強者と真の強者
パキパキと、水が凝固するように周囲の空間が軋みを上げる。
間の抜けた顔を貼り付けた木偶人形が、静かにこちらを見返している。
ヴェルは左手で、目に見えない何かを握りつぶすように、力を込める。
そして拳を握りしめると、世界が静止する。
音も風も温度さえも、その檻から逃れることはない。
「――でかい、遅い。だめだ、やり直しだ。あんな人形一つのために、どこまで壊す気だてめぇ」
「…………。」
ロックのダメ出しを受け、ヴェルは左手に視線を落とし、静かに力を抜く。
それとともに、魔力でできたガラスのような檻は、サラサラと静かに溶けていく。
「力任せに圧縮するんじゃねぇ、小さくても、弱くてもいい、狙った場所を早く圧縮できるようになれ」
ロックはそれだけを言うと、セシルとルルに向き直る。
「あーもう!!なんで、全然、当たん、ないのよ!」
「んーよいしょ!それ!」
ロックは片手間で2人の攻撃をいなし続ける。
ルルは火、風、土、水魔法を立て続けにロックへと打ち込む。
セシルは火と風で熱風を起こし、攻撃を試みる。
だがセシルの魔法は、ルルが放った魔法にかき消されてしまい、ロックへ届くことはない。
「あーむっかつく!蜥蜴頭のくせにー!!!――これでも喰らいなさい!ファイアーーーー!」
「熱っ……」
ルルは全く当たらない攻撃に、ムキになって高出力の炎を生み出す。
隣にいたセシルが、その熱さに小さく悲鳴を上げながら距離を取る。
それをロックへと狙いを定め、両手を振り下ろす。
すると炎が一気に射出された。
その無茶苦茶な威力に、セシルは思わず目を覆う。
「まぁ、威力は大したもんだ。だが、それだけだ」
そう言うとロックは、人差し指を突き出す。
そしてその指が白く光りだしたかと思えば、空中に何やら陣のようなものを描く。
そして陣を描き終わった直後、パチンと指を鳴らす。
すると、ロックの眼前に迫っていた超高温の炎が、まるで蝋燭の火を吹き消すように消え去ってしまう。
「――ちと熱いな」
ロックは突き出した手をひらひらと振りながら、余裕の表情だ。
「なーんでー!!どーやったのよ!?」
ムキーと空中で地団駄を踏むルル。
セシルは目を覆っていたので、その瞬間は見ていない。
だが、先ほどまであった炎は、跡形もなく消え去っており、周囲に焼け焦げた後もない。
「これが魔術だ」
「――何が起こったんですか?」
セシルは消えてしまった炎の行方を尋ねる。
「俺が今使ったのは、風と氷の魔術だ。周囲の空気を操り、真空を作る。そして温度を下げる。空気のねぇ場所で、炎は燃えねぇし、冷やせば再燃もしねぇ」
セシルとルルは、へぇーと言いつつ、ほとんど理解はできていない。
ロックは頭にクエスチョンの浮かぶ2人を鼻で笑う。
「まぁこれは、お前さんらには無理だ。原理がわかっていなけりゃ使いようがねぇ。――そうだな、まずは簡単なファイヤアローにするか」
ロックは近くの丸太に腰掛けて、2人を呼び寄せる。
そしてロックは木の枝を持ち、地面に絵を描く。
「まずは、イメージを確立させろ。自身に暗示をかけるのは魔法と同じだ」
そう言うとロックは地面に、上に向けた矢印のような図を描く。
「まずは、この炎を描く。そして一本の矢を追加する。これを円で囲えば、簡易的な魔法陣の完成だ」
「こんな簡単なものでいいんですか?」
ロックが地面に描き出した落書きは、セシルのイメージした複雑な陣とはかけ離れていた。
「そうだ、基礎はこれでいい。炎と風の矢、この二つを組み合わせたものがファイヤアローだからな。まずはこの陣を頭に叩き込む」
ロックは立ち上がり、自らに暗示をかける。
指先に魔力を集中し、炎を顕現させる。
メラメラと燃えるそれは、しっかりと矢の形を保っている。
少し離れた場所にいるセシルにもその熱気はジリジリと伝わってくる。
ロックはそれを的に向けると、勢いよく射出する。
矢は風切りの音を響かせて、そのままの速度で木偶人形に命中する。
そして命中と同時に、圧縮されていた炎が一気に解き放たれる。
「「きゃーー!!」」
耳をつんざく轟音が鳴り響き、近くの木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。
セシルは咄嗟に目と耳を塞ぐ。
それは爆発にも似た勢いで、一瞬にして人形を消し炭に変えた。
