法?何それ。――こないだ蜥蜴頭が魔法のこと喋ってたけど、そんなのがあるなんて言ってなかったわ」


 ルルは初めて聞く単語についてルークへと問いかける。


「ああ、蜥蜴の人ね。あの人は情報を出し渋るとこがあるから……。――白魔法はまだわかっていないことが多い魔法なんだ。だから分野としてはまだ確立しきっていないんじゃないかな。僕たち冒険者がなんとなくそう呼んでるだけなんだよね」


「ふーん」


 ルルはルークへと向き直り、続きを促す。


「白魔法っていうのは、簡単に言えば、回復魔法のことだよ。ルルちゃんも使えるんでしょ?」


「そうね、傷を治すことはできるわ」


「そう、生き物の治癒力を高めたり、成長を促す魔法のことを僕たちは白魔法って呼ぶんだ」


 ルークは、再び砂遊びを始めたアイルに視線を向けながら続ける。


「だから、アイルちゃんもそういうのが使えるんじゃない?ルルちゃんの影響も受けてるんだろうし」


「まぁこの子のは魔法っていうより、ただ魔力が垂れ流しになってるだけなんだけど」


「あとは黒魔法っていうのもあるらしいけど、そっちは僕もよく知らないからなぁ。蜥蜴頭の情報屋さんなら色々知ってるんじゃないかな、教えてくれるかはわからないけど」


 そんな話をしている中、ルークは背後に何かの気配を感じて、腰の剣にそっと手を添える。

 こちらに視線を向けているようだが、敵意は感じられない。

 それに、こちらに気づかせるようにわざと気配を残している。

 まるでどの程度でルークが気づくのか測っているかのようだった。

 もしかしたら、かなり前からこちらの様子を伺っていたのかもしれない。

 そして背後の気配がルークたちに迫る。

 ルークはどの時点で気付いたのか悟られないよう、気配の主が自分のすぐ後ろに立った時に、ゆっくりと声をかける。


「こんにちは。どちら様かな?」


「誰よあんた!何か用?」


 ルークの声でルルも背後の存在に気付いたようで、警戒心を露わに問う。


「これはこれは、はじめまして。私の気配に気づくとは、さすが銀級冒険者のルークさんですね」


 気配の主はここにきて初めて靴音を立てながら、ゆっくりとルークの前まで歩いてくる。

 ここらでは見慣れない服装の男がそこにいた。

 全身をすらっとした白い服で身を包み、金色の髪に赤い瞳。

 一目で金のかかっている服だとわかる。

 それに身のこなしが尋常ではない。

 柔らかい表情の奥で、こちらの力量を見定めているような、そんな佇まいだった。


「――僕の自己紹介はいらないみたいだけど、君は一体誰だい?」


 ルークはルルに視線を送る。

 ルルは静かに頷いて、砂場で遊ぶアイルの元へと飛んでいく。

 そして目の前の男は胸に手を当て、その場で優雅に礼をする。


「申し遅れました。私は王都エルドリアにて、しがない商会を営んでおります。――パール・バロウズと申します。以後、お見知り置きを」


「バロウズ……」


 バロウズ商会。

 聞いたことがある。ここ数年でよく名前を聞くようになった、王都の大商会だ。

 この水の街フォンティアにもバロウズ商会の支部があり、王都からの品物や、他国からの輸入品など幅広く商品を扱うと聞いている。


「それで、商会長様が僕らになんの用だい?」


「そう警戒しないでください。私はただ、なんでも屋のヴェルさんに依頼をしに来ただけなのですから。そして、ヴェルさんのご友人であるルークさんにも、一目ご挨拶をと伺った次第でございます」


