表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死なない男は生きる意味を知らない 〜猫獣人の少女と始まる旅〜  作者: 三島 勝仁
第二章 アイルとルル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

いつもの依頼と見えざる獣


 ――ドクン


 ヴェルの身体が、鼓動の再開と共に僅かに跳ねる。

 肉体の再生が完了して、ヴェルの精神が、再びこの世界に戻ってくる。

 平穏な日常から切り離され、急に暗闇へと放り込まれるこの感覚は、もう何度目になるだろう。


 冷たい岩肌に寝かされていたヴェルは静かに体を起こす。

 身体に掛かっていた外套が肩からずり落ちる。

 そして世界の重圧は、鉛のように重く身体にのしかかる。

 だが、そんな"いつもの感覚"には気にも留めず、周囲を観察する。

 

 湿り気を帯びたひんやりとした空気の中、ヴェルの側には焚き火が焚かれている。

 常に鼓膜を震わす轟音は、水が流れ落ちる滝の音。

 焚き火を挟んだ向かい側には、猫のように体を小さく丸めて眠るセシルの姿。

 寝息は、滝の音にかき消されて聞こえないが、呼吸と共に僅かに上下するその体に、外傷は無さそうだ。

 

 ヴェルはゆっくりと立ち上がり、光が差し込む洞窟の入り口へと裸足でペタペタと歩いていく。

 陽光が滝に反射してキラキラと琥珀色に輝いている。

 だが、どんな幻想的な風景もヴェルの心を動かすことはない。


 この場所に見覚えはない。

 ここは滝の裏にある小さな洞窟のようだが……。

 死の直前の記憶は、いつも曖昧に霞んでしまう。

 ヴェルが死んでいて、そして肌には何も身に纏っていない。

 察するに魔物に襲われて、ヴェルが死に、ここまで逃げた。

 というところだろうか。

 

 ヴェルが現在の状況を整理しよう、と洞窟の中へ戻ろうとした時、セシルのそばで何かが蠢く気配がした。

 ヴェルは咄嗟に拳を握り、警戒の体制を取る。

 そしてもぞもぞとセシルの背中から現れたそれは、間の抜けた顔をした、1匹の獣であった。

 それは非常にゆったりとした動きで、セシルを守るかのように覆い被さる。

 そして小さな身体を目一杯広げて、ヴェルを威嚇しているようだ。


 はて、これは何だっただろうか。

 ヴェルは、その弱々しい獣を一瞥すると害なしと判断して、焚き火の側に腰を下ろす。

 勢いの弱まった焚き火に、薪をくべる。

 隣で眠るセシルの寝顔に目をやる。

 前にもこんな光景を見たなと思いながら、ここに至る経緯を、朧げな記憶から辿っていく。


 確か、こいつは聖獣の捜索の時の……。

 あの無意味な依頼から、全てが狂い始めた。

 


 ――――――

 


 ヴェルたちが魔物に襲われる少し前。

 

「聖獣って知ってっか?」


 いつもの如く、突然ヴェルの店に現れたロックは唐突にそんな話を始めた。


「――聞いたことはある」


 ヴェルはうろ覚えの記憶を引っ張り出す。

 誰かに聞いたのだったか、それとも本で読んだのだったか。

 ロックはセシルの入れたお茶を一口含みながら、続ける。


「そうか、不死鳥やペガサス、グリフォンなんかもそうだが、空想上の生物として描かれる奴らだ」


 ロックはカウンターで本を読んでいるセシルにちらりと視線を向ける。

 セシルが読んでいる本も、空想の物語が多い。

 彼女は本に夢中になっているようにも見えるが、獣の耳が僅かにこちらを向いている。

 文字通り、聞き耳を立てているようだ。


「不死鳥……。」


 ヴェルは何かを考え込むようにそう呟くと、セシルへ、というよりその傍に置かれた羽ペンに視線を向ける。

 ロックもヴェルの考えてることがわかったようだが、そこには触れずに話を進める。


「まぁ、実際にそれっぽいのはどっかにゃいるだろう。だがそいつらの大半は人に害をなす魔物だ。聖なる獣なんて呼ばれるはずもねぇ」


「――で、それがどうした?」


 ヴェルは前置きを遮って、本題は?と問う。

 ロックはつまらん奴だ、と肩をすくめながら端的に告げる。


「――探してこい。捕獲、または情報だ」


「……どこへ?期間は?」


 ヴェルは、この手の依頼は徒労に終わることをもうわかっている。

 それゆえに依頼の期限を問う。

 無期限だと言われれば、一生帰ってくることは出来なくなるだろう。


「さぁな、とりあえず1週間ってとこだな、それ以降は、他の依頼をしつつ、どっかで見つけたら捕獲ってとこだな」


「……いつものか。」


「ああ、"いつもの"だ」


 ヴェルは以前にも似たような依頼を受けている。

 現在も無茶な依頼を複数掛け持っている。

 いずれも同じところからの依頼だ。

 世界樹の発見、古代遺跡の調査、伝説の宝剣、神の捜索……。

 どこまで本気か知らないが、すでに多額の前金が支払われているらしい。


「てなわけで、明日から1週間、捜索にあたれ」


「わかった」


 ヴェルはいつものように無機質に返事をする。

 そしてヴェルは膝の上て眠るアイルに視線を落とす。

 ロックはニヤリと口の端を僅かに歪めて、意味深に笑う。


「では、"これ"は彼女に任せて……」


 ヴェルはセシルへと視線を向けるが、ロックはヴェルの言葉を遮って2人に告げる。


「いんや、今回はセシルの嬢ちゃんも捜索に当たってくれ」


 突然水を向けられたセシルは、読んでいた本から顔を上げる。


「私も、ですか?ヴェルさんに来た依頼なんじゃ……」

 