ルルに関しては爆風をもろに受けて、悲鳴を上げながら、セシルのはるか後ろまで吹っ飛ばされてしまう。
だが、いつのまにか御者台から降りていたレイが、飛ばされたルルをしっかりと受け止める。
(これが……魔術)
セシルは爆風の余波で肌をチリチリと焼かれながら、ロックを見る。
(ロックさんって、冒険者なら金級以上の実力なんじゃ……)
ロックは、セシルの視線を意にも介さず、涼しげな顔でこちらに歩いてくる。
「ま、今の俺じゃこんなもんが限界だが、どうだ?やれそうか?」
「……むりです」
セシルは力無く首を横に振る。
ロックは、豪快にガハハと笑う。
「まぁ、ここまでやれとは言わねぇ。数ヶ月練習して、今の十分の一の威力が出せれば上出来だ」
セシルは目を瞑り、先ほど見たファイヤアローを思い出す。
そして両手を前にかざしてイメージをする。
(……矢、炎、風)
自らの魔力を両手に集中させ、祈るようにファイヤアローと小さく呟く。
炎と風を同時にイメージし、そして先ほどの魔法陣を頭の中に思い描く。
だが、指先に魔力が集中しない、風が炎、あるいは両方が魔法の発現を阻害している。
そして何度も暗示を繰り返す。
しかし、待てど暮らせど魔術が発現する様子はない。
そんなセシルを他所目に、レイは手のひらの上で伸びているルルを、丸太の上に布を敷いて寝かせる。
「魔術に関しちゃ教えられることは少ねえ、ほとんどの魔術師は我流だ。要は暗示と魔力操作の技術だ。――セシルの嬢ちゃんは弓は扱ったことあるか?」
ロックの問いに、セシルは片目だけを開いて答える。
「あ、はい一応短弓なら扱えます」
「なら、弓でも撃ちながら考えたらいい」
ロックはそう言うと馬車の方を指差す。
すると、レイが馬車へ向かって走って行く。
そして中から弓を抱えて持ってくる。
だが、その傍には手を繋いだアイルもいて、レイと一緒に馬車から出てきた。
どうやら先ほどの爆発音で起きてしまったようだ。
「あー、うー、」
アイルは、まだ眠そうな目をぐりぐりと擦りながら、レイに手を引かれている。
アイルはセシルを見つけると、両手を伸ばして抱っこをせがむ。
「あー起きてしまったんですね、びっくりしましたねー」
セシルはアイルに話しかけながら、軽くレイに目礼を返す。
そして、よいしょ、と言うとアイルを抱える。
レイは差し出した弓を引っ込めて、視線を移す。
ヴェルの方は未だ感覚が掴めず、苦戦しているようだ。
先ほどと同じ大きさの檻を形成しては、やり直している。
レイは、ヴェルの鏡砕という技を間近で見たことはないが、その技が引き起こす惨状は、幾度も目にしてきた。
それにしても異質な力だ。
当てることさえできれば、どんな敵であれ粉砕することができるだろう。
そしてそれを自在にコントロールできるようになれば、一体誰がこの人を止めることができるのだろう。
レイは身震いを隠して平然とした顔をしているが、やはり万が一を考えてしまう。
(――やっぱり、この人は苦手だ)
そんなことを考えるレイには一切気づかず、セシルはヴェルの元へと歩いていく。
この人も大概だよなぁ、と歩いていくセシルの背中を眺める。
(冒険者ってみんなこんな感じなのかな)
「ヴェルさーん。――どうですか?上手くいきそうですか?」
セシルが声をかけると、ヴェルは力を抜き、魔力の檻を解く。
「いや、できんな。――出来なくても困ってはいないが」
「あー、パパー」
セシルに抱えられたアイルは、ヴェルにも手を伸ばし、抱っこをせがむ。
だがヴェルはアイルから一歩引き、無言でそれを拒否する。
アイルが悲しげな表情をするが、ヴェルはそれを無視した。
セシルは苦笑いをしながら、アイルを宥める。
するとアイルが急にジタバタと体を動かし、セシルに降ろすように要求する。
「あらあら、どうしたんですか?」
突然のことにセシルも戸惑い、ゆっくりとアイルを地面に立たせる。
アイルは、丸太の上で倒れているルルを見つけたらしく、ペタペタと己の友達の元へと駆けて行く。
「うーうー、うぅー!」
そして意識のないルルを見て、必死に名前を叫ぼうとしている。
特に外傷はないので、心配しなくてもそのうち目を覚ますのだが、アイルにとっては友達の一大事であった。
セシルは微笑ましい光景をもう少し見ていたくもあったが、可哀想なのでアイルの頭を撫でて、大丈夫ですよ、と伝える。
そしてルルを見守るアイルの上に、大きな影が差す。
