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死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第二章 アイルとルル

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再生と忘却


 爆発の余波で、森は沈黙していた。


 まるで、あの場所だけが世界から切り離されたかのように。

 そして――そこにいたはずの彼の存在もまた、同じように。


「あれは、本当に人間が出せる魔力なのでしょうか」

 

 立ち上る爆煙を見つめながら、レイはそう呟く。

 人ではないものを恐れるような、嫌悪するような、そんな言い方だった。

 レイの中で結論はすでに出ている。だが、頭が理解を拒んでいるようだ。


 爆音が消えた後も、セシルはその場から動けずにいた。

 遠くに見える煙の向こうを、ただ見つめている。

 ――まるで、まだそこに誰かがいると、疑っていないように。


「行きましょうか」


レイが促すと、セシルは小さくうなづく。

 歩き出したレイの後ろを、セシルはひょこひょことついていく。

 ――不思議だ。前を行くレイは、森の中を歩いているというのに、足音がほとんどしない。

 対するセシルは、ガサッとか、パキッとか歩くたびにいろんな音がする。

 普段森を歩く時などは気にしていなかったが、レイの足音が静かすぎて、自分の足音がやかましく聞こえてならない。

 静まり返った森に、セシルの足音だけが響く。

 まるで1人きりで森を歩いているようだ。

 前を歩くレイの姿は、しっかりと視認できている。

 だが音や気配がないために、少し目を離せば見失ってしまいそうだ。

 ただ森を歩いているだけでも、自分とレイの技量の差を痛感させられる。

 そんな些細なことでも、自分には何もかもが足りていないと、自己嫌悪に陥ってしまう。

 セシルはせめて、自分にもできることをしようと、レイの足跡に自分の靴裏を重ねるように歩く。

 そうしてみるとわかる。

 レイは一定の歩幅で歩いているわけではなく、ちゃんと足場を選んで歩いている。

 小さな歩幅と大きな歩幅がある。だがそれでいて体幹はぶれない。

 セシルがよたよたと付いてくるのを、レイはわずかに振り返って、こちらをちらりと見やる。

 そして、ふっと息を吐き、再び前を向いて歩き出す。

 今がこんな状況でなければ、『そのうち教えてあげますよ』とでも言ってくれただろうか。

 少しだけだが、レイの纏う雰囲気が柔らかくなったような気がした。

 心なしか歩調も緩やかになり、歩きやすくなった。


 そうしているうちに、爆心地に近づいてきた。

 レイは軽く右手を挙げて、セシルへ合図すると、自然な動作でしゃがみ込む。

 セシルもそれに倣うと、茂みの間から奥の様子を確認する。


「――これ、本当にヴェルさんが……?」


 セシルの問いに、レイは正面から目を離さずに答える。


「さぁ、どうでしょうね。僕もこんな光景は見たことありません。ウロボロスではなく、ヴェルさんが引き起こしたもの、で概ね間違い無いと思いますけど」


 2人が見ている先には、大きな"穴"があった。

 その穴の直径は十数メートルもあり、半球状に地面が抉れている。

 まるで空から星が落ちて、大地を穿ったかのような凄まじい惨状だ。

 その周囲は、爆発の余波で薙ぎ倒された木々の残骸がそこかしこに散らばっている。

 