「ふーん、ってことは今回の聖獣の捜索だっけ?――依頼主はバロウズ商会ってことかい?」


「左様でございます」


「他にもきな臭い依頼をしては、徒労に終わっていると聞くけど?」


「徒労だなんてとんでもない。毎度報酬以上の素晴らしい成果をあげていただいておりますよ」


 多額の前金と共に、ヴェルによくわからない依頼を持ってくる『例の依頼人』それがバロウズ商会ということか。

 ルークも今までその依頼主については聞いたことはなかった。

 そしてパールと名乗ったこの男、いかにも胡散臭い。

 一体何を考えているのだろうか。

 こちらに接触してきた意図もわからない。

 ルークは警戒のレベルを一段引き上げる。

 だがそんな中、パールの背後から呑気に声を上げながら、アイルがペタペタと歩いてくる。


「こら、アイル!怪しいやつに不用意に近づいちゃダメよ!」


 ルルがアイルを止めようとするが、それよりも早くアイルはパールの足元に来てしまう。

 そして泥だらけの手で、パールの白い服を掴んで引っ張っている。

 ルークがギョッとしてアイルを抱き上げようとするが、パールはそれを手で制する。


「おや、小さなお嬢さん。私に何かご用でしょうか?」


 パールは貼り付けた笑顔のまま、白い服が汚れるのも厭わずに地面に膝をつく。


「あい!おはな!」


「これは……素敵な贈り物をありがとうございます。――あなたは最近ヴェルさんのところにいらしたアイルさんですね」


「あい!」


 パールは受け取った花をしばし眺めて、胸のポケットに差した。

 その際に一瞬だけ表情が強張ったように見えたが、すぐにアイルに向き直ってしまったため、真偽は定かではない。

 そしてパールはアイルの小さな手を取って礼を述べる。

 アイルも言葉の意味を知ってか知らずか、手を挙げて元気よく返事をする。


「では、私からはこちらを差し上げましょう」


 そう言うとパールは懐から、何かを取り出して、アイルの髪の毛をそっと束ねる。

 カチっという音と共にパールが髪から手を離すと、アイルの頭に花の形の髪飾りが現れる。

 白い花弁と中央に青い宝石が嵌め込まれた、精巧な細工が施された髪留めである。


 アイルは、何をされたのかわからないままキョトンとしていると、パールは手鏡を取り出してアイルの顔を写してやる。

 アイルは鏡を見て、自分の頭に咲いた花に至極ご満悦である。

 ニコニコとした表情で振り返り、ルルに見せている。

 ルルは若干羨ましそうな目で、アイルの髪飾りを見ている。


「では、ルルさんにはこちらを」


「え?あたし!?」


 そう言ってパールは、アイルにつけた髪飾りと同じものをルルへと差し出す。

 ただ、その髪飾りはルルの体に合わせたものとなっており、豆粒ほどのサイズだった。

 中央の宝石のみが緑色のものになっていて、お互いの髪の色の宝石が嵌め込まれているようだ。

 女性用の装飾品の良し悪しなど全くわからないが、男のルークから見てもセンスは悪くないように思う。

 それに明らかにあらかじめ用意していたものだろう。

 でなければルルのサイズの髪飾りなど、持ち歩くはずがない。


「――別に私は欲しいなんて言ってないけど。く、くれるっていうなら……まぁもらってあげてもいいわ」


 パールへの警戒心が一瞬で解けてしまったルルは、パールの手から髪留めを受け取る。

 そしてアイルと揃いの位置に付けた。

 そしてすかさず鏡を差し出したパールのそれを見て、満更でもない様子で、顔が綻んでいる。


「喜んでいただけたようでなによりです。素敵な贈り物のお返しとしては心許ないのですが、どうぞお受け取りください」


 パールのキザったらしい態度に唾を吐きたくなるが、女性というのは往々にしてこういう男に惹かれるのだろう。

 物腰が柔らかく紳士的で、それでいて少々危険な香りのする男。

 ――字面だけ見れば、結構自分にも当てはまっていると思ったが、ルークの場合は"少々危険な香り"が物理的な不幸として訪れるため、女性とうまくいった試しがない。

 ガックリと肩を落とすルークだが、女性陣のパールへの警戒が一段下がったため、自分がしっかりせねばと、気を張り直して、パールへ鋭い視線を向ける。


「それでは私はこれで……おっと、ルークさんにひとつお伝えしたいことがあったのでした」


 パールはわざとらしく、何かを思い出したようなふりをして、ルークへと向き直る。


「何かな?」


「ルークさんは最近何か、お困りごとがあると伺ったのですが……」


 困りごと、その言葉にルークはぴくりと反応して、即座に思い当たる。

 直近で困っていること――金のことだ。