 セシルの言葉にロックは答える。


「こいつは目も耳も鼻も効かねぇ。捜索に関しちゃ嬢ちゃんがいた方が捗る」


 ロックの言葉にセシルは口籠る。

 普段なら嬉しい提案なのだが、ひとつだけ懸念があった。


「でも、アイルはどうしたら……」


 セシルの問いにロックは間髪入れずに答える。


「置いてくしかねぇな。――別に大丈夫だろ、元々魔物だったんだ。1人でいることには慣れてるさ」


「……でも」


 セシルが不安の表情をすると、アイルの首筋の空間からルルが飛び出してくる。


「別にへーきよ。あたしだっているし、しばらくあんたたちがいなくたって何とでもなるわ」


 セシルとて、ルルがいてくれるのはわかっているが、どうしても一抹の不安が拭えない。


「だったら子守でも雇えばいい。――ほら、いるだろ、酒場と賭場で金を消費することに悪戦苦闘してる暇人がよ」



 その頃賭場でくしゃみをするルーク。

 くしゃみの拍子に放ったサイコロは、椀の中で1のゾロ目が出る。

 絶望に打ちひしがれるルークは、またしても使いきれないほどの大金を手にしてしまうのだった。



 ――――――



 ヴェルたちが目的地へ降り立つと、御者台に座っていたレイが声をかける。


「少し待ってください。ロックさんから、今回は僕も同行するように言われています」


「そうか、ならよろしく頼む」


 ヴェルは無機質にそう言ってのけると、レイの準備が終わるのを待つ。

 今回の目的地へと目を向けると、そこには雄大な自然。

 鬱蒼と生い茂る木々は、森というよりはもはや山だ。

 標高は高くないようだが、なだらかに登っている。

 そんな中での、本当にいるのかどうかもわからない生物の捜索、今回も骨が折れそうだ。


 そしていつもとは違い、今回は複数人、つまりはパーティでの捜索。

 加えて、彼女らはヴェルの護衛などではなく、守護すべき対象だ。

 ――正直に言って、やりづらい。

 探索や捜索に際し、彼女らの力が有用なのはわかる。

 だが、その分リスクも増える。

 こんな依頼に駆り出すべきではない。


 ヴェルは小さくため息をつくと、馬を近くの木に繋いだレイが戻ってくる。

 その横で、ピクニックにでも赴くように、浮かれた様子のセシルの姿もある。

 何やら楽し気に話をしているようだが、ヴェルには関係ない。

 目の前の仕事に集中すべきだ。


「おい、確認だが、今回の依頼は"聖獣"の捜索でいいんだな?」


 ヴェルがこちらへ歩いてくるレイへと尋ねる。


「ええ、"聖獣"とのことです。依頼主からは聖獣の種類については指定されていません。いつものことながら、ふわっとした依頼ですね」


 レイはそう言うと、先頭に立って目的地へと歩き出す。

 今回の依頼の捜索地点は、この森だが山だかの中腹にある。

 そこは地元の人々からは聖域と呼ばれているそうだ。

 

「いるかどうかもわからない聖獣の捜索に、たくさん前金を払ってまで依頼するなんて、変わった方ですよね。――依頼主さんはどんな方なんですか?」


 セシルの問いにはレイが答える。


「依頼主は、王都のとある商会のパールさんという方です。以前から何度も同じような依頼を受けてるようですが、達成されたことはないようです」


 へぇーと相槌を打つセシルに、ヴェルが今回の依頼について補足する。


「いつものことだ。それに先方も本当に見つかるとは思っていないらしい。――どうせ今回も、よくわからんガラクタが増えるだけだ」


「ガラクタ、ですか?――うちにそんなものありましたっけ?」


 セシルは、初日に案内された何も置かれていない物置部屋を思い出す。


「ああ、言っていなかったか。――店の二階の壁に据えられた扉だ。あの中に入れてある」


「あ、あの扉!」


 セシルはすっかり存在を忘れそうになっていたが、確かに妙な扉があった。


「あれって、中に入れるんですか!?――ってことは……」


 セシルは、以前抱いていた好奇心が再燃する。

 ヴェルはセシルの言葉を引き継ぐ。


「ああ、魔道具だ。――扉の奥には空間がある」

 