「ロックさんのような上位の魔術師が、複数人で扱う大魔術でさえ、ここまでのことができるかどうかわかりません」


 レイはそう言うと口元を抑えて、わずかに呼吸が荒くなる。

 たしかに周囲に荒れ狂う魔力の奔流は、爆心地から離れたこの場所でも息苦しいほどだ。

 だが、以前訪れたダンジョンの最奥の扉ほどでは無い。

 前回ヴェルが口にしていた、魔力の霧――ミスト。

 可視化できるほど濃度の高い魔力が、レイとセシルの視線の先にはあった。

 半球状の穴の中心、その場所に。


「セシルさんはここで待っていてください。僕が先に中心を見てきます」


「いえ、私も…行きます!」


 レイはちらりとセシルへ視線を向けて、「ですが……」と何かを言いかけるが、セシルの顔を見て意見を変える。


「わかりました。ただあの中心には長居しないほうがいいです。――状況だけ確認して、すぐに離れます。いいですね?」


 レイは危険だということをセシルに念を押して、子供に言い聞かせるように確認する。

 セシルは、「はい」とだけ返事をして、2人はゆっくりと穴の中心へと歩いていく。

 中心に近づくにつれて、魔力濃度は高くなり、目の前を歩くレイの姿が霞むほどだ。

 奥へ進むほど、酸欠のように頭がぼんやりとし、気分も悪くなる。

 視界の悪い中、足を踏み外さないように注意しながら降りていく。

 穴の最も深いところに到着したところで、レイはあるものを見つけた。


「これは……」


 レイがしゃがみ込むと、後ろを歩いていたセシルにもそれが確認できた。


「――黒い……魔力?」


 そこには、黒いモヤのようなものが蟠っており、ヴェルが死んだであろうその場所で、不気味にゆらゆらと揺れている。


「これは……ヴェルさん、なんですよね……?」


「ええ、僕もそう思います。ただ、僕もヴェルさんが死んだ時、肉体が完全に消失したところを見たことはありません。――なので、これが本当にヴェルさんなのかは判断しかねます」


 そしてレイは黒いモヤの観察を続ける。


「それによく見れば、この魔力……規則的に並んでいるように見えますね。――あの聖域にあった石碑にも刻まれていた古代文字のような」


 言われてみれば確かにそう見える。

 だが読むことはできないし、ぼやけた視界では書き写すこともできない。

 でも近づいてみて、これだけはわかった。


「――そこに、いるんですね。ヴェルさん……」


 セシルは黒い魔力にゆっくりと手を伸ばす。


「セシルさん、危険です!!触らないほうが……」

 

 それに気づいたレイはセシルを制止するが、すでに遅く、セシルはヴェルの魔力に触れる。


『繝エ繧ァ繧、繧シ繝ォ繝サ繝峨ぇ繝シ繝ォ蜑オ逕溷ョ滄ィ灘、ア謨怜・ウ逾櫁ャ晉スェ豁サ諱千スー逕キ逾槫・ウ逾樔ク也阜霆「遘サ螯也イセ螳画・ス豐サ逋よーク逵?阮ャ謖?ュ碑サ「逕滉セ昜サ」――ミツケタ』


「――え」


 黒い魔力に触れた瞬間、どこか遠く懐かしいような記憶が、セシルの中を通り抜けていく。

 セシルはその場に力無くへたり込む。

 視界が定まらず、呆けているセシルの肩をレイが支える。


「セシルさん!セシルさん!!」


「――見つけた……?」


 レイはセシルの肩を揺らし、頬に手を触れる。

 こちらを見ているようで、どこか別の場所を見ているような、焦点の合わない瞳だった。

 瞬きひとつせずに涙を流し、薄っすらと笑みを浮かべるセシルは明らかに精神に異常をきたしている。

 ぶつぶつと意味のわからない言葉を呟きながら、セシルは再び黒い魔力に手を伸ばす。

 レイはセシルの抱えて黒い魔力から引き離す。

 数メートルほど下がったところで、セシルはプツンと糸が切れたように意識を失った。

 

「何がどうなって……セシルさん、大丈夫ですか?」


「――あ……あれ。レイくん、私、今どうして……う、頭が……」


 レイが声をかけると、セシルは意識を取り戻したようだが、その場で頭を抱えてうずくまってしまう。

 セシルの状態はきになるが、これ以上この場にはいられない。

 そう判断したレイはセシルの肩を支える。


「戻りましょう。――あれがヴェルさんだとしても、再生まで時間がかかるはずです。僕らは安全な場所で待ちましょう」


 セシルは目眩を起こしたように、ふらふらと力無く立ち上がると、レイの肩を借りてようやっと歩き出す。

 セシルは今、自分が何を見たのか、何をしたのか、何も思い出すことができなかった。

 レイが焦っているところを見ると、早くここから離れたほうがいいのはわかる。

 


 (だけど、あれは一体何を"見つけた"のだろう)



 ――――――


 