 いや、借金があったり、金が足りないということではない。

 その逆だ。

 金がありすぎるのだ――使いきれないほどに。

 現在はギルドに金を預けているが、それも近いうちに消費しなければならない。

 金を消費するというのは、簡単なことに思えて、ルークにとっては悩みの種だ。

 何せ、幸運によって得た金なのか、不幸によって得た金なのかがわからないのだ。

 幸運で得た金ならまだいい、ただばら撒けばいいのだ。

 そうすればルーク以外の人間は幸せになれる。

 だが不幸によって得た金であれば、ばら撒いたのちに起こる顛末は想像に難くない。

 最悪の場合、命を落とすものも出てくるかもしれない。

 金にはそれだけの力がある。


「ふーん、僕の現状を知ってて言っているのかい?」


「ええ、ある者から少々聞き及んでおります」


 ある者ね――ロックのことを言っているのだろう。


「それで、一体何ができるんだい?」


「ルークさんの持つ"幸運"を世のために、幅広く届けたいとおっしゃるなら、我々の商会であれば国内外を問わず、様々な場所へと送り届けることができるでしょう」


 そう、ルークの得た金を消費するにあたって、一箇所に大量に落とすわけにはいかない。

 人にあげても、山に埋めたとしても、その金は必ず誰かの不幸を呼ぶ。

 そうしないためにはたくさんの人々に、少しづつ行き渡るようにしなければならないのだ。

 ルークがひとつの国や街にとどまらず、あちこちを放浪しているのはそのためだ。

 バロウズ商会であれば、ルークの金を莫大な利益に変えることも、リスクを幅広く分散させることもできると言っているのだ。

 ずいぶんとルークにとって都合のいい話を持ってきたものだ。


「僕を懐に入れるということは、相応のリスクも負うことになるよ」


「承知の上でございます」


「そうかい、まぁ考えておくよ」


「ありがとうございます。もしその気になったら、バロウズ商会までお越しください。いつでもお待ちしております。――それでは、これにて失礼いたします」


 パールが去ったのち、ルークはその場でしばらく彼の言葉について考えていた。

 正直、やられたと思った。

 パールの提案は、俺にとって渡りに船だ。

 俺の能力に目をつけて、利用しようとするなら、完璧な口説き文句だ。

 見返りに何を差し出せと言われることやら。

 だが、そう遠くないうちにバロウズ商会の門を叩くことになる気がする。

 こんな生活は、いつまでも続けていられない。

 前回は、龍王国まで足を運んで金を消費してきたが、今回もというわけにはいかない。

 あまりこの街に金や不運を落としたくはないため、次に行くとすれば、夜の国か。

 だが、できればあまりあの国には近づきたくはない。

 そのためパールに頼んで、金を運んでもらうというのは、かなり魅力的な提案だ。

 

 3人揃って、うまく丸め込まれたなと、若干の敗北感を覚えるが、こちらの情報を握っているパールが、一枚も二枚も上手だった。


「――なんの話してたわけ?」


 珍しく真剣な顔で悩むルークに、ルルが尋ねる。


「いや、なんでもないよ。多分一緒に商売をやらないかってお誘いじゃないかな?」


「ふーん、あんたが商売なんか始めたら一瞬で破産しそうね」


「そうかもしれないね――って、なんかすごいことになってるけど、あれ大丈夫なの?」


「え?」


 ルルが振り返ると、そこには小さな花畑で走り回るアイルの姿があった。

 もちろんこの広場に花畑などなかった。

 アイルが作り出したのだろう。

 大小様々な、色とりどりの花がアイルの周辺に咲きほこっている。


「あ、アイル!だめよそんなに魔力使っちゃ!あとでお腹空いちゃうんだから!」


「あーい!」


 アイルは全くわかっていない様子で声を上げる。

 パールにもらった髪飾りが嬉しかったのだろう。

 気分が高揚して魔力が吹き出してしまったらしい。

 急に現れた花畑に、周囲の子供達や、大人がぞろぞろと集まってきてしまう。


「あい!おはなー!」


 アイルは集まってきた人みんなに、花を手渡して回っている。

 アイルは特殊な存在のため、あまり目立って欲しくはないのだが、けらけらと笑いながら楽しそうに花を配るアイルを、ルークは止めることができなかった。


「アイルちゃん」


「あう?」


「明日からお店の前で、お花屋さんでもやろっか?」


「うー?――あい!」



 そして後日、道ゆく人々に花を配り歩く可憐な少女がいると、街の片隅でちょっとだけ噂になるのだった。



 

 

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