見上げたアイルの目には、牙を剥き出し、凶悪な顔で笑う、巨大な蜥蜴男の姿が映った。
「――大丈夫だ。お前さんのお友達は、じきに目を覚むぁあああああ!!」
その時、アイルの髪がぶわりと膨れ上がったかと思うと、次の瞬間――
ドンッ!!という鈍い音と共にロックの言葉が、途中から叫び声に変わった。
セシルは一瞬何が起きたのか理解できなかった。
「……え?」
遠ざかる叫び声の方へ目を向けると、ロックが木偶人形を破壊しながら吹っ飛んでいき、地面に叩きつけられた。
木偶人形の破片がパラパラと周囲に降り注ぐ。
そしてアイルへと視線を戻すと、
「あー、あい!」
アイルは両手をあげて満足気な様子だが、その様は異様だった。
アイルの髪の毛が巨大な木の根に変化している。
これはアイルがトレントだった時に見たことがある。
アイルはその木の根で、フィアーを蹴散らしたように、ロックへ向けて横薙ぎにぶん殴ったのだ。
「あ、えっと……ロックさーん!!!」
状況を理解したセシルは慌ててロックの方へ走り出す。
レイは怖気ついて、先ほどまでアイルと繋いでいた手を見る。
今度はその身震いを隠すことはできなかった。
ヴェルは咄嗟に拳を構えて、アイルの方へ向ける。
だがアイルの方は、ヴェルの関心が自分に向いたと思い、ペタペタ歩いてきて、ヴェルの足に抱きつく。
足に抱きつくアイルは顔をヴェルの方へ向ける。
そして、悪者をやっつけたことを褒めて欲しそうに、ニコニコとじゃれついている。
「――そいつを起こせ」
ヴェルは足にじゃれつくアイルをそのままに、レイに頼む。
レイは少し遅れて返事をすると、側に寄ってルルを起こす。
「何よ〜、うるさいわねー」
「起きてください、ルルさん。アイルちゃんが……」
ようやく目を覚ましたルルはアイルの惨状を見て、青ざめる。
「だ、だめよアイル!あんたは人を殴っちゃだめ!」
「……あう?」
アイルはさっぱり理解していないが、ルルの慌てた様子から何かを感じ取った様だ。
「ロックさん、ロックさん!大丈夫ですか!?」
慌てているセシルはロックの体をゆさゆさと揺らす。
怪我人に対して、無闇に体を揺らすべきではないのだが、セシルは気づかない。
そしてそんなセシルとは対照的な落ち着いた声で、ロックは煩わしそうに答える。
「――あー騒ぐな騒ぐな、やられちまったように聞こえんだろうが……」
ロックは何事もなかったかのように立ち上がり、体についた砂を払う。
そしてポキポキと体を鳴らすと、悠々と歩いて戻ってくる。
「なかなかやるなぁチビ。俺をぶっ飛ばすとは大したもんだ。これがフィアー級トレントってことか――これでまだ幼体ってのが、末恐ろしいな」
「何よ、全然平気そうじゃない。――別に蜥蜴頭の心配なんかしてなかったけどー」
ルルは少しだけ申し訳なさそうにしていたが、強気な態度は崩さなかった。
そしてアイルの髪の毛を元の状態へ戻してやり、人は殴っちゃだめだと再三言い聞かせる。
ヴェルはロックが無事なのを確認して、アイルを足から引き剥がし、ルルの側に座らせる。
「お前の制御がないと、暴走するらしい。――気をつけて見てやれ」
「わかってるわよー!」
ルルは、ふん、とそっぽを向いて、セシルに向き直る。
「あんたからも言ってやってよ」
「そうですねぇ……アイル、めっですよ!めっ!」
そんなやりとりの中、ロックはパンと手を叩く。
「よし、お前さんらの実力もわかったし、今日は帰るとするか」
そう言うとロックは、馬車の中ではなく、御者台の方へと乗り込む。
レイはその隣に乗り込み、ヴェルたちが乗ったのを確認して、手綱を握る。
そして馬車はゆっくりと走り出す。
その速度は行きよりも遅く、少しでも揺れないように道を選んで走って行く。
「……あの、ロックさん、その、大丈夫なんですか?」
レイはおずおずと言った様子で、ロックへ問う。
(――ほう、こいつは気づいたか)
「あ?何がだ?」
少々語気の強くなったロックの言葉に、レイは居住いを正す。
「あ、いえ、なんでもありません」
馬車の中ではセシルとルルが、夕飯の相談などをしており、アイルもけらけらと笑っている。
和気藹々とした雰囲気の中、ロックは折れた腕の痛みに静かに悶絶するのだった。
街まではまだ遠い。
レイはできるだけ急ぎつつ、揺れないようにゆっくりと馬車を走らせるのだった。