 ――ああ、また死んだのか。


 眠りから目覚める時とは違う。これは蘇生だ。

 呼吸はなく、目も開かない。完全な暗闇と静寂だけが自らを包んでいる。

 前にあの場所にいた時、誰かから聞かされたことがある。

 俺の肉体はどんなに傷を負っても再生する。不死身だ。

 だが、全身を消失し、ほぼゼロから肉体を再生する場合、脳と心臓が優先的に再生される。

 脳と心臓が再生され、それを保護する骨が次に、そして肉や皮、その他の臓器はその後に修復される。

 そして最後に血管や神経が再生を始める――らしい。

 現在は、脳が思考できる程度には回復しているが、体を動かすことや、周囲の情報を得ることはできない。

 ――つまり、死んだのだ。


 この状態になるのは、久しぶりかもしれない。

 久しぶりと言っても、己の感覚でものを言ったところで、他者から理解を得られたことはない。

 だが以前は数日に一度はこの暗闇と対面していた気がするが、ここ最近それはなかったように思う。

 餓死や失血死などとは違い、全身をロストしたのは何ヶ月か前に、魔物に捕食された時だったか。いや、炎に焼かれた時だったか。

 ――どうでもいいことを考えている。

 そんなことよりも、今考えるべきは、なぜ死んだのかということだ。

 死ぬ前の記憶を辿ってみるが、何か靄がかかったようにぼんやりとしていて、鮮明には思い出せない。

 昨日の記憶なのか、数ヶ月前の記憶なのか、はたまた数年前の記憶なのか……わからない。

 目覚めればわかるのだろう。

 だがあの少年はいつも、俺の朧げな記憶から情報を引き出そうと根掘り葉掘り聞いてくる。

 苦労をかけているとは思うが、お互いにそれが仕事だ。

 それ以上を考える意味はない。


 手足に感覚が戻ってきた。

 もうすぐ、動けるようになるだろう。

 そう思った瞬間に、唐突に目が開く。

 突然真っ黒な暗闇を切り裂いて、白い光が網膜を焼いた。

 目は開いたようだが、視界一面が白く染まってしまったため、一度目を閉じる。


 そして再びゆっくりと目を開くと、世界に色が戻り、視界がはっきりとする。


 空……茜の色、夕暮れ。地面、横たわる自分。

 手足は動く。


「――状況は?」


 ヴェルはそこにいるであろう誰かに尋ねる。

 だがヴェルの言葉には、誰からも返答はなく、沈黙が返る。

 周囲に人はいないようだ。

 小さく息を吐く。

 ここ最近は、目が覚めれば必ず彼女が――セシルがそばにいた。

 今回もセシルがそばにいると思ってしまった。

 習慣というやつかもしれない。

 だがいないものはいない。

 ひとまず、現在の状況は確認しなければならない。

 体の再生は完了している。動くことはできる。

 ヴェルは鉛のように重い体を起こすと、手が何かに触れる。

 ――ヴェルのそばには、畳まれたローブが置いてあった。

 と言うことは、あのレイという少年が一度ここへ来たのだろう。

 そしてローブのすぐ横に、石を重しにした紙切れが置いてある。

『西の集落にて待つ』

 簡潔な伝言のみで、癖のない字だがレイのものだとわかる。

 レイが来たということは、周囲は調べ終えた後だろう。

 あとは俺の情報待ちということだ。

 ならば、西の集落へと向かうとしよう。


 立ち上がり、ローブを羽織って周囲を見渡すと、地面がせり上がっているように見えた。

 だがよく見てみれば、どうやら自分が穴の底にいるだけのようだ。

 這い上がるのも一苦労かと思えば、ご丁寧にロープが一本垂れ下がっている。

 

 (気のきくことだ)

 

 心の中でレイに感心しながら、ロープを掴んで穴から這い出る。

 ロープを回収して、西を目指す。

 穴から出てすぐのところに、ひんやりとした冷気が漂い、頬を撫でる。

 目を向けてみれば、折れた木に引っかかった何かが氷漬けにされている。

 近づいてよく見てみると、それは体が中ほどから千切れた1匹の巨大な蛇だった。


 (――ああ、思い出した。確かウロボロスと……)


 戦った。というところまでは思い出したが、なぜこんな状況になっているのか、そこまでは思い出せない。

 体の消失と共に、直前の記憶もロストしたようだ。

 もう思い出すことはないだろう。だがよくあることだ、気にしていても思い出せたことなどない。

 この氷漬けにされた蛇も、レイがやったことだろう。

 この魔物が『聖獣』かどうかはわからないが、今回の探索の成果であることは確かだ。

 腐敗しないように氷漬けにして、後日持ち帰るのだろう。

 だが死体はこの1匹のみだ。

 あれは体は1つでも、頭は2つあったはず――ということは、仕留め損なったということだろう。

 自分がやったのか、他の誰かが介入したのかは、わからないが。

 

 ヴェルは再び歩き出す。

 ウロボロスの死体を見た時、右手がじんわりと熱を持った。

 誰かに触れられていたような。

 何かを握っていたような。

 そんな感覚だけが、微かに残っている。

 

 そして右手に視線を落とすと、何かを思い出しそうになった。

 けれど、その熱はひんやりとした空気に溶けていき――朧げな記憶もまた、数秒とたたずに泡のように消えた。


 ただ、何か大事のことを忘れてしまったような、この場所に心残りがあるような――そんな気がした。

 


 俺は大事なものなど、何一つ持っていないというのに。


 


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