 魔道具と聞いたセシルの顔がパァッと綻び、続いてヴェルへと物欲しそうな顔を向ける。


「……開けんぞ。危険だ」


 ええ〜、と頬を膨らませてぶすくれるセシルと、また余計なことを言ったか、と顔を背けるヴェル。

 レイはそんなやりとりの2人に僅かに視線を向ける。


 (2人の時は、いつもあんな感じなんでしょうか)


 レイはヴェルの態度に少しの違和感を覚える。

 気のせいかもしれないが、自分と話す時とは違う何かを感じる。

 無表情なのはいつもと変わらない。

 だが、僅かに視線が柔らかい、ような。

 煩わしさや呆れとは違う、何か別の感情が見える気がした。

 

 その違和感の正体がわからないまま、レイは地図を取り出して思考を切り替える。

 そろそろ山の中程まできただろうか。


「多分このあたりに……あ、あそこのようですね」


 レイが指差す方には、一枚の石碑があった。

 遠目に見てもわかる大きな一枚岩、それを切り出して文字や紋様が彫られている。

 一行は石碑の前で立ち止まる。

 ヴェルは石碑に触れると、その表面を指でなぞる。


「なんて書いてあるんでしょうか?――ヴェルさん読めますか?」


 セシルは石碑を見上げるが、全く読める気がしない。


「――いや、読めんな。似たようなものをどこかで見た気もするが……」


 はて、どこで見たのだったか。

 ダンジョンか、それとも遺跡だったかよく覚えていない。

 そして、石碑の一番上に描かれた紋様に目を向ける。


「あの紋様は……龍、でしょうか?」


 レイも同じものを見ていたようで、そんな感想を述べる。

 鏡合わせのように頭が二つある、細長い生き物が描かれているように見える。


「さぁな、俺にはわからん。――この辺りを捜索する、でいいのだな?」


 ヴェルはすでに石碑に対しての興味を失い、レイに確認する。


「ええ、そうですね。この周辺を捜索してみてください。

 ――地元の人の話によれば、この辺りは比較的危険は少ないと聞いています。ですがセシルさんもいますので、くれぐれも注意してください。」


「ああ、わかっている」


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!私だって冒険者なんですから!」


 セシルは両手を握って、レイに応える。

 その握られた拳は小さく、丸みを帯びていて大変可愛らしいものだったが、気合いだけは十分のようだ。


「はい、ではお願いします。僕は一応この石碑を書き写しますので、しばらくはお二人でお願いします。僕も後で合流します」


 そう言って、レイは荷物を下ろして座り込む。

 ヴェルも周辺を探索しようと歩き出す。

 だがその直後、セシルの静止によって全員が動きを止める。


「待ってください。みなさん静かに!――そこ、何か動きました」


 一行に緊張が走るが、セシルが指差す方向には何もいない。

 ヴェルは拳を硬く握り、レイは腰のナイフに手を添える。

 ヴェルはゆっくりとセシルの前へと出る。

 そしてセシルの指差す方へ、音を立てないように歩いていく。

 注意深く周囲を観察したのち、ヴェルは握った拳を静かに下ろす。


「――何もいないが」


 セシルは耳を澄ませ、すんすんと匂いを探すが、何も感じられない。


「――気のせい、でしたか」


 セシルはヴェルの元まで歩いて行き、近くの木に手をついて、地面に足跡などがないかを確認する。

 だが、それらしい痕跡は何もない。

 やはり気のせいだったか、とセシルは立ちあがる。

 そして何の気無しに、目の前に生えた木の枝を見やると、


 ――ぱちり、と木の枝が目を見開く。


「えっ?……いやあああああ!!」


 セシルは悲鳴を上げるとともに尻餅をつき、ずざざざっと後ろに下がる。

 ヴェルはセシルを庇うように前に出る。


「い、今、そこに、目が……」


「――目?」


 ヴェルは再びセシルがいた場所に目を凝らすが、やはり何も見えない。

 魔力の流れも感じられないので、そこに生物がいるようには思えない。

 ヴェルは小さくため息を吐くと、訝しげな視線をセシルへと向ける。


「い、いたもん!絶対何かいた!」


 セシルは恥ずかしくなって子供のように喚く。

 そして勢いよく立ち上がって、失礼な視線を向けるヴェルの横を通り抜けると、フンっと鼻を鳴らす。


「確かこのあたりに……あ、ほら!いた!」


 セシルは今度こそ見つけた、と指を差す。

 そこには木の枝に完全に擬態した生き物がぶら下がっていた。

 注意深く見ても、全く気づけないほどの完璧な擬態だった。


 そしてセシルたちに見つかった獣は、2本の大きな爪を広げて威嚇する。

 だがその動作は、非常にゆったりとしたもので、腕を広げ終わる前に、セシルは歩いて獣の後ろに回ることができた。

 そして獣の胴体を掴んで、そっと枝に引っかかる爪を外す。


「……つ、捕まえました」


 捉えた獣を高々と頭上に掲げるセシル。

 それとは対照的に、己の運命を悟ったかのように項垂れる小さな獣。

 その有様は見ているこちらが不憫に思うほど、悲壮感に溢れたものであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